第420話
アーネスト達は、帝都に留まって過ごしていた
ギルバートの体調は少しずつだが戻り、今では騎士達の訓練場に顔を出している
しかし体調が万全では無いので、隅で素振りや型を練習していた
そんなギルバートの様子に、騎士達も触発されていた
ギルバートの素振りや剣術を見て、取り入れようとしていたのだ
ギルバートが目覚めてから、既に2週間が経っている
腕の筋肉も、ほとんど倒れる前に戻っていた
しかし身体強化に関しては、未だに調整が上手く行っていなかった
今までは長年使っていたので、無意識に調整が出来ていた
しかし回復してからは、微調整が出来なくなっていた
「せりゃあ」
バキン!
「あ…」
「しまった」
今日で2本目の、練習用の剣が折れていた。
ギルバートは軽く振っているつもりでも、いつの間にか身体強化が掛かっているのだ。
今のギルバートの腕力では、練習用の木剣では耐えられないのだ。
「どうします?」
「ううん
鉄製の剣は無いのかな?」
「鉄?
実剣ですか?」
「いや、そうじゃ無くて
素振り用の鉄製の剣だ」
「いやあ、さすがに…」
「そういうのはありませんよ」
今の帝国には、資材不足が目立っている。
鉱石を探そうにも、周辺には鉱山など無かった。
いや、あったとしても、それは砂に埋もれて分からないのだろう。
それだけ砂漠化が、深刻な状態なのだ。
「うーん
困った」
「そうですね
木剣も我々には貴重ですから」
客人とはいえ、ギルバートにポンポン折られては困るのだ。
ギルバートは暫く考えてから、その場を後にする。
「ちょっと行って来る」
「え?
どうされたんですか?」
「良い物があるのを忘れていた」
ギルバートはアーネストを探して、皇宮をうろつく。
程なくして、書庫に籠るアーネストを見付けた。
「居たいた
アーネスト」
「ん?
お前!
また出ていたな」
「そう言うなよ
もう発作も起きないし、じっとしていられないんだ」
ギルバートは、光の精霊の治療が効いたのか、負の魔力の影響は無くなっていた。
しかし旅の途中では、再三発作に見舞われて、意識を失うほど苦しんでいた。
アーネストが心配するのも当然だろう。
「無茶はするなと…」
「大丈夫さ
それより、交易用の剣があっただろ」
「剣?
魔鉱石の剣か?」
「ああ
どこに置いてある?」
「それなら兵士達が…
ってどうする気だ?」
「いやあ
木剣だと折れてしまってね
魔鉱石の剣なら大丈夫だろ?」
「はあ…」
アーネストは、ギルバートから体調の変化は聞かされていた。
それは負の魔力の影響が、長く続いた弊害なのだろう。
ゆっくりと慣らして行くしか無いと言ったのに、ギルバートは聞く気が無かった。
それだ体で慣らそうと、訓練場で素振りをしているのだ。
「無茶はするなと言ってるだろ
身体が本調子じゃ無いのに身体強化なんて使えば…」
「分かってるって
しかしどうにも調整がな…」
無意識に発動していたので、コントロールが上手く出来ないのだ。
アーネストは困った顔をして、ギルバートを座らせる。
「一度調べる必要があるな」
「どうするんだ?」
「上着を脱いで座れ
魔力の流れを調べる」
アーネストが真剣な顔をするので、ギルバートは素直に上着を脱ぐ。
そしてアーネストの指示で、腕や胸に力を加えてみせる。
アーネストはそれを、魔術用の杖を当てて調べる。
「ふうむ
魔力の流れは良好だな」
「だろ?」
「しかし流れ過ぎている
ギル
お前…魔力の保有量が上がっているぞ」
「え?」
今までのギルバートは、普通の兵士よりも多い程度だった。
それが身体強化に特化していたので、その量でも問題が無かったのだ。
しかし今のギルバートは、普通の魔術師よりもはるかに高い魔力を持っていた。
恐らく、負の魔力を大量に、長く体内に留めた影響なのだろう。
「うーん
これなら身体強化が強過ぎるのも納得だな」
「え?」
「言うなれば、今までのお前はグラスに貯めた水ぐらいだったんだ」
「へえ…」
「それが桶を通り越して、小さな池ぐらいになっている」
「本当か?」
「ああ」
例えは雑だったが、それはギルバートにはちょうど良かった。
自分の魔力がどれだけ大きくなったか、改めて認識出来たのだ。
「それなら魔法も…」
「ああ
訓練次第では、使えるかもな」
「そうか…
古代の英雄みたいに…」
「馬鹿
それは危険な事でもあるんだぞ
慣れない奴が魔力を暴走させると…
お前も見た事があるだろ」
「う…」
ダーナに居る頃に、魔術師達が魔法を暴発させる現場は再三見て来た。
魔法に慣れた魔術師がそうなるのだ。
慣れないギルバートが、高威力の魔法を暴発させると大変な事になる。
「因みに…
お前はどれぐらいなんだ?」
「そうだな
お前に会った頃で、オレは既に池ぐらいの魔力だった」
「うげ!」
「王都に居る間に、沼ぐらいにまでは成長していた筈だ」
「凄いな」
「ああ
魔力量だけなら、オレはそこいらの奴には負けないぞ」
「あれ?
それにしては魔力切れが…」
「はあ…
それはな、慣れない魔法は無駄が多いんだ
だから必要以上の魔力を垂れ流しにして、小さな魔法しか出来ないんだ」
「なるほど…
それなら私が魔法を使っても…」
「馬鹿!
調子に乗るな」
アーネストがギルバートを嗜めていると、不意にドアが開く。
「失礼しま…」
「ん?」
「へ?」
アンネリーゼとマリアーナが、アーネストを探して来ていたのだ。
二人は裸のギルバートの背中を、食いつく様に見詰める。
「え?」
「ああ…」
「キャッ!
失礼しました」
「マリア
待って!
お邪魔しました」
二人は慌てて、ドアを閉めずに走り去る。
それを見送ってから、女騎士が一礼をしてドアを閉める。
「どうやらお邪魔の様ですので
失礼します」
「待て!
これは診察をだな」
「え?
どういう事だ?」
女騎士も顔を赤くして、舌なめずりをしながら走り去る。
残されたギルバートは、理解出来ずに呆然としていた。
ギルバートは王国の出で、母やメイドに裸を見られる事に慣れていた。
着替えを手伝われたりするので、それは当然の事なのだ。
アーネストの様に、この国の実情を理解していないのだ。
「はあ…」
「アーネスト?」
「いや、良いんだ
お前は理解する必要は無い」
恐らく女騎士は、二人の仲を色々と妄想するだろう。
皇女達はどうか分からないが、少なくともギルバートの裸はマズかった。
背中だけとはいえ、色々と目の毒だっただろう。
これでまた、暫く彼女達は近付かないだろう。
「いや、どういう事なんだ?」
「世の中な、知らない方が幸せな事がいっぱいある」
「え?
ええ?」
「頼むから、これ以上は聞くな」
アーネストは真剣な顔をして、ギルバートに言い聞かせた。
「それで?
私はどうすれば良い?」
ギルバートは会話に困り、話を戻そうとする。
「ああ
今のお前は、無意識に身体強化を発動させて、多量の魔力を垂れ流しにしている」
「垂れ流しって…」
「要は必要以上の魔力を使っているんだ
グラスに桶の水を流し込む様に」
「桶の水をか…
なるほど」
ギルバートが理解したところで、アーネストは魔石を取り出す。
「これは子供の魔法適性を探る道具だ」
「ん?」
「魔力を流してみろ」
「うわっ!」
「おい!
抑えて使えよ」
不意に室内が眩しく照らされる。
魔石に魔力を流すと、魔石が発光する仕組みになっているのだ。
「何だこれは?」
「子供が魔力を試すのに使う魔石だ
込められた魔力で光るんだ」
「光る?
あんな強烈に…」
「それはお前が、無作為に魔力を流すからだ」
「ああ…」
「これをやるから
お前は先ずは、魔力の調整をするんだ」
「え?
魔鉱石の剣は?」
「先に魔力の訓練だな
魔鉱石の剣は貴重だ
壊されてはかなわん」
「そんな…」
アーネストはギルバートに魔石を渡すと、さっさと追い出す事にする。
「さあ
オレはまだ調べ物があるんだ
用が無いなら服を着てさっさと行ってくれ」
「あ、ああ…」
ギルバートを追い出してから、アーネストは書物の山に手を伸ばす。
そこには帝国が集めた、魔導王国の歴史が記されている。
これを読む事で、魔導王国が滅びた原因を知る事が出来るだろう。
上手く行けば、魔力災害の原因も分かるかも知れない。
アーネストはそれを探す為に、書物を漁っているのだ。
ここには王国に無かった、多くの魔導書も保管されている。
多くの魔導書は、魔力災害の原因として帝国の軍人に焼かれた。
しかしその後に、帝国の魔術師が苦心して、情報を集めて記録している。
実際に行った者の資料では無いので、一部は考察や妄想の類が見られる。
「何々…」
アーネストは書物を調べて行く。
そこには知られざる、思わぬ情報も記されていた。
最初に魔導王国は、魔術による領土の拡大を始める。
手っ取り早いのは、魔法を知らない者達を、蛮族として討伐する事だった。
当時は魔物は少なく、王国は楽して侵攻を続けた。
やがて王国は、このミズガルドの大半を征服する事になる。
次に王国は、魔法こそが力だと主張する。
やがて女神への信仰を失い、魔力による支配の時代が来る。
嘗ての古代王国の栄華を彷彿する、魔導器具による文明国家が生まれたのだ。
その栄華は、魔導王国の民に悪しき考えを生まれさせる。
人が選ばれた存在で、女神よりも偉いと考え始めたのだ。
そもそも、女神は過剰な干渉を控えていた。
その事から、彼等は女神は架空の存在だと考えたのだ。
そしてそれは、王国に選民思想を根付かせる事となる。
彼等は自身が、選ばれた者達だと主張する。
そうして他の種族を、捕らえて奴隷として働かせ始めたのだ。
これは精霊からも聞いていたが、特にエルフが主に狩られていた。
彼等はエルフを捕らえると、男は農場で精霊を召喚させて働かせる。
そして女のエルフは、メイドや慰み物として扱われた。
それはエルフの女性が、見目麗しかったからだと記されていた。
この後は精霊の話の通りだった。
怒った精霊は魔導王国を去り、精霊力の枯渇した王国は、荒れた土地が多くなって行った。
そうして魔導王国は、次第に衰退して行く。
東部に住んでいた遊牧民達が、彼等の行いに怒って攻め込むのは、そんなに時間は掛からなかった。
遊牧民達は王国を攻めると、その土地を少しずつ奪って行く。
そうして王国民と、遊牧民が交わって行った。
それが後の、ミッドガルド帝国である。
魔導王国は、起死回生の策として魔導器具を開発する。
それは魔力を吸収して、無理矢理力を生み出す装置であった。
その器具を用いて、王国は食料の生産を進めた。
しかし無理矢理魔力を集めるので、土地はさらに枯渇していった。
これが魔力災害の最初の症状だった。
痩せた土地に作物を実らせる為に、さらに魔導器具の増産は行われる。
土地は益々枯れて行き、人の住めない砂漠が広がって行った。
それがアーネストが見た、その街の様な廃墟を生み出したのだ。
やがて出力を上げた魔導器具は、暴走して爆発を起こす。
そうした土地は、多くの異変を起こして枯れて行った。
砂漠や荒野が広がり、そこに遊牧民が攻め込む。
そうして魔導王国は、緩やかに滅んで行った。
帝国の初代皇帝は、そうした魔導王国の魔法を邪悪な魔術として禁じた。
その流れが、兵士達の禁書を焼く流れへと繋がった。
気が付いた時には、多くの魔導書が灰となっていた。
「なるほど
こうして魔導王国の魔法は失われたのか」
皇帝は妖精狩りを禁じたが、貴族達のエルフやドワーフを狩る行為は続けられた。
そして貴族達は、皇帝の力を恐れて暴挙に出る。
皇帝を毒殺して、帝位を奪おうとしたのだ。
夫を奪われた皇妃は怒り狂い、一夜にして帝都を焼け野原にした。
こうして帝国は、一度は滅んでしまっていた。
「帝国は…
滅んでいた?」
帝国が滅びかけていたが、何とか持ち直していた。
それは遊牧民である、ロマノフ家が大きく関わっていた。
それまでの帝国は、まだ魔導王国の貴族が多く加わっていた。
その為に、選民思想や奴隷制度が抜けていなかった。
後を継いだロマノフ家の皇帝は、貴族の主張を受け入りながらも必死に抗う。
その結果が、皇族は奴隷を受け入れない事だった。
しかし貴族は、変わらず奴隷制度を推奨していた。
それが女神の怒りに繋がったのだろう。
「皇家は奴隷を認めていなかった…
しかし貴族は…」
魔導王国の血を濃く受け継いでいる。
貴族は妖精狩りが上手く行かなくなると、今度は亜人や人間を狩り始めた。
一度身に着いた楽な暮らしは、簡単には諦められない物なのだ。
その結果が、東部や南部の国々の反乱だ。
それまでは魔導王国の属国として、帝国の方針にも我慢して来ていた。
しかし、それも限界を超えてしまったのだ。
結果は長い戦乱の続く、帝国の動乱である。
その後は公爵が語った、帝国の魔力災害の話しに繋がる。
帝国が起こした魔力災害は、魔導王国のそれとは大きく違っていた。
魔導王国は魔力を無理矢理集めて、精霊力の代わりに使っていた。
それを可能にしていたのは、王国の開発した魔導器具があったからだ。
帝国はそれを作れずに、人の魔力で無理矢理起こそうとしていた。
結果は不安定に集められた、多量の魔力が暴発する事になる。
それが魔力災害の正体なのだろう。
アーネストは詳細を記した書類を纏める。
後の世に、この間違った魔法の使い方を繰り返さない為に。
まだまだ続きます。
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