第433話
ギルバート達は、王都に向かう馬車の中に居た
カザンの街の周りに巣くう、魔物は討伐した
後はこのまま、移民を連れて王都に帰還するだけだった
そんな馬車の中で、ギルバートは思わぬ話を聞かされる
子爵は複雑そうな顔をして、どう言えば良いか悩んでいた
ギルバートやアーネストから聞いた話で、予想が確信に変わっていた
しかしそうなると、この話は相当に闇深い物になる
単なる帝国の、お家騒動と言う訳にはならないのだ
「第6皇子じゃが…」
「殿下
そろそろ休暇にしましょう」
外から声が掛かり、兵士達が馬車を停める。
既にソルスは頂点に差し掛かり、時間も大分過ぎていた。
話し込んでいて気付かなかったが、そんなに時間が経っていたのだ。
「そういえば…
少し腰が…」
ゴキゴキ!
子爵は姿勢を直そうとして、腰や肩を鳴らす。
長時間馬車に座っていたので、身体が固くなっているのだ。
「子爵
続きは…」
「そうじゃのう
休憩の後にしよう」
子爵はホッとしながら呟く。
どうやら相当に話し難かったらしく、休憩を挟めると安心していた。
この休憩で、考えが纏まれば良いのだが。
「セリア
ほら、起きるぞ」
「むにゃむにゃ」
「早くしないとお昼は抜きだぞ」
「うみゅう…」
セリアは眠そうに目を擦り、背伸びをする。
どうやら話が退屈だったらしく、よく眠っていたのだ。
「さあ
昼にしましょう」
兵士が焚火を用意して、簡単に調理をする。
そろそろ茸が増える時期で、野菜と肉も加えて煮込む。
それに黒パンを用意して、それぞれで盛り付けて食べる。
子爵は物珍しそうに、茸を味わっていた。
「このキノコってのは美味いなあ」
「そうですか?」
「ギルは食べ慣れているからだろ?
子爵にとっては珍しいんだ」
「それにこの木の実も」
「ああ
ナッツですか」
「それは疲労を回復する効果もあるんですよ」
「へえ…」
木の実の中にも、何某かの効果がある物がある。
それは目に見えるほどでは無いが、少しだけ効果が見られる。
気持ち疲れが取れたかな?程度なのだが。
「それで?」
馬車に戻ったところで、再び話が始まる。
馬車は再び、ゆっくりと公道を西へ進む
「そうじゃな
第6皇子の事じゃが…」
「ええ」
「既に亡くなっておる」
「でしょうね
生きているのなら、皇帝になっている筈です」
「そうじゃが…
実は病死でな」
「え?
第4皇子や第5皇子と同じじゃあ…」
「そうじゃな
時期としては第5皇子が幼くして
そして第4皇子は帝国の動乱の頃じゃ」
二人の皇子は兎も角、第6皇子も病死である。
それが何の問題があるのか、二人は首を捻る。
「え?
それで第6皇子と言うのは?」
「そうですね
同じ病死なら…」
「違うんじゃ
皇子が亡くなったのは、西方諸国連合…
其方達の国と戦っておる最中の事じゃ」
「どういう事です?」
「そうですよ
何が問題なんですか?」
「それはな、非公式な病死じゃからじゃ」
「あ…」
王族や貴族にも、非公式な病死という物がある。
不名誉な事をして、内々で処分される。
そうした場合に、事実を隠す為に病死という事にする。
第6皇子という人物も、そうして葬られた様だ。
「何があったんです?」
「さあな?
ワシは地方の領主じゃし
アルマート公爵も詳しくは知らん様子じゃ」
「それは…」
「いや
それが何の関係があるんです?」
子爵が話しだしたのには、それなりの理由がある筈だ。
そうで無ければ、こうしてその話をしないだろう。
「第6皇子は…
ワシが知る限りでは、何も病には罹っておらなんだ
アルマート公爵もそう仰っておった」
「アルマート公爵が?」
「ああ
アルマート公爵は、第2皇子の兄に当たる」
「あれ?
それじゃあ皇族に…」
「父親が違うんじゃ
アルマート公爵がお産まれになってから、妾として入られたのじゃ」
「え?」
「王族ではよくある事だ
夫と死別して、妾として後宮に入る
それで子供が産まれる事もある」
「ああ
じゃからアルマート公爵は、継承権を与えられておらん」
アルマート公爵が公爵と名乗るのは、それなりの理由がある。
皇帝の血筋では無いが、皇家の関係者となる。
それで公爵の爵位を与えられて、継承権は持たなかったのだ。
「何だか複雑だな」
「そうでも無いさ
皇帝にはさせないが、皇帝になる可能性がある者の兄になる
だから冷遇出来ずに、公爵として迎えているんだ」
「ああ
大きな国になれば、よくある事じゃ」
「ふうん…
それなら我が国の陛下は?」
「ハルバートは正妻の王妃様の弟君
別の公爵の息子じゃ
幼い頃は、他の皇子達と仲良く遊んでいたそうじゃ」
「なるほど…」
「その王妃様も、初代皇帝の血筋らしい
だから公爵と言っても、本来なら皇帝に…」
「ああ
帝位を継げなんだ者が、血を濃くする為に結婚する
これもよくある事じゃなあ」
「え?
それって…」
「ああ
下手をすれば、兄弟姉妹での結婚も有り得る」
「うえ…」
「王国で良かったな」
クリサリス聖教王国では、親族間の婚姻は認められていない。
最低限、二親等よりも外にならないと駄目なのだ。
その辺は、女神様が定めた事になっている。
「話が逸れたな
第6皇子の死因は不明じゃ
しかしアルマート公爵が仰るには、直前まで元気だったそうじゃ」
「そうなると…」
「ああ
何かがあって処分されたか?」
「それが何で問題が?」
「本当に死んでおればな」
「え?」
「あ…」
「まさか毒殺でもされた事にして、何処かに連れ去られたとか?」
「ああ
禁忌の魔法の研究等をしておってな」
「え?
それって…」
「ああ
魔王がそうではないかと」
子爵の考えは、亡くなった筈の第6皇子が、魔王になったムルムルではないかと言うのだ。
「しかしそれは…」
「そうじゃな
しかし時期も近い」
「とは言ってもなあ…」
時期が近くて、何らかの理由で殺された事になっている。
しかしそれが、件の魔王に繋がるのだろうか?
「殿下はその魔王が、身分が高い者だと仰った」
「ええ
そんな魔導書を盗めるのなら、それなりに皇宮の事を詳しい筈です」
「ああ
第6皇子ともなれば、禁忌の魔導書が納められている場所ぐらい…
知っておってもおかしくなかろう?」
「ううん…」
「それとな
兄である第4、第5皇子を病で失っておる」
「ああ」
「それで病を克服しようと、研究をされておったそうじゃ」
「それもアルマート公爵から?」
「ああ
侯爵から聞いた話じゃ」
理由や動機は揃っている。
しかし肝心の、確証が得られない。
「どうなんだろう?」
「いや、しかし
子爵の言い分も尤もだ
確かに可能性はある」
「ああ
じゃからワシは…」
しかしそうなると、ムルムルは自身が生まれ育った帝都を襲った事になる。
いくら憎くても、そこまでするだろうか?
「いやあ…
だけど帝都を襲うか?」
「月の魔力」
「月の…
あ!」
「そうだ
ムルムルは元々、帝国貴族を憎んでいたんじゃ無いのか?
それで狂暴化して、帝都の貴族を根絶やしにしようと…」
「そうだな
それならあり得るかも」
ギルバートとアーネストは、得心して頷く。
しかし子爵は、一層顔を険しくする。
「それならば、その魔王は姪を殺そうと…」
「あ!
そういえばそうか」
「そうだな
皇女も狙われていた
そこまで分別が付かないほど…」
「そうなると、女神様の指示ってのも怪しいな」
「怪しい?」
「ああ」
ギルバートは、ここで自分が感じた事を話す。
「そもそもが、女神様が人間を滅ぼすって事がおかしいんだ」
「何でだ?」
「だって人間も、女神様がお創りになられたんだろ?
それなのに気に入らないからって、皆殺しだなんて…」
「そりゃそうだが…
神様の考える事だろ?」
「そうじゃな
ワシ等人間では、到底及ばない考えなんじゃろう」
「そう思うだろ?」
「え?」
「どういう事ですかな?」
ギルバートは魔王達との邂逅で、思い付いた事があった。
「女神様に関して、大きな疑問があるんだ」
「疑問って?」
「そもそも本当に、それは女神様なのか?」
「え?」
「それはまた…」
「だって使徒しか見ていないんだろ?
魔王も使徒だから見たって言うけど、本物か疑問に感じてたし」
「確かにベヘモットも、そんな事を言っていたな」
「ああ
アモンも怪しんでいた」
「ベヘモット?
アモン?」
「ああ
ムルムル以外の魔王です」
「魔王?
他にも居るんですか?」
「ええ
我々が目撃したのは、その3名の魔王です」
「話によると、全部で4名居るとか…」
「魔王が4人も?
はははは…」
子爵は引き攣った笑いをして、思考を停止していた。
帝都に大打撃を与えたという魔王が、他にも3名も居ると言うのだ。
それは理解したくない話だった。
「しかし
女神様が偽物だなんて…
それじゃあ何者なんだ?」
「さあ?
それはまだ分からない」
「おい…」
「しかし女神に会えば…」
「会えるのか?」
これはギルバートとしても、確証は無かった。
しかし女神に会った事がある者なら、何とかなるのではないか?
そして可能性があるのは、使徒であるエルリックだ。
「エルリックに聞いてみようかと…」
「駄目だ
奴は信用出来ない」
「エルリック?」
「うみゅう?」
ギルバートはエルリックが、どの様な人物か説明する。
「エルリックは女神様の使徒、フェイト・スピナーです
しかし人間に対して協力的な…」
「いや
奴は信用が…」
「何故です?
人間に協力的なら…」
「うにゅう?
お兄ちゃんはドジだけど、嘘は吐かないよ?」
「その間抜けさが信用出来ないんだ」
アーネストは、その人間性より間抜けさからエルリックを信用していなかった。
「しかしなあ…
他には女神様の居場所を知る者は、魔王ぐらいしか…」
「魔王には?」
「何処に居るのか分からんだろう?」
「ムルムルなら!
いや、奴も危険か」
「アーネスト?」
「気にするな
何でも無い」
「しかし神に会おうとは…」
子爵も女神に会うと言うのは、あまり気乗りしない様子だった。
「他には無いんですか?」
「そうだな
女神様に会うだなんて…
危険じゃないか?」
「それはそうだが…
他に方法は無いだろう?」
「ううむ…」
「しかしなあ…」
「そもそも、女神様をどこまで信用するか?
本当に人間を滅ぼす気なのか?」
「そうだな
魔王達も最初は、人間を戒める為だろうって言っていた
しかしここまで徹底的にするとは…」
「戒めか…」
「そうだな
よくある物語の、神の与えたもう試練?
そんな感じもするな」
しかし試練しては、やる事が念入りである。
巨人を率いたり、同時にムルムルを差し向けているのは、些かやり過ぎ感がある。
「試練にしては、今回の王都の襲撃は酷く無いか?」
「ううん」
「それにじゃ
いくら憎いからと言って、親族を襲わせるのはどうなんじゃ?」
子爵も帝都の件を出して、試練とは思えないと告げる。
「しかし
仮に本気だとして、どうするんだ?
女神様に会えたとして何か変わるのか?」
「それは…」
「人間を滅ぼす事を、どうか止めてくださいと言うのか?」
「駄目なのか?」
「はあ…」
アーネストは溜息を吐く。
「あのなあ
相手が本物だとして、そこまで思い詰めた事をおいそれと止めれるか?」
「そうじゃのう」
「ううん…
駄目かなあ?」
「それにな
もし女神様が偽物なら…
それこそ止める理由は無いだろう」
「そ、それは…」
「それこそ好機とみて、確実にお前を始末すると思うぞ」
アーネストはそう言って、冷静になって考えろと促す。
「気持ちは分かるがな
そんな簡単な事じゃあ無いだろう」
「ううん
良い考えだと思ったんだが」
「まあ、お前にしちゃあ上出来だがな」
「おい!」
「はははは」
二人が話している横で、子爵は神妙な顔をする。
しかし黙っているので、その考えは窺えなかった。
「さあ
そろそろ野営の準備だ」
「え?
もうそんな時間か?」
「ああ
そろそろ開けた場所に出る
そこで野営になるだろう」
気が付けば、ソルスはとっくに姿を消している。
代わりに夕焼けが広がり、辺りを赤く染めていた。
左側に広がっていた、不気味な魔の森も離れている。
そうして森の途中に、開けた岩場が見えて来る。
そこには小さな泉もあり、旅人が野営をするには適していた。
「お?
先客も居るな」
アーネストはそう言って、馬車から降りると隊商の元へ向かった。
挨拶がてらに、何か情報が無いか調べるつもりだろう。
ギルバートは子爵と降りて、天幕の準備を始める。
セリアは眠そうに目を擦って、その傍らに立っていた。
「綺麗な景色ですな」
「ええ
そろそろ葉が枯れて、落ち葉になりそうですね」
「落ち葉?
木が枯れてしまうんですか?」
「ああ、子爵は知らないのか」
ギルバートは子爵と天幕を張りながら、紅葉の話をする。
木自体が珍しい帝国からすれば、葉が落ちても枯れないという事が信じられ無かった。
帝国の土地では、年中植物が枯れている。
それこそちょっと雨が降らなければ、すぐに枯れてしまうのだ。
そんな土地からすれば、木も紅葉も珍しいのだろう。
「ほう…
自然に真っ赤に…」
「ええ
綺麗ですよ」
「それは楽しみですな」
「しかし、紅葉が終わるとすぐに冬です」
「寒いよ」
「はははは
寒いんですか?
しかし砂漠も夜は…」
「一日中ですよ?
ですから外出は控える様になりますね」
「一日中ですか?
はあ…」
そういった感じで、子爵は始終感心しながら聞いていた。
そうこうする内に、野営の準備は整って行く。
兵士は焚火を焚いて、夕食の準備を進める。
こうして1日目は、何事も無く過ぎて行くのであった。
まだまだ続きます。
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