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聖王伝  作者: 竜人
第二章 魔物の侵攻
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第42話

領主アルベルトとしては、息子であるギルバートに危険な事はさせたくなかった

しかし、いずれ後を継ぐとなると、戦闘の経験は必要だし、実績も残して置かなければならなかった

不安は残るものの、息子を信じて送り出すしかなかった

それで妻に非難される事になろうとも

その日は朝から晴天で、澄んだ初冬の空気に朝から身が引き締まる様だった

朝の10時の鐘を合図に、守備隊の宿舎に数人の兵士が集まる

その中にギルバートの姿もあった


ギルバートはスッキリとした気分で、落ち着いていた。

昨日は久しぶりに父親に怒られたのもあって、改めて魔物に対して真剣に向き合おうと決意していたからだ。

これまでの自身の力を過信した、浮付いた気分ではなく、危険を冒さず魔物の力をよく見て、今の自分に何が出来るのか見極めようと思っていた。


「みんな、よく集まってくれた」


大隊長が先頭に立ち、挨拶を始める。


「この偵察任務はあくまで自己責任になる

 その為、自信が無い者はここで辞退しても構わない

 それによる降格や減給も行わない」


兵士達の中には、自信の無い者も居たのか、ざわざわとする。


「大隊長

 ほとんどが自分で申請しております」

「私は魔物に父親を殺されています

 魔物を倒す為なら、精一杯戦います」


「魔物に思うところがある者も居るだろう

 しかし、これは偵察任務だ

 討伐より、魔物の動向を確認するのが任務だ」


大隊長は、戦いに向けて逸る気持ちを落ち着かせようと注意をする。


「魔物と戦闘するとは限らないのか?」

「それなら、ボクでも参加出来そうだ」


ひそひそと若い兵士が話している。

戦闘に自信は無いが、偵察と聞いて安心したのだろう。


「繰り返す

 これは強制ではない

 自信が無い者は辞退してくれて構わない」


大隊長はもう一度全体を見回す。

みな真剣な顔をして、大隊長を見詰める。


「辞退する者は居ないのか?」

『はい』


大隊長は心配そうにギルバートの方を見る。


「はい」


「宜しい

 それでは偵察任務を決行する」


大隊長が下がると、部隊長のハウエルが前へ出る。


「オレが今回の偵察部隊の隊長を務める、ハウエルだ」


ハウエルは全体を見回し、問題のありそうな者に鋭い視線を投げかける。


「任務は偵察だ

 魔物に思うところはあるだろうが、独断専行で行動しない様に」


特に魔物に親を殺されたと言っていた兵士と、ひそひそ話をしていた兵士を見る。

それから、ギルバートの方を見てから、意味深な眼差しを向けた。


ピリリと緊張が走る。

一瞬、ギルバートは不安に苛まれ、剣に手を掛けそうになる。

必死に不安に堪えながら周りを見ると、数人の兵士が剣を抜いたり、狼狽えていたりしていた。


「ふむ

 まあ、まずまずか…」

「おいおい

 新入りも居るんだ、お手柔らかにな」


ハウエルの発言に、大隊長が突っ込む。

ハウエルの視線が和らぎ、不安感が治まる。


「魔物との遭遇に慌てるのもマズいが、委縮して固まるのはもっとマズい

 常に冷静な判断をしてくれ」


「それでは隊を分ける」


部隊長はそう言い、兵士を6人一組に分ける。

ギルバートは先の若い兵士と同じ組に入った。


「よろしくお願いします」

「よろし…あれ?

 ギルバートじゃん」


先ほどは気付かなかったが、若い兵士の一人はアレックスであった。


「アレックス?」

「おう

 久しぶりだな」


アレックスは気さくに話し掛けてきて、肩を叩いて来た。


「遠征から帰って来て、それっきりだったからな

 元気にしてたか」

「ああ

 アレックスも元気そうだな」


二人で和やかに話していると、もう一人の兵士が話し掛けてきた。


「おい

 ギルバート殿下じゃないか

 大丈夫なのか?」


彼は不敬にならないか心配していた。


「大丈夫だよ

 こいつはそんな事を気にしないから」

「ええ

 今のボクは、一介の新人兵士の一人です」

「そうなのか?」

「そうそう」


ギルバートは改めてその兵士に向き合い、挨拶をする。


「初めまして

 ギルバートと申します

 よろしくお願いします」

「あ、ああ

 オレはローダン

 アレックスと一緒に第3部隊に所属している

 よろしくな」


ローダンはぎこちなく挨拶をして、握手をしようと手を出して来た。

ギルバートも手を差し出し、握手をする。

彼の手は固くゴツゴツとしていて、毎日必死で練習しているんだろう、豆の痕があった。

この時、ギルバートは初めて思った。


兵士の手って、こんなに固いんだ

ボクとそんなに歳が変わらないのに、必死に努力しているんだ

それなのに、彼でも魔物は恐いんだ…


ギルバートは不意に、碌に練習をしないで、魔物を簡単に倒せると思っていた自分が恥ずかしくなってきた。


「ローダンは凄いんだ

 オレより歳は下なのに、一生懸命練習していて」

「いや

 オレはまだ、魔物と戦っていなくて、怖いと思っているから

 魔物と戦うのが怖くて、必死なんだよ」


これが普通の兵士なんだ


「アレックスや殿下の方が凄いよ

 初陣で魔物と戦っているんだから」

「いや、偶々だよ

 それに自分の身を守るのに必死だったし」


ボクも戦ったなんて言えない

恐くて必死になって、気が付けば倒していただけだ


「ギルバートで良いよ

 ボクの方が年下だし

 兵士としては新人だし」

「そうか?」

「う、うん

 分かったよ」


「で…ギルバートも魔物と戦ったんだよな

 強かったのかい?」

「ううん

 無我夢中だったから、分からなかったよ」

「そうだよな

 あんなのがいきなり向かって来たら

 必死になって身を守るのがやっとだよ」

「そうなのか?」


ローダンは、最初はギルバートに気を使っていたが、少しずつ打ち解けてきた。

ギルバートも歳の近い少年兵が一緒だったので、安心していた。


これは、ギルバートの立場が高いのが原因であった。

先の遠征の時も、常に隊長が近くで見ていたし、他の兵士は大人か新兵しか居なかった。

歳の近い兵士と親しくなるのは初めてだった。


これはアレックスも同じだった。

アレックスもローダンに良い影響を受け、この一月で腕を上げていた。


ハウエルはその様子を見て、大隊長に耳打ちした。


「どうやら、あの二人に会わせて正解だった様ですね」

「ああ

 殿下に良い影響を与えてくれそうだ」

「歳も近いし、すぐに打ち解けそうですね」

「ただし、油断は出来ない

 必ず守るぞ」

「はい」


二人は班分けを終わらせると、兵士を連れて南門へ向かって歩き出した。


「これから南門に向かう」

「東門ではないのですか?」


「東門に魔物が多く出るのは承知している

 しかし、今回は魔物の調査だ」


魔物の出没状況、現れる魔物の数、魔物の行動を見る為の調査だ。

討伐でないので、遠くから様子を見る必要がある。


「討伐には、東門から別動隊が出ている

 こちらは偵察が任務と心得よ」


東門では他の部隊が待機しており、状況を見て討伐に動く予定になっていた。

これまでの報告で、個体数も多くなく、いまのところは討伐が可能だという事であった。

偵察隊に危険が及ばない様に、別動隊が東門から出て、露払いをするのだ。


「本当に偵察が任務なんです?」

「ああ」

「見つかってしまった場合は仕方ないが、極力戦闘は避ける

 無理はせずに、敵の動向を見極める様に行動してくれ」


大隊長からも注意が飛ぶ。

みなはそれを黙って聞いた。


「南門から南、南東、東の3方へ向かう

 事前に発見報告のあった場所へ向かい、先ずは魔物が居るか調べる」


「魔物が居ない場合は、その痕跡を調べ、付近の捜索も行う」


「痕跡の調査や追跡は、慣れたベテランが各部隊に入っている

 彼の言葉をよく聞いて、指示に従って欲しい」


ギルバート部隊の先輩兵士が、仲間の方を見て親指を立てる。

任せろというジェスチャーだ。

それを見て、みなが無言で頷く。


「また、魔物が居た場合は、警戒しつつ行動を見張る

 魔物の集まる場所や集落があるなら、これも調べておきたい」


先の集落跡を使っている魔物も居るだろうが、他にも集落が出来ている可能性が高い。

可能であれば、その集落の場所も特定しておきたい。

討伐をする為には、重要な情報だ。


南門に近付くと、部隊長は静かにする様に告げた。


「これから門を少し開けて、随時出撃してもらう」


部隊長は、全体に聞こえるぐらいの小声で続ける。


「各自ベテランの指示に従い、魔物に見つからない様に指定のポイントに向かってもらう」


「調査は日没前迄とする

それまでに帰還出来る様に行動する様に」


「それでは、行くぞ」


部隊長が合図をすると、門番が門扉に油をかけてから、慎重に押して開ける。

大きな門扉が、音を立てない様にゆっくりと開く。


部隊長が合図を出し、各リーダーがサインを出して出て行く。

他の兵士もそれに続き、慎重に進んで行く。


耳を澄ますと、遥か北の方から、戦闘の音と怒声が聞こえて来る。

別動隊が陽動の為に起こした戦闘の音だ。


各部隊は粛々と進み、やがて森の木立や茂みに消えて行く。

ギルバートもそれに付き従い、南東の繁みの中に身を潜めた。


リーダーが各自に順番に指示を出し、一人ずつ茂みや木立を移動する。

ギルバートも肩を叩かれ、頷いてから木立の陰へ移る。

リーダーは離れた兵士には手信号で合図を送り、合図に頷いて移動する。

そうして暫く移動を繰り返すと、不意に一人が片手を挙げた。


直ぐにリーダーが頷き、手信号で待機を合図する。

リーダーは、スルスルと音もなく移動し、先ほどの兵士の脇へと移る。

すっと消えたと思ったら、不意に隣に現れる。

解っていても、兵士は面食らっていた。

それから暫く、兵士とリーダーは手信号で何かやり合う。

暫くやり取りが続くと、不意いにリーダーが消え、再び元の位置へ戻った。


リーダーはみなの方を見回すと、こちらへ集まれと合図を出す。

それに合わせて、音を出さない様に注意して、みなが集まる。

手信号の詳細は一部判らないが、魔物が12匹居て、獲物を捌いている様だ。


ギルバートは、魔物は狩の興奮と獲物の血の臭いで気付いてないと理解した。

手信号を全ては覚えていないが、恐らく間違いないだろう。


リーダーはその場で待機させ、様子を見ている兵士の合図を待った。

ここで戦闘をしては危険だし、折角見つけたチャンスを無駄にする。

慎重に待って、魔物が帰る場所を特定すべきであろう。


この時ギルバートは、まだ魔物の正体に気付いていなかった。

犬の頭をした獣人、コボルト。

この魔物の力も、危険性も知らなかったのだ。


今はまだ、獲物の解体で出た血の臭いで気付かれていないが、相手は犬の頭をしている。

風上ではないが、普通の魔物や人間よりも匂いに敏感なのだ。


そして、もう一つの危険性が、これも犬の特性に由来する。

コボルトは仲間意識が非常に高く、ゴブリンに比べると知性も高い。

仲間がやられていると、馬鹿にして笑う事も無く、助けようと集団で襲い掛かって来る。

しかも耳も良いので、遠吠えで仲間を呼んだりもする。

最初に見つけた数が少数でも、決して楽観視出来ない魔物なのだ。


リーダーは、兵士が魔物が去ったと合図を送ると、ホッとした様子だった。

それが理解できず、ギルバートは追おうと合図した。

リーダーは即座に首を振る。

このまま暫く待機せよ、と再び合図を出す。

そんなリーダーの態度が、ギルバートには腑に落ちないでいた。


小一時間ほどたっただろうか、ようやっとリーダーが動き出した。

リーダーは先ず、周囲の索敵の為に各自を移動させて、解体場所の周囲を調べさせた。

周囲に敵が居ない事を確認すると、やっと安心したのか、解体場所へとみなを集めた。

そして小声で状況を説明し始める。

これは手信号では、細かい事が伝えられないからだ。


「ここに居たのはコボルト

 犬の魔物だ」

「犬ですか?」

「頭が犬で、毛むくじゃらの人間みたいな魔物だよ」

「何それ?

 気持ち悪い」

「オレの家

 家畜を飼ってたから…アレの身体が人間みたいなの?」

「しーっ

 静かに

 頭が犬って事は、耳や鼻も良いんだ、気付かれるぞ」


慌ててリーダーが、小声で注意する。

他の兵士も状況に気付いて、声を潜める。


「それであんなに待っていたのか」

「よくバレなかったな…」

「コレのお陰だよ

 でなきゃ既に襲われていたよ」

「…」


一同は無言で解体跡を眺める。

それは鹿が数頭と、熊を解体した跡だった。

既に肉は全て剥ぎ取り、皮も持ち去られた後であった。

残っているのは骨と臓物だけだった。


熊は雄雌と子供も居た様だ。

一回り小さい骨もある。


「熊も狩れるとなると、厄介だな」

「それだけ戦えるという事だ…」


他にも、見た事も無い骨が在った。


「おい、これは何の骨だ?」

「判らねえ

 もしかしたら、これも魔物なのかも知れない」


言われてみれば、一言に魔物と言われても、それが人型とは限らないだろう。

動物の魔物が居てもおかしくない。


「これは…

 報告する事が増えたな」


リーダーは、そう呟くのであった。

コボルトは前述の通り、犬の頭の魔物です

それ故に、犬の特性も持っています

迂闊に攻撃すれば、集団で囲まれて危険です

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