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聖王伝  作者: 竜人
第十四章 女神との邂逅
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第446話

ギルバートは、王宮の食堂で食事をしていた

そこにはハルムート子爵も居て、アーネストやバルトフェルドも同席している

ハルムート子爵とは、王都での暮らしの事で話し合っていた

今は話し合いを中断して、休憩の為に食事をしていた


ハルムート子爵は、美味そうに野菜をかき込んでいた

砂漠では野菜が希少で、こうしてサラダにして食べる事は出来なかった

だから多量の野菜を見て、美味い美味いと食べているのだ

その様子を見て、バルトフェルドは苦笑いを浮かべる


「子爵殿

 それは普通の野菜なんじゃが…」

「いや、砂漠では滅多に見られなくてなあ」

「はあ…」


昨晩の食事でも、子爵は喜んで食べていた。

いや、むしろ食べ物全般を美味そうに食べていたのだ。


「はあ…

 帝国は大変な状況なんですな」

「いえ

 帝国と言うより、子爵の領地がですね

 他の場所では、まだ作物が出来る場所も残されていますから」

「そうですね

 帝都はまだ大丈夫かと」

「それも長くは続きませんがね」


子爵の説明から、バルトフェルドは顔を顰めていた。

食べる物も満足に出来ない土地で、どうやって生き延びて来たのか?

それを考えると、目の前の野菜が貴重に思えた。


「そんな過酷な環境で、よく生き延びられましたな」

「ええ

 時にはサボテンを齧り、魔獣の不味い肉を食べていました」

「不味い?」

「ええ

 こんな美味い魔獣もいるんですね」


「砂漠に住む魔獣は、臭いが酷くて食べれたものじゃあ…」

「そうなのか?」

「ええ

 あれは強烈だったな…」


ギルバートもアーネストも、サンドワームを思い出す。

サンドリザードはまだ、苦みや臭みも少なかった。

しかしサンドワームは、とても食べれそうな物では無かった。

しかしそれさえも、砂漠の民は希少な食料と捉えていた。


「サボテンはまだ…」

「ああ

 味はほとんどしないがな」


バルトフェルドはそれを聞きながら、目の前のサラダを食べる。

サラダには魔獣の肉を煮込んだ、美味いソースが掛かっている。

それを考えれば、これはなんという御馳走に感じられるのか?


「この食事が食べられると考えるだけで、キツイ労働も出来そうですな

 わはははは」

「はははは…」


食卓には微妙な乾いた笑いが響き、子爵だけが上機嫌で楽しんでいた。


「さて

 食事も終わったわけですが」

「ええ

 話し合いの続きをしましょう」


一同は再び、待合室に集まっていた。

メイドがお茶を用意して、そのまま下がって行った。

それを合図に再び話し合いが始まる。


「一般職への振り分けは、先ほどの内容で良いとして…

 問題は兵役ですね」

「ううむ…

 こればっかりは…」


兵士への希望は500名近くの移民の内、僅か150名ほどだった。

これはギルバート達の戦いを見て、尻込みしているのが原因だ。

一応子爵は、半数近くの220名を予定にしている。

しかし戦闘経験がある者は、その内の150名ほどだ。


「150名に関しては、一応魔獣との戦闘経験はあります

 とは言っても、複数人で何とか1体倒せる程度ですが…」

「その辺は訓練を受けて、実際に鍛えてみなければ

 最悪、街の衛兵でも需要はありますし」


街の衛兵ならば、魔物を倒すほどの力は必要無い。

むしろ住民同士のいざこざを収める、人当たりの方が重要視される。

その辺を考えて、先ずは全員を訓練させる事にする。


「訓練ですか…」

「ええ

 先ずは基礎の訓練、身体強化からですかね」

「おい、ギル

 いきなりそれは…」

「そうですぞ

 変に力を付ければ…」


アーネストとバルトフェルドは、帝国の兵士が力を付けるのを懸念していた。

しかしギルバートは、そんな事は些細な問題だと捉えていた。


「これから魔物と戦う事は増えるだろう

 それなのに力が無くては、彼等が生き残る事が難しくなる」

「しかし…」

「仮にも敵国だった者達ですぞ」

「しかし今は、これから共に戦う者達だ

 最低限の力は身に着けてもらう」


これにはギルバートも、反対はさせなかった。

彼は先ずは、兵士達を集める事から始める事にする。


「子爵

 明日からで良いので、兵士を王都中央の宿舎に集めさせてください

 場所はここです」


そこは嘗て、ギルドの集まっていた場所になる。

今はギルドの建物も、巨人の襲撃で破壊されている。

そこに仮設ではあるが、仮の兵舎が建てられている。

そこに兵役に就く者を、一旦集めさせる。


「素直に聞くとは思えませんが…」

「どうしてです?」

「それは訓練が厳しいと聞いていますから」

「ああ…

 しかし中には、頑張ってみようという者も居ましたよね?」

「そんな骨のある者は一握りですよ」


実際に兵役を希望する者は、僅か70名ほどである。

他は仕事に自信が無くて、兵役ぐらいしか出来ない者達である。

そんな者達に、兵士としての自覚や厳しさを叩き込む。

逃げ出さないかという事の方が、子爵は心配していた。


「あまり無理に扱くと、逃げ出すんじゃ…」

「それは承知していますよ

 そういうのは帝国とか王国とか関係無いですからね」


兵役の苦しさから逃げ出し、街で荒れる者や城外に出る者も居るだろう。

そうした者達は、悪い仲間とつるんで悪事に手を染める。

そうならない為にも、最初に兵士達の実力を見せておく。

そうする事で、下手に兵士に逆らわない様に考えさせるのだ。

だからギルバートは、兵士の訓練を街の中央で行う事にした。


「まあ、物は試しです

 明日から始めますから」

「それはまた、早急ですな」

「ええ

 彼等には先ず、現実を知っておいてもらわなければ…

 その為に集まってもらいます」


「殿下?

 まさか…」

「ええ

 空いてる兵士を借りますよ」

「はあ…」


バルトフェルドの溜息に、子爵は首を傾げる。


「詳しくは明日の訓練で

 初日は大した訓練では無いので」

「分かりました

 ワシの方で集まる様に声を掛けておきます」

「ええ

 お願いします」


兵士の訓練の話も纏まり、子爵は溜息を吐いた。


「ふう…

 しかし奇妙な事ですね」

「え?」


「あれだけ恐れていた、死の十字架(デス・クロス)の下に集まるなんて…」

死の十字架(デス・クロス)?」

「ええ

 あれの事ですよ」


子爵はそう言って、部屋の隅に立つ兵士の、手に持ったクリサリスの鎌を指差す。


「クリサリスの鎌ですか?」

「ええ

 死を呼ぶ十字架です」


クリサリスの鎌は、別名聖なる十字架と呼ばれている。

その由来は帝国軍が呼称したからだと言われている。

しかしギルバートは、その由来を知らなかった。


「死の十字架か…

 確かに聖なる十字架と呼びますが、何で十字架なんでしょう?

 私には7にしか見えませんが…」

「ああ

 それは死の十字軍(デス・クルセイダー)という部隊がありましてね

 帝国ではそれはそれは恐れられていて…」

「子爵殿!」

「ハルムート子爵

 その名前はまずいです」

「え?」


アーネストとバルトフェルドは、その名前を聞いて慌てる。

周囲を見回して、誰も聞いていない事を確認する。


「何でですか?」

「それは当人が居て…」

「アーネスト殿!

 それはマズいですって」

「しかしバルトフェルド様…」

「何だ?

 どうしたんだ?」


二人は焦った様子で、その名前に拒否反応を示す。

まるで誰かに聞かれては、マズいといった様子だった。


「兎に角、聖なる(ホーリー)十字軍(クルセイダー)は王国でも黒歴史なんです」

「そうですぞ

 本人に聞かれたら…

 想像しただけで恐ろしい」

「何なんだよ?

 本人って誰だ?」

「それは知らない方が…」

「ああ

 その方がギルには幸せだろう」

「え?」


ギルバートは思わず、理解出来ないで呟く。


「母上…

 ジェニファー様やエカテリーナ王妃様に聞けば分るかな?」

「聞くな!」

「ワシ等が叱られるんですぞ

 頼みますから、それは忘れてくだされ」


二人の必死な様子に、ギルバートと子爵は肩を竦める。


「そんなにマズい事なのか?」

「ああ

 本人達は忘れたい過去の話なんじゃ」

「そうだぞ

 聞かないでやってくれ

 誰が話したかって、オレ達が疑われる」

「え?

 何が何だか分からないんだが…」


二人に頭を下げられて、ギルバートは不承不承頷く。


「ええっと…

 話を戻してもよろしいですか?」

「あの名前を使わないのなら」


二人に念押しをされて、子爵も困った顔をする。

聖なる十字軍の名前を出せないとなれば、この話はこれ以上出来ない。

そこで話題を変えるしか無かった。


「まあ、あの武器の名前は…

 クリサリスの鎌でよろしいですか?」

「ええ」

「その方が無難でしょう」


「クリサリスの鎌ですが…

 我々帝国民にとっては、魂を刈り取る鎌に見えるんですよ

 それこそ同族の血をたっぷり吸った、恐ろしい鎌に…」

「確かにそうでしょうね

 騎士団が身に着けて、戦場で大いに活躍したと聞きます

 帝国からすれば、恐ろしい死の象徴なんでしょうね」


クリサリスの鎌は、攻撃に特化した武器に仕上がっている。

元は地方の領主であったハルバート侯爵が、戦いに鎌を使った事が由来だ。

帝国に反攻を始めた時に、手近にあった鎌が使われたとされている。


「剣が折れた時に、ちょうど農民が使っていたそうなんですよね」

「まあ…

 そういう話になっておりますな」

「え?」

「バルトフェルド様!

 詳しくは…」

「あ!

 はははは…」


「陛下が敵軍に囲まれた時に、農民の持つ鎌を借りたそうじゃ

 それで帝国軍の兵士を、文字通り刈り取ったという逸話もある」

「そうですね

 私もその様に聞いています」

「まあ、実際は多人数との戦闘に、特化した武器として改良されたんだがな」


武器としてのクリサリスの鎌は、大きく伸びた刃が特徴的であった。

農具の鎌は木の棒に、剣や鉄製の刃を括り付けた物になる。

それをもっと戦闘に適した様に、刃を湾曲させて短くしている。

そして先端には、突く事も出来る様に穂先も作られている。

こうして改良を加えて、より振り回し易い様に作り直されていた。


「当時はあれを持った軍に、我々の騎士達は手酷くやられました」

「それはそうでしょう

 当時の帝国軍は、剣と槍が主力だったんでしょう?」

「ええ

 物資不足も祟って、長柄の武器や弓矢は少なかったんです

 それも敗因なんでしょうね」


中距離戦闘向けの槍で突っ込み、近接戦では剣で戦う。

本来は魔術師達の、後方からの援護も当てにしていた。

しかし王国側は、鎌で一気に近付いて、多くの敵兵を屠って行った。

これはクリサリスの鎌が、中近両方の特性を持っていたからだ。


近接戦闘でも、味方が近くに居なければ振り回して攻撃出来る。

この点が槍より優れていたのだ。

帝国側が粘れたのは、王国の騎士がまだ不慣れだったからだ。

戦いが長引くほど、鎌の扱いに慣れた騎士が増えて来る。

そうして帝国の騎士団は、少しずつ押し返されて行った。


「手練れの魔術師達を、多く失ったのも敗因でしょうな」

「そうですな

 まさか魔力災害が、ワシ等帝国側の仕業だったとは…」


帝国の魔術師達は、有能な者を多く召し抱えていた。

しかしその魔術師達も、魔力の暴発に巻き込まれて、多くの者が命を失った。

それが魔力災害であったのだが、帝国側はそれを隠していた。

皇帝の命で行った、魔法の実験が原因とは公表したく無かったのだ。

結果としては、それが原因で帝国は敗走を余儀なくする。

その敗走の間に、皇帝や皇子も命を落としていたのだ。


「帝国の魔術師達は、雷や火球を放つ恐ろしい集団だと記録されています」

「そうですな

 当時の帝国には、多くの魔術師が居ましたからな

 それぐらいはしておったでしょう」

「ワシも参戦しておったが、あれは凄まじかったぞ」


バルトフェルドは当時を思い出し、しみじみと頷く。


「おお

 バルトフェルド様はその戦に?」

「ああ

 ワシはザクソン砦の北に布陣しておったのう」

「あそこが恐らく、一番の激戦区でしたでしょう?」

「ああそうじゃ

 一時は魔術師達に押されて、この王都近郊まで下がらなければならなかった」


子爵とバルトフェルドは、当時の戦いを思い出して話す。

子爵はバルトフェルドよりも若く、戦闘には参加していなかった。

しかし生き残りの兵士達から、当時の状況は伝わっていた。

その兵士達も、再び戦場に向かって帰らぬ人となっていた。

それほど当時は、国境を巡る激しい戦が続いていたのだ。


「魔術師達が残っておれば…

 あるいは王国は生まれなかったじゃろうな」

「そうですな

 その後の国境を巡る小競り合いでは、こっちは敗け続きでしたから」


虎の子の魔術師を失い、帝国の兵力は大きく減少して行く。

王国が停戦を宣言しなければ、帝国の領土はもっと減っていただろう。

しかしハルバート国王は、それ以上の戦を望んでいなかった。


元々は帝国から独立が目的であり、帝国を滅ぼそうとまでは考えていなかった。

それはハルバートが、皇子の幼馴染でもあったからだろう。

彼は帝国の苦境を知っていて、これ以上の侵攻は不毛だと判断した。

それに国境では、魔力災害の被害が出ていた。

そうした事も考えて、国王は停戦を宣言したのだ。


「王国が兵を引いてくださり

 ワシ等も生き延びる事が出来ました」

「しかし…

 その後は大変じゃったのじゃろう?」

「ええ、まあ…」


国教に近い場所では、多くの死者が出た事で人手も不足していた。

それに加えて、徐々に土地は活力を失い、枯れ果てて行った。

子爵の領内でも、人の住めない土地は増える一方だった。


「まあ

 そうした事情で移民の話も受けたんですがね」

「うむ

 ここなら少なくとも、食い物は十分にある」

「ええ」

「その代わり、労働力には大いに期待しておるぞ」

「はははは

 よろしくお願いします」


子爵とバルトフェルドは、笑いながら固く手を握り合った。

そんな様子を見ながら、ギルバートは未だに疑問を抱えていた。

聖なる十字軍って何だろうと…。

まだまだ続きます。

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