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聖王伝  作者: 竜人
第十三章 帝国の罠
415/800

第415話

アーネストは皇宮に招かれていた

公爵はアーネストを客室に通すと、ギルバートを隣の部屋に移す

そして兵士に命じて、冷たい水を運ばせる

容体は悪そうなので、皇女に癒してもらうまでは兵士が世話をするのだ

セリアも隣の部屋に行き、ギルバートの手を握っていた

公爵は皇女を探しに、客室を出て行った

皇女はどうやら、アーネストの事を避けている様だ

それは公爵が、アーネストが聖女を狙っていると勘違いした為だ

公爵はそれを謝っていたが、それは今さらだった


「皇女を探して来る

 どうやら逃げ回っている様だからな」

「何で逃げ回っているんだ?」

「それはそのう…」

「ん?」


「ワシの勘違いでな

 貴殿が皇女を欲しがっているんじゃ無いかと…」

「はあ?

 それは違うと…」

「そうなんじゃ

 そうなんじゃが…

 何分貴殿を探しに向かう前の事でな」

「それで逃げ回っていると?」

「ああ

 そういう訳でな

 暫く待っててくれ」

「ああ」


公爵は部屋の入り口で振り返り、少し困った顔をする。


「それとな…」

「ん?」

「勝気そうな娘が向かって来た時は気を付けてくれ」

「はあ?」

「皇女とその姉の姫が、恐らく貴殿を追い返そうと…」

「おい!

 それって…」

「すまん

 ワシは急いで説得してくる

 その前にこちらに来たら、何とか誤魔化してくれ」


公爵はそう言うと、そそくさと部屋を出て行く。


「おい…

 あんたが誤魔化してんじゃないか…」


アーネストは溜息を吐くと、固い椅子に背を預ける。

ここでは素材が手に入り難く、椅子も簡素な物しか無かった。

客室でこれなのだから、彼等の自室には最低限の物しか置かれていないのだろう。

アーネストは椅子の座り心地に悪態を吐きながら、静かに待つ事にする。


暫く椅子に座っていると、外が騒がしくなった。

声の元凶は、隣の部屋から響いている様だ。


「何だ?

 どうした?」

「はあ…

 それが…」


アーネストは気になって、椅子から立ち上がる。


「あ!

 今は行かない方が…」

「ん?

 どういう事だ?」


ドアを少し開けると、アーネストは外の通路を見る。

そこには隣の部屋の入り口で、喚き散らす少女の姿が見えた。


「どういう事なの?

 私が欲しくて来たんじゃ無かったの?」

「うにゅう

 うるさい

 お兄ちゃんが起きるだろう」


どうやら少女が癇癪を起して、セリアがそれをうるさいと追い出した様だ。


「どうしたんだ?」

「アーネスト

 あの女の人がいきなり…」

「私が誰か知らないの?

 どうやら旅の者のようね」


その少女は苛立った様子でセリアを睨み付ける。

アーネストはセリアの前に立つと、跪いて挨拶をする。


「我等はクリサリス聖教王国より来訪しました使者です

 あなたのお名前をお教えいただきますか?」


アーネストはこの少女が、皇女姉妹のいずれかだと見ていた。

それでへりくだり、臣下の礼を取ったのだ。

しかしいつまで待っても、少女からの返答は無かった。

不思議に思い、アーネストは顔を上げる。


普通は臣下の礼を取る場合は、相手の声が掛からない限りは頭を上げる事は出来ない。

声が掛かる前に頭を上げるのは不敬に当たるのだ。


アーネストが顔を上げると、少女は頬を赤くして魅入っていた。

しかしアーネストは、それが分からずに首を傾げる。


「えっと…」

「はっ!

 な、な、何でも無いわよ」

「はあ?」


少女は腕を組むと、わざと威張った態度を取る。


「我が名はマリアーナ・ロマノフ

 この帝国の皇女だ

 貴様が使節の者か?」

「はい、皇女様」


アーネストは恭しく頭を下げると、皇女の話を待つ。

公爵は勝気な娘と言っていたが、これぐらいは可愛い物だと思う。

フィオーナに慣れているアーネストからすれば、大した事には感じなかった。


「うむ

 それではあの者は何だ?

 貴様らは国交の交渉に来たのではないのか?」

「はい

 彼は我が王国の王太子でございます」

「王太子だと?

 何でその様な者が…

 いや、待て

 その前に病に罹っている様だが?」


さすがは聖女である。

一目でギルバートが、異常な状態であると見抜いていた。


「普通の病では無さそうだな」

「ええ

 その事で聖女様に会いに参りました」

「にゃに?」


少女の声が裏返り、明らかに動揺していた。


「え、えっと…

 貴様らの主は、私をそのう…」

「はあ?」

「私を嫁に取ろうとして来たんじゃないのか?」

「え?

 公爵!

 話して無いじゃん」


少女は半ばヒステリックになり、アーネストに問い詰める。


「魔術師とやらは何処だ?

 そいつは何を考えている」

「はあ…

 私が親善大使のアーネスト・オストブルクですが…」

「何?

 貴様がか?」

「はい」

「どういう事だ?

 この交渉は見合いだと…」

「ですから違いますって

 殿下が呪いの病に罹って…」

「そんにゃ!

 はなしが違うじゃないか」

「そもそも私には、妻も子供も居ます

 公爵から…」

「妻…

 子供?」


アーネストの口から、妻と子供と聞いた途端に皇女の様子が変わる。


「え…と?

 皇女様?」

「酷い

 私の事は遊びか妾のつもりなのね」


少女はそう叫ぶと、わっと泣きながら駆け出す。

その行動に驚き、アーネストは呆然と見送った。


「アーネスト」


アーネストが呆然としていると、セリアが袖を引っ張った。


「あ、ああ…」

「こっち来て」


セリアはアーネストの手を引くと、ギルバートの前に座らせる。

ギルバートはまだ苦しんでいたが、幾分か落ち着いていた。


「ギル…」

「大丈夫」

「しかしなんなんだ?

 あの皇女様が居なければ、ギルの治療は…」

「セロ」


セリアは虚空に向かって名を呼び掛ける。


「やはり気付かれておりますか」

「うん

 ここに居たんだね」

「はい

 女神との契約ですからね」

「え?」


そこには宙に浮く、小さな精霊の姿があった。

彼こそが探し求めていた光の精霊セロであった。


「これが光の精霊?」

「これと言うな

 私は光の精霊様だぞ」

「威張ってるんじゃないの

 早くお兄ちゃんを治して」

「え~

 私は希少な光の精霊なんですよ

 もっと敬意を払ってですね…」

「むう…」


セリアがふくれっ面になったのを見て、精霊は慌てて移動する。


「はいはい

 分かりましたよ

 どれどれ…」


セロはギルバートに近付くと、ゆっくりと調べ始める。


「うーん

 これはどういった症状なんだい?」

「実は魔王と戦って

 その時に狂気に当てられたらしいんだ」

「狂気?

 それは負の感情だね?

 それでこうなるのかい?

 他にこう…何か無いのかな?」

「何かって…」


アーネストは他にも理由が無いか、色々思い出してみる。


「そういえば…

 負の魔力の影響だって

 体内の魔石を穢すとか…」

「魔石?

 それじゃあこの子は、マテリアルの血を…」

「マテリアル?」

「あ!

 ううん…

 言っても分かんないだろうからね

 それにこの様子では…

 ガーディアンとチューナーの血が複雑に…」


セロはブツブツ言って、ギルバートの身体を調べる。

しかしよく分からないのか、上手く調べれれていない。


「ギルは産まれて間も無く、禁術で他の赤子の魂を上書きしている」

「へ?

 禁術だって?

 何だってそんな物を?」

「それが女神様からの神託で、すぐに殺せと言われたそうなんだ」

「はあ?

 こいつはマテリアルだぜ?

 何で女神が殺すんだ?」

「分からない

 しかし決断を迫れれ、止む無く赤子の血と心臓を用いて、その子の魂を上書きしたんだ

 それで女神様から、子供を隠せると思ったらしい」

「隠すって…

 相手は女神だぜ?

 そんな事をしてもバレるだろう」

「だろうな

 しかし彼等は、一縷の望みを賭けて行ったんだ」

「ふうん…」


セロは興味無さそうに聞き流すと、もう一度ギルバートを調べる。


「なるほど…

 それで肉体と魂に変性を…

 これは厄介だ」

「治せないのか?」

「いいや

 私じゃ無ければ無理だっただろう」


セロは小さな胸を張って、威張ってみせる。

しかしセリアに睨まれて、慌てて呪文を唱え始めた。

それは精霊語で唱えられていて、アーネストには理解出来なかった。

しかし強烈なエネルギーが、ギルバートの上に渦巻き始める。


「そこの人間

 これは精霊魔法だけでは無理だ

 お前も力を貸せ」

「へ?

 何をすれば良いんだ?」

「ここに…

 光の魔力を流し込め」

「無理だ」

「はあ?」


アーネストは光の魔法を使えなかった。

だから死霊には打ち克てないと思っていた。


「何言っているんだ?

 光の魔法は人間なら、誰でも使える筈だろ?」

「無理だ…」

「何が無理なんだ

 そもそもお前はトランスミッターだろ?

 何で出来ないんだ」

「無理だ…

 無理なんだ…」

「良いからやってみろ

 今からお前の頭に直接流し込む」

「え?

 ウガゴギイ

 ガガグゲゴ…」

「アーネスト?」


突如激しい眩暈と共に、アーネストは頭をぶん殴られた様な衝撃を受ける。

続いて頭を掻きまわされる様な感覚を受けて、思わず変な声を上げる。

最後に衝撃を受けて、その場に倒れる。


「アーネスト!

 大丈夫?」

「う…

 あ…」

「どうした人間?

 呪文は与えたぞ

 後は魔法を使う様に、魔力を注ぎ込むだけだ」

「な…」


アーネストはふらふらと立ち上がると、セロの方を見る。


「ヒーリングライト」

「Healing light?」

「ああ

 それでこいつを包んでやれ」


アーネストは言われるままに、ヒーリングライトの呪文を唱える。

すると掌から光が漏れ出て、ギルバートの身体を包み込む。


「良いぞ

 その調子だ

 Holy light

 This man before purification」


セロも呪文を唱えて、ギルバートに向けて光を翳す。


「ぐ…があ…」

「お兄ちゃん」

「大丈夫

 もう一人の子が闇を引き受けている

 彼と共に、この闇を…祓う」

パキーン!


甲高い音と共に、ギルバートを覆っていた闇が打ち消される。

そして苦し気だったギルバートの呼吸は、ゆっくりと穏やかになる。


「ふう…

 これでよし」

「治ったのか?」

「ああ

 魔石を穢していた魔力は打ち消した

 後はお前自身が、訓練して今の魔法を会得するんだ」

「私が?」

「ああ

 お前には素質がある

 マリアーナほどでは無いが、弛まず鍛えればそれなりに使える様になる筈だ」


アーネストは呆然としながら、自身の掌を見詰める。

そこからは先程、聖なる光を放つ事が出来た。


「私に…

 素質が?」

「ああ

 勘違いするな

 回復や治癒は難しい

 先ずは光や浄化を覚えるべきだな」

「私にも…出来るだろうか?」

「そうだな

 むしろマリアーナは、回復や治癒は得意だが、浄化は苦手だ

 これはその人間の特性にあるんだと思うんだ」

「なるほど…」


今のところアーネストは、光と浄化の魔法に適性がある。

それに対して、皇女は回復と治癒に適性がある。

しかしアーネストも、努力すれば治癒や回復の魔法が使えると言うのだ。


「それでは私は、これで…」

「ちょっと待ってくれ」

「うん?

 私は忙しいんだが?」


「なあ

 さっきあんたは、女神様との契約で聖女の側に居る様な事を言っていたな」

「ああ

 聖女や光の魔法の使い手が現れたら、手助けしてくれって」

「それって、女神様は聖女を大切にしてるって事だよな?」

「そうじゃないか?」


アーネストの質問に、セロは意外そうな顔をする。


「それならどうして、女神様は人間を滅ぼそうとする?」

「さあ?」

「さあって…」

「何せ契約は数百年も昔の事だし

 それに女神には当分会ってないからな」

「それは今の女神様の考えは、分からないって事なのか?」

「そうだな」


セロは当然の様に答える。

しかしアーネストには、どうしても納得出来なかった。


「それじゃあギルは?」

「ん?

 そいつ…

 その人間の子の事か?」


セリアに睨まれて、慌ててセロは言い直す。


「確かにガーディアンの因子を強く受け継いでいる

 それにマテリアルの血を濃く受け継いでいるな」

「その…

 マテリアルって?」

「ああ

 マーテリアルは原初の人間にして女神の大切な人だからな

 生き返って欲しいと願っていた筈だ」


「それを殺そうと?」

「…」

「変な話じゃ無いか」

「そう…だな」


セロにしても、女神の事は理解出来なかった。

彼は女神では無いし、ここ何百年も会っていないのだ。

その間に女神に、何が起こったのかは分からない。


「色々想像するのは良いが、大切なのは今だ

 どう生きるべきか考えて生きるんだな」


セロはそう言うと、姿を消してしまった。

転移を使ったのか、単純に姿を消したのか、この場から立ち去っていた。


「謎は謎のままか…」

「うにゅう

 アーネスト」


セリアはギルバートを心配して、アーネストの袖を引っ張る。


「大丈夫だ

 今は衰弱しているだけだ

 食べる物を食べたら、元気になるさ」

「本当?」

「ああ

 本当だとも

 だから涙は拭いて」

「うみゅっ

 ちーん」

「あ!

 おい!

 オレの袖で…

 ったく、しょうがないな…」


アーネストは呆れながら、自分が待っていた客室に向かう。

そこで上着を着替えると、再び座って待つ事にする。

そんなアーネストの様子を見て、見張りの騎士は笑いを堪えていた。


それから半刻以上経っただろうか、疲れた顔をして侯爵が戻って来た。


「すまない

 どうやらワシより先に、皇女が来た様だな」

「ああ

 散々騒いで逃走したぞ」

「はあ…

 ワシも追い掛けたが…

 ありゃあ当分駄目だな

 すまないが王太子の件は…」

「それなら大丈夫だ

 先ほど光の精霊に会った」

「光の精霊だ

 公爵は知らないのか?」

「何の事だ?」

「あー…

 分からないなら良い

 取り敢えずは、殿下の病は治ったよ」

「本当か!」


公爵はギルバートが回復した事を、我が事の様に喜ぶ。

こういう所が、彼が部下に好かれる所以なのだろう。


「それでは…」

「ああ

 皇女様の事は、暫くそっとしておこう」

「そうじゃな

 若い娘特有の、変な妄想で突っ走っておる」


公爵はそう言って、頭を抱えていた。

アーネストは、これは暫く会わない方が良いと思った。

まだまだ続きます。

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