第423話
ギルバート達は砂漠を越えて進んで行く
前回はカラガン伯爵に追われ、公道と外れた道を進んでいた
しかし今回は、公道にそって進んでいた
そのお陰か、2日目を過ぎても魔獣には遭遇していなかった
3日目に、アルマート公爵と出会った地点を過ぎる
しかしそこで、一行は足を止める事となる
カラガン伯爵の死体を、そのままにしたからだろうか
そこには砂丘が集まって、道を塞いでいた
そこに着くまでは、兵士達は退屈だとぼやいていた。
しかしいざ砂丘の群れを見ると、みんな黙ってしまった。
「おい
退屈だって言ってたのは誰だよ」
「いや、だって…こんな…」
「これはやり過ぎだって」
見渡す限りで、砂丘の数は30を超えている。
しかし全ての砂丘に、魔獣が潜んでいる訳では無い。
中には魔獣が潜んで居て、移動した後の砂丘もある。
「どうしますか?」
兵士はアーネストに、どうするべきか確認する。
さすがに砂丘を避けるには、目の前の数は多過ぎる。
躱した先が安全か分からないのだ。
「そうだな…
左に躱したらどうなる?」
「どこまであるか分かりませんが…
さすがに流砂には引っ掛からないかと」
「右ではどうだ?」
「それこそ情報がありませんから
周りに流砂があるのか分かりません」
兵士としても、周囲の状況が分からない以上、迂闊には踏み込めないでいた。
「そんなのぶった切りゃあ済む事だ」
「へ?
殿下?」
「こっちはずっと寝てて、身体が鈍ってるんだ
行くぜソニックブレード」
「なあ!
ギル
止せ!」
「殿下!」
ギルバートは大剣を担いで来ると、手前の砂丘に近付く。
そしておもむろに、剣を頭上から振り下ろす。
剣から衝撃が発しして、前方の砂丘を直撃する。
ズシャー!
サンドワームは、胴体に傷を負いながら藻掻いて出て来る。
どうやら斬撃は、そのまま衝撃として切り裂いた様だ。
「何て事を」
「うわあああ」
「急げ
殿下の援護に回るんだ」
「ふむ
やはり斬撃を前方に打ち出すって感じだな」
ギルバートは満足そうに頷くと、次の砂丘に目掛けて放つ。
「ソニックブレード」
「うわあ
他の魔獣も出て来たぞ」
「急いで倒すんだ」
ギルバートは手前から、次々と斬撃を振るう。
それは砂の上を走り、砂丘にぶつかって弾ける。
中からは深手を負った魔獣が飛び出し、そのまま苦し気にのたうつ。
どうやらギルバートが、振るった斬撃から衝撃波が出ている様子だった。
それが砂丘にぶつかると、斬撃だけが魔物に通っていた。
「殿下?
それは何なんですか?」
「新しく覚えたスキルだ
平原では効果が無かったが、ここでは効果があるな」
ギルバートは上機嫌で、次々と衝撃波を放つ。
どうやらこのスキルは、斬撃を伝わせる条件がある様だった。
それが平原の地面には効果が無く、これまで使えなかった様だ。
砂は衝撃を伝える様子で、既に12体の魔獣が倒れている。
「ええっと…
炎は効果無いし、蔦は効果が落ちる
雪は?
氷の魔法は?」
アーネストは急な事に、すっかりパニックに陥っていた。
懸命に呪文を思い出しながら、魔導書や魔石を取り出す。
その間にも、兵士は魔獣に止めを刺して行く。
幸い魔鉱石の武器は、この魔獣にも効果があった。
魔獣の表皮は切り裂かれて、次々と倒されて行く。
問題があるとすれば、その大きさが大きい事だ。
「くそ」
「うわっ
危ないな」
兵士達は起き上がるサンドワームに、近付き過ぎない様にする。
身体が大きいので、砂から出る時に巻き込まれるからだ。
砂からでさえすれば、後は足元に気を付けて踏み込むだけだ。
砂に足を取られなければ、兵士も苦戦はしなかった。
これは兵士達が、森の足場が悪い場所でも戦っていた事が大きいだろう。
上手くバランスを取りながら、魔獣の身体に切り付けて行った。
「よし
これなら…」
「アーネスト様
ほとんど逃げましたよ」
「へ?」
「どうやらこいつ等は、危険を感じたら逃げるみたいだな」
「逃げるって事は、狂暴化して無いんでしょうか?」
「どうだろうな?
目も見えないみたいだし…
ってか目はあるのか?」
アーネストが魔法を用意している間に、魔獣の半数は逃げ出していた。
残りもギルバートが切り倒し、兵士が止めを刺していた。
砂丘があった場所には、20数体の魔獣の死骸が転がっていた。
「大した事無いな」
「大した事無いじゃない!
何考えてるんだ!」
「え?
魔物の倒し方だが?」
「そういう問題じゃあ…」
「アーネスト様」
「殿下にそういうのは…」
「うぐうっ」
ギルバートはスッキリした顔で、竜車に向かって戻って行く。
アーネストは溜息を吐くと、兵士に幾つか魔獣の遺骸を調べさせた。
魔獣の遺骸は、何とも言えない異臭を放っている。
砂漠の民が食用に向かないと言っていたのが、何となく理解出来る。
確かにここまで生臭いと、食用にはしたくないだろう。
「魔石は見付かりません」
「そうか…
ここに書かれている通りか」
「皮は確かに丈夫ですが…
どうでしょう?」
臭いがキツイので、このまま竜車に載せたくは無かった。
それに、魔鉱石で切れるという事は、そこまでの固さでは無いだろう。
既に他の魔獣の素材を使っているので、王国には必要そうに感じられ無かった。
「持って…
帰ります?」
「いや
さすがにこれは…」
「それでは棄てておきますね」
「ああ
死霊に関しては…」
盛大に切り付けているので、そのまま死霊化するとは思えなかった。
そもそも魔獣は、死霊になり難く見えた。
そう考えれば、このまま置いておいても問題は無いだろう。
「そのまま捨てておこう」
「はい」
兵士は臭いがキツかったからか、喜んで竜車に戻った。
砂漠特有の暑さと、この悪臭では堪らなかったのだろう。
すぐさま臭いが届かない場所に、竜車を移動させた。
少し進むと、砂丘の跡も無くなってゆく。
どうやら50体ほど集まっていた様だが、半数が騒ぎに逃げ出した様だった。
仲間の死体の臭いに、逃げ出す様な何かがあるのかも知れない。
何にしても、全部と戦わなくて済んで良かった。
「やれやれ
逃げ出してくれて助かった」
「私としては残念だが…」
「馬鹿言うな
あのまま戦っていたら、兵士に被害が出るだろう」
「そうか?」
「ああ
お前がどう思っているか…分からんが
兵士達の腕では厳しいぞ」
「そうは言うがな
機会が有れば戦って経験を積まないと
そうしないと何時まで経っても強くなれないんだぞ」
ギルバートはそう言うが、アーネストはそう感じていなかった。
確かにギルバートは、以前に増して強くなっている。
それは病の影響だけでは無いんだろう。
その前には、魔王とも戦っていたのだから。
だが、一般の兵士はそうも行かない。
今回の様な戦いでも、半数がいっぱいいっぱいだった。
そんな事を続ければ、強くなる前に死ぬか潰れてしまうだろう。
「お前が思うほど、兵士は強くはないんだ」
「そうかな?」
「ああ」
「ダーナでは、みんな一生懸命着いて来ていた
しかし…
今の魔物はそれよりも強い」
「そうか?」
「ああ
実際、ほとんどがお前が倒していただろう?」
兵士が倒したのは、ほとんどがギルバートが深手を負わせていた。
兵士だけで倒したのは、1体、2体ぐらいだろう。
「お前は確かにつよくなっている
しかし兵士は、昔のダーナの騎士ぐらいの強さでしかないんだ」
「だけど戦闘で鍛えれば…」
「だ・か・ら!
それに限度があるって話だ
そんなに強くなれるのは、一握りだよ」
アーネストはギルバートより、現実的な考え方だった。
兵士にも腕の差があるから、強くなるにも限界がある。
だから闇雲に戦っても、強くなる前に死んでしまうと思っていた。
「私はそんなに…」
「ああ
確かに以前より強くなっている」
「そう…なのか?」
ギルバート自身は気付いていないが、アーネストはサンドワームに苦戦すると思っていた。
しかしギルバートは、新しいスキルがあったとはいえ、楽勝で勝てていた。
以前の戦いで、あれほどの動きは出来ていなかっただろう。
「そういえば…
お前、身体強化は?」
「あ…れ?」
ギルバートは言われて、アーネストに渡された魔石を取り出す。
試しに魔力を流すが、魔石は鈍く光るだけだった。
「あ…」
「おい」
いつの間にか、ギルバートは魔力を抑えれる様になっていた。
「はははは
あんなに苦労してたのに」
「やっぱりお前は、脳筋だな」
「脳筋って言うな!
響きが何か悪い」
実際に悪口なのだが、ギルバートは気が付いていない。
アーネストはニヤニヤしながら、暫く脳筋と呼ぶのだった。
そのまま一行は、公道に沿って北西に進む。
翌日は砂丘も見られず、旅は順調に進んだ。
さらに5日目、6日目と進むと、次第にサボテンが見られる様になる。
以前進んだ道とは、明らかに違った道だった。
「たまに砂丘が見付かるが、サンドリザードぐらいだな」
「ああ
サンドワームと違って、こっちは食用だからな」
見た目はあれだったが、サンドリザードの肉は食べられた。
臭いも特にキツく無く、食感も鶏肉に似て美味かった。
魔石は無い物もあったが、鱗はそれなりに硬かった。
いくつか捌いた後に、竜車の隅に積まれていた。
そうして7日目に入り、いよいよ公道から南に向かう事となる。
ハルムート子爵の住む、南のオアシスに向かう為だ。
場所はおおよそでしか分からないが、御者の腕に任せる事にする。
砂漠ではギルバート達は、無知に等しいからだ。
「場所は分かるのか?」
「そうだねえ
大体の場所になりますがね」
「大丈夫なのか?」
「それは…
信じて任せていただくしか」
「ギル
ここは任せるしか無いんだ」
「しかし…」
「いや、お前じゃあ迷子になるだろ?」
「ううむ…」
「はははは
多分大丈夫ですよ
あれがあの時の場所ですから」
御者は砂漠の真ん中で、何もない場所を指差す。
「あれって…」
「そうですね
何も目印はありません」
「それじゃあ…」
「それでも
ソルスの位置や公道の位置、それから掛かった日にちでおおよその場所は分かります」
御者は自信を持って、自分達のおおよその場所を把握していた。
ギルバートは仕方なく、御者に全てを委ねるのだった。
そして1日を掛けて、一行は砂漠を南に向けて進む。
何も無い砂原を、当ても無く進むのだ。
目印も何も無く、砂丘すら見当たらない。
そんな中を、竜車は進んで行った。
「おい
本当に大丈夫…」
「見えて来ましたよ」
御者は前方の、やや左を指差す。
どうやら思っていた方向とは、多少の誤差があった様だ。
それでも何も目印の無い場所で、おおよその方向は目指せていたのだ。
「凄いな…」
「はははは
これが無いと、私達は砂漠で迷子になります」
「それでも、凄いと思うぞ」
「はははは
どうやらお迎えが…」
砂漠の向こうで、何かが動いた様だった。
どうやらハルムート子爵の、私兵が向けに来た様子だ。
「こんな何も無い場所で…」
「ああ
長年砂漠を渡っているからだろうな
オレ達とは違う、何か感覚があるんだろう」
竜車が暫く進むと、向こうから砂竜が駆けて来るのが見える。
「本当だ」
「見えなかったな…」
ギルバートとアーネストは、素直に感嘆の声を上げる。
その横では、セリアがスヤスヤと眠っていた。
砂漠の竜車の中では、する事も無くて退屈なのだろう。
気持ち良さそうに眠っていた。
「アーネスト様一行ですな」
「はい」
砂粒に乗った兵士は、アーネストを確認して頷く。
「ご案内致します
子爵もお待ちしております」
「よろしくお願いします」
御者が素直に頷き、砂竜を先頭にして進む。
竜車は進行方向を左に傾けながら、緩やかに進んで行く。
そうして1刻ほど進むと、やがて前方に岩山が見えてきた。
オアシスを取り囲む、砂岩の岩山だ。
「さあ
着きましたぞ」
岩山の間の涼しい日陰を通り、竜車はオアシスの中に入って行く。
そこには多くの住民が、歓迎の為に集まっていた。
「おお
無事に戻られたか」
「良かった良かった」
住民達に歓迎されながら、一行は竜車を広場に停める。
そこでアーネストが降りると、子爵が出迎えに現れた。
「アーネスト様
よくぞご無事で」
「子爵も息災な様子で」
「はははは
ここは静かでしたから」
子爵が挨拶をする横で、ギルバートも竜車を降りた。
「おお!
王太子殿もご快復された様子で」
「へ?」
「ああ
ギルは意識が無かったからな」
「そうですな
私がこのタシケンを治める、ハルムート子爵です」
「ギルバート・クリサリスです」
ギルバートと子爵は、固く握手を交わす。
帝国には握手という風習は無かったが、作法は知っている様子だった。
旅の隊商からでも、聞いて知っていたのだろう。
「どうやらすっかりお世話になった様で…」
「いえ
大したお構いも出来ませんで」
そう言いながらも、子爵は部下に竜車を任せる。
兵士は竜車を預かると、世話をする為に連れて行った。
「さあ
帝都で何があったのか?
よろしければお話しください」
「はい」
子爵はギルバートとアーネストを伴ない、子爵の天幕へと案内する。
ここはオアシスと言っても、建物は建てられていなかった。
建物に使える建材も無いし、いざという時に逃げられる様に、天幕で生活をしているからだ。
二人が天幕に向かう間に、セリアは兵士達に預けられる。
セリアとしても、難しい話を聞きたく無かったのだろう。
大人しく兵士達に着いて行った。
こうして一行は、オアシスで一夜を過ごすのだった。
まだまだ続きます。
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