第444話
王宮の中では、久しぶりに穏やかな時間が流れていた
王太子が帰還した事で、メイドや家人は忙しく動いていた
騒ぎの片付けは終わったが、掃除が追い着いていない
急遽控えのメイド達も呼ばれて、あちこちで掃除が行われる
しかし王太子達の前では、みなは安心して仕事に掛かっていた
王都の中では、依然として混乱が続いている
住民達は昨日までの、熱狂から醒めていた
しかし状況が理解出来ず、何で騒いでいたのか思い出せない
取り敢えずは身の回りを片付けて、日々の雑事に追われる
しかしその顔は、何で騒いでいたのかを思い返しては、首を捻っていた
「まだ落ち着かないな」
「ああ
あんな騒ぎの後だからな」
「そうだな
何であんな事を信じてたのか…」
衛兵達も、そんな状況に困惑していた。
薄っすら覚えているのは、新国王が即位したという騒ぎだ。
住民達は熱狂して、数日のお祝い騒ぎとなっていた。
しかし冷静に考えれば、それは奇妙な事であった。
「王妃もだが…」
「ああ
王太子殿下が居ながら、何でフランツ様を国王だなんて…」
中には影響が少なくて、騒ぎに混じらない者達も居た。
そんな者達は、騒ぎを危険視して家に籠っていた。
それが収まったところで、王都の広場に出て来ていた。
「一体全体、何の騒ぎだったんだ?」
「魔物だって」
「魔物?」
「ああ
どうやってか、王宮に潜入していたらしい」
「それで新国王に?」
騒ぎから離れていた住民達は、状況を理解しようと情報を集めていた。
その辺りからも、洗脳に掛からなかった理由は伺えていた。
自分の目と耳で、情報を精査していたからだろう。
「いや、国王自身はフランツ様みたいだ
しかしそれも、魔物に操られていたみたいだがな」
「ほら、これを見ろよ」
城の兵士達が、新たな触れを貼り出していた。
そこには魔物が潜入して、国王を操っていたと書かれている。
それで偽王妃が現れて、この騒動になったと書かれていた。
「それでは国王様は?」
「魔物に操られて即位宣言をしたんだろう?」
「そもそも王太子殿下がいらっしゃるのに、国王にはなれないだろう?」
フランツの即位宣言も、魔物に操られての事だと書かれていた。
当面は王太子が、暫定国王として王宮に立つと記されている。
その事で住民達は、王太子が帰還した事も知る事が出来た。
「まあ、殿下がいらっしゃるならな」
「ああ
陛下の隣で指揮なさっていた
あの方なら大丈夫だろう」
「そうだな
これで王国も安泰だろう」
そう宣言する者の一部は、騒ぎを収める為に街に出た兵士達だ。
住民に扮して、こうして話を触れ回っている。
これはアーネストが、事前に提案していた事でもある。
こうして触れ込む事で、騒ぎを鎮め様という考えなのだ。
「王太子殿下か…」
「戻って来られたんだな」
「出奔したと聞いていたが…」
「それも嘘らしいぞ?」
「何だって?」
「ほら
あちらの一団」
「何だ?」
「見慣れない恰好の一団だな」
「砂漠の民らしいぞ」
「砂漠の?
それじゃあ帝国の?」
「くそっ」
帝国の民と聞いて、一部の住民達は途端に警戒する。
王国の中では、未だに帝国に反感を持つ者は多い。
帝国との戦いで、祖父母や親戚を失った者も居るのだ。
未だに根強く帝国を恨む者は、少なからず残っている。
「何でも王太子殿下が、王都の復興の為に呼び寄せたらしいぞ」
「ここの?」
「復興に?」
「ああ」
兵士は目立たない様に、住民達に説明をする。
「王太子殿下はどうやら、魔物と戦うには人間同士の結束が必要だと考えたらしい」
「人間同士の?」
「それで帝国とか?」
「ああ
長年いがみ合っていた、帝国とも和解したらしい」
「そんな…」
「しかしそれが本当なら、凄い事だぜ」
「ああ
陛下でも、帝国とは和解なんて考えておられなかった」
「そうだな…」
「陛下は帝国から離反された立場だもんな」
住民達も、国王が元は帝国貴族だと承知していた。
それでも、帝国の方針に反対して、独立した事を称賛していた。
だからこそ王国は、国王を盛り立てて、ここまで発展していた。
「だからこそ凄いんだ
立場や利害を超えて、互いに手を結ぶ事を認めさせたんだ」
「そうだよな…」
「ああ」
「しかしオレは…」
「個人の考えなんて、この際置いておけよ
問題は魔物から生き残る事だろう?」
「そりゃあそうだが…」
「気持ちは分からなくないが、帝国を恨んでも家族は生き返らないだろう?」
「くうっ…」
兵士達はあちこちで触れ回ると、兵舎の裏で扮装を解く。
「ふう…」
「上手く行ったかな?」
「どうだろうな?」
「しかし、感触はあった」
「そうだな
ちょうど移民の一団が入って来て良かった」
兵士達はそう言いながら、王宮に引き上げて行った。
王宮では朝から、穏やかながら騒がしい朝を迎えていた。
食堂や王族の居室は、最低限の片付けは終わっていた。
しかし大広間は血の汚れが残っており、謁見の間も閉鎖されていた。
手の空いている者は、壊れた家具の片付けや、血の汚れを洗い流していた。
「なんて言うか…
大丈夫か?」
「ん?」
ギルバートは食堂で、ぐったりするアーネストを心配していた。
隣にはセリアが座り、朝からベタベタと抱き着いている。
「アーネスト」
「フィオーナ…
っとジャーネちゃあん」
「こら
静かに
やっと眠ったんだから」
フィオーナが抱えているのは、二人の愛娘のジャーネだ。
二人がこっちに顔を出している間は、ジェニファーが代わりに世話をしていた。
王宮が落ち着きを取り戻したので、再びフィオーナが世話をしているのだ。
アーネストは娘の前では、デレデレと甘えた声を出していた。
よほど可愛く見える様だ。
「大丈夫そうだな…」
「ん?」
「さっきまでは死にそうだったのに…」
「ああ
フィオーナが寝かせてくれなかってな」
「え?
ジャーネじゃ無くて?」
「馬鹿」
ゴス!
「ぐふっ」
アーネストは鋭いボディーブローで、思わず悶絶する。
フィオーナは顔を赤くして、アーネストを睨んでいた。
「ふ、ふぎゃあ」
「あ…」
「ぐ…
ジャーネちゃあん
大丈夫だからね」
二人は泣き出したジャーネを、慌ててあやし始める。
「はあ…」
「殿下もお早くお世継ぎを」
「分かってる」
ギルバートは口をへの字に曲げながら、腕に抱き着くセリアを見る。
「うにゅ?」
「何でも無い」
「うふふ」
セリアは頭を撫でられて、気持ち良さそうな顔をする。
そんな二人の様子を見ながら、バルトフェルドは書類を捲っていた。
食堂では些か行儀が悪いが、急ぎ目を通す必要があった。
何故ならそれは、移民の内訳が記されていたからだ。
「バルトフェルド様」
「なんだ?」
「移民が、移民と名乗る一団が来ました」
「来たか…」
バルトフェルドは返事をしながら、ギルバートの方を見る。
ギルバートも頷きながら、セリアの手を取って立ち上がる。
「すぐにお通ししろ」
「はあ?
よろしいんですか?」
「構わんと言っている」
「ですが帝国の…」
「それでもだ
失礼の無い様にな」
「はい」
兵士は敬礼をして、そそくさと食堂を出て行った。
「殿下
やはり帝国には…」
「ああ
だが思う所があっても、今はそういう状況では無い
互いに手を取り合う時なのだ」
「はい…」
バルトフェルド自身には、帝国に対する偏見や嫌悪感は無い。
むしろ正々堂々戦った、皇帝や騎士達には称賛さえしている。
しかし兵士達の中には、子供の頃から帝国の非道を聞いて育った者も多い。
そんな偏見を捨てて、いきなり仲良くなれと言っても難しいだろう。
「先ずは顔を合わせて、互いの誤解を解く必要があるな」
「誤解ですか?」
「ああ
確かに鼻に着く貴族も居た
しかしそれは、王国も同じじゃあ無いのか?」
「はあ…
それはそうでしょうが…」
ギルバートが先頭に立って、王城の城門に向かう。
謁見の間はまだ、血の汚れが残っていた。
だからそこでの会合は、好ましいとは思われなかった。
「客間を空けておいてくれ」
「はい」
「それと待合室で会談する
準備を頼む」
「はい、殿下」
メイドや家人に指示を出しながら、ギルバートは回廊を進む。
「ふぎゃあ」
「ああ…」
「フィオーナ
ジャーネを連れて下がっててくれないか?」
「でも…」
フィオーナとしては、ハルムート子爵に挨拶はしておきたかった。
夫であるアーネストを助け、国交の手助けにもなってくれた。
子爵には感謝をしているのだ。
「ジャーネの事もある
子爵には私からもはなしておく」
「うーん…」
「ジャーネ
ママの言う事をよく聞くんだぞ」
「まだ分からないいって」
フィオーナは苦笑いをしつつ、娘を抱いて一行から離れる。
さすがに娘を抱いたままでは、他国の移民には会わせられないだろう。
仕方が無いので、娘を抱いて控えの間に下がって行った。
城門では、移民の代表としてハルムート子爵が立っていた。
他の移民達は、兵士の指示に従って各施設に移動していた。
兵士志願は兵舎に、住民として暮らす者は仮の宿舎に移動していた。
「ハルムート子爵」
「ギルバート殿下
再びお会いできて感激です」
「はははは
たった2日しか経ってませんがね」
二人は王国の仕来りに倣い、固く握手を交わした。
臣下の礼は同国の者が行う事である。
移民ではあるが、子爵は帝国の貴族でもある。
彼がギルバートに臣下の礼を執ると、王国の臣下という事になってしまう。
「おい…」
「あれでは子爵と殿下が対等という事になるぞ?」
兵士達は騒然とするが、ギルバートはきっぱりと宣言する。
「子爵には私が、王都復興の為に移民として来ていただく様に説得した
だから臣下や格下では無く、対等の客としてお迎えする
何か問題でもあるか?」
「いえ、決してそんな」
「そうですよ」
「しかし一国の王太子が…」
兵士の中には、なおも反対の声を上げる者も居た。
「お前達の言い分も分かるが、彼は我が国が向かえる賓客でもある
その事を忘れるな」
「しかし王太子と子爵では…」
「立場がどうこうでは無い!
王国と帝国は、これから対等な友好国となる
その事を忘れるな」
ギルバートはそう宣言して、不満を述べる兵士を見る。
それで兵士も、それ以上の不満は洩らさなかった。
彼としては、帝国との友好は納得していなかった。
しかし国のトップがそう判断したのだ。
納得するしか無いのだ。
「さあ
こちらで会談を…」
「良いのですか?」
「ああ
彼等にも色々思うところはあるだろう
しかし今は、そういう感情に振り回されている場合では無いんです」
「ふむ…」
子爵はそこで立ち止まり、兵士達の方に向き直る。
「子爵?」
ギルバートは子爵の行動に、疑問を持って声を掛ける。
この様な行動は、事前の打ち合わせにも無かった事だった。
「諸君らの不満もよく分かる
ワシが同じ立場なら、不満の一つも漏らすだろう」
「え?」
「何だ?」
子爵はそこで、いきなり膝を着いて頭を下げた。
これは帝国でも、一番重い謝罪の仕方だった。
「し、子爵?」
「ワシが謝ったところで、諸君らの気が治まるとは思っていない
しかしワシ等は、いい加減いがみ合う事には飽いでいるのだ」
子爵は頭を下げたまま、兵士達に訴える。
「ふざけるな!
あんたら帝国に、おれの爺さんは殺されて…」
「過去にその様な事があったのだな
しかしワシも、祖父が王国の騎士と戦って討ち取られておる」
「う…」
「それでもワシはな、それを飲み込んでここに来ておる」
「子爵…」
この子爵の行動は、さすがに兵士達の心にも響いていた。
「もう…
良いんじゃないか?」
「それは…
そのう…」
「これ以上いがみ合って…何になる?」
「…」
「これからは共に、手を取り合って魔物と戦う
それで良いじゃ無いのか?」
「分かったよ」
兵士はそう言うと、膝を着いて子爵の前で頭を下げる。
「オレの言い分も子供っぽくて申し訳なかった」
「では?」
「ああ
共に戦いましょう」
二人は膝を着いたまま、固く手を握り合う。
「ワシ等はまだ、魔物と戦う術を知らない
先ずは貴殿達から、その技術を伝えて欲しい」
「技術だなんて…」
「魔物と戦えるのだろう?」
「あー…
それは、まあ…」
「それを教授して欲しい」
兵士は頭を掻きながら、子爵に頷いてみせる。
「オレ達で良かったら」
「おお
お願いします」
「こちらこそ、お願いします」」
二人が和解した姿に、他の兵士達も納得する。
そして拍手で二人を迎え、立ち上がらせて称賛する。
「子爵様
共に戦いましょう」
「ああ
よろしく頼む」
「戦い方なら、殿下が詳しいです」
「オレ達はそこまで…」
「それでも戦った事は生きていると思いますよ
頼もしいと思っています」
「はははは…」
子爵はそこで、暫く兵士達と語らっていた。
「どうやら収まった様ですね」
「はあ…
しかしあいつ等…」
子爵は気にしていなかったが、彼等は一般の兵士でしか無い。
相手が子爵なので、こちらの方が失礼に当たるのだ。
バルトフェルドは苦笑いをして、後で叱っておきますと呟く。
兵士達が落ち着いたところで、子爵に無礼でしたと頭を下げさせる。
それで話は収まったが、今度は子爵が苦笑いを浮かべていた。
「ワシは気にしておらんのだが?」
「ですが、不敬と噛み付いておいて、こっちが不敬な行いをしてたんじゃあ…」
「しかし、ワシも明日からは一兵卒です」
「子爵?」
「それに…
蟠りは捨てて話したいですからな」
子爵はこの時点で、家名を棄てるつもりでいた。
王国で新たに、自分の力で成り上がろうと考えていたのだ。
その為には、却って今までの家名は邪魔でしか無かった。
だから一兵卒として、やり直そうと考えていた。
「先ずは今後の事から…
そこから話し合いましょう」
子爵はそう言って、ニヤリと笑うのであった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




