表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖王伝  作者: 竜人
第二章 魔物の侵攻
44/800

第44話

思わぬ魔物との戦闘に、死傷者が出てしまった

大隊長は直ちに任務を切り上げ、撤退を命じた

ギルバートも街へと戻されて、門の近くで休んでいた

初めて目の前で人が死ぬのを見た

今までも魔物との戦闘で死人も見ていたが、自分は違うと実感を持っていなかった

先ほどでも、スキルで戦えた

死ぬ事は無い筈だ

それでも、現実に目の前で話していた人が死んでしまった

認めたく無いが、アレが自分であったかも知れない、そういう恐怖を感じていた


ギルバートは南門の前の広場で、呆然として座り込んでいた。

手にはまだ、魔物を切り裂いた感触は残っている。

そして、脳裏には頭の潰れた兵士の死体と、首がブラブラしていたローダンの死体。

不意に込み上げて来て、路上に戻してしまう。


「うう、うえっ

 げほっ、ごほっ」


「大丈夫ですか?

 おい、水を持って来い」


兵士の一人が気遣って背中をさすり、同僚に水を持ってくる様に言う。


「魔物を倒したのは初めてじゃありませんよね」


ギルバートは黙って頷く。


「もしかして…

 人が目の前で死ぬのは初めてでしたか?」


再び黙って頷く。


「そうですか…」


兵士はここで困ってしまう。

声を掛けようにも、ありきたりな言葉しか思いつかない。

少し考え込んだが、結局良い言葉は思いつかず、ありきたりの言葉で励まそうと諦めた。


「ありきたりの…言葉で申し訳ありません

 生きて帰れたので、それだけをよしとしましょう」

「…」


「そりゃあ、あんな化け物を目の前にして、戦えってなかなか出来ませんよ」

「…」


「オレだったら、真っ先に逃げます

 たぶん…」

「…」


「はあ…

 元気出してくださいよ

 オレだったら死んでましたよ?

 殿下は流石です」

「そんな事は…」

「へ?」

「そんな事は無い

 ボクは何も出来なかった」

「出来なかったって…魔物を倒したじゃないですか」


ギルバートは頭を振る。


「彼を

 ローダンを助けられなかった」

「そんな…」


兵士からすれば、贅沢な事であった。

魔物を目の前にして、命が有っただけでも良かった。

それを魔物も倒したのだ。

犠牲になった兵士には申し訳ないが、それでギルバートが助かったのだ。

彼にしては良くやったと言えるだろう。


そんなギルバートの様子を見て、アレックスの目が険しくなる。


「っだよ…それ

 何だよそりゃあ!」


アレックスは怒りを露わにギルバートに迫る。


「ローダンは命を懸けてオレ達を守ってくれた

 それを…

 それを!」


アレックスは相手が領主の息子だという事を忘れて、ギルバートの胸倉を掴んだ。


「ちょ、ちょっと!

 ダメだって」


兵士が慌てて止めに入り、周りの兵士もアレックスを押さえに入る。


「ごめん…

 ごめん…」


放されたギルバートは、地面に座り込んで譫言の様に繰り返す。

アレックスは兵士達に押さえられ、号泣していた。

そんな二人を見て、兵士は呟いた。


「あーあ

 こんなのは新米には日常茶飯事だぜ

 悲しんでる暇は無いんだ」


そう呟きながら、門の向こうを見る様に振り返った。

魔物が本格的に攻めて来たなら、彼だけではない。

より多くの死者が出るだろう。

そんな魔物の襲撃に備える為にも、今日の様な無茶な偵察が必要だった。

結果としては、死者が出たが収穫は大きかった。

噂の魔物に出くわし、これを討伐したからだ。

情報となる死体も重要だが、倒せるという事が証明出来たのも大きい。


「だが…

 奇襲で倒した様なもんだよな

 正面から行ったら、どれぐらい削られるか…」


不意討ちで倒せたが、正面からなら何対1で勝てるのか?

想像したくも無かった。


暫くすると、兵舎やギルドから人が来て、魔物の遺骸を回収した。

それから兵士の死体も荷車に載せられ、兵舎へと運ばれる。

アレックスもそれに着いて、兵舎へと向かった。


「殿下はどうなさります?」


兵士が尋ねて来て、ギルバートはぼんやりと見上げる。

このままここに居ても、何もする事は無いだろう。


「もうすぐ隊長達も帰って来ますが…

 待ちますか?」

「いえ…

 このまま帰ります」

「そのほうが良いでしょう

 大隊長にはオレから報告しておきます」


兵士はそう言うと敬礼をした。


「ごくろうさまでした」

「ありがとう…」


ギルバートもお礼を言い、フラフラと領主邸宅に向かって歩き出した。


ギルバートは先の戦闘を思い出していた。

ふらふらして足元はおぼつかなく、頭は靄が掛かった様になっていた。

そんな中で、魔物に対する憎悪だけははっきりと覚えていた。


あんなに誰かを憎いと思ったのは初めてだ

これは相手が魔物だからだろうか?

それとも目の前で人が殺されたから?

考えてみても、答えは出なかった。

それはギルバートがまだ子供だという事も関係していた。

その短い人生経験では、そもそも憎むという事自体が珍しかっただろう。


ギルバートはふらふらと歩き、邸宅の前まで来た。

そこには、報せを聞いて心配した父親とアーネストが待っていた。


「ギルバート」


父親が真っ先に抱き着き、アーネストも傍らへ駆けて来る。


「心配したんだぜ」


そう呟くと、アーネストは呪文を唱えた。

呪文を唱えながら、懐から何やら枝を出し、その枝から光の粒子が零れる。

辺りに柔らかな香りが漂い、気分が落ち着いて来る。


「鎮静の香と呪文だ

 これで落ち着いただろう」


そう呟くと、ニカっと笑った。


「さあ、中へ入ろう

 何が起こったか話してくれ」


アルベルトがそう促し、三人は邸宅の中へと入っていった。


執務室に入ると、アルベルトは執事のハリスにお茶を入れる様に頼んだ。


「それでは、何が起こったか話してくれ」


アルベルトは開口一番、そう切り出した。

ギルバートは頷き、南門から出たところから話し始めた。


「今日の任務は偵察でした…

 南門から出て、魔物の動向を探る

 そんな簡単な物の筈でした」


ギルバートは、言葉を探る様に静かに話し始めた。


「魔物はすぐに見つかりました

 犬の頭をした魔物です」

「な…」

「コボルトか

 奴らは群れるから危険だ」


アルベルトは言葉を失っていた。

安全な偵察任務が、いきなりの危険な魔物との邂逅。

不運とは言え、よくぞ無事に戻ってくれたと思った。


アーネストもまた、危険な魔物との邂逅に驚いていた。

しかし、内情はもっと複雑だった。

コボルトの事をもっと知っていたから、よく無事に済んだと思っていた。


「魔物は…コボルトは12匹居ました」

「なんだと!」

「やはり…」


「魔物は獲物を仕留め、解体を行っていました」

「解体だと

 それならば、思っていたよりも知性がある事になる」

「それにつきましては、ボクからも後程報告が有ります」

「うむ

 後で聞かせてくれ」


目撃情報はあったが、こうしてコボルトの出現が確認された。

アーネストからもコボルトの危険性には報告が必要だと思われた。


「で、どうなった?

 続けてくれ」

「はい」


「魔物は血の臭いによって、こちらの存在を気付けませんでした

 それで気付かずに立ち去りました」

「ん?」

「戦ったのはコボルトじゃない?」


「そうです

 その後に現れた、豚の顔をした魔物です」

「な…んだと?!」

「オークだと?!」


「そのオークは、ボク達の潜んだ場所までは判りませんでした」

「うーむ」

「コボルトほど鼻は利かなかったワケか」

「ええ」


ギルバートは頷く。


「魔物は最初、当てずっぽうに棍棒を振りました

 しかし恐怖に堪えられなかった兵士の一人が、逃げ出してしまいました」

「ああ」


アルベルトは頭を抱えた。

いくら訓練された兵士でも、目の前で暴れる魔物は恐怖であったろう。

そこは同情するしかない。


「それで魔物はその兵士に棍棒を振り下ろし

 兵士の頭は一撃で砕け散りました」

「な…」

「くっ」


「そのまま兵士の死体は飛んで行き、ボク達の前に落ちました

 そして、そこで兵士の一人が見付かり…」

「そうか」

「不運とは言え、そりゃあ無いな」


「ボクは咄嗟に立ち上がり、スキルを使いました

 しかし、後ろから切り掛かった兵士は殴られ、彼も首が折れてしまいました…」

「うーむ

 それほどか」

「う…

 えげつないな」


「彼の加勢もあって、ボクはスキルで魔物を倒せました

 しかし、彼が居なければ、今頃はボクが…」

「そうか

 分かった」


アルベルトは優しく息子の肩を叩いた。


「大変だったな」

「う…」


ギルバートの瞳に、再び涙が溜まる。

泣き出した息子の背中を撫でてやり、アルベルトは優しく抱きしめた。

そんな親友の姿を看ない様に、アーネストは背中を向けていた。


ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻し、再びギルバートは話し始めた。

気持ちを吐き出したからか、今度は落ち着いて話せていた。


「魔物に向かった時、不思議な感情が湧きました…」

「不思議?」

「ええ」


そこへ様子を伺っていた執事が入り、そっとジャスミンティーを置いた。

その香りを胸に吸い込みながら、ギルバートは気分が安らぐのを感じた。

心の中で、執事に感謝を述べながら、お茶を一口啜る。


「魔物と対峙した時、最初は恐怖と混乱していました」

「うむ

 初めて見た魔物だ

 それに目の前で人が死んだのだ、落ち着いてはいられんだろう」

「ええ」


「しかし、必死に怖さを押さえようと、声を上げて構えていると…

 不思議な事に、恐怖とか無くなって、魔物を殺したい、殺さなきゃって気持ちになりました」

「え?」

「はあ?」


ギルバートの言葉を聞いて、二人共間の抜けた声を上げてしまった。

それはそうだ。

普段のギルバートを見ていたから、そういう感情が似合わないと知っていたからだ。


「ちょっ

 それはどういう…」

「文字通り、憎悪ってやつだろうね

 あんなに難いって思ったのは初めてだ」

「そ、そうなのか?」

「はい」


ギルバートは静かに頷いた。

今度はさっきと違い、混乱もしていないし、落ち着いてハッキリと感じていた。

二人のお陰で、あの時の感情が憎悪だと確信が持てた。

しかし、確信を持てたのは良いが、肝心の理由が分からなかった。

それは恐らく、知り合いが殺されそうになったとか、目の前で人が殺されたからとかでは無いと確信していた。


「目の前で…人が死んだからとか?」

「違いますね」

「殺されそうになったからか?」

「違います」


「それは…

 根っ子から相容れない何か、存在を認めたく無い様な感じの気持ちでした

 この世の中から全て消し去りたい、そう思える様な…」

「そんな感情を…」


「そして、不思議なのは今まで感じていなかったって事です

 魔物を脅威と感じたり、みんなを守りたいから排除したいとは思いました

 でも、あんなに明確に憎いと思ったのは初めてです」

「そりゃあ…なあ」

「そうですよね

 普段のギルを見てると…

 とてもじゃないけど、誰かを憎むだなんて…」


アルベルトもアーネストも、苦笑いを浮かべて肩を竦めた。


「そうですか?

 ボクだって怒ったりしますよ?」

「そうは言っても…」

「うーん」

「兎に角、よくは判りませんが、そういう気持ちに支配されていたのは確かです

 そして…

 今はそれほど憎く感じないんです

 不思議な事に」

「そう言われれば…」

「鎮静の香や呪文では、そこまでの効果は出ないぞ

 勿論、このお茶でもだ」


「そうか…」


ギルバートはもう一つ気になる事があった。

それは、あの憎しみに支配されていた時、誰かの声がしていた様な気がしていた事だ。

だが、確証が無いのでそれは黙っていた。


全ての報告が終わり、アルベルトは何を置いても、息子が無事に帰って来た事を喜んだ。


「何はともあれ、無事で良かった」

「はい

 今回の事は…

 自分の未熟さを思い知らされました」

「うんうん」


「みんなの助けが無ければ、あそこで死んでいたのはボクです」


「それに

 父上の言う通り、魔物は恐ろしい強敵でした

 ボクは知らないうちに、自分のスキルを過信してしまっていました」

「そうじゃな」


「今度、ボクが戦いに臨む時は、もっと力を付けて、みなを守れる様になってからです」

「あれ?」

「その為に、もっともっと自分を鍛えます」

「おや?」

「見ていてください

 今度出撃する時には、オークなんて3枚に下ろしてやりますから」

「だから、違うって

 お前が出てはならんって!」


アーネストがアルベルトの背中を叩いて首を振る。


「それでは早速、修練に行って参ります

 失礼します」

「おーい…」


アルベルトはがくりと膝から崩れた。

いよいよオークの出現も確認され、魔物の勢力図は塗り替わります

そして、小型のトカゲの魔物も現れました

小型と言っても大型種と比べてで、大きさは80cm~2mぐらいです

魔物として出て来るのは初めてで、ジャイアントリザードと呼称されます

こいつはアーネストの持つ図鑑には出ていません

表皮は固く動作は緩慢です

肉は鶏肉に近い食感ですが、臭みが強いのでハーブ等が必要です

イメージ的には陸生になった鰐って感じですね

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ