第427話
ギルバート達は、移民を引き連れてカザンの街に来ていた
領主であるノーランド侯爵には、帝国に向かう際に手助けされている
その感謝を伝える為に、ここには立ち寄らなければならなかった
そして公爵は、ギルバートの快復をみて喜んでくれていた
夜遅くになり、アーネストはギルバートを尋ねて来た
その前まで、侯爵と薬草の栽培で交渉していたらしい
幾つか効能の高い薬草を得て、アーネストは興奮していたのだ
そのせいで、眠っているギルバートを叩き起こしたのだが…
「なあ
いくら効能が高くても、限界はあるんだろう?」
「そりゃそうさ
いままでより少し、マシになる程度だろう」
「それなら…」
「そうだな
結局死すべき定めの者は、引き留める事は出来ない
出来るのは、苦しみを和らげる事だけだ」
アーネストはそう言って、死んで行った人達を思い出す。
今までに、何人の人が亡くなったのか…。
そしてこれから、親しき者が何人亡くなるのか。
「死者を…」
「それは無理だ!
そんな事をすれば、それこそ冒涜だろう」
「だが…」
「忘れたのか?
ムルムルですら生き返った訳では無い
それに魔導王国ですら、それは叶えられなかった」
「そうだよな…」
死者の蘇生が可能なら、魔導王国でも行われていただろう。
しかしその様な記録は、何処にも見当たらなかった。
あるのは甦った死者は、死霊となって生者に害を成すという事だけだった。
そしてムルムルも、死霊となっていた。
「帝国で過去の魔法実験の記録は、ほとんど焼失したとされている
しかし、魔導王国で死者の蘇生は、失敗していたという記録はある」
「帝国が記した記録だろ?」
「ああ
しかし前期に書かれた記録だから、信用に足ると思うぞ」
「そう…だな」
アーネストとしても、死者が生き返れるなら使いたい。
アルベルトやヘンディーと、もう一度会いたいとは思う。
しかし同時に、それは本当に禁忌の魔法だと思う。
死者がポンポン生き返っては、世界が混乱するだろう。
死霊魔術が禁忌とされたのには、そういった事情もあるのだろう。
アーネストは話題を変えようと、違う効能を説明する。
「それよりな
こっちは毒を抑える効果があるぞ」
「抑える?
治すじゃ無いのか?」
「おい
何の毒かで必要な薬も違うんだぞ」
「だからってこんな…」
「これが出血毒で…
こっちが腐敗毒だ…」
アーネストは、ずらりと8種類の薬草を並べる。
どれも戦闘で使われる、厄介な毒を抑える効果がある。
「おい
一度に治せる様な…」
「魔法薬か?
それこそ眉唾物だろう?」
「そうだが…
勇者カイザードは…」
「あれは物語だ
実際の初代皇帝は毒殺されただろう?
そんな物があれば…」
「そうか
そうだよな…」
カイザードが活躍する、帝国創成の物語がある。
勇者カイザードが、5人の仲間と魔物を倒して帝国を作る物語だ。
実際は魔導王国を滅ぼし、帝国を作った訳だが、それを子供向けの物語にした物だ。
王国でも、小さな子供に聞かせる読み物として人気があった。
「エリクサー
魔導王国でも研究はされていた
しかし実物は…」
「そうだよな
あったら皇帝に使っていたか」
「ああ
研究資料は帝国でも残されたが、肝心の製法は何処にも無い
所詮は物語の造り物さ」
魔導王国での資料で、幾つかは焼け残った物もある。
しかし大半は、その過程の記録しか残っていなかった。
魔導器具に然り、ポーションや建造に関しても、その多くが帝都と共に焼失していた。
残されたのは、訳も分からない薬品や鉱石を、使っていたという記録だけだ。
「魔導王国の不思議か…
色んな物が正体不明なんだよな」
「ああ
それを解明するのも、魔術師の役目だって言われてる」
「出来るのか?」
「さあ?
肝心の資料が無くてはな」
エルリックが秘匿していた、資料にも幾つか残されている。
それに禁忌の魔法を記した、アルベルトが持っていた本もある。
しかしそれにも、名前しか無い物が多数載っていた。
それがどうやって作られるのか、分かれば大いに役立つだろう。
「魔法金属にしても
今分かっているのは魔鉱石だけだ
本物の魔法金属は、未だに発見されていない」
「オリハルコン
皇帝カイザードの剣か…」
「ああ
それにその他の、ミスリル銀も解明されていない
本当に存在する金属なのか…」
ドワーフが秘匿するという、幻の魔法金属。
エルフが生成するという魔法薬。
世界には名前しか知られない、不思議なアイテムが無数にある。
それを過去の蔵書を調べて、解明するのも魔術師の仕事なのだ。
決して興味本位で、書物を漁り続けている訳では無いのだ。
「おっと
話が逸れたな」
「ああ
もう夜も遅い、ふわあ…」
「あ…」
アーネストは興奮して、またしても時間を忘れていた。
「明日も早いんだ」
「え?
明日は物資の補給をするんだぞ?
出立は明後日…」
「それでもだ!
私は公爵と話し合いがあるんだぞ」
「すまん」
アーネストは頭を下げると、今度こそ部屋を後にする。
アーネストが出て行った後に、ギルバートはしまったと顔を顰める。
あんな話をするなら、女神をどうすべきか話す必要があったのだ。
内に眠るギルバートの魂は、未だに女神を倒せと言っているからだ。
「しまった…
しかし今さらか」
今は王都に戻り、王国の再建が優先すべき事だ。
女神に関しては、その後にエルリックに居場所を聞くしかない。
居所が分からない以上、今は会いに行く事は出来ないのだ。
ギルバートは今度こそ、シーツを頭から被る。
季節は夏の蒸し暑さを残し、夜の涼しさが心地よかった。
翌朝を迎え、ギルバートは食堂に顔を出す。
隣には、王国の作法を知らない子爵も居る。
オアシスでは朝食は、野草やトカゲを煮たスープが用意される。
しかし王国では、朝からちゃんとした食事が用意されるのだ。
「おお
これは野菜を…」
「ええ
これを掛けて食べるんです」
ギルバートは、サラダに掛けるソースを示す。
それを適量掛けて、子爵にも渡す。
「ほう…
これは旨いですな」
「ええ
野菜や肉を煮込んだ物です」
「それは…
スープでは?」
「スープとは別に作るんですよ」
ギルバートは説明しながら、子爵にマナーも説明する。
子爵にとっては、何もかもが初めて見る物らしい。
帝国では、長く物資の不足に悩まされていたのだろう。
パンですら、名前しか知らない様子だった。
「こんな美味い物を…」
「ええっと…
貴族ではこれが普通で、平民でもパンと野菜ぐらいは食いますぞ」
「毎日ですか?」
「ええ
その代わり、平民は毎日の糧の為に働きます
そしてワシ等は、その民を護る為に働く」
「素晴らしい…」
子爵は、侯爵の言葉に感心していた。
王国の貴族にとっては、最早当たり前になっている事だ。
しかし砂漠に住む者にとっては、毎日が食えるかどうかの日々なのだ。
「失礼ですが子爵
砂漠では…」
「侯爵
それはここでは…」
「え?」
「そうですね
場所を変えた方がよろしいかと」
「そんな状況なのか…」
侯爵は驚き、改めて砂漠の過酷さを思い知る。
侯爵にはとても想像出来ない様な、過酷な生活を送っていたのだろう。
「それでは王都では?
毎日こんな食事が…」
「あ…
それは…」
「今は王都も、人や建物が足りていません
先ずは住居を建て直し、それからですね」
「という事は?」
「肉はどうにかなりますが…
野菜は不足するでしょう」
「そうですか…」
子爵は少し残念そうにするが、それでも納得はしている。
砂漠に居た頃よりは、食事は充実するからだ。
何よりも、住む為の家が持てる事が嬉しいだろう。
オアシスですら、いつでも逃げれる様に天幕で暮らしていた。
それが安心出来る家で、生活が出来るのだから。
「子爵の領民は、何が出来ますでしょう?」
「そうですな
男は大半が力仕事ですな
女子供や老人は、畑仕事でしょうな」
「おお
それは良い」
「しかし…
ワシ等は畑など碌に持てなんだ
先ずは教えていただかんと」
「そうですね
オアシスでも十分な水は確保出来ていませんでした
先ずは王国での農業に慣れる事からでしょうね」
オアシスでは、水が少なくても育つ植物が育てられていた。
結果として、栄養は二の次で育ちやすい植物が選ばれる。
それすらも、雨が少ない時はオアシスの水を汲んで凌いでいた。
肥料を与えて計画的に育てる、そんな農業には慣れていないだろう。
「力仕事は助かりますね
城壁は修繕出来たみたいですが…」
「ああ
街は瓦礫の廃墟も多くある
先ずは住める場所造りからだな」
ギルバートが妖精郷から帰還した時も、まだ城壁が直ったばかりだった。
外回りは早目に修繕したが、それでも手が足りなかったのだ。
だから内側は、時間を掛けて修繕していた。
結果として、瓦礫となった北側は、まだ手つかずになっていた。
「そんな状況なんですか?」
「ええ
何せ巨人が暴れましたからねえ」
「巨人?」
子爵の顔が引き攣り、声も若干上擦る。
「大丈夫ですよ
今は巨人も退けましたから」
「退けったって…
また来るのでは?」
「その時はその時です」
「そもそも、巨人は温厚な種族です
分類上は魔物ですが、月の魔力には影響されていません」
「その…
月の話じゃが…」
侯爵が申し訳無さそうに、アーネストを見る。
「最近、魔物が増えておる
勿論ワシの私兵も、日々戦って技量を上げておる
しかし何分…数が…」
「ああ
狂暴化した魔物が攻めて来ているんですか」
「そうなんじゃ
アーネスト殿が話しておった、魔王という者は居らなんだ
しかし魔物がこう多くては…」
「ギル?」
「やるしか無いだろう?
ちょうど私も、身体を動かしたいと思っていた」
ギルバートは、好戦的な顔をして腕を鳴らす。
「おお!
しかし殿下がですか?」
「侯爵
ギルの方が強いんですよ」
「しかし…」
「まあ、任せてください
巨人の群れでも来ない限りは、負けはしません」
「さすがに巨人は…
しかし…」
侯爵は目を白黒させて驚く。
まさか王太子自らが、進んで魔物退治をするとは思わなかったのだ。
「ようし
それならワシ等も…」
「子爵?
ここの魔物は砂漠のとは違うんですよ?」
「なあに
野党共を強くした様なもんだろ?
それなら大丈夫だ」
「本当かな?」
「良いんじゃないか?
一度魔物がどういう物か、その目で見た方が良いだろう」
アーネストも賛成して、急遽子爵の私兵も連れて、魔物討伐に向かう事になる。
「さすがに殿下は…」
「なあに
前回みたいにコボルトやオークだろ?」
「そうなんですが…」
帝国に向かう前にも、アーネストは護衛の兵士と討伐を行っている。
数が増えていると言っても、所詮は低ランクの魔物達だ。
ギルバートの腕慣らしにもならないだろう。
「奥方様は?」
「奥方って…」
「セリアは残して行きます
そんなに危険では無いでしょう」
「では、ワシが責任もってお守りします」
「頼みましたよ」
ギルバートは護衛の兵士を集めると、魔物の討伐に向かう事を説明する。
馬は公爵が声を掛けて、すぐさま集められた。
先に街に寄った時に、売り払った馬が残されていたのだ。
侯爵は、子爵の私兵にも馬を用意する。
それは兵士達が遠征に使う為に、用意されていた馬だった。
馬を始めて見る子爵達は、先ずはそれに乗る事から始める。
「こいつは…」
「砂竜よりも早い」
「しかし大人しいですな」
軍様に慣らしているので、暴れる様な馬は居なかった。
しかし砂竜では無いので、勝手が違う所もある。
私兵達は、一日掛けて馬に慣れる事になる。
それは扱いと言うよりは、視点の高さに慣れる必要があるからだ。
砂竜の背中は、馬の高さよりも低い。
馬の視点の高さは、人間のそれよりも高い位置になるのだ。
「これは…
思ったより…」
私兵達は、その視点の高さから怖がる者も居た。
乗り手が怖がれば、それは馬にも伝搬する。
そうすれば、馬も落ち着かなくなって暴れてしまう。
先ずは馬の高さに、慣れる事が重要になった。
「走る速さも速いな」
「しかしこれは…
慣れると爽快だな」
早くも慣れ始めた者は、その速さに喜んでいた。
砂竜も確かに速いのだが、それは人と比べてだ。
砂の上を走るし、砂竜の構造上、どうしても後ろ足が大きくて速度は出なかった。
馬の速さは、砂漠の民を魅了する物だった。
「どうですか?」
「そうですな
馬という物には…慣れるんですが
どうにも高さが…」
子爵が言う様に、高さに慣れない者が多かった。
しかし1時間、2時間と乗る内に、慣れて来る者は多くなる。
さすがに砂竜に乗っていたので、そこまで苦労はしない様だ。
「これなら明日にでも…」
「乗って出れそうですか?」
「ええ
後は戦場で慣れろですな
わはははは」
子爵はそう笑い飛ばして、兵士の訓練を見ていた。
果たして、子爵の言う通りに、夕刻にはほとんどの者が駆け回っていた。
長年砂竜に乗っていたので、扱いには慣れていたのだろう。
高ささえ克服すれば、それからは早かった。
「明日は頼むぞ」
兵士達はそう言って、世話も教えられながらしていた。
砂竜にそうしていた様に、愛情を込めて世話をしている。
そうする事で、馬も兵士に心を許していた。
嬉しそうにブラシを掛けられて、手渡しで餌も食べている。
その様子を見て、ギルバートは大丈夫だろうと判断するのだった。
まだまだ続きます。
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