表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖王伝  作者: 竜人
第十三章 帝国の罠
417/800

第417話

帝国との国交は、行き違いから難航していた

皇女もその姉も、アーネストが婚姻を迫ると勘違いしていた

一応公爵も釈明するのだが、勘違いから二人共暴走していた

公爵だけでは、具体的な国交の交渉は出来ない

アーネストは止む無く、交渉は後日にする事となる

公爵との会談が終わり、アーネストはギルバートを見舞いに来ていた

会談が終わる頃に、意識が戻ったと報告が来たからだ

公爵も同席して、アーネストと客室に向かう

そこで目にしたのは、セリアの癇癪だった


「むう!

 だからお風呂に入るの」

「入るのは入るが、私一人でだ

 お前は大人しく待ってなさい」

「だってお兄ちゃん、まだしっかりと…」

「はははは…

 身体強化を使えば…

 ぐっ」

「ほら!」


起き上がろうとするギルバートは、苦痛に顔を歪める。

慌ててセリアが支えるが、それ以上は起き上がれなかった。


「はははは

 まだお身体が十分では無いのでしょう

 お湯をお持ちしますから」


公爵は笑いながら、騎士にお湯を用意する様に伝える。


「すみません」

「はははは

 長旅で疲れていますし、身体も汚れているでしょう

 しかし無理は禁物ですぞ」

「ギル

 頼むから大人しくしててくれ

 ここは王都では無いんだ」

「くっ…」


三人に見張られては、ギルバートも勝ち目はない。

ギルバートは膨れたフリをして、ベットに寝転がった。


「しかし…

 元気になられて良かった」

「はい

 昨日までは意識が戻りませんでしたから」


ギルバートは、光の精霊に治療されるまで、生死の境を彷徨っていた。

本人は強がっていたが、身体は既に限界に近付いていたのだ。

だから砂漠でカラガン伯爵に追い付かれた頃には、意識を失っていた。

それが起き上がろうとするぐらいまで回復したのだ、アーネストも喜んでいた。


「セリア

 ギルは身体を拭くから、邪魔しない様に…」

「嫌だ!

 セリアも手伝う」

「手伝うって…

 ギルは嫌がっているだろ」

「むう…」

「セリアにしてもらうのは恥ずかしいんだ

 ここは大人しく…」

「むうう…」


セリアは頬を膨らませて、両手をブンブン振り回す。

そんなセリアはの首根っこを掴んで、アーネストは客室を出る。


「どうされますか?」

「そうですね…

 折角見舞いに来ていただいたのに…」

「むう~!」

「痛てて!

 こら、大人しくしてろって」


セリアはアーネストの手から逃れると、客室の裏の庭園に出る。

そこには花々が咲き誇っていて…。


「へえ…

 綺麗ですね」

「し、信じられん…」

「へ?」


アーネストが振り返ると、公爵は滂沱と涙を流して立ち尽くしていた。


「公爵…」

「す、すまない

 つい…」

「んにゅ?」


公爵は涙を拭いながら、説明を始める。


「ここは妻が生前に、丹精込めて作った庭園なんです

 それが妻が亡くなってからは…」

「セリア…」


アーネストは咎める様に、セリアを振り返る。

しかし公爵は慌てて釈明をする。


「いえ

 良いんですよ

 嬉しいんです

 ワシがいくら頑張っても、ここには何も育たなくて…」

「おじさんが世話をしていた事は、この子達も覚えているよ

 だって感謝しているもの」

「おじさんって…

 公爵様だぞ…」

「はははは

 ワシももう年で…」


そう言い掛けて、公爵は目を擦る。

セリアの周りには、いつの間に集まったのか、数人の子供達が集まっていた。

その子供達は、公爵に一斉に頭を下げる。


「この子達はこう言ってるよ

 おじさんが世話をしてくれたから、こうしてまた咲く事ができたって」

「おお…」


子供達はお辞儀をすると、庭園の花々に向かって駆けて行く。

すると地面から芽が出て、次々と花が咲き誇る。


「セリア…」

「奇跡じゃ…」


公爵は再び、涙を忘れて立ち尽くしていた。


公爵は暫く、花々を愛でてから立ち上がる。


「ありがとう」

「いえ

 感謝ならセリアに」

「んにゅ?」


「失礼ですが…

 王太子殿の奥方と…」

「ええ

 そして王国でも数少ない、精霊の声を聴ける者でもあります」

「それではやはり、先ほどの子供達は…」

「ええ

 精霊の子供達です」


アーネストは、事実を少し変えて話していた。

セリアが特別だと知れ渡れば、狙われる事になる。

それだけは避けたかった。


「帝都にはもう、精霊は居ないのかと思っていました」

「んにゅ

 まだ少しだけ残っているよ

 でも…後2回月が巡るまでだって」

「月が巡る?

 確か魔導王国では…」

「ええ

 精霊の言葉で1年を指します

 恐らく2年後には…」


あの精霊の子供達が残っていられるのも、後2年が限度だという事だ。

その頃には、さらに精霊力は枯渇しているだろう。

ここが活性化しているのも、女王であるセリアが居るからだ。


「後…2年ですか」

「ええ

 ここの精霊の力も、枯渇しかけています」


アーネストに言われなくても、公爵も感じていた。

年々作物の育ちが悪くなり、子供の発育にも影響が出ていた。

何よりも土の力が失われるだけでなく、水の量も少なくなっていた。

その影響は、帝都の空気にも現れていた。


「年々、人が住むには苦しくなっておりました

 しかしまさか、もう2年ももたないとは…」

「そうですね

 公爵

 移住は?」


公爵は黙って首を振る。


「移住したくても、移れる様な場所は無い」

「そう…ですか」


アーネストは静かに計算する。

そして交渉を始めた。


「公爵

 実はハルムート子爵に、王都に移らないかと交渉しています」

「ん?

 ハルムートにか?」


公爵にとっても、それは意外な報せらしかった。


「奴が治める地はオアシスが…」

「ええ

 しかしそこも…

 いえ、ここ以上に状況は悪いと」

「そうか…」


オアシスは枯れかけていて、ここよりも状況は悪い。

移住はすぐにでも行わなければならない。


「良いじゃろう

 それは子爵にとっても良い事じゃ」

「ええ」

「何なら、王国への帰順も考えてやって欲しい」

「それは…」


子爵は帝国に忠誠を誓い、帰順など考えてもいないだろう。

それよりも、問題はここからだ。


「それでですね、良ければ公爵にも…」

「ん?」

「砂漠のこちら側に…」

「な!

 何を考えておる」


公爵は驚愕して、思わず開いた口が塞がらなくなっていた。


「いえ

 何も王国に入れとは言っておりません

 しかしこのままでは、帝国は戦う力どころか、国民の生命までもが…」

「しかし

 ううむ…」


アーネストは公爵を手招きして、庭園に置いてある机に腰を掛ける。

そこで地図を広げると、その一点を指差す。


「ここに嘗ては帝国の物だった、ザクソン砦があります」

「ああ

 あの問題になった砦じゃな」


そこは帝国にとっても、王国との戦いが続く原因となった因縁の場所でもあった。

そこに向けて進軍した為に、皇帝は命を落とす事となったのだ。


「問題はそこではありません

 今はここは、無人の街になっております」

「何?」

「ここに魔王が攻め込みました」

「魔王?

 王都を攻めたと言う?」

「ええ

 死霊魔術師の…」

「な!

 死霊魔術じゃと?」


ここで侯爵は顔色を変え、歯軋りをする。


「帝都がここまでになったのも、死霊魔術師の攻撃によるものじゃ」

「まさか?」

「いや

 確かに死霊魔術師の仕業じゃ

 見た事の無い死者の群れに襲われたのじゃ」

「それは確かに…

 しかしどうやって?」


「それは分からぬ

 あれだけの数じゃ

 どこかの戦場を漁ったか…」

「まさか…

 その時期は?」

「ううむ

 ちょうど1年ほど前…

 そうじゃ!

 月が紅くなってからじゃ」

「くそう

 そういう事か」


公爵には分からなかったが、アーネストには思い当たる事があった。

それがザクソン砦と、その前に起こった王都の南の町の事だ。

恐らく時期から考えて、町の方を襲ったのがそれだろう。


「何じゃ?

 どうしたのじゃ?」

「王都が襲われる少し前

 月が紅く輝き始めた頃に、一つの町が襲われました

 そして住民は、一夜にして行方不明に…」

「まさか?」

「ええ

 死霊魔術で死霊にしたのなら、時期がちょうど合います」

「ううむ…」


「奴は…

 ムルムルは町を襲い、その住民を死霊にしたんでしょう」

「そんな事が?」

「ええ

 死霊にすれば、死霊召喚で任意の場所に呼び出せます

 相手は死者で魔物に当たるので、転移魔法も掛け易いんです」

「転移…

 魔導王国の魔法か…」


生きた人間を、転移で送る事は難しい。

普通に物体を送るのとは違う事が原因らしい。

詳しくはアーネストも、理論を理解出来ないでいた。

魂と肉体の結合とか、転移先の任意の座標の問題とか専門用語が多いからだ。


しかし、死霊は魂を持たない、命令を聞く人形な物だと記されている。

本当にそうなのかは分からないが、少なくとも魔導王国の資料にはそう書かれていた。

だから当時は、物や死体の移送には使われていた。


「その…

 死霊魔術師はムルムルと言うのか?」

「ええ

 そう名乗っていました」

「そうか

 魔導王国の死者の神の名か…」

「そうか!

 どこかで聞いたと思ったら…

 そういえば帝国の出だと言っていたな」

「何じゃと?

 そ奴は帝国の者なのか?」

「元…ですがね」


アーネストは、公爵にムルムルから聞いた話をする。

それはギルバートが聞いた話と、照合して考えた内容だ。


「彼は帝国に売られた、去る身分の者だったそうです

 しかし死霊魔術師を身に着けた事で、捕らえられて王国に売られたと」

「ううむ

 確かに帝国では、死霊魔術師は禁忌に触れると蔑視されておった

 しかし同胞を売るなどとは…」


「ザクソン砦は、帝国の貴族が治めていたんですよね?」

「ああ

 そう言えば、あそこはカラガン伯爵の伯父が治めておったのう」

「カラガン…

 そうか!

 それで…」


ザクソン伯爵は、帝国を裏切った功績で取り上げられていた。

今の伯爵の祖父がその伯爵なら、奴隷制や選民思想が残っていても納得だ。


「ザクソン砦は、帝国の兵士を退ける為に、奴隷を肉の盾にしました」

「何じゃと!

 何と非情な…」

「ええ

 それで帝国の兵士は、士気を落として敗退しました

 その後の逃走劇は…」

「ああ

 皇帝も知らなったんじゃろうな

 でなければ、執拗に砦を狙わなかったじゃろう」


皇帝は領土奪還を目指し、禁忌の魔法を発動させた。

結果は魔の森と死の沼地を生み出し、北へ逃走する事となる。

そこから魔物に襲われて、最期はカラガン伯爵によって止めを刺される。

ここは伝聞を集めて、あくまで推察した事である。

しかし当時の証言から、恐らく間違いでは無いだろう。


「その砦の襲撃で、多くの帝国人が亡くなったと聞きます

 ムルムルもその襲撃で、命を落としたそうです」

「ん?

 魔王は…」

「ええ

 死んでから、死霊魔術で生き返ったんです

 そこから魔王に…」

「何と…」

「ですから砦は、一時死霊に落とされました

 西方諸国連合軍が、皇帝を追撃出来なかったのはその為です」

「ううむ…」


これも当時の記録から、アーネストが推察した物だ。

当時の戦った者達は、死霊や魔物は帝国の仕業と思っていた。

しかし実際は、死霊はムルムルの仕業だったのだ。


「砦の事は分かった

 それで…

 そのまま残されているのか?」

「いえ

 一時は伯爵の身内が、そこを治めていました

 しかしムルムルの復讐にあって…」

「なるほど

 その魔王は、裏切った者達が許せなかったのじゃな」

「ええ

 当時の者は住んでいませんでしたが、その砦が残っている事が許せなかったんでしょう」

「そこをワシ等に?」


そう考えると、その地に帝国の者達が住むのは、魔王にとっても許されない事だろう。


「いえ

 さすがにそのまま街を使うのは…」

「そうじゃな」

「しかしその地は手付かずになっています

 新たに街を築くにしても、住民が居ませんので」

「なるほど

 場所は自由にして良いと」

「ええ

 それなら王国としても、国交の証として明け渡したと説明できます」

「ううむ」


公爵は考える。

話しとしては破格の申し出だ。

しかし帝国と、王国の因縁が深い場所でもある。

それにこれでは、帝国が国境を無条件で拡げた事になるだろう。


「西方諸国にはどう説明する?」

「それはこれからの交渉です

 しかしこのままでは…」

「そうじゃな

 帝国は、遠からず滅びるじゃろう」


東には、まだまだ健在する貴族は残されている。

しかし帝国の本体は、既に力を失っている。

このままではいずれ、東部は独立して別の国を名乗るだろう。


「ふっ

 最早帝国は終わっておるな」

「公爵?」

「その申し出、受け入れよう」

「それでは?」

「ああ

 すぐにでは無いが、移住する計画で行こう」

「大丈夫ですか?

 言い出した私がこう言うのもなんですが…」


公爵の申し出に、逆にアーネストが恐縮する。


「はははは

 既に東部とは途絶えておる

 それに西部は…」


カラガン伯爵は討伐され、ハルムート子爵も王国に移住する。

帝国の半分が、王国に飲み込まれた様なものだ。


「これからは、元帝国と言うべきなんだろうな」

「公爵…」

「いや、良いんじゃよ

 今まで無理してでも、ワシ等は帝国を名乗っていた

 しかしここらが…潮時なんじゃろう」


公爵は寂しそうに微笑んだ。

帝国の名と、皇帝の偉業を残そうと頑張って来た。

しかし、それもここ数年の出来事で限界が来ていた。

何よりもムルムルの襲撃で、民の多くを失たのが痛かった。

それも彼が、元帝国の者だという事が皮肉だろう。


「皇女には、ワシが後で話しておく

 帝国も終わる時が来たのじゃ…」

「…」


アーネストは、寂しそうに笑う公爵を見ていた。

まだまだ続きます。

ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ