第422話
アーネスト達が帝都に来てから、3週間が過ぎていた
ギルバートの体調が戻ったと判断して、いよいよ旅立つ時が来た
アーネストは国交の交渉も済ませ、公爵と固く手を結ぶ
帝国全体とでは無いが、これで大きく前進したと言える
後は結果を出して、魔族に備えるだけであった
ギルバートは朝早くから起きて、久しぶりに鎧を着込んでいた
体調も戻ったので、いよいよ出発するのだ
兵士も準備に走り回り、既に準備は整いつつある
後は公爵に挨拶を済ませて、帝都を出るだけであった
「何だ?
鎧を引っ張り出したのか?」
「ああ
やはりこれが一番落ち着く」
「ふうん
でも、お前は戦わせないぞ」
「え?
サンドワームやサンドリザードは?」
「戦う訳無いだろ
避けて進むさ」
ギルバートは、砂漠の魔獣と戦う気満々だった。
しかしアーネストは、そんなギルバートを戦わせる気は無かった。
王太子である事もあるが、何よりもわざわざ、危険な魔物と戦う必要が無いからだ。
砂丘を避ければ遭遇しない以上、魔獣は全て避けるつもりであった。
「戦わないのか?
どんな魔獣か分からないのに…」
「あのなあ…」
「私は見た事も無いんだぞ」
「だからって」
「それに良い素材が…」
「ああ、もう
そんなに戦いたいのなら、襲われた時にな
ただし無茶はするなよ」
アーネストは面倒臭くなって、やけくそ気味に答える。
「そもそもなあ、帝国の騎士でも苦戦するんだぞ?」
「苦戦なあ…
うちの護衛なら、何とかなりそうだが?」
ギルバートの一言に、護衛の兵士と帝国の騎士、双方に緊張が走る。
「ば、馬鹿
迂闊な事は…」
「悪いが、ここ数日に訓練を見させてもらった感想だ
帝国では、称号やスキルの恩恵が見られない」
「それは…」
アーネストがチラ見をすると、護衛の兵士はソワソワしている。
一方の騎士達は、悔しそうに歯噛みしていた。
「帝国の騎士達は、確かに的確な訓練を積んでいる
しかしそれは、砂竜に乗った敵と戦う訓練だろ?
それじゃあ魔獣には苦戦するさ」
「それはそうだろ
帝都を護る訓練なんだから」
「その結果が死霊に敗けたんだ」
「ぐっ…」
「くそっ」
騎士達が怒りに顔を歪めるのを見て、ギルバートは提案をする。
「なあ
公爵はまだいらしていない
今の内に、一試合してみるか?」
「え?」
「へ?」
ギルバートは護衛の中から、無作為に一人選ぶ。
「こいつと誰か、寸止めで戦ってみてくれ」
「それならオレが!」
騎士の一人が、立候補して前に出る。
まだ若い騎士で、やる気に漲っている。
「それでは…
始め」
「うおおおお」
「参ったなあ…」
ギルバートの合図で、騎士は盾を眼前に構えて突進する。
一方兵士は、やる気の無さそうに剣を構える。
それでも騎士の盾を、軽々と躱す。
シールドバッシュを躱されて、騎士はバランスを崩す。
しかし帝都を護るだけあって、素早く態勢を立て直した。
「何の!」
「ふうん…」
兵士は騎士の払う剣を弾き、鋭く喉元に突きを繰り出す。
「くっ」
「甘いな」
騎士が剣を躱す間に、兵士は剣を引きながら態勢を下げる。
そして素早く、騎士の足元を蹴り払う。
「うわっ!」
「はい
お終い」
兵士は仰向けに倒れた騎士の、頭の上で剣を止める。
「卑怯だぞ」
「そうだそうだ」
「あの体勢から…」
「そうかな?
少なくとも戦場では、そんな言い訳は通用しないぞ」
「う…」
「それは…」
ギルバートの一言に、周りの騎士も口をつぐむ。
「それにな
こいつは三回攻撃を止めている
気付いていたか?」
「え?」
「止めていた?」
「ああ
シールドバッシュの後にも隙はあったし、突きに対するカウンターも放てた
それをやるとやり過ぎだし、危険だからな」
「いやあ…
へへへへ」
「調子に乗るな」
コン!
「痛え」
「突きを引き崩して倒せただろう」
「あ、そうか」
ギルバートと兵士の言葉を聞いて、改めて騎士達は技量の差を感じていた。
確かに兵士は、見た目皮鎧で貧弱そうに見える。
しかさい皮鎧だからこそ、騎士の攻撃を躱して反撃できるのだ。
実際に今の戦い方も、騎士の攻撃を的確に躱していた。
彼はそれだけの技量と、経験を積んでいるのだ。
「まあ、魔獣や魔物は人間以上に危険だからな
予想外の攻撃もしてくるだろう」
「そうですね
卑怯とか言ってられませんから」
「ぬう…」
「私が教えた技術も重要だが、応用できないと死んでしまうぞ」
「は、はい」
「それとな
たまには鎧を纏わないで訓練するのも良いぞ」
「鎧をですか?」
騎士達は、皇宮に居る間は鉄の鎧を纏っている。
しかし砂漠に出れば、暑くて鉄製の鎧は使えない。
皮鎧での戦闘も、訓練する必要があるのだ。
「砂漠ではそれは使えないだろ?」
「ええ」
「まあ、そうですが…」
「だったら皮鎧に慣れる必要はあるぞ
魔獣の皮はどうしてる?」
「それは…」
「そのう…」
「棄てています」
「勿体ない
加工すれば、頑丈な皮鎧にならないか?」
魔獣は外で戦うので、重い遺骸を抱えて帰るのは危険だ。
だから魔獣を倒すと、そのまま自然に帰しているのだ。
この辺は、王国と砂漠の民との認識の違いも関係する。
生き物は食さないのなら、自然に帰すべきだという教えがあるのだ。
「魔獣の皮をですか?」
「ああ
こいつはブリザード・ベアという魔獣の皮を使っている」
今ギルバートが着ているのは、以前に倒した白い熊の魔獣の皮鎧だ。
他にもアーマード・ボアのスケイルメイルもあるが、重いのでこちらを好んでいた。
それに皮とはいえ、ブリザード・ベアの皮は頑丈だった。
並みの魔鉱石の剣では、傷を付ける事も出来ないのだ。
「はははは
王太子殿に教わっているのか?」
「公爵」
「公爵様」
騎士達は整列して、公爵を出迎える。
しかし公爵は、片手を挙げて休む様に促す。
「よいよい
今は王太子殿の見送りじゃ
そんなに畏まらんでも良い」
「はあ…」
公爵はギルバートを見て、その鎧に注目する。
「ふむ
確かに丈夫な様じゃな」
「ええ
吹雪を吐き出す特殊な魔獣でした」
「吹雪?」
「何だそれ?」
「馬鹿
本に出て来る、雪ってやつだろ?」
「吹雪を吐くか…」
「ええ
魔王が用意した特殊な魔獣です」
「魔導王国の資料にも載っていない、特殊な魔獣です」
「ふむ
よく倒せたなあ」
「ええ
あの時は数人掛かりで何とか倒しました
今なら一人で倒せそうです」
「数人掛かりか…
それは手強いな」
「あのう…」
「吹雪って何ですか?」
騎士達は、吹雪が分からなくて質問する。
しかし雪も知らない砂漠の民に、どう説明すれば良いのか?
「そうじゃなあ
サンドワームが砂を吐き出すじゃろう?」
「あれかあ…」
「あれは危険だ」
「おい
アーネスト
サンドワームって、そんな事をするのか?」
「さあ?
見た事が無いから分からないな」
「雪と言うのは寒い場所で降る物だ
恐らくまともに受ければ、寒さで身体が動かなくなるだろう」
「そうですね
それが一番大変でした」
「あれで冷たくて動けなくなる?」
「うげえ
食らいたくないな」
騎士は吹雪を想像して、恐ろしそうに身震いする。
雪や吹雪が分からないので、想像するしか無いのだ。
「サンドワームの皮が丈夫だと聞こえたが?」
「ええ
戦う時も、剣が通らなくて苦戦するんですよね?」
「そうじゃなあ…」
「それだけ頑丈なら、皮鎧にしても頑丈かと」
「ううむ」
持ち帰る際のリスクはあるが、それだけ頑丈な鎧なら使えるだろう。
これは作ってみる価値はありそうだった。
「よし
今後魔獣を狩った際に、持ち帰れるなら持ち帰らせよう」
「公爵様」
「良いんですか?」
「そうですよ
砂漠の民の教えに…」
「なあに
お前等の命には代えられん
ただし無理してはいかんぞ
持ち帰れる時だけじゃ」
「はい」
公爵は騎士に指示をすると、改めてギルバートに向き直る。
「それでは
王太子殿下」
「ああ
色々と助かりました」
「いや
助けられておるのはこちらじゃ
出立前に気を利かせてくださったり…」
「はははは
私も騎士達の訓練には悩んでいた
私が出来るアドバイスで、この国が豊かになるのなら嬉しい」
ギルバートの言葉に、公爵は感謝して頭を下げる。
それから今度は、アーネストの方に振り返る。
「アーネスト殿
皇女は別れが悲しいと泣きじゃくってのう…」
「はははは…」
「ハルムート子爵の事、頼みましたぞ」
「はい」
別れの挨拶を済ませて、ギルバート達は竜車に乗り込む。
「どうか、その度に砂漠の神の加護のあらん事を」
「公爵も、お身体に気を付けて」
「はははは
娘達が嫁ぐまでは、ワシは死んでも死に切れません」
「そ、それは…」
「はははは
では、達者で」
「はい
行くぞ!」
「はい」
御者が砂竜に合図をして、竜車はゆっくりと進む。
ここは砂が少ないので、あまり早く勧めないのだ。
ゆっくりと進んで、帝都の城門を抜けて行く。
後ろでは侯爵が手を振り、騎士達は槍を天に向けて突き上げる。
「さあ
砂漠を越えて帰還するぞ」
「ああ
やっと王都に帰れる」
竜車は砂漠に入り、ガリガリといった音が無くなり静かになる。
滑る様に砂の上を進み、やがて帝都も見えなくなる。
「さあ
王都に戻れるぞ」
「ああ
娘は生まれているんだろうな…」
「そういえば…」
気が付けば、暦は7の月に入り、既に10日を回っている。
「私の誕生日は過ぎているな…」
「騒がしいパーティーに、巻き込まれなくて良かったじゃないか」
「ああ、そうだな」
貴族の誕生日では、娘の紹介に大勢が集まる。
ギルバートは王太子なので、妾や第二夫人にと大勢詰め寄るだろう。
ギルバートはそれが面倒で、パーティーに嫌気が差していた。
「去年は戴冠式と、婚約で誤魔化せたが…」
「ああ
今年はそうもいかんだろうな」
そう話しながら、ギルバートはふとセリアを見る。
いつもなら、ここで何か言って来る筈なのだ。
セリアの方を見ると、何やら元気が無かった。
「セリア?」
「んにゅう…」
「どうした?
体調が悪いのか?」
「ううん…」
セリアが元気が無いので、ギルバートは慌てる。
「おい
アーネスト」
「セリア
どうしたんだ?」
「あの子達…
きっともう会えない…」
「あの子達?」
「うん
このまま、みんなと最期まで居るんだって」
セリアは、帝都に残る精霊達を心配していた。
セリアが居る間は、力を分け与えられて元気になっていた。
しかし帝都に残るという事は、力を失い続けるという事だ。
「あそこはもう…
精霊の加護は無いの」
「精霊の子供達か」
「うん」
「あの子達…
もう寿命が近いの」
「そうなのか?」
「そういえば言っていたな
もう2年が限界だって」
「うん
それに今から着いて来たくても、それだけの力も残っていないって」
それは精霊にとっては、死刑にも近い宣告だ。
砂漠に出れば、精霊力を消耗し続ける。
それに耐えられるだけの、力も残されていないのだ。
「力を失ったら…
どうなるんだ?」
「うにゅう…
輪廻の環に還るの
でも次に生まれ変われるかは…」
「そうか…」
輪廻の環とは、女神教でも教えられている。
死んだ者は、その魂が縛られない限りは、輪廻の環に還るのだと。
そうして順番を待ち、次の生き物へと魂を移される。
それは順番なので、同じ人間として生まれ変われるかは不明なのだ。
「あそこの人達と、生まれた時から一緒だったって
だから最期まで一緒にいるって」
「そうか」
「次は精霊に、生まれるか分からない…のに」
「そうか」
「できたら…
みんなと…
同じにんげんに…ぐすん」
「そうだな…」
ギルバートはセリアを、慰める様に抱き抱える。
そしてそっと、背中や頭を撫でてやる。
「みんなと、いっしょに
セリアの国い、くるんだ…て」
「分かった
分かったよ」
「うわああん」
遂に我慢出来なくなって、セリアは泣き出し始めた。
ギルバートはそっとセリアを抱き締める。
激しく泣きじゃくる声を、外に漏らさない様に、アーネストは魔法で空気の膜を作る。
「うわあああん
もう会えない
会えないよう…」
「そうだな
でも、きっと女神様は、会える様にしてくれるさ」
「そんなこと
そんなことめがみ、できないよ」
「そうかな?
信じてみようよ」
「ううええん」
これ以上は慰めても、セリアの気持ちは収まらないだろう。
ギルバートは黙って、泣きじゃくるセリアを抱き締める。
「女神は出来ない…か」
アーネストは二人聞こえない様に、そっと呟く。
その言葉が何を意味するのか?
単なるセリアの、癇癪で出た言葉かも知れない。
しかし実際に、女神が輪廻の環に関わるか分からないのだ。
子供に教える物語には、皇帝にまで上り詰めたカイザードの物語がある。
物語では、高潔な勇者カイザードは、生まれ変わって皇帝になった。
しかしその元になる、勇者カイザードとは?
それは古代王国の建国の勇者の事である。
カイザードは、女神に勇者として選ばれる
彼は人間を率いて、争いの無い王国の建国を目指した。
そんな彼の御霊を、女神は再び呼び寄せた事になっている。
しかし、そんな事が本当に出来るのだろうか?
もし出来たとすれば、それまで彼の魂は、何処にいたのだろうか?
帝国では、その矛盾を別の物語で語っている。
天上に神々の王国があり、カイザードはそこに居たのだと。
そえが帝国や砂漠の民に伝わる、キジルグムという天上の皇宮の伝説だ。
「一体、どちらが真実なのか?
いや、そもそもどちらも偽りなのか?」
「ん?」
「いや、何でも無い」
泣き疲れたのか、セリアはギルバートの腕の中で眠っている。
ギルバートは、そんなセリアを愛おしそうに抱き締めていた。
まだまだ続きます。
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