第451話
ギルバートは眠るセリアを見て、優しい笑顔をしていた
そうして寝返りを打つセリアの、髪を優しく撫でてあげる
セリアは無意識に手を伸ばすと、ギルバートの手を掴んでいた
ギルバートはそのまま、暫くセリアの頭を撫でていた
少ししてから、寝室のドアが静かに開いた
アーネストが部屋を覗き込むと、ギルバートを手招きする
ギルバートはセリアの事を心配していたが、アーネストは構わず手招きを繰り返す
ギルバートは溜息を吐くと、そっと寝室から抜け出した
「一体何の用だ?」
「ああ
エルリックの事だ」
「あの馬鹿か?」
馬鹿と言われて、エルリックは不満そうな顔で振り向く。
しかしジェニファーに睨まれて、そのまま何も言えないで俯く。
「母上…
ジェニファー様に叱られたのか?」
「ああ
さすがにあれはな…」
「ああ
まさかいきなり寝室に来るとは…」
さすがにギルバートも、エルリックの非常識さに呆れていた。
しかしアーネストから、事情を聞いて納得した。
セリアが大人の姿になろうとして、精霊力を使った事が原因だったのだ。
「まさかそんな事で…」
「ああ
だがお前なら、同じ兄として納得なんだろう?」
「それは…
まあ、そうなんだろうな」
確かにフィオーナが、何か危険な事になっていればギルバートも焦るだろう。
しかしそれでも、いきなり寝所に入り込まれるのは勘弁して欲しかった。
「まだ何もしてなかったから良いけど…」
「そうだな
途中で来られたら…」
「え?」
「ん?」
「何で知っているんだ?」
「え?
いやあ…それは…
そうだ、エルリックから聞いて…」
「おい!
まさかお前…」
ここでギルバートは、みんながあまりに早く来ていた事に気が付く。
「そういえば、いくらなんでも早かったな」
「え?」
「どうして部屋の外に居たんだ」
「ええっと」
さすがにギルバートも気が付いて、一同の顔を睨む。
「そういう事か
それじゃあエルリックの事も責められないな」
「えっと…」
「ほほほほ…」
「はははは…」
みんな視線を逸らして、何とか誤魔化そうとする。
しかしそれで、却ってギルバートは確信する。
「みんなして覗きに来てたのか!」
「覗くだなんて…」
「そうですわよ
心配して近くまで来ていましたけど」
「さすがに聞き耳だけで覗くのは…」
「馬鹿!
アーネスト!」
「しまった」
ギルバートは顔を赤くして、一同を睨んでいた。
「今度やったら…」
「やらないやらない」
「そうそう
本の出来心で…」
「二度としないから」
一同は慌てて謝り、懸命に頭を下げる。
それでギルバートも、それ以上は何も言わなかった。
何よりもそんな気配に気付かなかった、自分の迂闊さに腹が立っていたからだ。
「はあ…
それで?」
「ん?」
「エルリックの事ってのは?
セリアが心配なんだが…」
「ああ
その事なんだが…」
「イーセリアの事なら大丈夫だ
少し精霊力を使い過ぎただけだ
朝まで寝れば少しは回復する」
エルリックはそう言って、大丈夫だと太鼓判を押す。
「本当なんだな?」
「ああ
その代わり、寝てる間に変な事はするなよ」
「するか!」
「人間はそう言うが、いつも我々エルフに対していかがわしい事をするからな
私も何度も狙われて…」
「え?
それって女性にか?」
「それなら良いんだが…」
「へ?」
「おいおい
まさか…」
「言うな!
思い出すだけで悍ましい」
エルリックはそう言って、顔を顰める。
どうやら過去に何度か、男にも言い寄られた事があるらしい。
それを思い出してか、嫌悪感も露わに顔を顰めていた。
「そんな体験を…」
「それはさすがに嫌だなあ」
「え?
どんな事をするの?」
「いや、それは…」
「フィオーナ?」
「止しなさい
はしたないですよ」
フィオーナは興味津々だったが、ジェニファーにそれを止められる。
「はあい」
仕方無さそうに、フィオーナは渋々従う。
しかしその顔は、興味津々といった顔でエルリックを見ていた。
「フィオーナ…
まさかな?」
アーネストはそんなフィオーナに、不安そうな顔をしていた。
ダーナでもメイド達が、よくそういう話を興奮して話していた。
フィオーナもそう言う事に、興味を持っているようすだった。
アーネストは不安を振り払う様に、脱線した話を戻そうとした。
「エルリック
さっきの話をもう一度してくれ」
「ん?
私が来た場所か?」
「ああ
女神様にまつわるんだろ?」
どうやら話と言うのは、そのエルリックが来た場所に関係があるらしい。
ギルバートも気になって、エルリックに話を促した。
「そこはどういう場所なんだ?」
「そうだな
私が普段の生活に使っている場所になる
ファクトリーからは少し離れているんだがな」
「ファクトリー?」
「前に話しに上がっていただろう?
魔物を生み出すって場所だ」
「そう
私の住処も、そBのファクトリーの近くにあるんだ」
エルリックが住んでいる場所は不明だが、どうやらその近くに魔物が生まれる場所がある。
しかしそれがどう重要なのか、ギルバートには分からなかった。
「それで?
そこがどうしたんだと言うんだ?」
「あのなあ
話は最後まで聞けよ」
「そうだぞ」
エルリックは勿体ぶりながら、話を焦らしている。
「そこには…
ファクトリーは女神様の直轄の機関になる
だから私は、そこで女神様の指令を聞いていた」
「女神様の?」
「ああ
つまりはこういう事だ
女神様と話が出来る場所、そういう事だ」
アーネストはそう言うが、エルリックは微妙な顔をしている。
「なあ
本当に話せるのか?」
「そうだな…
確かに端末のターミナルはある」
「ターミナル?」
「ああ
女神様が直接来られて、話も出来る物だ」
「それなら…」
「ああ
しかしなあ…」
エルリックは微妙な表情をして、深く考え込む。
「以前は女神様も来られていた
しかし今は、話し掛けても反応が無いんだ」
「反応が無い?」
「ああ
その機械に話し掛けても、何の反応も無いんだ」
「機会?」
「あ…
いや、鉄の塊みたいなものなんだが、それに話し掛けると女神様が答えてくれる
筈なんだがな…」
エルリックは困った様に、肩を竦めて答えた。
つまりは女神と話せる鉄の塊があるのだが、それが応えてくれないのだ。
「それって…」
「ううん
それじゃあ無理なのか?」
「そうだな
私では無理なのかも?」
エルリックはそう言って、首を振ってからギルバートを見る。
「しかしギルバートなら…
あるいは」
「それはどういう事だ?」
「ああ
ギルバートの事を、女神様は生まれた時から気にしている
そんなギルバートが端末越に話し掛ければ、あるいは…」
「そういう事か
しかし危険だな」
「ああ
何があるか分からない」
「何でだ?
それは話し掛けれる鉄の塊なんだろ?
それが何で危険なんだ?」
「言っただろ
そこにはファクトリーもあるんだ」
つまりは二人が言っているのは、罠が仕掛けられている可能性があるという事だ。
ギルバートを確認したところで、魔物が出て来る可能性が高いのだ。
もしも女神が本気でギルバートを狙っているのなら、それは絶好の機会となる。
ギルバートを確認したら、多量の魔物を差し向ければ良いからだ。
「そんなの、全部倒せば…」
「何が居るか分からないんだぞ?」
「そうだぞ
君の敵う魔物とは限らないだろう」
「しかし…」
確かに現状では、ランクEまでの魔物は討伐出来ていた。
しかしランクEとは、下から三番目のランクなのだ。
その上にはまだまだ、多くの危険な魔物が存在している。
この前のラミアにしても、本来はランクDの魔物だった。
それがどういう訳か、力の大半を失っている状態だった。
それで何とか勝てたのだが、その力が完全だったら、勝てなかっただろう。
「後は女神様が、ギルバートを殺そうとしていないかの賭けだな」
「本気か?
巨人まで差し向けたんだぞ」
「ああ」
「しかも魔王を二人も差し向けて…」
「そうなんだがな…」
アーネストはエルリックを見て、疑問に思っている事をぶつける。
「なあ
エルリックはマーテリアルとかガーディアンって知っているか?」
「ガーディアンなら知っているが…
マーテリアル?」
その言葉には、エルリックは知らないと首を傾げる。
「精霊達が話していたんだ
ギルはマーテリアルに似ているって」
「何だろう?
ん?
精霊?」
「ああ
妖精郷で話したんだ」
「そうか
君達は妖精郷に行っていたんだよなあ
彼等はどうだった?」
「どうって…
今度連れて来いって言ってたな」
「え?」
エルリックの顔が引き攣り、アーネストから視線を逸らす。
「そういうところが駄目なんだろな」
「そうは言うが…」
「妖精郷を破壊したんだろ?」
「う…」
「その事で相当怒っているぞ
青筋立てて言ってたからな」
「あわわわ…」
「ゆっくり話したいって」
「マズい
非常にマズいぞ…」
エルリックを放っておいて、アーネストはギルバートの方を見る。
「どうする?
罠があると見て良いだろうが…」
「当然向かうさ」
「お兄様!」
「ギル」
「殿下」
フィオーナは心配そうな顔をして、ジェニファーとバルトフェルドは懇願する様な顔をする。
「他に方法は無いのですか?」
「そうですぞ
みすみす罠に掛かりに行く様なものですぞ」
「お兄様に何かあったら…」
「大丈夫だ
こっちは話しに行くつもりなんだ」
「しかし女神様は…」
「そうですよ
魔王を差し向けてまで、私達人間を滅ぼそうとしているんですよ」
バルトフェルドとジェニファーは、あくまで止めようとしている
しかしフィオーナは、覚悟を決めた様子だった。
「私…
お兄様とアーネストが心配
でも、それでも行くんでしょう?」
「ああ
それしか女神様を止められないだろう」
「大丈夫なの?」
「ああ」
フィオーナは少し考えてから、決心した様に告げる。
「お願い
セリアも連れて行ってあげて」
「え?」
「あの子はいつも、お兄様を心配している
せめて側に居させてあげて」
「ううん…
元々連れて行く気ではあるんだがな」
「そう
良かった」
セリアを連れて行くと聞いて、フィオーナは後ろに下がる。
しかし代わりに、ジェニファーとバルトフェルドが前に出る。
「そんな、危険ですぞ」
「そうですよ
ただでさえ危険なんでしょう?
そんな場所にセリアまで連れて行くなんて…」
「大丈夫
セリアは精霊達が守ってくれる
それに私だって、負けるつもりで行きませんよ」
ギルバートはそう言って、しっかりと拳を握り締める。
その顔にはある種の決意が見られて、ハッキリと戦う意思を見せていた。
「しかしその前に…
エルリック」
「え?
ああ…」
エルリックは深く絶望していたが、ギルバートに声を掛けられて正気を取り戻す。
「な、何だ?」
「その女神様と話せるって鉄の塊は、何処にあるんだ?」
「え?
私の住処の近くだが?
さっき話しただろう」
「そうじゃ無い
その場所はどこなんだ?」
「ああ
それなら竜の背骨山脈だ
あそこは住み心地が良くてなあ…」
「竜の背骨山脈?」
エルリックが住まいとする場所は、意外な場所にあった。
それは竜の背骨山脈の中腹に、目立たなく隠された洞穴の中にあった。
「竜の背骨山脈…
あんな所に?」
「あそこは良いぞ
さすがは太古に生きていた古代竜の身体だ
レアな資源の宝庫だからな」
「え?」
「古代竜?」
エルリックの言葉に、ギルバートは嫌な予感を感じる。
そしてアーネストは、竜と言う言葉に興味を持った。
「古代竜と言うからには、竜という存在は居るのか?」
「そうだなあ…
私が知る限りには、下級の竜なら存在する
ほら、魔導書に書かれていただろう?」
「魔導書に?」
「ああ
ドラゴンやワイバーン…
あれらが竜種という存在だ」
「ドラゴンって…
ランクBの魔物だろ?」
「ああ
そのドラゴンだ」
魔導書には、魔導王国が調査した魔物の事も記されていた。
そこには炎や雷を吐く、危険なドラゴンという存在も記されていた。
しかしそれは、古代の魔導王国によって滅ぼされていた筈だった。
「ドラゴンって、古代王国が滅ぼした筈じゃあ?」
「ああ
女神様が生み出されたが…
制御出来なくってな」
「え?
そんなに危険な物なのか?」
「そうだぞ
現存すればワイバーンはランクCで、ドラゴンとなればその上のランクBになる
とても人間ではどうにもならない…」
さすがにアーネストも、顔を蒼くしてそれを語る。
しかしギルバートは、その言葉に疑問を覚える。
「え?
だって滅んだんだろう?」
「それはそうだが…」
「ファクトリーがあるからな
材料になる魔物の遺体が揃えば…
或いは?」
「また生み出されるって事か?」
「そういう事だ」
ギルバートの嫌な予感は、ここに来て現実味を帯びる。
このまま女神が魔物を増やし続ければ、いずれはドラゴンの復活も在り得る。
そう考えれば、その脅威は現実の物となるのは時間の問題だった。
「そういう事なら、急いで女神様を説得しないと」
「そうだな
さすがにすぐには、ドラゴンが復活する事は無いだろう
しかし時間を掛ければ…」
「ああ
今も魔物は新たな種が生まれている
危険度は上がり続けている」
「そうなって来ると、急いだ方が良いな」
「しかし殿下、王都はまだ…」
「そうですよ
せめて移民達が落ち着くまでわ…」
バルトフェルドとジェニファーは、まだギルバートが向かう事は反対していた。
しかし説得する為にも、先ずは王都に留める必要があった。
二人は何とかして、ギルバートに留まる様に説得する。
「分かりましたよ
移民が落ち着くまでは居ます」
「ほっ」
ギルバートが残るという事で、二人は明らかに安心していた。
しかしそれも、移民達が落ち着くまでの事だ。
二人は顔を見合わせて、何とか説得しようと考えていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




