第441話
王都に入ったギルバートは、いきなり牢獄に送られる
そこでギルバートは、王宮内の様子がおかしい事に気付く
牢を出たギルバートは、王宮の謁見の間へと到着する
そこに居たのは、魔物と化した妹のエリザベートだった
魔物を倒したギルバートは、謁見の間を見回す
そこは何とも言えない状況になっていた
フランツは玉座に座って、下半身を露出したまま震えている
そして騎士達は裸になって、気持ち良さそうに気絶していた
「きゃー!」
「何なのこれは!」
「違う、オレは何にも…」
「一体どうしたんだ?」
広間の方から悲鳴や、狼狽えた男の声が聞こえて来る。
「どうやら正気に戻った様だな」
「その様だが…」
それまでにしていた事が、帳消しになる訳では無い。
ほとんどの兵士や騎士は、牢にでも入れておく必要があるだろう。
「王宮内の全ての兵士が…
こうなのか?」
「さあ?
それにしてはバルトフェルド様の姿が見えない」
城中の騎士や衛兵がそうなら、とてもじゃ無いが騒ぎは静められないだろう。
しかし広間からは、怒号と牽制する声が聞こえて来た。
「どうやらまともな兵士も残っていたんだな」
「ああ
どうやら逃げていたんだろう」
暫く外が騒がしくなり、ギルバートはセリアを背負って謁見の間の前に出る。
そこで待っていると、やがて正装した騎士団が駆けて来た。
「そこで何を…」
「待て
あれは殿下だ」
「殿下?
本当だ」
「殿下
良くぞご無事で」
騎士の中の幾人かは、バルトフェルドの元で見た事のある顔だった。
彼等はギルバートに気が付き、手を振りながら近づいて来る。
「お前達は何処に居たんだ?」
「我々は城内の異変に気付き、バルトフェルド様と離宮に立て籠もりました」
「あそこに逃げ込んだ者達は、まだまともだったんで…」
「そうか…」
「フィオーナは?
フィオーナは無事なのか?」
「はい
フィオーナ様もお嬢さんも無事です」
「お嬢さん?」
「ええ
可愛い娘さんですよ」
「アーネスト様が居ない間に大変だったんですよ」
「おお…
おおおお!」
「良かったな
アーネスト」
フィオーナの無事と共に、アーネストの子が生まれた事も確認出来た。
アーネストは感激して、思わず泣き始めていた。
「それで…」
「この状況は?」
「ああ
先ずは謁見の間の処理からだな
フランツも拘束するか?」
「そうですね
大分好き勝手やっていましたからね」
「いくら魔物に操られていたとはいえ…」
騎士達は呆れた様に肩を竦めると、さっさと謁見の間に入って行った。
「うわっ!」
「何だこれ?」
「みっとも無いなあ…」
騎士達の呆れた声が聞こえて、慌ててシーツを持って来る。
さすがに裸のままでは、連行は憚れたのだろう。
騎士達をシーツで隠して、牢に連行する。
その間に、ギルバートは騎士に確認する。
「よく無事だったな?」
「ええ
最初に異変に気付いたのは、マリアンヌ様でした」
マリアンヌがエリザベートの様子が変だと、先ずはバルトフェルドに報告した。
その頃には既に、騎士達にも影響が出始めていた。
フランツはエリザベートの前で、だらしない顔をして媚を売っていた。
それをバルトフェルドが注意をしたが、逆に国王に対する謀反だと騒ぎ始めた。
そうしてバルトフェルドは、手勢を集めて離宮に避難したのだ。
「バルトフェルド様の側に居た我々は、まだ魔物の影響を受けていませんでした」
「それで無事な者を率いて、離宮の通路を固めたんです」
「よく無事だったな?」
「ええ
ヘイゼル様がいらっしゃいまして…」
ヘイゼルも不穏な魔力を感じて、謁見の間に向かっていた。
リュバンニに引っ込んでいたが、偶々王都に来ていたのが幸いした。
そのまま魔石を使って、通路に結界を張ったのだ。
「老師の咄嗟の判断で、我々は無事でしたが…」
「聞こえて来る様子に戦々恐々としてましたよ」
さすがに様子までは見れなかったが、声で大体の様子は分かっていた様だ。
しかし止めようにも、迂闊に出ると自分達にも影響が出る。
そこで事態が収まるまで、離宮に隠れていたのだ。
「広間が静かになったので、様子を見に出たんです」
「それで…」
「魔物はどうなったんですか?」
勿論ギルバートが無事なのだ、魔物は討伐されたと考えている。
最悪でも、この王城からは逃げ出しているだろう。
「あれだ」
「え?」
「あれって?」
騎士達はギルバートが、指差した先を見る。
そこには何かの灰の様な物と、血の痕が残されていた。
「これは…」
「魔物はどうなったんです?」
「魔物は力尽きると、崩れてそうなった」
「え?」
「ではエリザベート様は?」
「エリザベートは…」
ギルバートは悲しそうに、俯いて黙った。
それで察したのか、騎士達もそれ以上は尋ねなかった。
「お兄様」
「アーネスト」
暫くして、騎士達に連れられてフィオーナ達が大広間に入って来る。
乱痴気騒ぎの跡は、既に片付けられていた。
無事だったメイドや家人も居たので、早急に綺麗にされていた。
臭いも残らない様に、辺りにはお香も焚かれていた。
「アーネスト」
「フィオーナ
ありがとう」
「え?」
「娘が産まれたんだってな」
「ああ
その事ね
ふふふふ」
二人は少し離れて、これまでの事を話し始めた。
そこでギルバートは、改めてマリアンヌと話し始める。
「マリアンヌ
無事で良かった」
「お兄様も元気になられて」
「私か?
私には元気しか取り柄が…」
「ふふ
そうでもありません事よ
城内のほとんどの者が、お兄様を慕っていますもの」
マリアンヌはそう言って、にこやかに笑顔で兄を見る。
見ようとしていたのだが、その目には涙が溜まっていた。
「っ!」
「マリアンヌ」
「駄目ね…
お兄…うわあん」
「っと
えっと?」
「殿下
そういう時は慰めるんですよ」
マリアンヌは急に泣き出し、ギルバートに抱き着く。
そしてそのまま、激しく号泣していた。
騎士がこっそりとアドバイスを送るが、ギルバートはどうすれば良いか分からなかった。
分からないので、そのまま抱き締めて頭を撫でてやる。
そしてそのまま、泣き止むまで頭を撫で続けていた。
「もう…」
「ん?」
「もう良いわよ」
涙で目は腫れていたが、マリアンヌは怒った顔でギルバートから離れる。
「お父様みたいに子供扱いしないで」
「あ…
すまない」
「そういうところが駄目なのよ」
マリアンヌは駄目出しをしながら、それでも気持ちを切り替え様としていた。
「それに…
お父様を思い出す…
いえ、これは私の甘えよね」
「マリアンヌ?」
「だからエリザベートにも…」
「っ!」
「大丈夫よ
妹は…エリザベートは死んでいるのよね?」
マリアンヌは気丈に振舞おうとしていたが、唇は震えていた。
「あれが妹じゃあ無い事ぐらい、私には分かるわ」
「…」
「いくら似せても、仕草や行動までは…」
「そうだな」
「それにあの胸!」
「へ?」
「いくらフランツの好みだからって、あんなに大きく…
先週までぺたんこだったのに」
マリアンヌは悔しそうな顔をする。
「は?
え?」
「お兄様も見惚れていなかったでしょうね」
「いや、私は…」
「そうよね
イーセリアもぺたんこだから…
もしかしてお兄様はそういう?」
「何の話だ!」
「いや、子供みたいな女の子が好きな男の人も居るって…」
「おい!
誰だ?
そんな事を言ってたのは?」
「それはお父様が…」
「はあ…
陛下…」
ギルバートは力が抜けて、思わずふらついてしまう。
「違うの?」
「それは私はセリアの事が…
いや、そういう事じゃなくてな」
「ふふ
セリアが羨ましいわ」
マリアンヌはまだギルバートの背で、ぐったり眠っているセリアを見る。
それからマリアンヌは、力強く拳を握る。
「兎に角フランツにはがっかりだわ
あんなはしたない男だったなんて」
「すまんな」
何時の間に来ていたのか、バルトフェルドが頭を掻きながら謝る。
その顔はすっかり老けていて、心労で疲れ切っていた。
「いえ、バルトフェルド様のせいでは…」
「そうですわ
フランツが悪いのよ」
「しかしワシが甘やかして育てたせいで…」
「いえ
アレは魔物の力です
あの誘惑に打ち克つには…」
「殿下は平気じゃった様に見えるが?」
「お兄様はセリアの様なタイプが好みなのよ」
「そうなのですか?」
マリアンヌの言葉に、バルトフェルドは衝撃を受けた様な顔をする。
「おい!
何を誤解を招く様な…」
「ふふふ」
「はははは」
「はあ…
まったく…」
ギルバートは溜息を吐くと、真面目な顔をしてバルトフェルドに尋ねる。
「それで?
王都の被害状況は?」
「兵士は7割ほどが影響を受けています」
「そんなにか?」
「ええ
騎士団は抵抗出来たものの、半数近くが犯罪に走りました」
影響を受けて、働かなくなっただけの者は良かった。
問題は欲望に負けて、犯罪を犯した者達だ。
そういった者達は、直ちに牢に閉じ込められた。
「しかし一体…
いつからこうなったんだ?」
「アーネスト様から報せを受けた頃は、まだこうは…」
「そうね…
大体1週間ぐらい前かしらね
あの子はその頃は、まだ普通だったし」
「1週間で?
こうも…」
「ええ
残念ながら…」
「バルトフェルド様も出られなかったのよ
騎士達も各所で抵抗してたみたいだけど…」
「事は王宮だけではありませんでしたから」
効果こそ薄かったが、王都中に影響を与えていた様だった。
それは主要な建物が、王宮に近い場所に集まっていた影響もあった。
魔物に操られた兵士は、誘惑の香が出る壺を王都のあちこちに仕掛ける。
結果として、王都の機能も麻痺する事になる。
「それに…
ワシの兵士達が取られたのが痛かったです
彼等が城門を封鎖して、香の効き難い者を排除しておりました」
「なるほど…
それで魔物の討伐に出されていたのか」
「魔物の討伐?」
「ええ
私が王都の異常を知ったのも、魔物の討伐に出された新兵達に会えたからです
彼等に会わなければ、そのまま王都に入っていたでしょう」
ギルバートは、王都に着く前の事を話す。
そこで無茶な討伐に送られた、兵士達の事を話した。
「何て事を…」
「その方達は?」
「分からない
城門の所で連行されていた
無事かどうかも…」
「くそっ
魔物め、好き勝手してくれて」
バルトフェルドは、悔しそうに歯軋りをする。
「無事だとしても、何処かの牢に入れられているだろう
最悪の場合は処刑されているかもな」
「そんな…」
「いえ、姫様
その可能性は十分にあります」
増長して欲望のままに行動していたのだ。
罪の無い者達を捕まえて、処刑を愉しむ様な事をしていても不思議は無いだろう。
ギルバートは彼等が、無事である様に祈っていた。
「王都の機能は?」
「現状ではほとんど…」
「そうね
まともな兵士は半数以下
騎士だって半分近くが牢に入っているでしょう」
「どうしますか?
子爵の手を借りますか?」
「子爵?
おお!
そういえば、彼等は何処に居ますんでしょうか?」
「リュバンニへ
護衛の兵士と向かわせました」
「そうですか」
「さすがにリュバンニは…」
「大丈夫だとは思いますが…
ワシも隠れていたので、連絡は取れておりません」
「マーリン殿は?」
「おお、そうじゃった
さっそくヘイゼル老師に」
バルトフェルドはヘイゼルに、使い魔を送る様に頼みに向かった。
近くにはアーネストも居たのだが、フィオーナとの再会を喜んでいる。
それを邪魔する事は憚れたのだろう。
「マリアンヌ
フランツの事は残念だったが…」
「良いの
あんな女にだらしが無い奴だとは…」
「あ、ああ…」
「お兄様は大丈夫よ…ねえ?」
「も、勿論だとも」
「そう
もしそうだったら…」
「い、いや
決してそんな事はしないぞ
うん」
「セリアと一緒に…」
「分かった!
分かったから
そんな事はしないって」
「そう」
「二度と私の前で、あの男の話はしないでね」
「あ、ああ
しないしない」
「…」
「しないって」
マリアンヌは余程腹が立ったのか、暫くギルバートを睨んでいた。
それから安心したのか、そのまま謁見の間に向かった。
途中で騎士の何人かが、何やら怒られていた。
巻込まれた様で可哀想だと思いながらも、ギルバートは視線を逸らしていた。
暫くすると、ヘイゼル老師とバルトフェルドが戻って来た。
「殿下
移民達はリュバンニへ入ったのですか?」
「ああ
そこも危険なら別な場所も指定はしてあるんだが」
「良かった
リュバンニは問題無さそうです」
「ワシもマーリンには、増援を送る様に手配をした」
「もうですか?」
「リュバンニは馬で半日ですよ
使い魔なら1時間ほどで着きます」
「マーリンもよほど慌てたんじゃろう
すぐに返事を送って来おった」
「そうですか
良かった」
リュバンニが無事なら、移民の一行も問題無く着いているだろう。
後は王都に来て、復興の手助けをしてもらうだけだ。
今回のごたごたで、再び住民の数が減っているだろう。
それに兵士や騎士も足りなくなる。
子爵達には、その辺の仕事にも就いてもらうしか無いだろう。
「移民の中には、子爵の私兵も居ます」
「うむ
彼等にも働いてもらう必要がありますな」
「ええ」
「明日から忙しくなりますぞ」
バルトフェルドはそう言うと、王宮の片付けに向かった。
まだまだ汚れた場所が沢山ある。
それに犯罪を犯して、逃げた兵士も居るだろう。
被害状況を精査して、早急に手配する必要があるのだ。
「それでは殿下
ワシも仕事がありますんで」
「ああ
頼んだよ」
ギルバートはヘイゼルを見送ると、自分も何かしなければと思った。
先ずは背中で眠っている、愛らしい姫様の事だろう。
ギルバートはセリアを休ませる為に、無事な部屋を探すのだった。
まだまだ続きます。
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