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聖王伝  作者: 竜人
第十三章 帝国の罠
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第426話

ギルバート達は、砂漠を越えてカザンの街に辿り着く

カザンの街では、兵士達に移民の世話を任せる

兵士に人数を伝えたのだが、兵士は怒られると思ったのか

侯爵に内緒で手配を済ませようとしていた

侯爵が人数を把握した事で、何とか移民の泊まれる場所が提供される

空いている商店や兵舎を使い、何とか彼等を休ませる事が出来た様だ

侯爵は疲れた様子で、ギルバート達が夕食を頂く席に現れる

その顔は、明らかに疲れ切っていた


「侯爵…」

「言わないでください

 兵士はワシに気を遣ったと言うが…

 人数が人数なんで、怒られると思ったんじゃろうな…」

「すまない

 私がちゃんと…」

「良いんですよ

 ただ、ワシが兵士に甘かっただけです」


侯爵はそう言うが、その顔は疲れている様子だった。

そこでギルバートは、侯爵を褒める言葉を掛ける。


「侯爵のお陰で、私は何とか生き永らえました」

「なんの

 ワシは手配をしただけじゃ

 手柄はそこの、あなたの隣に座る友人の物です」

「それでもですよ

 助かりました

 ありがとう」

「殿下…」


侯爵はそっと目尻を拭い、嬉しそうに笑う。

ギルバートの感謝の言葉を聞いて、侯爵の機嫌は持ち直す。


「さあさあ

 殿下の快気を祝おうじゃないですか」

「ああ」


グラスに酒を注ぎ、みなで食事を楽しむ。

酒は麦を蒸留した、エールが用意されていた。

葡萄は品質が悪くなるので、この地方では高価なのだ。

醗酵させる段階で、薬用の香草を刻んで入れる。

そうする事で、独自の香りと苦みを楽しむ事が出来るのだ。


「ふう

 これは独特な香りだな」

「ええ

 この地方に育つ香草の効果です」

「砂漠の棘と呼ばれる薬草の、赤く生る実を漬け込むんだそうだ」

「へえ…」

「よくご存知で」


侯爵は驚いていたが、アーネストは酒が好きだった。

ここに来る前に、どんな酒があるのか調べていたのだろう。


「そうです

 リシアの実を擂り潰して、酒に混ぜてあるんです

 そうすれば健康に良いと」

「それは帝国から?」

「いえ

 正確には帝国の前の、遊牧民からの知恵ですね」

「遊牧民の?」

「ええ

 元は帝国より東の、遊牧民が住んでいた土地の薬草だそうです」


ギルバートは、薬草の出所に驚く。


「遊牧民達は、土地が荒れて魔導王国を攻めた

 その時に、帝国に幾つかの薬草が伝わっている」

「そうなんだ」

「ええ

 ですから、このリシアは王国ではカザンにしかありません

 そして帝国の薬草は…」

「その幾つかは滅んだと言われている」

「え?

 そんな勿体無い」

「ああ

 土地が悪くて育たなくてな

 初代皇帝は育成を手掛けていたんだが…」


初代皇帝カイザードは、その力を恐れる貴族達に毒殺される。

そして王妃も、賊臣を葬る際に、自らと共に帝都を焼き尽くしている。


「帝都の焼失際に、色々と焼けたらしいから…」

「これはその前に、帝国がこの地で育てていた物です

 他にも幾つかございますよ」

「ああ

 後で買わせてもらうよ」


アーネストとしては、希少な薬草は手に入れたかった。

ヘイゼルも在庫を持っていたが、王都が襲撃された際に失った物もある。

それが手に入れば、ポーションの質も上がるだろう。

王国で育てれればの話だが。


「薬草ですか

 ワシの部下にも経験者は居ます

 役に立てるでしょう」

「それは助かる

 王都には無い薬草もあるからな」

「アーネスト様

 ほどほどにしてください」

「ん?

 ああ…

 必要なのは魔物の討伐に使う為の物だ」

「ですが…

 ここの需要もあります」

「ああ

 気を付けるよ」


カザン独自の薬草もあるので、王都で作られると売り上げが下がるのだ。

それはカザンの様な辺境の街では、死活問題になる。

侯爵が食い下がるには、そうした理由もあるのだ。


食事が終わったところで、アーネストは公爵と共に離席する。

薬草に関して、取り決めを行うつもりの様だ。

侯爵としては、自領の売り上げに影響が出ない様にして欲しい。

それで相談するつもりなのだろう。


「さて

 私達は休みますか?」

「その前に…

 部下を見て来ても良いかな?」

「え?

 そうですね…」


ギルバートは見張りの兵士に話し掛け、移民が居そうな場所を確認する。

あちこちに宿泊所を取ったので、点在しているのだ。

大体の場所を聞き、子爵に場所を教える。


「大丈夫ですか?」

「ええ

 問題を起こさない様に、先に見ておきます」


子爵としては、慣れない異郷の街に来た部下が、困ってないか心配なのだ。

子爵は挨拶を済ませると、そのまま席を立った。

ギルバートは、食事を終えて眠そうなセリアを見る。


「セリア」

「うみゅう…」

「眠くなる前に部屋に行くぞ」

「うん」


セリアを抱っこすると、ギルバートは席を立った。

そしてメイドに案内されながら、セリアに宛がわれた寝室に向かう。


「お兄ちゃん…うみゅう…」

「はははは

 すっかり眠そうだな」

「可愛いお嬢さんですね」

「え?

 あ、ああ…」


メイドは、セリアが娘だと勘違いしているのだろうか?

貴族によっては、早婚で若くして娘が居る者も居る。

ギルバートの見た目なら、セリアは妹と思われる筈なのだが…。

まさか婚約者とは言えないだろう。


「うみゅう

 一緒に…うみゅ…」

「おやすみ」


セリアに軽くキスをして、ギルバートは部屋を出る。

それからメイドに案内されて、客室に向かった。

そこは男性貴族用の、落ち着いた雰囲気の部屋だった。

セリアの用意された部屋とは、また違った雰囲気だった。


「ふう

 帰って来たんだな」


ギルバートは、ここまでの旅を振り返る。

そうは言っても、ほとんどが気を失っていたので、旅の経緯はアーネストから聞いた物だ。

ギルバートが覚えているのは、夢の中で語り合った、もう一人の自分だった。


「ギルバート

 ギルバート

 聞こえているんだろ?」


ギルバートは、精霊から授かった護石を手にする。

護石の結晶は、静かな輝きを映している。

ギルバートの呼び掛けに、それに微かな揺らめきが起こる。


「何だ?

 寂しくなったのか?」

「馬鹿言うな」

「ふん

 甘ちゃんのお前の事だ

 独りが寂しいんだろう」

「そうじゃあ無い」


護石からは、微かだが男の声が響く。


「それじゃあ何だって言うんだ?

 アルフリート」


声の主は、皮肉を込めてその名を口にする。


「止せよ

 今や私がギルバートだ」

「オレの血肉を奪ってな」

「はあ…

 そんな話をしたいんじゃあ無い」


声の主は、ギルバートの内に閉じ込められた、本物のギルバートだった。


「この交信方法は、いつでも上手く行くとは限らない」

「それで?

 決心は着いたのか?」

「ああ

 お前も中から見てたんだろ」

「…」


声の主は、黙ってギルバートの反応を見る。


「女神に会ってみる」

「良いんだな」

「ああ」

「危険だぞ?

 それこそオレが封じ込められた意味が無い」

「しかし、女神の事はおかし過ぎる

 お前も怪しいと言っていただろう」

「…」


「女神は殺せ」

「無理だろ

 相手は神だぞ」

「それでもだ

 オレ達が殺されるぞ」

「それは…」

「相手は眠りもする

 きっと殺せる筈だ」

「しかし…」

「殺されても良いのか?」

「…」


今度はギルバートが、黙って考え込む。


「セリアが居るんだろ?

 それに大事な友や家族も」

「ああ

 どうしても…

 戦わないとならないのなら、出来るだけの事はする」

「随分消極的だな」

「ああ

 相手は神なんだぞ」

「その神に!

 オレ達は狙われているんだ」


ギルバートは悩んでいた。

相手は神である、創造主女神様だ。

そんな相手に立ち向かえるのだろうか?

真偽を確かめる為に、会ってみようとは思っている。

しかしいざ対峙した時に、自分は剣を向けれるのだろうか?


「それで?」

「ああ

 王都に戻ったら、エルリックを探そうと思う」

「エルリックだと?

 信用ならん」

「しかし

 女神の居場所を知るのは…」

「だが奴…なら…

 奴…まで信じ…」

「あ!

 くそっ」


護石は揺らぎを止めて、元の輝きを取り戻す。


「ギルバート

 ギルバート!」


しかし話し掛けても、護石には反応は無かった。


「くそっ

 夢で話せれば…」


夢の中で出て来る彼は、いつも狂気に取り付かれていた。

偶に正気の時もあるが、いつも夢に出て来るとは限らなかった。

しかも負の魔力の影響が無くなった今、彼は夢にも出て来なくなっていた。

光の精霊の力で、ギルバートの魂はより深く封印された様子だった。


「くそっ

 負の魔力に侵されている時には、頻繁に出て来ていたのに…」


ギルバートは熱に侵されている時に、何度か会話に成功していた。

しかし、二人の意見はいつも交わる事は無かった。

彼は、自身を殺す事になった女神を恨んでいる。

恐らく今も、現れたら殺せと言って来るだろう。

どうにか説得して、彼の気持ちを案じさせたかった。

しかし、結局はそれは無駄な様だった。


「女神を殺せ…か」


彼の気持ちを考えると、言いたい事はよく分かる。

自分だって、アルベルトやハルバートの事で怒りを覚えている。

しかし、創造主である女神を、果たして殺せるのだろうか?

数千年の時を生きる、神である女神を…。


「くそっ

 今は分からない

 それよりもエルリックだ」


ギルバートの魂は、警告めいた事を言っていた。

しかし信用は出来なくても、女神の居所を知る数少ない存在だ。

まさか魔王に聞きに行く訳にも行かないだろう。

そう考えれば、エルリックに聞くしか無いのだ。


「これなら…

 ムルムルに…

 いや、駄目だな」


アーネストの話では、ムルムルは死の街の地下に潜伏していた。

しかし、既に狂気に侵されかかっていたらしい。

今会いに行っても、王都での様に戦いになるだろう。

それでは再び、負の魔力に侵される可能性が高いのだ。


だからと言って、ベヘモットやアモンの居所は分からない。


「エルリックめ…

 一体何処に…」


ギルバートは忘れていたが、以前に彼が現れた時に、居場所のヒントはあったのだ。

彼は竜の背骨山脈の近くに、魔物を生み出す場所があると言っていた。

そしてその時、私の住処の近くでと言っていたのだ。

しかし、その正確な場所は、彼の口からは語られていない。


「王都に現れれば良いのだが…」


ギルバートは悔しそうに護石を握ると、ベットの上で寝転がる。

そのまま疲れたのか、瞼が静かに閉じられた。


夜も更けた頃に、アーネストがドアをノックする。


コンコン!

「ギル

 起きてるか?」

「うるさいなあ

 寝てたんだぞ」


ギルバートは不満を漏らしながらも、アーネストを部屋に入れる。


「どうしたんだ?」

「ああ

 侯爵の許可が下りてな」


アーネストは嬉しそうに、幾つかの薬草を乾燥させた物を取り出す。


「この他にも…」

「それで?」

「え?」

「私に薬草の講義をしても、さっぱり分からん」

「あ…

 そうか…」


ギルバートは、一般的な傷の手当程度は知っている。

しかし専門的な使い方は、説明されてもよく分からないのだ。


「ええっと…

 こっちが傷を…」

「いや、そうじゃ無くてな

 何の用だ?」

「え?

 そりゃあ効果が高められそうだから…」

「それの説明が、今重要なのか?」


ギルバートは、呆れながらアーネストを見る。

良質の薬草の栽培が出来そうなのは良い事だろう。

しかしそれが、こんな時間に訪問する理由になるのか?


「いや、この組み合わせは覚えておいた方が…」

「それなら王都に戻ってからでも良いだろう?

 何で今なんだ?」

「え?

 それも…そうか」


アーネストはここで、自分が思ったよりも興奮している事に気が付く。

ギルバートを見ると、確かに眠そうだった。

それはそうだろう、時刻は深夜になろうとしていた。


「すまない

 後で書類にして渡すよ」

「ああ

 そうしてくれ」


アーネストは薬草を集めると、慌ててポーチに仕舞う。

そして立ち上がろうとしたところで、ギルバートが呼び止める。


「なあ

 本当に用件はそれだけか?」

「ああ

 これがあれば、切れたりしてなければ重症も何とかなりそうなんだ」

「それは…」


「勿論、状況にも依るぞ

 例えば、腹が切り裂かれていたとする

 それはさすがに助からない」

「ああ

 傷を縫い合わせても、中がぐちゃぐちゃだもんな」

「それでも、刺されたり中が無事なら…

 薬草次第では傷の治りを早めてくれる」

「それは…」


傷が早く治ったとしても、すぐには戦えないだろう。

失われた体力は、数日の休養も必要とする。


「ああ

 語弊があったな」

「ん?」

「傷の治りが早いって事は、熱を出したり病床で苦しむ時間が短くなるって事だ

 そうなれば、より多くの者が救われる」

「熱も抑えれるのか?」

「熱は他の薬草だな

 それも許可が出てる」

「ふうむ…」


兵士が救護所に沢山居ては、他の者が休まる場所が無くなる。

そういう意味では、傷が治るのが早まるのは助かるだろう。


「それにな

 こっちの薬草は傷の腫れや痛みを抑える」

「ふうん…」

「切り傷って悪い物が入って、熱を持って腫れ上がるだろ?

 これはそれを抑えるんだ」

「打撲には?」

「打撲や骨折には、それぞれ別な薬草がある

 今回の話では、その薬草は入っていない」

「どうするんだ?」

「それは…

 効果は低いが、従来の痛み止めの薬草だな」


結局、幾つかの薬草は許可が出たが、カザンでもすべての薬草は作られていない。

痛み止めに関しては、妖精郷で教えられた薬草が一番良かった。


「あれは発熱を抑えて、痛みを和らげるからな」

「そうだな、あれがあれば…

 王都でも死者は減らせた…」

「ギル!

 過ぎた事は振り返るな!

 今は出来る事を考えろ」

「ああ…」


アーネストはそう言って、後悔するギルバートを慰めるのだった。

まだまだ続きます。

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