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聖王伝  作者: 竜人
第十三章 帝国の罠
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第428話

ギルバート達は、朝早くから起きると支度をする

ノーランド侯爵の依頼で、魔物を討伐するのだ

今回の目標は、カザンの街に近付く魔物の掃討だ

先ずは前日にも見られたという、北側の森に向かう

そこは竜の顎山脈に向かう、山道の周りに広がっている

街の住民達は、ここから山脈の鉱山に向かって移動する

鉱山では、この辺りでは希少な石炭や鉄鉱石が採掘出来るからだ

しかし魔物が現れてからは、危険で鉱山には向かえない

そこで魔物の討伐が必要になるのだ。


「頼みますぞ」

「ああ

 任せておいてくれ」


ギルバートは頷くと、兵士に指示を出して騎乗する。


「侯爵

 前回の討伐からそんなには…」

「ええ

 暫くは採掘に向えました

 しかし今は、再び鉱山周辺に集まりまして…」

「それでは採掘は…」

「ええ

 大幅に遅れております

 このままでは冬を越せるか…」


石炭は鉱石を溶かす以外に、街の貴重な暖房の火にも使われる。

冬になれば、この辺りでも雪が降るのだ。


「分かりました

 しかし侯爵の私兵も…」

「ええ

 鉱山は守備出来ます

 しかし討伐に割くまでは…」

「そうですか

 では、我々が帰還した後に」

「ええ

 鉱山を取り戻しに向かいます」


侯爵は力強く頷くが、アーネストには懸念する事があった。


「アーネスト

 鉱山も狙われているのか?」

「ああ

 どうやら森の先で、山脈に沿って鉱脈があるらし」

「ふうむ…

 マズいな」

「え?

 何がですか?」


侯爵は訳が分からず、思わず聞き返す。


「それがですね」

「魔物が鉱山を使っている可能性があります」

「はあ?

 魔物がですか?」

「ええ

 侯爵は魔物が、獣並みの頭だと考えていませんか」

「ええ

 そりゃあそうでしょう?

 ワシが見た限りでも、とても頭があるとは…」

「ですが、粗雑ながら加工された形跡があったんです」

「え?」

「そうですね

 生き残った魔物は、少しずつですが学習しています

 中には人間の武器を見て、真似て造る魔物も…」

「そ、そんな…」


ギルバートは、王都でも加工した武器を持った魔物を見ている。

アーネストも、北の魔物を討伐した時に、人間が加工した物に近い武器を見ている。

このまま鉱山を使われると、鉄製の武器ぐらいは作りそうだ。

現に棍棒やダガーの様な棒を、魔物は作っているのだから。


「アーネスト

 予定変更だ」

「そうだね

 野営の準備もさせよう」


アーネストは離れて、兵士に指示を出しに向かう。


「あ、あのう?」

「ええ

 序でに鉱山も取り戻します

 このままみすみす、魔物に知恵を着けさせる訳には行きません」

「それでは!」

「ですが、今後は侯爵がしっかりと守ってください

 でないと、魔物に再び奪われてしまいます」

「そ、それは…」

「無理ならしっかりと、入り口を塞ぐべきですね」

「そう…ですな」


侯爵は肩を落とすが、これは仕方が無いだろう。

領主という者は、民の安全な生活を守る為に存在する。

それが出来ないのなら、代替わりするなり交代するしか無いのだ。


「失礼ですが、侯爵

 後継ぎは…」

「え!

 それは…」

「いえ

 後継者がいらっしゃるのなら、相談されてはと

 その者にも私兵は居るんでしょう?」

「それが…

 王都で…」

「あ…」

「連絡もありませんですし

 既に亡くなっていると思っております」

「すいません

 気が付かなくて」

「いえ

 殿下ではすべての貴族の子息までは、把握出来なかったでしょう

 陛下でも忘れる事がありましたから」

「はははは…」


ハルバートは、地方の領主の説明の際に、ノーランド侯爵とザクソン伯爵の事を忘れていた。

もしかしたら、必要無いと考えたのかも知れない。

しかし、意図的に紹介しない理由は見当たらなかった。


「それでは侯爵には…」

「娘が…

 しかし別の領主の息子の元に…

 嫁ぎました」

「そうですか

 それでは後任は居ないという事に」

「お願いです

 ワシを罷免するのは…」

「侯爵…」


侯爵は恥も外聞も棄てて、ギルバートの前で頭を下げる。

それは膝を着いて頭を擦り付けて、見た目も恥ずかしい頼み方だった。


「侯爵

 私は罷免など…」

「領民はワシを慕っております

 彼等を見捨ててなど…」

「ですから、侯爵

 後任を育てないと」

「はへ?」


ギルバートは馬から降り、侯爵の前で膝を着く。

そうして肩に手を当てて、改めて話し掛けた。


「侯爵に後継ぎがいらっしゃらないのなら

 その後任を育てる必要があるでしょう?」

「え?

 あ…」

「バルトフェルド様に相談して、他にもその様な貴族が居ないか確認しないと

 このまま領主に何かあった時に、大きな混乱が起きるでしょう」

「そ、それは…」


「侯爵も希望がありましたら書類にしてください

 王都に戻って相談します」

「はい」

「それと…

 その者としっかり守らないと、交代も有り得ますから」

「で、殿下…」

「はははは

 そろそろ支度が出来た様です

 出発します」


アーネストが向かって来るのが見えたので、ギルバートは馬に飛び乗る。


「おい

 最後のは可哀想じゃあ…」

「甘いだけでは駄目だろ?

 しっかりと守ってもらわないと」

「はあ…

 お前も段々と、アルベルト様に似て来たな」

「そうか?

 それなら嬉しいが」


ギルバートはニコリと笑うと、兵士の元に向かった。

アーネストは、侯爵が目尻を拭いながら、決断する様子を見守る。

その顔からは、しっかりとした意思を感じられる。

これなら、鉱山の警備も大丈夫だろう。


「準備は出来たか?」

「はい」

「バッチリです」


兵士に確認を取ると、ギルバートは子爵に顔を向ける。


「ハルムート子爵

 先ずは我々の後方に着いて来てください

 魔物がどういう物か、よく見てください」

「承知した」


「開門!」

「開門!」


カザンの東の門が開き、ギルバート達は公道に出る。

北の門を開けると、近くに魔物が潜んで居ては危険だからだ。


「このまま北の山道に向かう

 魔物に警戒しながら進むぞ」

「はい」


一行は馬を駆り、北の山道を目指す。

アーネストも慣れない馬を、何とか操って追従する。


「アーネスト様…」

「大丈夫ですか?」

「話し掛けるな

 振り落とされない様に必死なんだ」


身体強化を使えば、乗馬も問題はないだろう。

しかしそうすれば、いざという時に魔力が不足する恐れがある。

アーネストは、非力な腕でしっかりと手綱を握っていた。


「そろそろ山道だ

 気を引き締めろ」

「はい」


山道を少し進むと、散発的に魔物が現れ始める。

魔物はコボルトで、弓を使って攻撃してきた。

それは粗雑な鏃で、兵士の鎧に弾かれる事も多い。

しかし多少は当たって、小さな切り傷や刺し傷を作る。


「ぬう」

「犬め

 弓まで作っているのか」

「多少は知恵が着いて来ている

 気を付けろ」


兵士の中で、弓を扱える者が狙いを定める。

それで何体か射抜くが、魔物は構わず森に逃げ込む。


「後は追うな

 このまま進むぞ」

「はい」


「死体はどうます?」

「放って置け

 どうせ魔石も当てにならない」

「はい」


魔物の遺骸は放置して、そのまま山道を進む。

魔物は散発的に現れては、行く手を阻む様に弓を撃って来る。

しかし兵士に射抜かれると、そのまま森に引っ込んで行った。

これで誘いに乗れば、森の中にどんな罠があるか分からない。

ギルバートはそれを無視して、先に進む事にした。


「これが…

 魔物?」

「まるで犬人間だな」


魔物の醜悪な姿に、子爵は顔を顰める。


「上半身が毛むくじゃらな奴も居れば

 ほとんど人間と変わらない奴も居ますね」

「ああ

 まるで亜人と呼ばれる、ワードックを見ている様だ」


ワードックとは、嘗て帝国にもいた獣人の事である。

しかしその顔は、人間に近い造形になっている。

コボルトのそれは、そのまま犬の頭を載せた様になっている。

しかもワードックの様に、流暢に喋る事は出来なかった。


「ワードックは、女神様が人間と動物を掛け合わせて作られた亜人です

 コボルトとは成り立ちが違います」

「そうじゃろうが…

 これはちと…

 不気味じゃのう」


砂漠の民は、魔物のその異様な姿に、尻込みしながら見ていた。


「4回目ですね」

「ああ

 そろそろ仕掛けて来るだろう」

「来ました

 武器を構えています」


先頭の兵士が、コボルトの集団を捉える。

そこには30体ほどのコボルトが、粗雑な剣を構えて向かって来ていた。

それは剣と言うより、溶かした鉄を棒状に叩いて伸ばした物だった。

しかし無理矢理研いだのか、所々鋭くなっている。


「気を付けろ

 あれでも力任せに殴られたら危険だ」

「はい」

「先ずは弓の腕前を見せてやれ

 構え…撃て」

「はあっ」


弓を構えた兵士が、一斉に矢を放った。

それは空を切り裂き、次々と魔物に突き刺さった。

コボルトの弓の腕は、とても実戦レベルの代物では無かった。

だから兵士も、軽傷で済んでいた。

しかし兵士は、長年訓練して来た実力者達だ。

慣れない馬上でも、その矢は魔物の頭部や胴体に突き刺さる。


グギャン

ギャイン


魔物は悲鳴を上げると、その場で倒れて動かなくなる。

最初の斉射で、先頭の6体が倒されていた。

しかしコボルトは、そのまま仲間の死体を踏みつけて進む。


「来るぞ」

「はい」


「うおりゃあああ」

「せりゃああ」

ギャン

キャイン


次々と魔物の悲鳴が上がり、その腕や頭が切り飛ばされる。


「う…」

「こりゃあ魔物とは言え…」

「人間を相手している様にしか見えねえな」


子爵達はそう感想を漏らすが、それは間違いだった。

兵士達は慣れているので、馬の機動力を生かして一撃離脱を繰り返す。

しかしまともに魔物の一撃を受ければ、兵士でも無事では済まないだろう。

その膂力は、並みの兵士よりも強力なのだ。

そこが魔物と言われる所以なのだろう。


「子爵様

 あれを」

「な!」


子爵の兵士が、空振りした魔物が木に大きな窪みを作ったのを指差す。

よく見れば、空振りした地面にも大きな跡が残されている。


「何て力だ」

「見た目に騙されては危険ですよ

 奴等は力が強いんです」


粗雑な見た目だが、その剣は棍棒の様にもなる。

打撃で曲がったり折れたりしないのが、その証拠だ。


「あんな物をまともに受けたら…」

「勿論

 兵士には魔物の革で作られた、丈夫な皮鎧を支給しています

 それに身体強化も…」


グガアア

「何の!」

ガキン!


よく見ると、兵士の中には魔物の攻撃を弾き返す者も居る。

あんな一撃を、よく打ち返せると子爵は感心する。


「身体強化を使っていますからね」

「殿下が仰っていた、あれか?」

「ええ

 ですが…

 最初は怖いでしょうね」


兵士も何度も戦いを繰り返し、恐れずに弾き返せる様になっている。

そうでなければ、あんな攻撃を受けようとは思わないだろう。

慣れる事で、的確な弾きを体得しているのだ。


「身体強化って…

 それだけじゃあ無いでしょう?」

「ええ

 武器も子爵が持っておられる、魔鉱石製の剣です

 そうじゃあ無ければ折れてるでしょう」


身体強化と魔鉱石の剣、それが揃って可能な事だ。

子爵の私兵達では、ここまでの事は出来ないだろう。

様子見だと言ったのは、この為だろう。


「奴等があんな物を持って無ければ…

 子爵にも実戦を経験してもらえるんですが…」

「いやいや、無理ですよ」

「そうですか?

 あんな物、当たらなければどうって事はありませんよ」

「当たらなければって…」


ギルバートは馬を降りると、近くの兵士に預ける。


「私が行くから、気を付けろよ」

「ちょ!」

「殿下?」

「うわ!

 逃げろ」


兵士は慌てて、ギルバートの前から避難する。


「へ?

 ギルバート殿?」


子爵は思わず、驚いて声を掛ける。

しかしギルバートは、集中して前方を見据えた。

そこには残された魔物が6体、こちらを睨んでいた。


「すうっ…

 はっ!」


ザンザンザン!


ギルバートは一気に加速すると、数m離れた魔物の群れの中に飛び跳ねていた。


「え?」

「はあ?」


ギャワン

グガアア…

「せりゃあ」

ザシュズサッ!


魔物が気が付き、空中のギルバートを叩き落そうとする。

しかしギルバートは、それを器用に身体を捻って躱す。

そして着地しながら、素早く剣を振るっていた。


6体の魔物は、動きを止めてから順番に倒れる。

袈裟懸けや頭をカチ割られ、魔物は全て絶命していた。


「す、凄い…」

「これが王太子殿の実力?」

「いや、こんな物じゃあ無いんだよな…」

「ああ

 あれでも大分、手を抜いているよ」

「はあ?」

「そんな…」


子爵と私兵達は、目の前の光景に驚いていた。

改めて王太子が、味方で良かったと実感していた。

この場にいる兵士、いや、帝国の騎士でも敵わないだろう。

しかも兵士の話では、これよりも上の力を持っていると言うのだ。


「王国の兵士は…」

「ああ

 さすがに今のは無理かな?」

「騎士団なら、出来る人は居そうだけど」

「オレは出来るぞ」

「馬鹿

 お前のは見方も巻き込むだろう」


兵士達の会話から、兵士でも似た様な事は出来るらしい。

あんな攻撃をされれば、今の帝国の騎士でも敵わないだろう。


「はははは…

 こりゃあとんでもない」

「子爵

 あなたにも出来る事ですよ」

「まさか?」

「いえ

 こいつ等も、数年前までは…」

「殿下

 勘弁してください」

「そうですよ」


「何を言う

 お前等が強くなったのは本当だろう?」

「そりゃあそうですが…」

「あれは死ぬほど辛いからな」


そう言いながら、兵士達は同情を込めた眼で子爵達を見る。


「え?」

「何だ?」


「いやあ

 子爵も恐らく、王都で訓練に参加します

 その時のお楽しみに…」

「ああ…」

「ご愁傷様」

「な、何だ?

 教えてくれよ」


子爵はその後、次の魔物が見付かるまでギルバートに尋ねていた。

しかしギルバートは、その時が来れば分かりますとしか答えないのであった。

まだまだ続きます。

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