第438話
森での戦闘は、ギルバート達の勝利で終わった
負傷者はポーションを受け取り、傷を癒して行く
軽傷こそ負ったものの、重傷者や死者は居なかった
そういう意味でも、戦いは圧勝と言えた
戦闘を終えた森の中は、静寂に包まれていた
足元には無数のゴブリンが転がり、中には原型を留めていない物も残っていた
馬の蹄に潰された物は、まだ幸せだったかも知れない
兵士達は死体を引き摺っては、一ヶ所に集める
そこで魔石を探しては、死体を積み重ねていたのだ
「何をしているんです?」
「ん?
魔石を探しているんだが?」
「そうじゃ無くて、魔物の死体をどうするんですか?」
「ああ
あれは燃やす為だ」
「燃やすって…」
「死霊になれば厄介だろ?」
「はあ…」
ギルバートはそう答えながら、兵士に指示を出す。
「どうだ?」
「駄目ですね
こいつ等もほとんど持っていません」
「そうか…
そうなると…」
「この辺りにもあるんですかね?
そのファ…?」
「ファクトリーだ
意味は良く分からないが、魔物を生み出す場所らしい」
アーネストはそう言うと、兵士に薪を用意させる。
「下がってろ
フレイム・ウォール」
アーネストが魔法を放ち、魔物を積み上げた薪に火を点ける。
炎は激しく燃え上がり、魔物を燃やして行く。
炎は火柱となり、暫く燃え上がり続けた。
「あれがアーネスト様の魔法?」
「ああ
他の魔法は見たが、あれは初めてだな」
「魔物のほとんどが燃えてしまった」
この1回で、半数近くの死体を燃やす。
残りの死体の半数は、原型を留めていないので放置する事にされる。
集めれるだけの死体が、新たに積み上げられる。
そしてそれに、アーネストが再び魔法を放つ。
「はあ…
オレの魔法はこんな事の為にあるんじゃ無いんだけどな」
アーネストは溜息を吐きながら、魔物の遺骸を処分していた。
「そう言えば殿下は、相当強いんだよな?」
「ああ
オーガを一撃で倒していたぞ」
「オーガを?
オーガが居たのか?」
「ああ
ここから少し離れた…」
愚痴るアーネストの側で、兵士達が雑談をしていた。
「そんなに強いのに、さっきは何もされなかったな?」
「ああ
それは危険だからだ」
「危険?
殿下はお強いんだろ?」
「いや
周りのオレ達が危険だって事だ」
「考えてもみろよ、オーガを真っ二つにするんだぜ
そんな殿下が剣を振るわれたら…」
「うわあ…」
「オレ達は真っ二つなんて御免だぜ」
兵士は顔を顰めながら答える。
「しかし戦闘に参加は…」
「馬鹿だなあ
力が強いからこそ、こういう戦闘には向かないんだ」
「そうそう
こういうのは、オレ達みたいなそこそこの者達が、数で押し切るのが一番」
「そうなのか?」
護衛の兵士達は、慣れた戦士のようにそう主張した。
確かに弱い魔物が、数で攻めて来るのだ。
一撃の攻撃力よりは、複数を手早く倒せる方が相性は良いだろう。
「それなら魔法は?
アーネスト様も参戦されては…」
「アーネスト様は殿下の護衛に残られた」
「それにどう見ても、オレ達で手が足りていただろう?」
アーネストが魔法を使ったのは、詠唱で集めた魔力が残っていたからだ。
それを詠唱を解く事で、無駄に霧散させるのが勿体無かったのだろう。
序でで魔物に火矢を放ったのだ。
「最後のは恐らく、溜めていなすった魔法だろう」
「使う機会が無くて、やけくそで放ったんだろうよ」
「聞こえてるぞ」
「あ…」
「サボってないで周囲を警戒してろ」
「はい」
兵士を見張りに追い出して、アーネストは燃え盛るゴブリンの死体を見る。
「こいつ等も…
女神様の犠牲者なのかもな」
アーネストはそう言うと、ギルバート達が集まる場所に向かった。
「…それで魔石はこれだけでして」
「まあ仕方が無いだろう
ゴブリンだしな」
「ええ」
「しかし…
ポーションも碌に持たないってどういう事だ?
幾ら何でも準備不足じゃあ…」
「それがそのう…」
「バルトフェルド様は知っているのか?」
「いえ
恐らくは知らないかと」
「はあ…」
ギルバートは溜息を吐いて、兵士達を憐れむ様に見る。
「おい
ポーションが無いって…」
「ああ
支給が無いから自前で用意したって」
「バルトフェルド様は何をしてるんだ?」
「それが何も知らないみたいなんだ
一体誰が指揮を?」
「それは王妃様が…」
兵士はさっきから、王妃様の指示とばかり言っている。
ギルバートはいい加減、苛立って来ていた。
「その王妃って誰なんだ?
母上は陛下が亡くなられているし…」
「それがそのう…」
兵士達は顔を見合わせ、困惑した顔をする。
「ん?」
「エリザベート様ですが」
「殿下は知らないんですか?」
「はあ?」
ギルバートは思わず、素っ頓狂な声を上げる。
「何でエリザベート様なんだ?
婚約はマリアンヌ様では無いのか?」
「え?」
「それはそのう…」
「既に挙式も挙げられまして、今は王妃様ですよ?」
「マリアンヌはどうした?」
「え?」
「反逆の意思があると幽閉されていますが?」
「なんだって?」
ギルバートが王都を発つ時には、フランツの隣にはマリアンヌが立っていた。
しかしそれも、フランツが暫定王としての立場だからだ。
婚姻も王位の継承も、まだ正式には認められていない。
そもそもギルバートの方が、王位としては上なのだ。
「何でそんな事に?」
「え?」
「だって殿下は、何も言わずに失踪したって…」
「それで王位を継ぐのは、フランツ様が相応しいと…」
「誰がそんな事を?」
「エリザベート様です」
「うーん
どういう事なんだ?」
「分からない
バルトフェルド様の書状にも、そんな事は書かれていなかった」
「バルトフェルド様は、今は王国の政務でお忙しくて…」
「オレ達もほとんど会っていません」
兵士達はバルトフェルドを、庇う様にそう発言する。
しかしそれは、バルトフェルドが現状を見ずに、執務に逃げている様にしか見えなかった。
「王都はどういう状況だ?」
「それがそのう…」
「みな新しい王妃様を歓迎してて…」
「国を上げて盛大に祝っています」
「え?」
「祝ってって…
でも魔物は…」
「ええ
依然魔物は出て来ますし、兵であるオレ達は、こうして戦いに…」
「どうなっている…」
国の中が混乱していて、止む無く兵士が出て来るなら分かる。
それならポーションの支給も、上手く指示が出ていなかった可能性もあるだろう。
しかし話を聞く限りでは、王都は今や祝賀ムードらしい。
そんな状態で、まともな指示も出せないのは腑に落ちない。
そもそも再建の見通しもまだなのに、そんな状況になるだろうか?
「王都の再建は?」
「はい
今は城壁の修復は…」
「街はまだ、ほとんど壊れたままです」
「なのに祝賀ムードか?」
「ええ
新国王が即位し、結婚したと…」
「それも王妃の指示か?」
「ええ…」
王都の状況はよく分からないが、原因は大体分かって来た。
どうやらエリザベートがフランツと結婚し、王妃になったらしい。
そうして王妃が、あれこれと勝手にやっているのだろう。
「王妃様にはお気を付けて」
「ううむ
そんなにマズい状況なのか?」
「はい」
「オレ達もここに来るまで、それがおかしいと感じていませんでした」
「はあ?」
「どういう事だ?」
「それが…」
「よく分かりませんが、王妃様がそう仰いますと、それが正しいと感じて…」
「今考えれば、相当無茶な要求なんですが」
「それが何で聞くんだ?」
「よく分からないんですが…」
「なあ」
「不思議と心地よくて
聞く事が当たり前に感じて…」
「どういう事だ?」
「さあ?
しかし妙だなあ」
ギルバートはアーネストに尋ねるが、アーネストも分からないと首を振る。
しかし話を聞く限りでは、普通ではあり得無いだろう。
何かおかしな事になっていると、アーネストも不安になっている。
「兎に角、これから王都に戻る訳なんだが…」
「ふむ
ワシ等は同行せん方が…」
「ああ
話を聞く限り、何が起こるか分からない」
「その…
それは王都だけなのか?
リュバンニの街も?」
「さあ
オレ達は王都から出てませんでしたから」
「しかし…
考えてにたら王都から出るまでこうだったよな」
「そうだな」
「ふうむ
そう考えると、王都だけの可能性が高いか」
「王妃が…
エリザベート様が何かしているのか?」
「その可能性が高いだろう
しかし…」
「ああ
何をしているかまでは、分からないだろうな」
アーネストが想像出来るのも、王妃が何かしているという事までだ。
何をどうしているかまでは、さすがに分からなかった。
「なあ
それって私達も…」
「影響を受けるだろう
しかしどこまで影響があるかは…」
「掛かってみないと分からないか」
「兎に角警戒はしよう」
「子爵はこの先の街に向かっていただきます」
「それは良いが…」
「お前達も王都の入り口から、子爵を連れてリュバンニに向え」
「しかし殿下…」
「お前らまでおかしくなったらどうする?」
「それは…」
ギルバートは最悪の事態も想定して、兵士達に指示を出す。
「そのままリュバンニに待機して…」
「リュバンニもおかしかったら?」
「その場合は…
ううむ…」
「南の村の跡はどうだ?」
「そうか、あそこも無人だな」
「ああ
魔物が入っているかも知れないが、こいつ等なら大丈夫だろう」
「そうだな」
王都までは一緒に進み、そこからは子爵を連れてリュバンニへ向かう。
そこが駄目な場合は、そのまま王都の南にある、廃村の跡で隠れる。
ギルバートとアーネストは、そのまま王都へと入る。
何事も無ければ、兵士や子爵とも合流出来るだろう。
「しかし大丈夫なんですか?」
「そのう…
姫様が王妃に?
それに無茶苦茶な要求をするんでしょう?」
「そうだな」
「しかし会ってみなければ、状況も分からないだろう」
「危険な場合はすぐに王都を離れる
その場合は子爵には申し訳ないが…」
「それは仕方が無いだろう
むしろ無理はしないでくれ」
子爵の言葉に、ギルバートは黙って頷く。
「さあ
王都に向かおう」
「今からなら日が暮れた後か」
「何とか入れそうですが…」
「そのぐらいの方が良いだろう
子爵もこっそりと離れれるだろう」
打ち合わせを終えてから、一行は馬車に乗り込む。
ギルバートの馬車には、アーネストとセリアが同乗する。
子爵は移民の馬車に移り、王都の手前で離れる事になる。
護衛の兵士達も、御者以外は子爵と同行する事になる。
王都からの兵士達も、自分達の馬に乗り込む。
そしてギルバートの乗った馬車を、囲む様にして進んだ。
そのままゆっくりと、馬車の一団は王都へと進む。
暫くすると、道の先に大きな城壁が見えて来る。
「あれが…王都」
「帝都と変わらないですね」
私兵達の中にも、帝都を見た事がある者もいるのだろう。
帝都の城壁を思い出して、それと見比べていた。
「あれを壊したって言うんですよね?」
「ああ
それも昨日の、オーガの倍ぐらいの大きさだそうだ」
「それは…」
「俄かには信じられませんね」
しかし王都は、確実に危機を迎えていた。
それは子爵も、王都に近付いて目の当たりにする。
城壁はここからは、何事も無い様には見える。
しかし北側は、確かに壊された痕が残っていた。
「見てみろ
あそこの壁は崩れた跡だぞ」
「そう…ですね」
「明らかに他の外壁とは違います」
少し離れた場所で、子爵はギルバート達と離れる。
ギルバートの乗った馬車は、そのまま王都へと向かって行く。
そして子爵達は、そのまま公道を北へと進んで行く。
「このまま進んで、東側からリュバンニへ向かいます」
「ああ
頼んだぞ」
道が分からない以上、護衛の兵士達に任せるしかない。
子爵達はそのまま、護衛の兵士達と東へと向かう。
ここからでは王都の兵士達も、子爵達の事は見えないだろう。
当然追い掛けて来る兵士も、城門から出て来る様子は無かった。
「何とか問題無く進めそうですね」
「ああ
後はギルバート殿下達の心配だな」
「ええ」
「無事に出れれば良いんですが…」
馬車は護衛の兵士達と共に、公道を東へと進む。
その姿は、黄昏時の闇に紛れて消えて行く。
一方ギルバート達は、そのまま王都の城門に向かう。
「停まれ」
「何者だ?」
「こちらは王太子殿下…」
「貴様等
魔物の討伐に向かった奴等では無いか」
「何で生きて返って来ている」
「な…」
城門の番兵達は、あからさまに不満そうな顔をしている。
それも兵士達が、無事に帰還した事に対してだ。
「何て奴等だ」
「無事に帰って来た兵士達に…」
「生きて帰って来たという事は、魔物の討伐から逃げて来たな」
「そんな!」
「オレ達は魔物を討伐して…」
「嘘を吐くな
こいつ等を連行しろ」
番兵が声を上げると、中から騎士達が出て来る。
そうして兵士達を囲むと、殴り倒して縄で縛って行く。
「何をしている」
堪らずギルバートが、馬車から飛び出して構える。
「何だこいつは?
こいつも縛ってしまえ」
「私は王太子、ギルバートだぞ」
「知らんな
王妃はエリザベート様だ
貴様など知らん」
「さあ
大人しく縄に着け」
ギルバートは騎士に囲まれて、大剣も取り上げられる。
その上でアーネストも、馬車から引き摺り下ろされる。
セリアも泣きながら、兵士に縄で縛られる。
「くそ!
貴様等!」
「ギル!
今は抑えろ!」
「しかしセリアが…」
「我慢しろ!
今は我慢するんだ」
「くっ…」
「お兄ちゃん!」
三人も縄で縛られ、そのまま連行される。
兵士達は別に連れられて、すぐに姿が見えなくなる。
「一体これは…」
「思っていた以上の最悪の状況だ」
「このまま逃げるのは?」
「止めておけ
それでは何も分からないだろう?」
ギルバートはアーネストに止められて、そのまま連行される。
その気になれば、こんな縄ぐらいは引き千切れそうだった。
しかし真相を知るには、もう少し待つしか無いのだ。
三人は縛られたまま、王城へと引き連れられて行った。
まだまだ続きます。
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