第429話
ギルバート達は、ハルムート子爵とカザンの北の山道に居た
そこには魔物が現れて、ノーランド侯爵が困っていたからだ
魔物の討伐の依頼を受け、山道を鉱山に向けて進む
そこではコボルトや、オークが集団で襲い掛かって来た
4度目の襲撃を受け、その魔物の死体が転がる
ここまでコボルトが3回来て、最後はオークの集団だった
さすがにオークは、魔石を有した者が多い
ギルバートは休憩を挟み、兵士に死体の処理をさせていた
「魔石の回収は終わりました」
「うむ
死体は?」
「はい
これまで同様、死霊対策はしております」
さすがに遺骸を運ぶ事は無いが、手足は切断して置く。
そうしないと、後で死霊になって襲い掛かって来るからだ。
「これも…
魔物なんですな」
「ええ」
子爵はオークの死体を見て、顔を顰める。
コボルトと違って、オークは頭だけ豚だった。
筋骨隆々とした男が、少し太めになって豚の頭を被った様な姿だ。
その見た目は、不気味としか言い様が無かった。
「しかし…」
子爵は砕けた岩を見る。
それは人が丸まったぐらいの大きさの岩だったが、オークの一撃で砕けていた。
オークは鉄を固めた棍棒を、振り回して襲って来ていた。
「さすがにこれは…」
「ああ
兵士では危険ですね」
「え?」
「でも…」
「訓練じゃあ」
「訓練?」
兵士は棍棒を持つと、何気なく木に打ち付ける。
ゴガン!
「これぐらいは受けますよ」
「そうだな」
「ああ
あれは痛いよな」
「そうそう
失敗したら、死ぬほど痛いし骨折するからな」
「そうだな
内臓が飛び出るかと思うよ」
子爵はポカーンと見ていて、ギルバートの方を振り返る。
ギギギギ…
「殿下?
まさか?」
音がするぐらいゆっくりと、首を回しながら子爵は質問する。
「ああ
さすがに身体強化が出来てからだよ」
「そうは言ってもな」
「そうそう
あれで泣いて辞めたがる奴も居るからな」
「ギルバート殿下?」
「いや
強制じゃあ無いぞ
強くなりたい奴に、強化訓練としてでなあ…」
子爵は繰り返し、ギルバートと木にめり込んだ棍棒を見る。
「いくら何でも、こりゃあ無茶でしょう?」
「そうは言ってもなあ…
怪我人しか出て無いぞ」
「そうなんだよな」
「ああ
何だかんだ言って、みんな耐え切るんだよな」
兵士達の言葉に、子爵も私兵もゾッとしながら聞いている。
「ま、まあ
子爵は当分は、身体強化の訓練からですから」
「当分?」
「それに王都の復興もありますし」
「その後は?」
「はははは…」
子爵は泣きそうな顔をして、ギルバートを睨む。
「子爵殿
こんなんで音を上げてちゃあ…」
「そうそう
これぐらい出来ないと、オーガには勝てませんよ」
「あ!
馬鹿!」
「オーガ?」
兵士の言葉に、子爵の顔は蒼白になる。
「まさか…」
「ええ
我々はオーガも退治してますよ」
「そうそう
あんなのワイルド・ベアに比べれば」
「お前等…」
ギルバートは頭を抱える。
子爵達は、オークで尻込みしている。
そんなところにさらに強力な魔物が居ると話せば、誰だって嫌がるだろう。
案の状、子爵は顔色を変えていた。
「オーガって人食いの化け物では?」
「えっと…」
「王都の周辺では、最近は出なくなりましたけどね」
「さすがに巨人騒動があったからな」
「きょじ…」
「子爵様」
さすがに許容を越えたのか、子爵はふらふらと倒れる。
「お前等…」
「はははは…」
「刺激が強過ぎましたかね?」
子爵が気分が悪くなったので、少しの間休憩する事になる。
その間に、ギルバートは子爵に睨まれる事となる。
「ギルバート殿」
「いや
当面は魔物討伐は、騎士団や私が…」
「そうじゃあ無いです
どうして事前にお話にならなかったんです」
「いや、魔物を討伐するって…」
「ですが、アーネスト様のお話じゃあ、巨人は退けたって」
今度は子爵は、アーネストの方を見る。
「そうですよね?
アーネスト様」
「あ、ああ…」
子爵の圧に、アーネストも思わず頷く。
「それでなんで…」
「王国だけじゃあ無いんだ
各国で魔物の被害は出ている」
「そうだよ
それにオーガやワイルド・ベアは…」
「恐ろしい魔物じゃあ無いんですか?」
「それは戦いに慣れて無いと、危険な魔物…」
「でしたら!」
「でも、子爵には当面は、王都の復興をお願いします」
「その間に鍛えれば…」
ギルバートとアーネストは、食い下がって説得する。
「倒せると…
言うんですか?」
「ええ」
「いざとなれば、魔術師が補助します」
「ううむ」
子爵としても、王都への移住は素晴らしい案なのだ。
魔物の事が無ければ…。
「ワシは…
領主でもあるんです
領民の安全を考えて…」
「それは王都に移り住むんです
王国が責任を負います」
「おい
アーネスト」
「ギル
お前も子爵の私兵達が、オーガと戦える様になるまでは守るつもりなんだろ?」
「それはそうさ
しかし安易に…」
「安易じゃあ無いさ
国外の者を受け入れると決めた以上、責任は王国が取る
これはバルトフェルド様も認めている」
「それなら…
私からは何も言う事は無いな」
二人の説明を聞いて、ようやく子爵も首を縦に振る。
「分かりました
しかし無茶な事には…」
「それは当然です」
「当たり前だよ
むしろ子爵には、巨人を狩るぐらいに…」
「きょじ…」
「おい
あまり無茶を言うなよ」
「無茶じゃあ無いさ
騎士団も、魔術師が居たとはいえ、あと少しで倒せていたんだ」
「はあ…
これは大変そうだな…」
子爵は腰を上げると、私兵達の方を見る。
「あいつ等を説得して来ます」
「子爵…」
「その代わり、快適な生活を約束してください」
「ああ
分かっている」
「美味い酒も用意させます」
「アーネスト…」
「はははは
期待しておりますぞ」
子爵はそう言って、私兵達の所に向かう。
それから暫く、私兵達と何やら話し込んでいた。
しかし私兵達は、既に覚悟は決まっていた様だった。
顔を引き攣らせていたのは、魔物よりも練習の方なのだ。
兵士の言う訓練に、不安を感じていたのだ。
「話は纏まりました
引き続き…
お願いします」
「ああ
そうとなれば、急いで魔物を狩ろう
今日中には、鉱山の前には行きたい」
「そうですね
兵達に指示して来ます」
子爵が私兵に声を掛け、その間にギルバートも支度をする。
護衛の兵士達は、会話が聞こえる場所に集まっていた。
だから出発と聞こえた時点で、すぐに準備を済ませている。
「さあ、行くぞ」
「はい」
再び一行は、馬に乗って山道を進む。
ここから鉱山は、それほど離れてはいない。
しかし既に、日は傾いていた。
話し込んでいる時間が、思ったよりも長かったのだ。
鉱山が見える位置に来て、一行は警戒を強める。
魔物が待ち伏せて居るのなら、いつ出て来てもおかしく無いのだ。
「変ですね?」
「反応は無いな」
「アーネスト?」
「ええ
魔力も探知しません
この入り口付近には、魔物はどうやら居ません」
アーネストも魔法で、周囲の魔物の気配を探る。
しかし探知外なのか?
それとも妨害する何かがあるのか?
魔物らしき魔力は察知出来なかった。
「居ないのか?」
「みたいだな
しかし魔物は…」
魔物は明らかに、製鉄を学んでいる筈だった。
それがどこまでの技術か分からないが、少なくとも鉄を溶かす術は学んでいる筈だ。
そうで無ければ、先ほどの様な鉄の棒等は作れないだろう。
「奥に居るのか?」
「かも知れないな」
「ちょっと見て来ます」
「気を付けろ」
「はい」
護衛の兵士から、斥候に3名が進み出る。
馬から降りると、そのまま気配を消しながら進んで行く。
そうして木の柵を回り込み、中の様子を探ってみる。
暫くすると、彼等は中に入って行った。
「大丈夫か?」
「うーん
待ち伏せは無いと思うけど…」
魔力が感じられ無い以上、何も居ないか感知されない方法がある筈だ。
後はそれが、感知されない方で無い事を祈るしか無かった。
暫くしてから、兵士達は柵を越えて出て来る。
「周辺には居ませんね」
「しかし最近まで、この辺りに居たのは確かです」
「炉には灰が残されていましたが、まだ暖かかったです」
「そうか…
それならさっきのオークか…
まだ中に魔物が残って居るか」
「恐らく残って居るだろうね
しかしこの時刻になっても出て来ないんじゃあ…」
既に周囲は、夕刻の赤い日差しに変わっている。
このまま野営するには、周囲の安全を確認する必要があった。
「柵の中は危険だ、周囲を探ってくれ」
「はい」
兵士に周囲を探らせながら、ギルバート達は野営の準備を始める。
アーネストが探った限りでは、周囲には魔物の魔力は感じられ無かった。
後は本当に安全か、兵士が確認して来るだろう。
「殿下
魔物の死骸が…」
「恐らくオークと交戦して、殺されたものかと」
「死霊には?」
「大丈夫そうです
潰されていましたから」
「潰されてって…」
「うええ…」
護衛の兵士達は平気だったが、私兵達は顔を顰めていた。
魔物同士の争いで、潰れた死体などを見た事が無いのだろう。
何せ砂漠では、魔獣に丸飲みされるから、潰される死体など見る事は無いのだろう。
「よし
ここで野営をしよう」
「はい」
「大丈夫なんですか?」
「ええ
魔物も恐らく、鉱山の中で時間の感覚が分からないんでしょう
下手したら、中で寝てる可能性もあります」
「中で…ですか?」
「ええ
鉱山の中は真っ暗です
松明の灯りでも無ければ、魔物達も時間は分からないでしょう」
外の光が差し込む場所でも無い限り、中では時間が分からなくなる。
魔物達は、時間も気にせずに採掘している可能性がある。
それは逆に、時間が経つほど武器が増えるという事だ。
「大丈夫でしょうか?」
「そうですね
明日はさっそく、鉱山の中も確認しましょう」
ギルバートはそう言うと、野営の準備に取り掛かる。
砂漠の民は、普段から天幕で生活をしていた。
だから野営の準備も、手早く済ませていた。
「魔物が出て来ませんかね?」
「それは運次第でしょう
それを言うなら、外から来る可能性もありますし」
「そうですね
しかし…柵の中では?」
「それは却って危険でしょう
柵がある以上、鉱山の中の魔物は、あれを越えないと出て来れない」
鉱山の入り口の周りには、ぐるりと柵が巡らされている。
入り口も当然あるのだが、それが使われている様子は無かった。
恐らく魔物は、入り口から入るという知恵は無いのだろう。
木で作られた門は、そのまま暫く開けられた形跡が無かった。
「門が使われた形跡が無い以上、魔物は柵を登って来ます
そうなれば、どうしても音がするでしょう」
「それもそうですな」
子爵は頷くと、私兵にも柵を見張る様に指示を出す。
砂漠の夜に慣れているので、私兵達は夜目にも自信があった。
それで交代で休みながら、見張りをする事になる。
「殿下の兵士には、戦ってもらう必要がある
見張りは我々に任せて、少しでも休んでください」
「良いのか?」
「ええ
夜目には自信があります
見張りは任せてください」
「分かりました
おい、交代で休む様に」
「はい」
ギルバートの指示で、兵士は交代で休む事にする。
そうすれば、いざという時にすぐに戦える者が居る事になる。
「休んでいただいても…」
「外から来る可能性もある」
「ああ、なるほど」
子爵は兵士に指示して、周囲の警戒もさせる事にする。
私兵達は頷くと、野営地の周りに焚火を作る。
「こうして囲む様に配置すると、実際の人数より多く見えます」
「なるほど…」
「人数が少ない時は、こうして安全を計るんですよ」
子爵はそう言って、私兵に追加の薪を探させる。
焚火を増やすと、その分薪も多く必要になる。
兵士は森の中に入って枯れ枝を。探す
魔物が潜んで居ては危険だが、周辺は捜索した後だ。
兵士は安心して薪を探していた。
「で、殿下」
「何だ?
どうした?」
「魔物です
オークが近付いて来ます」
「何?」
その兵士は、薪を拾いながら森を分け入っていた。
そこで遠くに、火の揺らめきを目撃する。
すぐに隠れて、物陰からその火を確認しに向かったのだ。
魔物に見付からなかったのは、彼が用心深い性格だったからだろう。
「こっちに?」
「ええ
まだ周囲を警戒して、山道をゆっくりと上がって来ています」
「そうか
すぐに動ける者を」
「はい」
「何だ?
どうした」
「子爵
魔物が近付いています」
「へ?
中は…」
「山道の下の方からです
兵士が見付けました」
「そんな所から?」
「ええ
薪集めが役立ちましたよ
子爵はここに居てください
すぐに片付けます」
ギルバートはそう言うと、馬に飛び乗って駆け出す。
それから少しして、遠くから叫び声が聞こえる。
ギルバート達が魔物に遭遇して、戦っている音が聞こえるのだろう。
そのまま半刻ほどで、ギルバートは戻って来た。
「どうでした?」
「昼間のオークの残党でしょう
同じ様な鉄の棒を所持していました」
「昼間の…
それでは?」
「ええ
鉱山の中に、まだオークが残って居る可能性が高いです
奴等はそこから、街の方に襲撃に出ていたんでしょう」
最近は街の近くでも、隊商が襲われて困っていると侯爵は言っていた。
あのオーク達も、その襲撃に向かっていたのだろう。
昼間のオーク達は、その間の鉱山の守備部隊だったのだ。
襲撃に向かっている間に、他の魔物に鉱山が取られない為に…。
「鉱山の奪い合いですか?
まるで人間の様な…」
「ええ
そこまで知恵が回るんですよ
だから危険だ」
「そんな…」
子爵は驚いていた。
昼間は魔物の力に驚いていたが、その上知恵まで着いては、人間では太刀打ち出来ないだろう。
「どうすれば?」
「力を着けるんです
我々人間がね」
ギルバートはそう言って、魔鉱石の剣を叩いて示す。
結局生き残るには、魔物に抗う力を身に着けるしか無いのだ。
ギルバートの言葉は、それを示していた。
まだまだ続きます。
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