第447話
ギルバートは離宮の庭園で、難しい顔をしていた
それは移民の事では無く、先ほどの会談で出た言葉に対してだ
しかしアーネストやバルトフェルドの態度から聞いてはいけない事だとは判断していた
だからこそ、誰にも聞けないで悩んでいた
セリアは精霊達と戯れながら、時々ギルバートの方を見上げる
しかしギルバートは、何かを考えていて上の空だった
その様子に腹を立てて、セリアは若干頬を膨らませていた
そんな様子を見て、フィオーナも心配している
「お兄様?」
「ん?」
「さっきから何を悩んでいるんです?」
「え?」
フィオーナに質問されて、ギルバートは驚いた顔をする。
「ほら!
セリアがむくれているわよ?」
「へ?
あ!
悪い」
「むうう…」
セリアの方に振り向いて、ギルバートは漸く気が付いた。
「すまんすまん
別にセリアの事では…」
「お兄ちゃんはセリアの事なんてどうでも良いんだ…」
「そういう訳では…」
「ふふふふ」
フィオーナはその姿に、少しだけ留飲が下がる思いだった。
しかし気になって、怖い顔をしてギルバートを睨む。
「それで?
大事な婚約者を放っぽってまで、何を考えていますの?」
「う…
いやあ…そのう…」
「私にも言えない事なの?」
「ううん…」
ギルバートは思い切って、フィオーナに聞いてみる事にした。
アーネストとも話す機会があるだろうから、ひょっとしたら知っているかも知れない。
そんな程度の気持ちだった。
「なあ?
フィオーナは死の十字架って聞いた事があるか?」
「ああ
お父様達の事?
誰から聞いたの?」
「ん?」
フィオーナがお父様と言うからには、恐らくアルベルトの事だろう。
しかしギルバートは、アルベルトからそんな名称は聞いた事が無かった。
「そのう…
フィオーナは知っているのか?」
「ええ
ダーナでは有名な話でしょう?」
「いや
私は聞いた事が無かったが…」
「へ?」
「うん?」
ギルバートが知らなかったという事に、フィオーナも驚いていた。
「えっと…
知らなかった?」
「ああ
ハルムート子爵に聞いて初めて知ったけど?」
「そう?
じゃあ…
誰がそうなのかも?」
「ああ」
フィオーナは顔を引き攣らせて、目が泳いでいた。
「それじゃあお父様がそのメンバーだった事も?」
「ああ
そうなのか?」
「え、ええ
若気の至りだったって…
そう…
話していなかったのか」
「ん?」
フィオーナの様子に、ギルバートは若干嫌な予感を感じる。
「お兄様…
いえ、殿下が魔物と戦うのを許された理由は…
覚えている?」
「ああ
父上…
アルベルトの息子だからって」
「そう…
お兄様は知らなかったのか」
「どういう事だ?」
「お兄様が魔物と戦う時、領民達は納得してたわ
ああ、やはりあの聖なる十字架の二人の息子なんだって」
「息子って?」
「ええ
あの二人の息子なら仕方が無いかって」
「ちょ!」
二人と聞いて、今度はギルバートも顔を引き攣らせる。
「まさか二人って…」
「あら?
何のお話かしら?」
そこにちょうどお茶を用意して、ジェニファーが庭園に出て来た。
ニコニコと微笑みながら、ギルバートとセリアを見る。
「あら?
セリアは不満そうな顔ね?」
「うにゅ!
お兄ちゃんは詩の十時か?
そんな事ばっかり話してて」
「セリア!」
「何の話ですって?」
ビキッ!
何かが壊れる様な音がして、ジェニファーの顔に青筋が浮かぶ。
ギルバートは思わず、叱られるアルベルトの姿を思い出す。
これはマズい事になったと、本能的に危険を感じていた。
「詩の十時?
そんな事話してたよ」
「そう…」
「ほほほほ
お母様、そんな事よりお茶を…」
フィオーナは必死に話を逸らそうと、お茶の方に向かって行く。
「ギル
誰から聞いたの?」
「えっと…」
ギルバートは顔を引き攣らせながら、返事に窮していた。
「それで?
誰から聞いたのかしら?」
「そ、それはハルムート子爵という…
帝国の子爵からなんですが…」
「そう…
それはしょうがないか」
ジェニファーはそう言いながら、少しだけ表情が和らぐ。
「それで?
どういう事を聞いたのかしら?」
「それが…」
ギルバートは子爵から、死の十字軍という恐ろしい部隊が居た事を聞いたと説明する。
アーネストとバルトフェルドからは何も聞けなかったので、その事も補足として話しておく。
「そう
二人は何も言わなかったのね」
「ええ
何かに怯える様に…」
「お兄様!」
「あ…」
グギン!
その一言が余分だったと、ジェニファーの顔が告げていた。
先程より顔が険しくなり、持っていた鉄製のお盆の縁が握り潰されている。
「何かに?」
「えっと…」
「その二人って、バルトとアーネストね?」
「はははは…」
「後でお話しないとね」
「ひいいっ」
「お母様…」
「うにゅ?」
セリアは理解していないが、ギルバートとフィオーナは震えていた。
ジェニファーは笑顔を見せてはいるが、その迫力はオーガも逃げ出しそうだった。
「それで?
具体的には何と?」
「へ?」
「ふう…」
ジェニファーは不意に怒りを鎮めて、何とか平静を保とうとする。
「仕方が無いでしょう?
私達も若かったのよ?」
「母上は…
ジェニファー様は今でも十分に若いかと…」
「あら?
嬉しい事を言ってくれるのね」
「お兄様
ナイスです」
ギルバートの一言で、ジェニファーはすっかり機嫌が良くなっていた。
元々隠していたのも、ギルバートに知られたく無かったからだ。
そのギルバートから、お世辞の言葉が出たので機嫌も直っていた。
「それで…
本当にジェニファー様もその…」
「ええ
私達が聖なる十字架だったの」
「え?
私達?」
「そう…
そこまでは聞いていないのね」
ジェニファーは席に着くと、改めてお茶を淹れ始める。
「さあ
セリアにはこれも」
「うわあい♪
焼き菓子だ」
「ふふふふ」
ジェニファーはニコニコしながら、セリアの頭を撫でる。
「フィオーナも少し前までは、こうして喜んでいたのよね」
「もう
私は子供じゃあないのよ」
「そうね
あなたは一児の母になったんですから
これからは、あなたが子供の面倒を見る方なのよ」
「ええ
分かっているわ」
フィオーナは膨れながらも、セリアの口の周りのカスを取ってあげる。
そうしながらも、娘の事が心配になったのだろう。
「ジャーネは?」
「今はメイド達が見てるわ」
「そう…」
「昼寝をしているから、もう少ししたら見に行きなさい」
「はい」
お茶を飲んで一心地着いてから、ジェニファーは話し始めた。
「あれはハルが13歳になった頃でしたね」
「お兄様とそう変わらない年ですね」
「ええ
私達は帝国の学校で、学生をしていたの」
ジェニファーを始めとして、ハルバート国王やアルベルト、それからダガー将軍も一緒だった。
ダガー将軍は年下で、国王達とは面識は無かった。
しかし国王達は、帝都でも優秀な学生として期待されていた。
そんな彼等が、帝国に不信感を抱くのはそう長く掛からなかった。
「私達は学生達で集まって、腐敗した貴族達と戦っていたの
その名前が聖なる十字軍だったの」
「え?
それは帝国に居た時なんですか?」
「ええ
元々は帝国に居た時の話ね」
学生達は集まって、不法な奴隷を集める貴族と戦っていた。
名前を隠して語り合い、貴族の奴隷狩りを妨害する。
その集まりの名前が、聖なる十字軍だったのだ。
「でも…
何で十字軍なんです?」
「それはね、元はメンバーが十人だったからよ」
「その人達は?」
「帝国軍に捕まったりしてね…
残されたのは私とアルベルト、それからハルバートだったの」
暫くは貴族にバレずに、帝国軍からも逃げ延びていた。
しかし貴族の罠に掛かり、数人の学生が捕まってしまった。
そこで危険だと判断して、ハルバートは父親の元へ避難する事にした。
それが当時のクリサリス侯爵、この王都のある場所だった。
「私達は何とか逃げ延びてね…
その時に手助けしてくれたのが、先輩であるバルトだったの」
バルトフェルドは、国王達の先輩だった。
国王達の事を知り、危険だと助言をしてくれたのもバルトフェルドだった。
それから有志を募り、帝都からの脱出を図った。
「当時は帝国の周りも、今ほどは荒れていなかったわ
おかげで私達は、この王都まで逃げ延びたの」
「それで国王様達は?」
「帝国から着いて来た学生達を集めて、ここで帝国と戦う事を決めたわ
その時に決死隊の名前が、聖なる十字軍に決まったの」
「なるほど…」
最初は聖なる十字軍は、小さな反乱軍だった。
しかし次第に人が集まり、軍は大きくなって行く。
そうして逃げ延びていた女神様の教会の司祭が、後ろ盾に着く事になる。
「オウルアイ卿はそこで知り合い、フラシス王国の司祭と引き合わせてくれたわ
それでハルが、国王として立ち上がる事になったの」
「そこまではお父様も、私に話してくださったわ」
「え?
フィオーナには話したのか?」
「ええ
若気の至りだったって」
「そう…
アルベルトは話していたのね」
「え?
でもお母様の事は…」
「そこは話していないの?」
「ええ
お母様とは同じ学校の学生だったって…」
「そう…」
一瞬ジェニファーの顔が引き攣っていたが、話されていないと知ると和らぐ。
よほど話されたく無い事があるのか、ジェニファーは気にしていた。
「私とアルベルトは、同じ帝都の学校に居たのよ
ハルが1つ上だったんだけど…
同じ年に入学したのよ」
ジェニファーは当時を思い出しながら、楽しそうに話していた。
「バルトはさらに上でね、私達の面倒を見てくれていたわ」
「バルトフェルド様も同じ学校に?」
「ええ
ハルの父親に頼まれてね
バルトは平民の出だったから」
「それじゃあ母上やバルトフェルド様は、その頃から知り合いなんですか?」
「ええ
バルトにハル、アルベルトと私
学生の頃は楽しかったわ」
ジェニファーは懐かしそうに、昔を振り返っていた。
「しかし…
何で聖なる十字軍何ですか?」
「え?
それは十人だからってさっき…」
「そうよ
最初の十人が理由よ」
「そうでは無くて…
何で聖なるなんですか?」
「それは…」
ジェニファーは顔を赤くして口籠る。
「え?」
「ハルが言い出したのよ」
「え?
国王様が?」
「ええ
最初の襲撃の際にね
ハルが覆面を着けて…
これで押し入ろうって」
「それで?」
ジェニファーは困った顔をして話を続ける。
「当時は剣なんて持っていなかったから、近所の農家の鍬や鎌を拝借して…」
「それがクリサリスの鎌ですか?」
「ええ
貴族を倒した後に、我々は神聖な使命を帯びた十人だって
それで鎌を十字架に見立てて、女神様に誓ったの」
「え?
帝国は六大神教では?」
「そうなのよね…
ハルは昔の女神様の教えを調べてて、それでそっちに傾倒しちゃったのよ」
ハルバートは女神の教えを持ち出して、奴隷制や選民思想を批判していた。
それで女神様を神聖視して、聖なる十字架という言葉を用いていた。
それを神聖と言う地名に掛けて、聖なる十字架と名付けたのだ。
そして聖なる十字架を旗印に、聖なる十字軍が結成された。
「当時の私達は、若さから熱狂していたのよね
それで貴族に反抗していたの」
「なるほど
それではクリサリスの鎌は、その頃からあったんですね」
「ええ
今の巷に流行ってる話は、吟遊詩人が広めた話なのよ
本当は若者の特有の、恥ずかしい黒歴史ね」
「ああ
そう言えばバルトフェルド様も、黒歴史って言っていましたね」
ギルバートは思わず、バルトフェルドの名前を出していた。
「ギル?
バルトは何て話していたのかしら」
「え?
当時の者が恥ずかしがるから、決して聞くなって」
「それでどうして、私に聞いたのかしら?」
「え?
そ、それは母上が知ってそうなので…」
ギルバートは震えながら、上目遣いでジェニファーを見る。
「仕方が無いわねえ」
「お兄様
そこは内緒にしておかないと」
「いや、思わずな」
ジェニファーがそれほど怒っていないので、ギルバートはホッと胸を撫で下ろす。
「しかし
覆面をして貴族の家に押し入ってたんですか?」
「ええ
その当時はまだ、帝都にも緑が残っていてね
貴族も贅沢な暮らしをしていたわ
それで調子付いたのかしら、農民を奴隷にしてたのよね」
「そうなんですか…」
「ええ
でもそれも戦争が起こるまでの事ね…
その後は色々あったみたいで、今では荒れ果ててるって聞いたわよ」
「そうですね」
ギルバートが見た限りでは、緑が残されているのは帝都の中心の一角のみだった。
他は荒れ地になっていて、作物もあまり育っていなかった。
「そういえば覆面は当時、貴族の間に流行っていたわね」
「え?
貴族に?」
「ええ
怪盗紳士って盗賊がね、悪徳な貴族を懲らしめて回っていたの」
「へえ…
そんな人が居たんだ」
「ええ
ハルもそれに影響されてたのよね」
怪盗紳士は、奴隷を抱える貴族を狙って盗みを働いていた。
そうして得た蓄えを、こっそりと貧民街に配っていた。
当時は動乱の影響で荒れていて、貧困に苦しむ平民は多く居たのだ。
盗賊はそんな貧困に苦しむ者達に、食事を買える様に金をバラ撒いていた。
「怪盗紳士か…
何か恰好良いな」
「お兄様…」
「ふふ
殿下も男の子ね
ハルと同じ反応だわ」
「はははは」
ギルバートは照れながら、謎の盗賊に想いを馳せる。
「恰好良いと思いません?」
「そうね
当時は私達も、彼の腕には憧れたわ」
「お母様まで…」
「会ってみたかったな」
「案外近くに居るかも」
「え?」
「ふふふふ」
ジェニファーはすっかり機嫌を直して、おかしそうに笑っていた。
まだまだ続きます。
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