第436話
王都に向かう公道の途中
野営地に選ばれたその場所の、少し離れた所に森が見える
その森の外周に近い場所で、木が大きく蠢いている
何か大きな物が、そこで動いているからだ
ギルバートは護衛に、8名の兵士を伴なっていた
その後方に少し離れて、ハルムート子爵も追従する
彼も腹心の兵士を、8名選んで従えていた
あまり大人数で近付くと、先に魔物に察知されるからだ
「少し奥に入りましたね」
「ここに馬を繋ぎましょう」
森の木の間隔は、馬でも入れそうだった。
しかし魔物に遭遇して、パニックになる可能性もある。
こういう場合は、徒歩で近付くのが安全だ。
「本気ですか?」
「ああ
下手に馬で近付くより、徒歩の方が安心なんだ」
「徒歩であそこまで?」
そこは森の入り口から、少し入った所になる。
上の方の木が、ゆらゆらと蠢いているのが何とか見える。
「動きから見て、オーガが3体ですかね」
「私が1体倒すから、その間2体の牽制を頼む」
「はい」
「殿下?」
「大丈夫だ
すぐに倒す」
「大丈夫ですから
少し離れて見ていてください」
そう言うと、兵士達は素早く森の中に入って行く。
ギルバートもスタスタと歩いて、森の中に入って行った。
「どうされます?」
「行くに決まっているだろ」
「しかし…」
「ここでは見えんからな
行くぞ」
子爵も慌てて後を追うが、その距離はなかなか縮まらない。
身体強化を使っているので、ギルバート達は森の中の歩き難い道をスイスイと進む。
子爵達は息を切らせながら、懸命に後を追った。
「ここで見ていてください」
不意に兵士に止められ、子爵達は正面を見る。
そこには森の木を引き抜き、押し倒しながら巨人が進んでいた。
それは2mを越える、大きな人間だった。
不潔に汚れた身体を、申し訳程度に動物の皮が覆っている。
その顔は険しく、口元には牙が生えているのが見て取れる。
見た目は髪をぼさぼさにした、蛮族の戦士の様に見えた。
その魔物は一様に、素手で木をへし折ったり押し倒しながら進んでいる。
不機嫌そうな顔をして、周囲に獲物が居ないか見回している。
「行くぞ」
ギルバートは囁くと、背中の大剣を軽々と引き抜く。
そして無言で走り出すと、一気に手前の魔物に迫った。
「すぇりゃああ」
ザン!
グガアアアア
ギルバートが剣を振るうと、周りの木ごと魔物の左足を切り倒す。
魔物は不意討ちに、左に大きく傾いて倒れる。
「てりゃああ…」
ズドン!
グ…ガア…
魔物の首が刎ねられて、大きく宙を舞う。
「す、凄い…」
「何て切れ味なんだ」
何よりも驚いたのは、魔物ごと周囲の木も切り倒しているのだ。
そんな事をすれば、普通なら剣は木に食い込んで動けなくなるだろう。
「こっちだデカ物」
「掛かって来てみろ」
気が付けば、兵士達は他の魔物の足元で、声を上げて挑発している。
「あ!
危ない」
「何て無茶を…」
しかし兵士達は、怒った魔物の拳を器用に躱す。
そして躱しながら、的確にその腕や脚に切り付ける。
「ほらほら
そんなんじゃ当たらないぞ」
「こいつでも食らってろ」
「うりゃあ」
「え?」
「躱してるのか?」
遠目にも、その拳は人間を掴めるぐらいの大きさがある。
しかしそれを、兵士は何の恐れも無く躱して行く。
そして躱した腕に目掛けて、的確に剣で切り付けていた。
それだけ躱す事に、余裕があるのだろう。
「すぇりゃああ…」
ダンダン!
ザシュッ!
グゴア…
2体目の魔物の、背後からギルバートは走り込む。
そして脚を駆け上って、背中から項に目掛けて切り込んだ。
大量の血飛沫を上げて、ザックリと首筋が切り裂かれる。
魔物は項を押さえようとするが、あれは致命傷だろう。
そのまま力無く、前のめりに倒れた。
「殿下」
「おう!」
3体目の魔物が、大木を引き抜きギルバートに投げ付ける。
しかしギルバートは、その場で躱しながら蹴り飛ばした。
「んな!」
「あれをあんな?」
ギルバートは再び蹴り出すと、一気に魔物に向かって進む。
ゴガアアア
「ひっ!」
「ううおお…」
魔物の威嚇の声に、子爵達は肝を冷やす。
しかしギルバートは、構わず踏み込んで行く。
ゴアア…
「せりゃああ」
ズバッ!
魔物が拳を振り下ろすが、ギルバートは身を捻りながら躱す。
そしてそのまま、腕を切り飛ばしていた。
ゴガッ…
「止めだ!
バスター」
ズゴガン!
グガ…
ギルバートはその場から、正面に大きく跳躍する。
そして頭を庇おうとする左腕ごと、魔物の脳天を叩き割っていた。
「せいっ」
スタッ!
ギルバートは魔物の頭から、大剣を引き抜きながら着地する。
魔物は大きく揺れると、その場に倒れて絶命した。
「殿下
前より動きが良くなっていますね?」
「ああ
あれ以来調子が良いんだ」
ギルバートは病が癒えてから、身体強化の効力が上がっていた。
アーネストの話では、負の魔力の影響で基礎魔力も上がっているとの事だった。
その影響で暫く、力が暴走気味ではあったのだが…。
今ではそれも、大分制御出来る様になっていた。
「お前達の動きも、以前より良くなっているな」
「はははは」
「私達も戦っていますからね」
「いつまでもお荷物ではありませんよ」
「その割には、3体目は牽制が出来て無かったぞ」
「それは…」
「脚には大分切り込んでいたんですがね」
「奴は最初から、殿下を警戒していましたからね」
「あれでも注意されるのか?」
「おい
あんな戦いが出来るか?」
「オレは自身が無いぞ」
子爵の兵士達は、そう口々に感想を述べる。
「大丈夫ですよ
最後のはスキルですが…
慣れれば腕や脚ぐらいは、切り飛ばせる様になります」
「ううむ
これは本格的に訓練をせねばならんな」
「子爵様?」
「本気ですか?」
兵士は子爵の言葉に、驚いた顔をする。
「そりゃあそうじゃろう
ワシ等もあれと、戦う事もあるじゃろう
それまでには戦える様にならんと」
「え?」
「それって…」
兵士達は以前に聞いた、過酷な訓練を思い出す。
それに対して思わず、嫌そうな顔をしていた。
「はははは
先ずは基礎からだから
そんなに過酷では無いですよ」
「だとよ」
「え?
基礎も…」
「なあ…」
護衛の兵士達は、苦笑いを浮かべていた。
「さあ
こいつはどうする?」
「そうですね
出来れば運びたくはありますが…」
あまり損壊していないので、運びたくはあった。
しかしここから王都までは、まだ1日の距離がある。
「取り敢えずは外に出して、王都で報告ですかね」
「そうだな
そのまま残されていれば、運ぶ事も出来るだろう」
王都から回収に来て、残っていたら回収出来るだろう。
それまでに他の魔物に、食われたりしなければの話だが。
兵士はオーガを抱えると、そのまま数人で運び始めた。
「え?」
「はあ?」
護衛兵士達が数人とはいえ、オーガを持ち上げるのに私兵達は驚く。
「え?
持ち上がるものなのか?」
「身体強化を使っているからね」
「え?
そんな…」
幾ら力が増すと言っても、2mを軽く超える巨体だ。
そんな物を軽々と、持ち上げるとは思えなかった。
兵士達は往復して、全ての魔物を運び出す。
そこで手足の腱を切り、動けない様にする。
死霊になった時の為の対策だ。
その上で、胸も切り裂いて魔石を取り出す。
「大きな魔石ですな」
「ああ
オーガはさすがに、これぐらい無いと動けませんから」
魔物は魔石を使って、身体強化で動いている。
そうで無ければ、あんな巨体を軽々とは動かせないのだ。
そしてその為に、オーガは多量の食料を必要とする。
先程動き回っていたのも、空腹で獲物を探していたからだ。
拳に納まるぐらいの大きさの魔石を、ギルバートは兵士達に預けさせる。
王都に戻ってから、これらの報酬は分配する事になる。
「さあ
野営地に戻りますよ」
「え?
この魔物の死骸は?」
「そのままです
今は運べませんから」
「しかしこのままでは…」
「ええ
他の魔物の餌食に成り兼ねんでしょう
しかし王都からの回収が間に合えば、持ち帰れるでしょう」
「そうですか…」
子爵は勿体ないと思ったが、今やオーガの素材も価値は下がっている。
ワイルド・ベアが現れる様になったので、その素材の方が価値は高いのだ。
オーガは骨や腱ぐらいしか使えないが、ワイルド・ベアは毛皮や爪、牙も使える。
無理して運ぶほどでは無いのだ。
野営地に戻ると、アーネストが渋い顔をしていた。
「ギルが無茶してないだろうな?」
「ええ
いつも通りです」
「そのいつも通りが問題なんだ」
「まあまあ」
ギルバートが誤魔化そうとするが、アーネストはなおも抗議を続ける。
「子爵
こちらで休んでください」
二人の様子を見て、護衛の兵士達は苦笑いを浮かべながら案内する。
そこでは子爵の私兵達が、天幕を張り終えていた。
「子爵様
どうでした?」
「ううむ
どれも凄過ぎてな…」
子爵は説明に苦慮して、思わず苦笑いをする。
「私達は反対ですよ
あんな化け物と戦うなんて」
「そんなに凄いのか?」
どうこうした兵士の言葉に、居残り組は驚いていた。
2mを超す人食い巨人と聞いていたが、それほどの物かと思ったのだ。
「いや
しかし戦えんとな、ワシ等は守ってもらう事になる」
「それで良いじゃないですか」
「そうですよ
わざわざあんな化け物と戦うなんて…」
見れなかった兵士達は、それがどれほどの物か分らなくて困っていた。
「お前等の気持ちも分かる
しかしな、帝国の兵士としての誇りはどうした?
ん?」
「それは…」
「ですがあんな化け物とは…」
「あれだって、あっちの兵士は戦っておったぞ?」
「それは…」
子爵の言う様に、護衛の兵士達もオーガと戦っていた。
それも魔物を挑発して、攻撃を避けながらだ。
「殿下の兵士はそんな事を?」
「ああ
しかもあれで一般の兵士だってんだから…」
「騎士団はもっと凄いんだろうな」
「しかし、そんな騎士団も巨人には勝てなかったんだろ?
巨人って…」
巨人に比べると、オーガも雑魚になってしまう。
そもそもが大きさからして、オーガの倍ほどもあるのだ。
ちょうど人間が、オーガを目の前にしたぐらいの差だ。
しかしそれも、相対して見ないと分からない様な大きさだろう。
見た事も無い様な大きさの物を、理解しろと言われても分からないだろう。
「ワシも見た事が無いからな
しかしオーガは別じゃ
さっき見たからな」
「子爵様…」
「ワシは考えを曲げる気は無いぞ
あちらの兵士が出来る事じゃ
ワシ等が出来ない道理は無かろう?」
子爵は護衛の兵士の戦いぶりを見て、自分達の私兵でも行けると考えたのだろう。
何せその兵士達も、少し前までは普通の兵士だったのだ。
自分達も鍛えれば、彼等ぐらいにはなれる筈だろう。
子爵はそう考えて、兵士達を鍛えようと思っていた。
「お前達も鍛えれば、あれぐらい戦える様になるのだぞ?」
「それはそうですが…」
「その…
訓練の内容が…」
尻込みする仲間を見ながら、兵士達は質問する。
「おい、その…
向こうの兵士達は?」
「そんなに強いのか?」
「ああ
お前達も他の魔物と戦うのを見ただろう?」
「ああ
それは見たが…」
「あいつ等はそれを、2m以上の大男にしてたんだ」
「大男?」
「ああ
巨人が居るんだ、あれは巨人とは言えんだろ?」
「しかし大男とは?」
「ああ
兎に角大きな奴だ
拳だって子供ぐらいの大きさはしてたぞ」
「想像出来ないな」
「それなら見てくりゃあ良い
あそこにまだ置かれている」
兵士達は仲間に、魔物の遺骸が置かれた場所を教える。
「おいおい
そのままで良いのか?」
「勿論、死霊にならない様にしてあるぞ」
「そうじゃ無い
勿体なく無いか?」
「いや…」
「それならお前が抱えて来いよ
言っておくが、あんな大きな物を載せる場所は無いぞ」
馬車は兵士を乗せるので、ほぼ限界なのだ。
少しは隙間はあるだろうが、とてもじゃ無いがオーガを乗せるほどの余裕は無かった。
「そんなに大きいのか?」
「ああ
嘘だと思うなら、見て来いよ」
兵士達は数人で集まり、その死体を見に行く事にする。
勿論全員では行けないから、何人かずつで交代で見に行く事にする。
そして見て来た兵士は、興奮して騒いでいた。
「何だあの化け物は?」
「言っただろ
大男だって」
「大男じゃ無いだろ
あれは巨人だろ?」
「いや、巨人はさらに大きいらしいぞ」
「あれよりもか?」
「ああ
5mぐらいだって話だ」
「5mって…
この前の街の建物ぐらいじゃないか」
カザンの街は、2階建ての建物も多かった。
だから建物の高さも、5mに近い物が数多くあった。
「あんな大きさなのか?」
「そんな物を相手にするのか?」
「しかし子爵様は、言い出したら聞かないぞ」
兵士達は今さらながら、魔物の恐ろしさを感じていた。
あのオーガですら、巨人の前では子供だろう。
そしてこの先、もっと恐ろしい魔物が現れる可能性もある。
女神が人間を滅ぼそうとしているから、強力な魔物が現れるのだ。
「オレ達で出来るのか?」
「さあな」
「しかし…
あっちの兵士は戦っていたぞ」
「そうなんだよな」
私兵達はそう言いながら、護衛の兵士を見ていた。
少なくとも、この先は厳しい訓練が待っている。
そしてその先には、彼等と同等の力を持って、あのオーガの様な魔物と戦う事になるだろう。
自分達に出来るのだろうかと、兵士達は不安になっていた。
まだまだ続きます。
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