第416話
光の精霊に会えた事から、ギルバートの病は癒された
その事に喜ぶアーネストとセリア
公爵にもその事を伝え、彼も喜んでいた
そしてこれから、いよいよ国交の交渉が始まる
公爵とアーネストは、場所を移して会談となる
いよいよ国交の交渉となる訳だが、肝心の皇女は欠席だった
彼女はアーネストとの婚約を意識して、半ばパニックに陥っていた
それ自体は誤解なのだが、公爵の話も聞こえていない様子だった
「はあ…
すまない」
「いえ
勘違いなんですから…」
「それなら良いんだけど」
公爵の隣には、アーネストに近い年齢の、冷たい印象の女性が座る。
彼女は砂漠の民らしく、褐色に焼けた肌をしている。
それを隠そうともせず、簡素な白いチュニックを着ている。
蒼い瞳が印象的で、茶褐色の髪を肩まででバッサリと切っている。
公爵と同じ瞳の色だが、髪は公爵はプラチナブロンドである。
公爵の娘には見えなかった。
「あの…
公爵
そちらの方は?」
「ん?
ああ、彼女はマリアーナの腹違いの姉、アンネリーゼじゃ」
「アンネリーゼと申します」
女性は素っ気ない礼をすると、再び椅子に座る。
室内には気まずい空気が流れる。
「ええっと…
姓が無いのは…」
「私が妾の娘だからよ
だから継承権も下になる」
「あ…
はい…」
気まずい空気に、公爵は苦笑しながら尋ねる。
「どうしたのじゃ?
お互い近い年じゃろうに…」
「お言葉ですが!
何ですか?
このチャラチャラした男は?
こいつが使節として来た貴族ですか?」
「あ…」
「これこれ
親善大使という形でいらっしゃったんじゃ
失礼じゃ…」
公爵が諌めようとするが、アンネリーゼはキッと公爵を睨む。
「何が親善大使だ
妹に色目を使い
挙句にふっただと?
ふざけるな!」
「え?
アルマート公爵?」
「え…と?」
アーネストも公爵も、事態が飲み込めなくて呆然とする。
「何が二番目だ
妻が居るのなら、最初から婚姻を求めるな!」
「公爵
ちゃんと話したんですか?」
「ああ
アンネリーゼ
その事は誤解と…」
「5回も6回も無いでしょう
そんなに婚姻しているんですか?
この男は?」
アンネリーゼは視線で殺せるのなら、殺してやらんという勢いで睨み付ける。
さすがにアーネストも、恐怖に震える。
それはフィオーナが、嫉妬に駆られて怒り狂った時の様だった。
鬼の形相で睨み付けるアンネリーゼに、公爵は必死に説得する。
「アンネリーゼ
伯爵はそんな事でいらっしゃったんじゃあ…」
「そりゃそうでしょうね
国交を建前にしてるんですから」
「だからのう
そうじゃあ…」
「何が国交だ
私の大切な妹を、誑かそうとして!」
グギギギ…
アンネリーゼは聞こえるぐらいの歯軋りをして、更にアーネストを睨み付ける。
「そんなに睨まないでください
穴が空いてしまいそうですよ」
「うるさい!
貴様が使者で無ければ、この場で3枚に卸してやるところだ!」
「うひいい
弱ったなあ」
アーネストは公爵を睨むが、公爵は肩を竦める。
どうしろって言うんだ?
これじゃあフィオーナの嫉妬の方がましだよ…
アーネストは泣きそうな顔で、困惑する。
「何を勘違いしているのか…」
「か・ん・ち・が・い?
勘違いで妹を泣かせたのかしら?」
「いや
だからそもそも、婚約とかそんなの考えていないから」
「それなら、どうしてマリアーナが必要なの
皇女だから人質にでもする気?」
今度は違う殺意で、アンネリーゼは睨んで来る。
「参ったな
どうしてこんな話になるんだ」
「どうしても何も、貴様が…」
「アンネリーゼ!」
さすがにこれ以上はと思って、公爵が声を荒らげる。
しかし彼女の一睨みで、その勢いもすぐに下火になる。
「なあに?
そもそも叔父様が、マリアーナを差し出そうと…」
「いや、何もワシは…」
「もう我慢出来ない
いっそこいつを…」
「ソーン・バインド」
アーネストは思わず、身の危険を感じて魔法を行使する。
相手が皇女の姉とあって、茨の棘は無くしてある。
しかし蔦は、アンネリーゼを縛り付けて動けなくする。
その拘束力は強く、衣服越しにふくよかな身体のラインを強調して…。
「き、き・さ・ま!」
「ひいっ
動かないでください
それは拘束するだけの魔法で」
「こんな辱めを…く、うん
こ、殺せ!」
「何でそうなる?」
アンネリーゼが無理矢理動こうとするので、ますます態勢が悪くなる。
そしてアンネリーゼは、恥辱に顔を赤らめて、殺せと泣き喚く。
アーネストはオロオロして公爵を見るが、公爵は首を振って両手を挙げる。
無責任だぞと思いながらも、アーネストは大人しくなるまで拘束を続けた。
半刻ほどしただろうか、アンネリーゼが抵抗を止める。
それは暴れるのを諦めたのか?
それとも辱めに耐えられなくなったのか?
いずれにせよ、大人しくなったと見て、アーネストは拘束を解く。
「あ!
待て!」
「え?」
「いや…
手遅れか…」
「はあ?」
見るとアンネリーゼは、くすんくすんと泣き始めていた。
「え?
はあ?」
「じゃから待てと…
仮にも年頃の娘じゃぞ
あんな破廉恥な恰好させれば…」
「好きでさせてませんって!」
「くすん…
責任取って…」
「へあ?」
「妹も連れて行くんでしょ
2号で良いから私の事も責任取りなさいよ!
うわ~ん」
アンネリーゼが本格的に泣き出し、慌てて騎士達が入って来る。
それまで手助けに入らなかったのは、またいつもの事と思ったのか?
はたまた巻き添えを食うのを恐れていたのか?
いずれにせよ、騎士達は騒ぎが収まるまで入って来ず、公爵も逃げ腰だった。
その事で、アーネストは公爵を恨みがましく睨んでいた。
騎士達ではどうにもならず、暫くして女騎士が数人入って来る。
彼女達が慰めたり宥めたりして、ようやくアンネリーゼは落ち着き始める。
暫くして、女騎士が隣に立って、ようやくアンネリーゼは席に着く。
しかし上気した目を潤ませて、必死にアーネストを見詰める。
「うおっほん」
「公爵…」
「責任…
取ってください…」
「いや、だから…」
「アンネリーゼ
伯爵を困らせるな」
「でも!
私あんなの…
初めてで…ぽっ」
「はあ…」
アーネストは頭を抱える。
「アンネリーゼ
伯爵はその様な事で、ここに来られたのでは無い」
「ですが妹は…」
「あれはワシの話も聞かず、勝手に暴走しておる
その上お前まで…」
「え?」
「だから!
婚姻とか婚約とか、そんな話は元々無いんじゃ」
「そ、そんな…」
アーネストは立ち上がると、アンネリーゼの方を向く。
そして真剣な顔をして説明する。
「今や帝国は…
いや、王国も含めて、人間は女神様によって滅ぼされようとしています」
「叔父様?」
「ああ
本当じゃ」
「昨年より、月が異常な様子を見せていますよね?」
「は…い」
「紅く輝き、異様な様子をしています
これは女神様が、魔物を狂暴化させる為にした事です」
「あれが?」
「はい
それで我が国も、王都が落とされて…
国王様はお亡くなりに…」
「本当ですの?」
「ああ
ワシも知らなんだが、どうやらそうらしい」
アーネストの言葉を聞いて、アンネリーゼの顔つきは変わる。
それは先程までの、乙女な顔では無く、指揮官としての凛々しい顔に変わっていた。
「叔父様!」
「ああ
だからこその国交の回復じゃ」
「それでは!
それでは妹の事は?」
「それはな…」
「我が国の王太子が、魔王によって呪いを掛けられました
聖女様には、その呪いを解いていただこうと…」
「それでは、すぐにでもマリアーナを…」
「落ち着きなさい」
公爵は優しく諭す様に、アンネリーゼに微笑み掛ける。
「幸い、聖女様の元に光の精霊が居ました」
「精霊?
でも精霊は…」
「ええ
今の帝国には、精霊はほとんど居りません
彼は聖女に力を貸す為に、精霊の世界から来ておりました」
「それでは、その王太子様は?」
「ええ
今は安静にしております
後は元の体力を取り戻すだけです」
「良かった…」
アンネリーゼは、安心したのか涙を流していた。
冷徹な指揮官の顔をしていたが、彼女も年頃の女の子なのだ。
他人の苦しみや悲しみに、涙を流せる優しい女の子なのだ。
「そういう訳でな
お前には国交の…」
「アーネスト様
此度の件、ご迷惑をお掛けしました」
「あ…
いやあ…」
「妹も思い込んだら一直線で…」
「そうなんですね
はははは…」
気が付けば、アンネリーゼは再び上気した顔をしている。
「アンネリーゼ」
「はい?」
「自室に戻っていなさい」
「え?
そんな、叔父様」
公爵は女騎士達に、鋭く目配せをする。
女騎士達は頷き、アンネリーゼを引き摺って退出する。
「そんな
あんまりよ
アーネスト様ー…」
去り際にアンネリーゼは、アーネストに何か叫び続けていた。
公爵とアーネストは頭を抱えていた。
「すまん」
「いえ
まさか姉までとは…」
「ワシの教育が…甘かったか」
「そうですよ」
「あれは…
二人共女騎士の元で剣士の修行ばかりしておったからのう…
年頃の男に免疫が無かったとは…」
「これからは、ちゃんとその辺も教育しないと」
「そうじゃな」
二人は溜息を吐いて、騎士が用意するお茶を飲む。
この辺りは茶葉が少なく、薄いお茶にはなる。
しかしどっと疲れが出ていたので、そのお茶は喉を潤した。
「兎に角
あれもあの様子では…」
「まあ、すぐには発てませんから」
「殿下の事か?」
「ええ
砂漠を越える体力を取り戻しませんと」
病は癒えたが、失われた体力までは戻ってはいない。
さっき覗いた時は、まだ眠っていたのだ。
「それでは今夜は、歓迎と祝いの宴を開こう」
「え?
良いんですか?」
アーネストが気にしていたのは、この街の食料事情だ。
まだ多少の精霊力は残されているが、年々土地は枯れて来ている。
「なあに
それぐらいの蓄えはある」
「しかし…」
「それにな
カラガンを倒せた事もある」
「カラガン?
ああ、あの馬鹿貴族の…」
「ああ
本当に馬鹿な男じゃ…」
カラガン伯爵は、最期まで選民思想を抱いていた。
自分こそが選ばれた者で、皇帝になれると信じていた。
そして、選民思想を持つが故に、奴隷制度を推し進めていた。
彼は帝国の、悪しき面を象徴する貴族だった。
「奴は獅子身中の虫じゃった」
「帝国の諺ですか?」
「いや
魔導王国の諺らしい
キメラの体内には、身体を維持する為の寄生生物が埋め込まれるそうじゃ」
「寄生生物ですか?
そういえば記録では、ワームが材料になっていますね」
「うむ
そのワームが魔力の制御をするらしいが…
ワーム次第で出来の悪いキメラが産まれたそうじゃ」
「なるほど
キメラの頭は、幻の生物の獅子だと言いますからね」
獅子は魔導王国時代に、恐ろしい野生生物として記録されている。
しかし魔力災害の影響で、多くの生き物が根絶されている。
獅子もその内の一つとされていた。
だから帝国では、キメラの開発は出来なかった。
「帝国の悪習を続け
あまつさえ、皇帝まで害して」
「そうですね…」
カラガンが居なければ、王国と帝国の関係も、ここまで悪化しなかっただろう。
そういう意味では、公爵はカラガンを討てた事は喜ばしかった。
それで祝いたかったのだろう。
「王太子殿下の快復と、悪しきカラガンの討伐
それを祝っての事じゃ
出席してくれるじゃろう?」
「うーん…
姫君お二人をどうにか出来るのなら?」
「あ!
こいつは困った」
「くくくく」
「わはははは」
二人は一頻り笑うと、真面目な話を始めた。
「帝国を悩ます、精霊力の枯渇ですが」
「うむ
何か良い手はあるかのう?」
「そうですね
無難なのは、もっと精霊力のある土地へ移る」
「はあ…
やはりそうなるか」
「ええ
こればっかりは、回復させる手立てもありませんから」
「そうじゃのう
魔導王国ですら、失敗しておる」
魔導王国は、精霊力を無理矢理回復しようと、様々な試みを行っていた。
聖霊と親交のあるエルフを奴隷にする事。
そのエルフを生贄にして、精霊の力を得ようとする事。
特に生贄には精霊も怒り、この地から去る原因となった。
その後は魔力を変換する方法も考えられ、それが魔力災害を引き起こす。
災害を押さえ込もうとして、無理矢理魔法を発動させる。
それが第二、第三の魔力災害を起こしてしまった。
結果として、魔導王国の民は多くの都市を失い、住む場所も制限される事となる。
そこに現れたのが、光の軍勢を率いたとされる帝国である。
帝国は魔導王国の民を駆逐して、砂漠に新たな都市を建造した。
しかしその平和も、長くは続かなかった。
奴隷制を持って、奴隷で領土を拡げようとしたのだ。
それが女神の怒りを買い、帝国に魔物が解き放たれた。
「真面目に大地に根を張り、耕しておればな…」
「ええ
動乱は起こらなかったでしょう」
帝国の圧政に、南部と東部の国が立ち上がる。
魔物を駆逐した頃には、帝国は勢いを失っていた。
南部と東部を、魔導王国時代の兵器で制圧したが、今度は西方諸国が連合する。
最後は西方諸国と、皇帝は和解を求めていた。
それをぶち壊しにしたのが、カラガン伯爵であった。
「ワシ等皇家の出の者は、最早戦争を望んでおらん
戻れるのなら、あの頃に戻って、地道に大地を耕したいと思っておる」
公爵のこの言葉が、今の帝国の本音だろう。
カラガン伯爵の様な者は、極僅かだ。
大地を敬い、精霊に祈りを捧げる。
そうした太古の信仰に、立ち返ろうとしていた。
まだまだ続きます。
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