第434話
ギルバートは野営地の、天幕の中で考え込んでいた
王都に戻ってから、それからどうすべきか
アーネストに言われた様に、女神に会う事は無謀なのだろうか?
そんな事を考えて、真剣に悩んでいた
あまり真剣に悩んでいたので、いつの間にかセリアが横で寝てても気付かないぐらいだった
ハルムート子爵も、焚火の火を見詰めながら考えていた
長く続く王国との戦いも、元は魔導王国が原因であった
そして魔物の侵攻にしても、帝国の一部の貴族の問題だ
何で公爵や皇女まで、それに巻き込まれなければならない?
子爵はそう思うと、苛立って薪をへし折っていた
「子爵殿
眠れませんか?」
「アーネスト殿?」
アーネストはまだ起きていて、子爵の隣に来る。
「どうされました?
夕刻から気分が優れない様子ですが?」
「ええ
実は…」
ハルムート子爵は、アーネストに感じていた事を話す。
「貴殿達にとっては、自国が信奉する女神様のする事です
納得は出来るでしょう
しかしワシ等からすれば…」
「子爵?」
「いや
そんな事を愚痴っても、あなたには関係無いですな」
アーネストは少し考えてから、子爵の言い分を理解した。
「そうか
帝国では六大神が…」
「ええ
我々からすれば、カイザード様達こそ真の神なんです」
「しかしそのカイザードも、女神が勇者にしたんですよ?」
「ええ
分かっています
しかしワシ等は、その女神を信じられん様になりました
ですからカイザード様を…」
「それで女神様を信奉しないのに、被害を受けていると?」
「ええ…」
子爵は頷き、不満を口にする。
「ワシ等は女神様と縁を切っておる
それなのに今さら…」
「いや、それは逆かと」
「え?」
「女神様は帝国が、信仰を失っていても赦していたんだと思います」
「赦して?」
「元々女神様が創造神なんですよ?」
「しかしワシ等は…」
「ええ
女神様から離れた
それでも女神様は、帝国を見守っていた筈です」
「見守る?
現にこれだけ苦しめて…」
「それは帝国の貴族が誤った行いをしたからでしょう?
帝都はその後も、暫くは健在でした」
「しかし…」
子爵からすれば、帝都の事は関係無かった。
自分達の住む土地が、年々枯れる事の方が問題だった。
しかしそれも、帝国がや魔導王国が行った事の結果なのだ。
「子爵からすれば、被害を受けただけでしょう
しかしそれでも、女神様は赦そうとしていた筈ですよ?
そうでなければ、今頃は魔物に襲われていたでしょう」
「魔物?
魔獣は何度も襲って来たぞ」
「それは帝国領全体ででしょう?
ここに現れた様な、魔物は現れなかった筈です」
「それは…」
王国にしても、ここ数年前まで魔物は現れていなかった。
魔物が現れたのは、女神が人間を滅ぼすと決めてからの事だ。
「王国もそうです
魔物は最近まで現れなかったんですから」
「ううむ…」
「しかし
確かに変なんですよね」
「ん?」
「いや、ギルの言う様に、何で女神様は人間を滅ぼすんでしょうか?」
「それは人間の行いが…」
「それこそ今更でしょう?
今までは我慢していたのに、何故急に心変わりしたのか…」
「それは何時まで経っても、人間が改めないから…」
「ですがどうして?」
「え?」
「今まで放って置いたのに、何で急に?」
「え?」
今度はアーネストが、子爵に疑問を投げ掛ける。
「確かに人間は、いつまでも改めようとしなかったんでしょう
奴隷制度や選民思想を排していたのは、ほんの一握りの者だけですから」
「そうじゃろう?」
「ですが急に滅ぼそうとしたのは?」
「それこそ神の考えじゃから…」
「でしょうが…
わざわざ眠っていたのが起きてまで、人間を滅ぼそうと?」
「ううむ
確かにそうじゃなあ」
子爵は少し考えて、こうではないかと推測を話す。
「眠っておったのなら…
起きたからでは?」
「なるほど
今までは眠っていたからそのままだったと
しかし、それなら何で起きたのか?」
「それは単に眠りから目覚めたからでは?」
「そもそも
何で女神様は眠っていたんだろう?」
「はあ?」
アーネストの考え方には、もはや子爵も着いて行けなかった。
「女神…
神が眠るのに理由がいるのか?」
「ええ
だって神様でしょう?
眠る必要があるんですか?」
「それはどうじゃろう?」
「だってそうなら、魔導王国の頃にも眠っていた時期があるのでは?
そんな話は聞いた事が無いでしょう」
「そう言われれば…
しかしそれが何の関係が…」
「いえ
神が眠るだなんて、よほどの理由がある筈です」
「そうかのう?」
「それが目覚めたのなら、確かに今の状況に不満も持つでしょう
それが魔物の侵攻に繋がったと…」
「問題があるから目覚めたんじゃ無くて
目覚めて問題が解決しておらんからこそ、こうなったという事か?」
「ええ
それなら急に、人間を滅ぼすと言い出した理由も納得が行くのでは?」
「ううむ…」
ややこしい話だが、確かにアーネストの話しの方が真実味があった。
「それなら…
女神とやらは本物だと?」
「ええ
私はそう思っていますよ」
「しかしギルバート殿下は?」
「そうですね
偽物じゃないかと…
そこは分かり兼ねますが」
二人はうんうんと唸り、焚火の前で考え込む。
「偽物として、そうなればどうなる?」
「そうですねえ
人間を滅ぼしたい者が居る事になります」
「そうじゃな」
「しかもそれは、女神様に近しい存在でしょう」
「ワシもそう思う」
「しかし…
可能なんですか?
仮にも女神様の真似ですよ?」
「ううむ
しかしそれが出来るのなら、一連の出来事は女神とは関係無い事になる」
「そうか…」
子爵の指摘も尤もだった。
女神の偽物だからこそ、人間を滅ぼそうとしている。
そう考えれば、女神の行動とに反していても問題が無いだろう。
「女神様の意思に反して、人間を滅ぼそうと?」
「そうじゃな
それなら辻褄は合う」
「だけどそんな事…」
「確か女神様は、眠っておったんじゃよな?」
「あ…」
「もし、まだ眠っておるのなら…
真似事をして勝手な事をしてもバレないのでは?」
「そうか…
それで女神様の真似を…
だけどそれなら、事態はよりマズい事に…」
「ああ
女神は知らないんだろ?
しかも魔王か?
そいつ等も操られておる」
子爵の言葉に、アーネストは驚愕する。
「そうか!
そう言う事か!
子爵、凄いですよ!」
「そ、そうか?」
「ええ
今の考えで、粗方の筋書きが見えて来ました
恐らくそれが真実に近いんでしょう」
アーネストは興奮して、立ち上がって焚火の周りを歩き回る。
「ううむ
そうすると女神様は、未だに眠っておられる?
しかしどうすれば良いのか?」
「起こせば良いのでは?」
ブツブツ呟くアーネストに、子爵は何気無く答える。
「どうやって?」
「それこそ…
その魔王とかでは起こせないのか?」
「さあ?
どうなんでしょう?」
確かに出来そうだが、可能かどうかは分からない。
そもそもが、魔王達の居場所からして分からないのだ。
「ううん
先ずは魔王の居場所が…」
「それなら、使徒はどうなんじゃ?
殿下はそう仰っておったじゃろう?」
「使徒?
エルリックですか?」
「ああ
アーネスト殿は信用出来ないと仰っていたが…」
「あー…
うん
まあ良い奴ではあるんだが…」
エルリックはどこか抜けているし、女神に暫く会っていないと言っていた。
それにエルリックが会っていた女神も、本物かどうか分からないのだ。
「どうなんじゃ?」
「ううん…
正直分からない」
「それなら殿下の言う様に、話だけでも聞いてみては?」
「そうしたいのは…
やまやまなんですが…」
「どうしたんじゃ?」
「あいつが今何処に、居るのかが分からないんです」
「そうなのか?」
王都に戻っていれば良いのだが、それも確実では無い。
「王都で会えれば良いんですが…」
「そうか…」
会えるかどうか分からない以上、今出来る事をするしか無い。
「奴が現れるまでは、王都の再建をするしかありません」
「そうじゃな
ワシもそれに集中しよう」
「ええ
お願いします」
「しかしその者が現れたら…
ワシも同行させてもらえんか?」
「子爵をですか?」
「ああ
ワシもその女神に、色々と聞いてみたい」
「しかし子爵は…」
「ん?」
今の子爵の力では、魔物と戦えるとは思えない。
「魔物が現れた時に…」
「あ…
ううむ…」
「先ずは身体強化を身に付けましょう
それからです」
「それは例の訓練を?」
「あ…
はははは」
「大丈夫かのう?」
特訓をすると聞いて、子爵は嫌そうな顔をする。
しかし訓練を熟さなければ、身体強化すら身に着かないだろう。
「まあ、先ずは王都に着く事からです
今日はもう休みましょう」
「見張りは?」
「護衛の兵士が居ますから
安心して休んでください」
「そうか
それなら…」
子爵は天幕に向かい、休む事にする。
アーネストは、ギルバートの天幕を見る。
しかし夜も遅いので、邪魔をするのは躊躇われた。
「明日にするか?」
アーネストは振り返ると、自分の天幕に向かった。
それからその夜は、何事も無く過ぎて行った。
魔物が近付く事はあったが、兵士が気付いて対処していた。
魔物の数も少数だったので、報告する事も無く片付けられていた。
野営地に朝日が差し込み、アーネストも天幕から出て来る。
夜の内に倒した魔物は、兵士が片付けて処理してあった。
「魔物の被害は?」
「負傷者は軽傷1名です
既に手当てして問題ありません」
「魔物は?」
「やっぱり面倒なのはゴブリンですね
夜目も効くみたいですし」
「コボルトの方が…」
「奴等は嗅覚ですから、砂漠の砂でも撒きゃあ逃げ出しますよ」
砂漠で幾つか、砂を袋に詰めていた。
それが素材になると、職工ギルドに頼まれていたからだ。
それとは別に、砂には有効な使い道もあった。
嗅覚を頼りにする魔物には、砂をぶつけてやれば効果があったのだ。
「使えそうか?」
「ええ」
「砂を思いっ切り吸い込んで、苦しんでいましたよ」
「そうか…」
砂が有効となれば、これからの戦術にも使えそうだった。
鼻が利くコボルトには、何か粉状の物をぶつければ良いのだ。
それで怯むのなら、戦闘も楽になるだろう。
「街に近付かれた時は、何かぶつけてやれば良いですね」
「ああ
しかしこちらも吸い込む可能性がある
マスクをするか、遠距離からの攻撃が必要だな」
「そうですね
しかしコボルトに対しては、有効な戦術ですよね」
魔獣は街には向かって来ないが、平原や森では襲って来る。
それに対して、隊商には注意喚起をする必要がある。
何か投げ付ければ、それで怯ませれる。
そうなれば、隊商も安全が確保出来るだろう。
「魔獣にも有効だろう
戻ったら報告しよう」
アーネストは書類にメモして、兵士に礼を言う。
思わぬ効果を得られた事で、戦闘が少しでも有利になる。
それだけでも、魔物の脅威が少しだけ下がるのだ。
試してくれた兵士には、感謝しか無かった。
「ゴブリンに有効な物があればなあ…」
「ゴブリンは臆病ですから」
「普通なら脅せば逃げ出すんですが
今は狂暴化していますからね」
「ああ
結局力業に頼るしか…無いか」
ゴブリンは臆病なので、本来ならば威嚇したり武器の威力を見せれば逃げ出す。
しかし狂暴化の影響で、ゴブリンですら恐れ知らずの凶悪な魔物と化していた。
逃げ出す事も無く、ひたすら向かって来る。
いくら弱くても、数で押し切られれば危険である。
軽傷を負った兵士も、強引に向かって来るゴブリンに嚙みつかれたからだ。
「オークの方が大きくて鈍い分、やり易いですな」
「そうですよ
ゴブリンは小さくてすばしっこいから厄介です」
「そうだな
こればっかりは仕方が無い
簡単に倒せるだけマシと思うか」
これでタフだったり、頑丈な鎧を着てたら厄介だっただろう。
しかしゴブリンは、知能も低いので鎧も満足に着れない。
戦場で鎧を拾っても、それをまともに来ている者を見掛ける事は先ず無い。
「それで?
魔石は取れたのか?」
「それがですね
最近は狂暴化した魔物でも小さいですね」
「そうか…」
兵士もなるべく回収しているが、戦闘の数の割には少なかった。
保有する魔物が少ない事もあるが、全体に魔石の質も落ちていた。
「共食いが減って、人間に向かって来るからか?」
「ああ
その可能性はありますね」
「魔物は魔石を食って、強くなるんですよね」
「そうだ
だから魔石が小さいって事は、それだけ食っていないって事だろう」
カザンの周りの魔物も、全体に魔石は少なかった。
そう考えると、この辺りの魔物は食い合いをしていないのだろうか?
または生まれてからの時間が、あまり経過していないのかも知れない。
嘗てエルリックは、女神様が魔物を生み出す施設の様な物があると言っていた。
「魔石を持たない魔物か…」
もし、魔物が生まれたてなら、魔石が無いのも当たり前だろう。
ゴブリンやコボルトでは、他の魔物を食わない限りは魔石を持つ事は難しいからだ。
しかし生まれたばかりとなると、この辺りにその施設がある筈なのだ。
「まさかエルリックが言っていた、ファクトリーとやらがあるのか?」
「アーネスト様?」
「いや、何でも無い」
アーネストは雑念を払う様に、首を振って答える。
しかし頭の中では、ある疑念が浮かんでいた。
皇帝は敗走する際に、不意に現れた魔物の群れに襲われていた。
それが皇帝が、亡くなる原因であるとも言われている。
その魔物はどこから現れたのか?
そして最近になって、カザンの周りに魔物が現れた。
その魔物は魔石を持っておらず、最近生まれた可能性が高い。
この事も、魔物がこの周辺で生まれた事を示しているのでは無いのか?
「まさか…な」
アーネストはそう言いながら、遠くに見える竜の顎山脈を見詰めるのであった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




