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聖王伝  作者: 竜人
第二章 魔物の侵攻
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第43話

森の中で見つけた物

それはコボルトの集団と、それが狩ったと思しき獲物の残骸であった

危険な魔物の動向を調査すべきか

偵察隊は重要な選択を迫られていた

先に進んだ魔物の数は12匹

奇襲を仕掛けても勝てないだろう

しかも、熊や正体不明の魔物を狩る事が出来る強敵だ

出来得る事なら、このまま拠点や集落を探りたい

リーダーは重要な選択を迫られていた


どうする?

行くのか?

引き返すのか?


大隊長からの使命は、魔物の生態調査と、拠点や集落の場所を把握する事だ。

しかし、このまま進んでも、すぐに見つかってしまうだろう。

それに、もう一つの任務、これも重大だ。


この任務で無くても、これだけ危険な状況なら、引き返すしかない。

その上で、ギルバートを守る様に言われている。

ここは慎重に判断して、撤退を選ぶべきだろう。

リーダーはそう判断し、小声で指示を出す。

この冷静な判断からも、彼がこの班のリーダーに適任であったのだろう。


「敵にはまだ気付かれていない

 今回はこのまま撤退する」

「なんで

 折角のチャンスでしょう?」

「しーっ

 静かにしろ、見つかる」


リーダーは大きな声を出す兵士に注意する。

こんな場所で声を出していたら、たちまちさっきの魔物に見つかってしまう。


「見つかったら、撃退すりゃ良いじゃないですか」

「馬鹿か

 熊を倒す様な魔物が12匹だぞ」

「こっちは6人しか居ないんだ

 死にたいのか?」


尚も声を上げる兵士に、他の兵士が鋭く睨みながら注意する。

まだこちらに向かって来る気配は無いが、このままでは危険だ。


「そんなに言うなら、お前が一人で見てこい

 オレ達は撤退する」

「え?」


「手柄が欲しいんだろ?

 行って来なよ」

「良いぜ

 構わないからよ」

「え?

 ええ?」


一人で行けと言われた兵士は、みなにあっさりと断られて狼狽した。

強気に出れば、みなも自分の言う事を聞くとでも思ったのだろうか?

それとも、よほど自分に自信があったのか?

彼はみなから白い目で見られた。


「死にたい奴は、好きにしろ

 生き残りたい奴は、静かに着いて来い」


リーダーはそう言うと、再び黙り、手信号で合図を出した。


その様子を、少し離れた場所から見ている集団があった。


「どうです?」

「ふーっ

 やれやれ、肝が冷えたぞ」

「偵察任務の途中で声を上げるとか、死にたいのかねえ」


偵察部隊の安全を確保する為、様子を見ていたのだ。

ギルバートの事も気になったが、このところ増えている、新手の魔物が居る事が気になっていた。

勿論、コボルトも十分に危険だ。

それでも、1.5倍の人数が居れば、何とかなるだろう。

既に何度か迎撃しているので、魔物の強さは多少は把握していた。

問題は見た事が無い魔物だ。

最近聞いたのは、豚の頭の筋骨隆々とした魔物だ。

オークと言うその魔物には、守備隊もまだ遭遇していない。

その力は未だ未知数であった。


「コボルトだけでも厄介なのに、オークも現れているらしい」

「豚ですよね?

 焼いたら旨いのかなあ?」

「馬鹿

 魔物だぞ?

 食えるワケ無いだろう」


「強いんですかねえ?」

「分からん

 見つけたら、倒してみたいんだが…」

「いや、大隊長が出たらダメでしょう」

「ダメか?」

『ダメです!』


他の兵士や部隊長に睨まれ、渋々承諾する。

部隊長からすれば、そもそも大隊長が気軽に戦場を歩き回るのにも反対であった。

既に将軍も亡く、部隊を指揮する者が居ないのだ。

ここで大隊長に何かあったら、街の守備はどうなる事やら。

部隊長は溜息を吐きながら、大隊長の方を睨んだ。


「おお怖い

 分かったよ

 大人しく殿下の無事を見届けるよ」


大隊長は肩を竦めると、後方へ下がった。

前方で見ていると、つい出たくなってしまう。

ここは後方で大人しくしていようと決めた。

それが後程、どの様な結果を生むのか、この時は気付いていなかった。


ギルバートの所属した偵察隊は、ゆっくりと大隊長達が潜んでいる茂みに向かっていた。

しかし、後2、300mといった距離に達した時、リーダーが不意に手を挙げて下がる。

合図を出し、その場に隠れる様に必死に指示を出す。

そうして全員が隠れたのを見て、自信も慌てて隠れる。

部隊長達もその様子を見て、慌てて茂みに隠れる。


その直後に繁みを掻き分け、豚が顔を出す。


何だ、豚か


何人かはそう思って気を抜いていた。

しかし、豚は人間の腰より上に頭を出していた。

すぐに全員が違和感に気付く。


フゴフゴと鼻を鳴らし、辺りの様子を伺う。

すぐ側に居た兵士は、顔面を蒼白にして、必死になって堪えていた。


やがて、繁みをガサゴソと掻き分け、もう2つ豚の顔が現れる。

そして繁みから出て来る、筋骨隆々とした長身の男の姿があった。

豚頭の魔物、オークだ。


オークは更にフゴフゴと鼻を鳴らし、辺りの臭いを嗅いでいる。

リーダー他数人は、祈りながら武器を手にしていたが、間違いなく気付かれていた。

姿こそ確認出来ないが、オークは兵士が隠れた茂みに近付くと、持っていた棍棒を無造作に叩き付けた。


ゴガン!


棍棒が地面を叩く音がして、兵士のすぐ目の前の地面に跡を付けた。

その行為に、遂に恐怖に堪え切れなくなり、兵士が声を上げて飛び出した。


「ひぃいいい」


それを見て、もう一匹のオークが、棍棒を振り上げて飛び出す。


「たすけてくれー…」


逃げる男に、オークの棍棒が迫る。

そして、鋭く振り抜かれ、残骸が飛んで行く。


「えぶしぃ」

ブチャッ!


頭蓋は砕かれて、辺りに巻き散らかされる。

勢い余って胴体は吹き飛び、木立の中へ飛び込む。

ギルバートとアレックスは、慌てて飛んで来る兵士の死体を避けた。

アレックスは恐怖で固まり、頭を失った無残な兵士を見ていた。

ギルバートは繁み越しで見えなかったが、目の前で見ていたら同じ状況だっただろう。

オークの一匹がその死体に近付き、アレックスを発見する。


フンフン

フゴッ?


オークはアレックスの姿を捕らえ、獲物を看付けた邪悪な魔物の顔をした。

アレックスの恐怖はピークに達し、ガクガク震えて失禁していた。

その匂いに、獲物を追い詰めたと魔物は更に興奮する。


フゴゴゴ!


魔物の棍棒が振り上げられる。

そして振り下ろされようとした時、その背後から影が迫る。


「うわぁぁぁああああ」

ザシュッ!


ローダンが飛び出し、背後から切り掛かった。

直後に他のオークが気付き、棍棒を構える。


「ちっ」


リーダーがそれに反応し、脇から片方のオークの頭に跳び付く。

もう一匹が吠えながら前進して来る。

最初に切られたオークが、ローダンを殴り飛ばす。

次々に起こる目まぐるしい事態に、ギルバートは混乱しながら立ち上がった。

最早、頭の中は真っ白だった。

冷静に考えれば、他の対処もあっただろう。

しかし、混乱した頭の中に在ったのは

『魔物を殺せ!

 憎むべき魔物を殺せ!』

その言葉だけだった。


「うおおおおお!」


どうして魔物が憎いのか?

どうして魔物を殺さないといけないのか?

この時のギルバートには分からなかった。


「んなあ!

 殿下!!」

「ヤバい!」


向かい側で起きている出来事に、部隊長達も慌てる。

大隊長に至っては、まさかオークが出るとは思っていなくて、完全に安心して下がっていた。

出遅れた為に、ここからではどう見ても間に合わない。


ギルバートを守る為に、咄嗟にオークに飛び掛かったリーダーも、オーク一匹の首を掻き切るのが精一杯で、ここからでは間に合わない。


ギルバートの目の前で、オークは残忍な笑みを浮かべ、棍棒を振り上げた。

その眼を睨み返しながら、ギルバートは屈めた腰に力を入れる。


「うりゃあああ!」

ザン!


短く鋭い音がして、ギルバートは魔物の脇をすり抜けていた。

魔物は一瞬気付かづ、周りを見回す。

その動きに合わせる様に、魔物の胴体が斜めに切れた。


フゴッ?

ゴブゴブ…


魔物はそのまま崩れ落ちる。

それを見て、残りのオークは身構える。

さっきまで楽勝と高を括っていた人間の子供に、まさかの仲間が一刀両断されたのだ。


ブヒ、フゴフゴ


魔物は威嚇する様に棍棒を構える。

しかし、相手を見ると戦意を喪失してしまった。

ギルバートの様子は明らかに不自然で、その眼からは激しい憎悪が溢れ出ていた。


ブ、ブヒッ


逃げようと踵を返す魔物。

その魔物の喉元に刃が突き刺さる。

リーダーが追い付き、素早く喉元を狙ったのだ。

魔物は何が起きたかも理解出来ず、そのまま倒れた。


「ふう

 何とかなったな」


全身に冷や汗を掻きながら、リーダーはその場に腰をおとした。

魔物が倒れたのを見たからか、ギルバートも力が抜けた様にへたり込む。


「おい、大丈夫か?」


魔物が居なくなって安心したのだろう、兵士がギルバートに近付く。

部隊長や大隊長も慌てて駆け付ける。


「おいおい

 あんまり騒ぐなよ

 他の魔物が来るだろう」


リーダーは苦い顔をする。


「おい!

 すぐに他の部隊も戻る様に指示を出せ」

「は、はい」

「ぼっとしてるな

 魔物がこちらに気付くかも知れない

 急いで撤退するぞ」

「死傷者の回収と魔物の遺骸も忘れるな

 今後の参考にする為にも、重いだろうが運んでくれ」


大隊長の言葉に兵士は驚くが、部隊長は素早く兵士達を起こしてやり、部下の遺体も回収させる。

ギルバートは呆然としてローダンの姿を探したが、彼も兵士に抱えられて運ばれた。

その首はあり得ない方向に曲がっており、一歩間違えれば自分がそうなっていたとまざまざと見せつけられた。


「あ…ああ」

「ローダン?」


よろよろとアレックスが立ち上がり、その後を追って行く。

ローダンはその身を持って自分達の身を守り、若い命を散らしていた。

それが重く圧し掛かる様な気がした。


「殿下?」

「う…ああ」


大隊長が支えて立たせてくれた。

それでもその足はフワフワとしっかりと踏みしめれず、先の事に実感が湧かなかった。


「殿下!

 しっかりしてください」

「うう…」


「殿下かそんなんでは、身を挺して守ってくれた彼が浮かばれませんよ」

「ああ…

 うう」


大隊長はギルバートを支えながら、急いでその場を離れた。

離れ際に、リーダーが伝令に注意をしていたのが聞こえた。


「伝令に向かう時に、注意してくれ

 魔物が向かったのは北だ

 見つからない様に注意してくれ」

「分かった

 魔物は何だった?」

「コボルトだ

 耳も鼻も利く

 くれぐれも用心してくれ」

「了解した」


伝令はそう告げると、音もなく茂みの中に消えて行った。


部隊は一言も話さずに繁みを抜けて行った。

暫く進んで、公道と街の南門が見える場所まで戻って来る。

公道を兵士達が散開して調べ、他の魔物が潜んで居ないか調べる。

その間もギルバートは一言も話せず、虚ろな瞳でアレックスの方を見ていた。

そのアレックスは、自分を守って死んだローダンの遺体を抱える兵士の隣に立っていた。

その視線は呆然とローダンを眺め、ぶつぶつと何事か呟いていた。


「殿下とそこの少年を先に

 門の中に入れて休ませてやれ」

「はい

 殿下、こちらへ」


大隊長に代わって、兵士がギルバートの肩を支えて連れて行く。


「さあ、君も早く」


兵士が促し、アレックスを連れて行こうとする。


「あ…

 ああ…」

「気持ちは分かる

 分かるが今は堪えるんだ

 君が死んでは彼の努力が無駄になる」

「ああ…」


尚も手を伸ばし、ローダンを追おうとするアレックス。

そんなアレックスを連れようとするも、抵抗しようとする。


「止むを得んか」


大隊長が静かに隣に来て、素早く首元へ手刀を振り下ろす。


「う、が…」

「さあ、すぐに連れてってやれ」


アレックスは糸の切れた人形の様に、ぐったりとして兵士に抱えられた。


「はい」


兵士はアレックスを抱えて、ギルバート達に続いて南門を潜った。

南門の前には、大隊長と部隊長、そして数人の兵士が警戒に立っていた。

予想外の魔物との遭遇

それによって死者が出てしまう

それもギルバートの目の前で、一人の少年兵が命を落とした

その時、ギルバートが何を思ったのか

これが後々に影響をする事となる

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