第414話
アーネストは死の街の橋を越え、遂に帝都に近い公道に出る事が出来た
しかしそこには、執拗にアーネストを付け回すカラガン伯爵が待ち構えて居た
一度はアルマート公爵の助けで退けたものの、伯爵は再び襲い掛かって来る
しかも今度は、公爵に反発する貴族も連れて来る
いよいよ彼等との、最後の戦いが始まる
カラガン伯爵は、砂丘が集まる場所に陣取っていた
そこに攻め込めば、魔獣に襲われるという判断だったのだろう
しかし彼は、アーネストが魔術師という事を忘れている様子だった
そんな単純な罠では、アーネストは引っ掛かる事は無いだろう
アーネストは伯爵の、周りにある砂丘に火球を放った
「うわああ…」
「ひいっ」
「くそっ
魔獣を利用するなんて」
「あいつ等本当に馬鹿だなあ」
「自分達でわざわざ、罠の上に居るだなんて…
同じ帝国の軍人として嘆かわしい」
伯爵の陣営は、魔獣に襲われて阿鼻叫喚の地獄と化していた。
そして伯爵は、寡兵を率いてその隙間を抜けて来る。
「くそっ
許さんぞ
魔獣を罠に使うなんぞ卑怯だぞ」
「何を言う
貴様らが罠にするつもりだったのだろ?」
「当然だ
帝国貴族なら、正々堂々と向かって来て、罠に掛かるべきだろうが」
伯爵の無茶苦茶な理論に、アーネストは呆れて溜息を吐く。
「何でお前の、稚拙な罠に掛かる必要がある?
そんな物に掛かるのは、よっぽどな阿呆か間抜けだぞ」
「そうだぞ
伯爵
まさに貴様がその間抜けだな」
「くそっ
言わせておけば…
者共掛かれ!」
「しかし伯爵様
これでは手勢が足りませぬ」
「勝てませんぞ?」
伯爵の兵士は、伯爵よりは状況を理解していた。
僅か20名ほどの兵士では、とても200名以上の部隊には勝てないだろう。
しかし伯爵は、癇癪を起して叫ぶ。
「黙れ!
黙れ黙れ黙れ!
ワシは帝国の、選ばれた皇帝だぞ
ワシが破れる筈など無い」
「皇帝って…
いつ選ばれたんだ?」
「夢想もここまで来れば…
哀れだな」
公爵は哀しそうに首を振る。
それを見て伯爵は、さらに激昂する。
しかしその状況でも、他人任せな行動を取る。
「ええい
あのクソ爺を殺せ!」
「しかし…」
「良いから行け!」
ムキになって兵士に命じるが、さすがに兵士も躊躇する。
倍以上の敵兵を前にすれば、それも仕方が無いだろう。
公爵はアーネストに戦わせる訳にはいかないので、兵士に命じる。
「おい
あのうるさい馬鹿を黙らせろ」
「はい
行くぞ」
「おう!」
公爵の指示に、2部隊100名の兵士が進み出る。
そして剣を掲げると、高らかに宣言する。
「我はアルマート公爵の騎士、ゾルダン
死にたく無い者は下がれ」
「う…」
「ひいっ」
ゾルダンの言葉に、敵兵は尻込みして下がる。
「お、おい
何してる
さっさと掛からんか!」
「伯爵様…」
「申し訳ございませんが…」
兵士達は伯爵に見切りを付けて、彼の周りから離れる。
「お、おい!
どういう事だ?」
「そいつ等はお前如きの為に、その命を棄てられないと判断したんだ
賢明な判断だな」
「ふざけるな!
ワシは皇帝になる為に産まれた男だぞ
こんな所で…」
「哀れだな
そこまで来るとむしろ滑稽か…」
「だ、黙れ黙れ!
ワシは…」
「今楽にしてやる」
ザヒュッ!
ゾルダンは砂竜を操り、一気に間合いに入る。
そして驚き剣に手を伸ばす伯爵の、首筋に一撃を加えた。
伯爵は驚愕の顔のまま、その首が宙を舞う。
そして身体の方は、あたふたと剣を引き抜こうと手を動かしていた。
「へえ…」
「うむ
相変わらず見事な腕じゃ」
ゾルダンは公爵が信頼する兵士らしく、白い鎧には返り血も浴びていなかった。
そして砂竜を操ると、落ちてきた首を器用に受け止める。
伯爵の首は、事態を飲み込めていないのか、目を白黒させていた。
「終わりだ
こいつ等も片付けておけ」
「はい」
「そんな…」
「殺さないでくれ」
「ひいいっ」
しかし無慈悲な一撃が、逃げ惑う兵士達に振り下ろされる。
「主君を簡単に裏切る様な者は、帝国には要らない」
「見事じゃ
ゾルダン」
「はっ
ありがたき幸せ」
ゾルダンは公爵に軽く一礼すると、傍らの兵士に伯爵の首を手渡す。
兵士は驚くが、他の兵士が持って来た布でそれを包む。
そのままゾルダンは、事後処理の為に兵を率いて進む。
魔物は既に、討伐されるか逃げ出していた。
しかし貴族達の軍は、手酷くやられて動けなくなっていた。
ほとんどの兵士が食われるか傷つけられ、残った兵士は100名を切っていた。
そこにゾルダンが、兵を率いて向かって来る。
兵士達は戦闘を諦めて、その場に武器を落とした。
「何をしている」
「耄碌爺なんぞぶち殺せ」
貴族達は尚も、公爵を侮辱する言葉を叫ぶ。
しかし兵士達は、既に戦う気力を失っていた。
「そんなに喚く元気があるのなら
貴様が掛かって来れば良いだろう」
「何を…」
「貴様!
公爵の腰巾着のくせ…ぐはっ」
貴族は剣を引き抜くと、猛然とゾルダンに切り掛かる。
しかしゾルダンは、軽々とそれを躱した。
そして振り返ると同時に切り倒す。
残りの貴族達も、兵士達に縛られて連行される。
「凄いな…」
「ああ
ゾルダンはワシが鍛えた自慢の騎士じゃ」
「へえ…
え?」
「どうした?」
「騎士…なのか?」
「ああ
知らんのか?
帝国では馬が使えんからのう
砂竜を馬代わりにしておる」
アーネストはってきり、彼等を私兵と思っていた。
しかし実は、彼等は帝都を護る騎士団なのだ。
鎧を着ないでローブなのは、暑さ対策と切られないという自信からだ。
「こちらの騎士は鎧では無いのだな」
「ああ
そういう事か
鎧では暑さにまいるからな
それに当たらなければ、鎧も必要無いじゃろう」
「確かに…」
公爵の言葉に、アーネストはただただ呆れるだけだった。
それだけ砂竜の扱いに、自信があるんだろう。
王国の騎士とは、戦い方が違っていた。
「さあ
帝都に向かうぞ
時間が惜しいのだろう?」
「あ、ああ…」
アーネストは兵士に指示を出し、出発の支度をさせる。
思わぬ襲撃に時間を食い、既に日は昇っている。
早く着く為には、急いで出発する必要があった。
「さあ
帝都に向けて出発するぞ」
「はい」
御者が合図に従い、砂竜に手綱を当てる。
竜車が軽快に走り出し、帝都に向けて最後の旅が始まる。
この公道に沿って進めば、明日中には帝都に着ける筈だ。
いよいよ旅の終わりに近づき、兵士達は逸る気持ちを押さえていた。
それから野営を1晩して、砂漠を進んで行く。
砂漠を暫く進むと、その先に何かが見えて来る。
遠目にもそれは、大きな街だと判断出来た。
立ち並ぶ砂岩の壁と、大きな木の門が見えて来る。
その城壁は、見渡すだけで2㎞はあるだろう。
高さも王都に負けない、5mほどの高さを持っている。
そしてその中には、半径が2㎞ほどの街が広がっている。
しかしその半分は、既に都市の機能を失っていた。
「大きいな…」
「ああ
しかし既に、大きいだけの街になってしまった」
「え?
どうして?」
アーネストは公爵の戦車に同乗して、帝都の景色を眺めていた。
しかし公爵は、哀しそうにその顔を歪める。
「貴殿なら知っておろう
ここの精霊の力は、年々失われておる」
「あ…」
アーネストは妖精郷で、精霊と交わした言葉を思い出す。
帝国はそこまででは無かったが、奴隷制を改めていなかった。
それで精霊達は、帝国の民を見限って去ったのだ。
主である精霊が立ち去れば、子供達も住まなくなる。
結果として、精霊はその数を減らして行った。
この街の端の方は、枯れた土地と崩れた建物が目立つ。
それは精霊が住み着かなくなった為で、残された水や土地を求めて、帝都は中心部に集まっていた。
中心部に進むに従い、少しずつだが涼しくなる。
そして水の流れる水路や、噴水などが見えて来る。
「ここには…」
「ああ
まだ残ってくれている精霊が居る
我等は彼等を友と呼び、共にこの都を護っている」
「そう…か…」
精霊力が残っているので、ここには水も風も、肥沃な土も残されている。
しかしその恩恵は、帝都中という訳にはいかないのだ。
それだけの精霊が居ないので、民は残された場所で生きている。
城壁は広大な土地を覆うが、中身は少なくなっているのだ。
「これが帝都の実情だ
それでも交易する価値はあるかね?」
「公爵
私はそんな事の為に交易を望みましたか?」
アーネストの真剣な表情に、公爵は思わず視線を逸らす。
「言ったでしょう?
今はそんな事を言っている場合じゃ無いと」
「それは…」
「本音を言いますとね
あの馬鹿貴族をぶん殴って、魔物の前に引き出したかったです
そうすればもう少し、性根も…」
「それは無理だろう
あれは帝国の歪みの象徴な様な物だ」
「ですかね?」
「ああ
アレはあれで良かったと思う
残念だがな」
アーネストは再び、大通りの景色に目を向ける。
「ここだけを見ると、信じられませんね」
「そうだな
しかし、滅びは確実に迫っておる」
公爵は、道の傍らの草を指差す。
それは一見して、何の変哲も無い景色だ。
しかしそこに、滅びの痕跡が見えている。
「あれはただの草では無い
花が咲かんのだよ」
「花?」
「ああ
もう何年も、ああして生えて来ては枯れる
その繰り返しじゃ」
草だからこそ、根性で生えて来るのだろう。
しかしそこで力尽き、やがて枯れて行く。
そうして花や種を着ける事も無く、枯れてしまうのだ。
「人もそうだ
ここ数年は、子供の生まれる数も減っておる
このままでは…」
いずれ子供も産まれなくなり、国の寿命が尽きる。
公爵の言いたいのはそういう事だ。
しかし、さすがにそれは、アーネストの手には余る。
セリアに相談したところで、根本的な解決策は無いだろう。
精霊に戻る意思が無いからだ。
詰まる所、対策が無い訳で、結局移住するしか無いのだ。
しかしそれは、帝国の終わりを意味する。
それは最終的な手段でしか無いのだ。
「すいません
私には…」
「あ!
すまんすまん
決してそういう意味では…」
それは公爵も分かっている。
このままでは、いずれこの帝都を棄てるしか無いと。
「これは我々の…
罪の象徴なのだ」
「そんな…」
「いや、分かっておる
確かに魔導王国の始めた事
ワシ等には関係無い
しかしな…」
アーネストの話から、何となく公爵も理解していた。
帝国が奴隷制や、選民思想を棄てきれ無かったからだ。
それで女神も、この土地に住まう者を滅ぼそうとしている。
しかし彼等も、生きている以上は諦めるつもりは無い。
最後まで抗い、生き残ろうと思っている。
逆境に追い詰められた人間は、思ったよりも強いのだ。
「諦めた訳じゃあ無いぞ
まだまだ生きている土地はある
そこに移り住めば…」
「そう…ですね」
公爵の目が、諦めた死んだ目をしていない事を見る。
その上で、アーネストは子爵の話をする。
「ここに…
死の街を越える前に
ハルムート子爵に会いました」
「ほう?
息災であったか?」
「そうですね
しかしオアシスは…」
「そうか
あそこもか…」
「公爵
子爵を我が国に招いてもよろしいですか?」
「ん?
それは?」
「王都は今、多くの民を失いました
そこで移民を受け入れようと…」
「そうか
しかしなあ…」
公爵としても、それは喜ばしい事だと思う。
彼等が望むなら、新天地でやり直すのも良いだろう。
しかし事は、帝国の力を削ぐ事も意味する。
そう簡単に容認出来る事では無かった。
「話は分かった
しかし考えさせてくれ」
「はい
正直私も、これほどとは…」
アーネストもまさか、帝都がこの様な状況とは思っていなかった。
それはムルムルが、再三襲撃を仕掛けていた事も関係する。
ただでさえ疲弊していた帝都に、さらに痛手を負わせていたのだ。
「さあ
皇宮が見えて来たぞ」
「おお…」
それは大きな宮殿だった。
大きさだけなら、王都の王宮の倍はあるだろう。
しかしあちこち崩れて、まともに機能していないのが見て取れた。
「はははは
半分死んでいるんだがな」
「公爵…」
「仕方が無いのだ
多くの民を失い、高官や貴族も住まなくなった
今はワシと、民無き皇女が治める空の玉座じゃ」
皇帝が没してから、貴族は地方に散らばって行った。
残った貴族も、再三の魔物や魔王の襲撃で、その命を落としていた。
既に皇宮としての機能は失われ、皇女を護る公爵の仮住まいとなっていた。
そのメインの入り口に、槍を構えた騎士が控えていた。
「アルマート様
無事の帰還、嬉しく思います」
「うむ
姫達は無事か?」
「はい
問題無く過ごされております」
「うむ」
公爵は頷くと、騎士達に声を掛ける。
「すまぬが客人を案内する
護衛の者達の世話を頼む」
「はい」
「え?
兵士や家人は?」
「居らんのだよ
今や私兵は、僅かばかりしか居ない
それも帝都を護る為に、出払っておる」
帝都の人手不足は、思った以上に深刻だった。
家人として雇う者も無く、騎士団が身の回りの世話をしているのだ。
騎士達は兵士を案内して、竜車や砂竜を厩舎に連れて行く。
そして兵士達に、簡単な食事を用意したりしていた。
「お恥ずかしいがな
それだけ民の数が少ないのじゃ」
「何でそんな事に?」
「分からん」
「え?」
「あれが何者で…
何の目的で襲って来たか分からんのだ
しかし貴殿の話から推測するに…」
「女神様の…」
「ああ
それで多くの民が殺された」
「魔王ムルムル…」
「それが女神の使徒か?」
「ええ…」
公爵は、その名を深く胸に刻み込む。
いつか民の報復をする、その時の為に。
まだまだ続きます。
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