第421話
アーネストは皇宮の回廊を歩いていた
ギルバートの病は、光の精霊によって癒された
しかし、旅に出るにはまだ体力は回復していない
それで皇宮に滞在して、休息を得ていたのだ
アーネストは、公爵を探して皇宮の中を進む
途中で騎士に出会うと、公爵は執務室に居ると聞いた
それでアーネストは、執務室のドアを開ける
そこには侯爵と、移住計画の書類を書くアンネリーゼが居た
「公爵
頼まれていた書類が出来上がりました」
「おう
早いな」
「ど、どうも…」
アンネリーゼは頬を染めると、顔を俯かせる。
公爵は不思議そうに、アンネリーゼとアーネストを交互に見る。
「言っておくが、あれはギルバートの体調を診ていたんだ」
「え?
そうなん…
いえ、私は何も…」
「ん?
どうしたんじゃ?」
「実は…」
アーネストは、先ほどの経緯を説明する。
アンネリーゼは、それを黙って聞きながら顔を赤くする。
「はははは
それは…
なあ?」
「叔父様」
アンネリーゼは頬を膨らませて、書類の束に顔を向ける。
何を想像したのかは知らないが、これで誤解は解けた筈だ。
アーネストは書類を取り出すと、公爵の前にそれを置く。
「ほう?」
「そこに魔導王国の魔力災害と、帝国が行った魔力災害の事を纏めました」
「ふうむ…
これは…」
公爵は小さく呻くと、目頭を押さえる。
書かれている内容に、多少なりともショックを受けたのだ。
「やはり、そういう事か」
「ええ
帝国の行ったのは、あくまで魔力の暴発です」
「そうだな…」
魔導器具による、非人道な魔力の搾取。
その果てに器具を暴発させて、幾つかの都市を破壊した。
それは人の行いとして、許される事では無かった。
しかし帝国の貴族は、それを隠して精霊や女神の責任としていた。
人間が行った行為となれば、それを引き継ぐ帝国にも非があるからだ。
「最初に…
カイザード様のお言葉を聞いておれば…」
「え?」
「カイザード様は、魔導器具の危険性を知っておられた筈じゃ
魔導王国の事を危険視されておられた」
「最初の…皇帝ですか?」
「ああ
ワシ等の希望の光に…
なる筈じゃった」
遊牧民の貧乏氏族の一人が、突然力に目覚めたのだ。
そして同じく目覚めた騎士を率いて、王国に侵攻して行った。
その後王国を併合して、最初の皇帝となったのだ。
彼とその仲間は、生き神として六大戦神と崇められる。
それが帝国の崇める神となるのだ。
「帝国を発展させるには、魔導器具が必要不可欠と考えておったのじゃろう
奴等は皇帝陛下を毒殺しおった」
「卑劣な裏切り者です」
アンネリーゼも、その話は聞かされて育っている。
その首謀者はその後に、怒れる王妃に殺されている。
王妃は自らの命を賭けて、帝都と共に焼き尽くされる。
今の帝都は、その後に新たに建設された物だった。
「サルザート様が…
全ての王国貴族を殺されておれば、もう少しマシじゃったのじゃろう」
「そうですね
彼女が殺せたのは、中央に巣くう腐敗貴族のみです
その時地方に居た貴族が…」
「そうじゃ
後の動乱を起こした貴族と、カラガンの様な腐敗貴族じゃ」
東部や南部の貴族は良かった。
後に魔導王国から独立した国々が、潰し合いをしたからだ。
問題は中央や、西部に残された貴族達だ。
彼等は魔導王国の魔法を調べて、魔力災害の原因を作ってしまった。
それに選民思想や奴隷制度を、継続して行っていた。
「しかし…
大規模魔法も危険か?」
「ええ
恐らく制御に失敗すれば、集まっていた魔力が暴発します」
「ううむ
西の沼地はそれでか…」
アーネストも、その危険性は苦慮していた。
王都が攻められた時に、大規模魔法を使えなかったのはその為だ。
実は魔術師ギルドでは、大規模魔法の実行も考えられていた。
しかしアーネストが、それを止めていたのだ。
「戦略的大規模魔法も、その土地を死の大地に変える可能性があります
そうである以上は、迂闊には使えません」
「実験は?」
「危険です
そんな危険な実験は…」
「そうじゃな
実際に災害は起きておるしな」
死の沼を見れば、それがどれほど危険か分かる。
それをわざわざ、試してみようとは思わないだろう。
「これは王国には?」
「そうですね
概要だけは伝えようかと
危険ですから」
「うむ」
アーネストは帝国の立場も考えて、魔導器具の事は伏せようと思った。
重要なのは、無理矢理魔力を一点に集中させる事だ。
それが魔法や魔導器具の違いなど、関係は無いだろう。
要は危険性が伝われば良いのだ。
「報告はこれだけかね?」
「ええ」
「王太子殿は?」
「ああ…
そうですね」
アーネストは少し考える。
ここ数日の事を考えれば、そろそろ頃合いなのだろう。
「動き回る元気はありそうです
数日中には…」
「行くのかね?」
「ええ
王都を目指します」
「そんな…」
アンネリーゼは、悲しそうな顔をする。
「無理を言いなさんな
彼等は王太子の為に、危険を冒してここまで来た
それも無事に終わったのじゃ」
「でも…」
アンネリーゼは、アーネスト達が去って行く事を寂しく感じていた。
やっと同世代の、話せそうな男に出会えたのだ。
それに皇女達は、アーネスト達を意識していた。
まだ恋とか分からないが、初めて異性を意識したのだろう。
それがまた、別れを辛くさせていた。
「案ずるな
数年中には、ワシ等も王国に向かう」
「え?」
「公爵?
まだ話して…」
「ううむ」
公爵はアンネリーゼを見て、真剣な顔をする。
「アンネリーゼ
其方もこの帝都が、もうもたない事には気付いておろう?」
「叔父様?」
「ワシは…
ここを去ろうと思う」
「そんな!
でもここには、お父様やお母様の…」
「ああ
ワシの娘達の墓もある
しかしワシ等は、魂はキジルグムに至ると信じておる」
「天上の皇宮…」
「ああ
じゃから何処に居ようとも、そこがワシ等の帝国じゃ」
公爵の言葉に、アンネリーゼは目を瞑って祈りを捧げる。
「カイザード様
サルザート様
我等をお導きください」
「アンネリーゼ
神は安易に応えてはくれはしないぞ
答えは自身の目で見るのじゃ」
「…はい」
これが帝国の…砂漠の民の教えなのだろう。
自身の目で見て、信じる物の為に生きる。
王国の教えとは、また異なる教えだった。
「王都にはハルムート子爵が向かう
ワシ等はザクソン砦があった場所に移住する」
「それでは?」
「ああ
王都にも近いそうじゃ」
「アーネスト様やギルバート殿下にも?」
「ああ
会えるとも」
公爵の言葉に、アンネリーゼは嬉しそうに微笑む。
その微笑みに、アーネストは何だか厄介事の臭いを感じる。
しかし今は、皇女達が賛成してくれる事を信じるしかない。
そうしなければ、移住計画は進まないからだ。
「それで?
いつ頃ここを発つのじゃ?」
「そうですね
準備を考えて、2、3日後ですかね」
「うむ
妥当じゃな」
公爵はアーネストに、物資の補充の書類を手渡す。
「良いんですか?」
「ああ
旅の無事を祈っておる」
「はい
ありがとうございます」
「それと…」
公爵は少し考えてから、別の書類を作って手渡す。
「ハルムートの事
よろしく頼む」
「はい」
アーネストは書類に目を通すと、自身のサインも記入する。
「公爵
これは交渉の手土産です」
「ん?」
アーネストは、懐から書類を取り出す。
それは国交が難しい時の為の、切り札に用意していた物だ。
「これは?
むむ!」
「ええ
後で兵士が運びます」
「良いのか?
魔鉱石とは魔力鉄鉱の事じゃろう?」
「ええ
今は魔力鉄鉱…
魔導王国が使っていた建材の一部ですね」
「こんな物を…」
「まだまだ開発途中の段階です」
アーネストとしては、その内もっと強力な資材が出来ると思っていた。
魔導器具には、核となる魔石に強力な固定具が使われていた。
それはまだ見付けられていないが、確かに存在していた筈だ。
アーネストは、その金属について公爵に質問する。
「公爵
魔導器具には我々の知らない、未知の金属が使われていた筈です」
「未知の金属?」
「ええ
詳しくはもう、資料も何も残されていません」
「そうか…
ワシ等が焼いたからな」
「ええ
ですが、それは確実に存在した筈です」
「魔法金属…
皇帝の剣」
「え?」
「初代皇帝のカイザード様
あのお方の剣には、魔法金属が使われておったそうじゃ
恐らくそれが…」
「ええ
そうでしょうね」
「オリハルコン
しかし今では、伝説の金属じゃぞ?」
「ええ
しかし、いずれは必要になるでしょう」
アーネストは確信を込めて頷く。
しかしそれは、魔導王国の資料が残されていない以上不可能に近い。
何処からもたらされたのか?
何を元に作られたのかが分からないからだ。
「しかし…
そんな物を何に?
まさか!」
「魔物は日々、強力になっています」
「魔物?
しかしじゃからと言って…」
「いずれは魔導王国を恐れさせた、魔物が現れるでしょう」
アーネストは、魔導王国が記した魔物の図鑑を取り出す。
それは上位の魔物に関しては、伝聞や記録しか残されていない。
見て生き残った者が居なかったからだろう。
「いや、しかしそれは…」
「そうですね
今はまだ、王国も脅威とみなさなかった程度の魔物です
しかしそれでも、私達は苦戦しています」
「ううむ
それはそうじゃが…
しかし今や、その魔物は伝説上の…」
「ええ
ですが…
女神は本気です」
「人間を滅ぼす…か」
「叔父様…」
公爵は悲嘆して呟く。
今で魔物に、騎士は手を焼いている。
それがいずれは、魔導王国を恐れさせた魔物が現れるかも知れない。
そんな話を聞けば、絶望するしか無かった。
「いいわ
そんな魔物が現れるのなら、私とマリアが…」
「馬鹿もん
お前等が適うと…」
「でも、このまま諦めるの?
私は嫌よ」
「しかしなあ…」
「公爵
私も諦めていませんよ」
「アーネスト殿?」
「魔導王国が見付けたんです
それは存在するって事です
違いますか?」
「それは皇帝が持っておられたし…
しかし今は、その剣すらも帝都と共に…」
「ええ
ですが、必ず見付けます
そうしなければ、人間に未来はありませんから」
アーネストは力強く宣言する。
当ては無いのだが、過去に存在したのだ。
それは不可能では無いという事を意味している。
「本気…なのか?」
「ええ
それには先ず、王国と帝国が手を結ぶ…
いや、全ての人間が手を結ぶ必要がありますね」
「そんな事…
それこそ不可能では無いのか?」
「でしょうね
しかし少なくとも、魔物に対抗する為なら手を結べます
案外女神様が魔物を差し向けるのも…」
「そうじゃなあ
しかしそれは、ちと楽観的じゃないかのう?」
「はははは
そうですね」
アーネストは笑うが、それはから笑いでは無かった。
そこには根拠は無いが、確かに自信が窺えていた。
「ふむ
貴殿を信じるしか無いか」
「ええ
任せてください」
公爵は書類を受け取ると、アーネストに質問する。
「それで?
王国側の見返りは?」
「そうですね
ハルムート子爵の移住の認可と、彼等による王都再建の協力
それを文書にしていただきたい」
「それは構わんが…
良いのか?」
「ええ
公爵が移住する事は、まだ明かす必要はありません
他の貴族には、直前で伝えるぐらいでよろしいでしょう」
「しかしそれは、騙し討ちみたいで…」
「邪魔はされないでしょう?」
「そう…じゃな
ううむ」
公爵は唸りながらも、アーネストの提案を受けて書類を作成する。
こうする事で、王国と帝国の中枢との、固い繋がりを示せる。
それこそが、今回の国交の目的となるのだから。
王国と帝国が友好的になるとなれば、他国も迂闊な口出しは出来なくなる。
今はそれが重要なのだ。
「公爵の移住や他の国との交渉は、それからでも十分です」
「大丈夫かのう?」
「ええ
むしろ遅らせた方が、他国も危険な状況になりますから」
「なるほど
そこまで考えておるか」
他の国にしても、王国や帝国の様に魔物に悩まされている筈だ。
それを考えれば、遅くなるほど他国も深刻な状況になっているだろう。
であればこそ、交渉はより簡単に行われる筈だ。
時間を掛けるほど、その国の状況は悪化するのだから。
「しかし…
これだけの武器を?」
「ええ
ですが安心してください
魔物を倒すほど、素材が集まります」
「魔物が素材なのか?」
「ええ
魔導王国では違った様ですが…」
帝国では、魔導王国の製法しか知らされていない。
だから魔鉱石は、帝国では作られていなかった。
魔導王国が滅びた時に、その技術も失われていたからだ。
スキルや称号に関しても、そこで情報が途絶えたのだろう。
帝国の資料の破棄が無ければ、状況はもう少し違ったかも知れない。
しかしスキルや称号の情報は、今の帝国にも伝わっていなかった。
「失われた技術を嘆いても、それは取り戻せません」
「そうじゃな
ワシ等はもう一度、それを発見せねばならん」
「ええ
それが魔物に対抗する一手になる筈です」
アーネストは頷くと、公爵に手を差し出す。
「共に魔物を退ける為に、頑張りましょう」
「うむ」
アーネストと公爵が、固く手を結んだ。
その手の上には、恥ずかしそうにアンネリーゼの手も乗せられた。
「えっと…」
「うふ」
「はははは」
「あはははは」
アーネストは反応に困って、一緒に笑って誤魔化すのだった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。
あらすじと第1話を少し修正しました。




