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聖王伝  作者: 竜人
第十三章 帝国の罠
413/800

第413話

死の街を越えた所で、アーネスト達はカラガン伯爵の待ち伏せを受ける

彼は公道を走ると判断して、この場所で張っていたのだ

そこで伯爵は、アーネスト達を皆殺しにしようとする

しかし窮地を救う者が現れる

彼は皇帝の代理を務める、アルマート公爵であった

アルマート公爵の力を借りて、アーネスト達は辛くも伯爵の追撃を退ける

そして帝都までの距離を考えて、今日は野営をする事となる

そこでアーネストは、公爵と会談をする事にする

帝都に入る前に、ここで相手の出方を見たかったのだ


「さて

 使者の話では、貴殿は王宮魔導士と聞いておったが?」

「ええ

 今はまだ、王宮魔術師ですがね」

「ふむ

 その年で立派なものだ」

「そうでも無いんですがね

 少しの努力と師に恵まれただけです」

「ほう

 その師匠とやらは優秀だったんだな」

「ええ

 素晴らしい師でした」


アーネストと公爵は、先ずは取り留めの無い話をする。

相手の出方と人間性を観察する為だ。

しかしアーネストは、この短時間で公爵の人間性を良しと見ていた。

兵士の態度からも、それが垣間見れていたからだ。


「それで?

 そんな優秀な魔術師殿が、何で国交の交渉に?」

「そうですね

 一つは私が、王太子の親友だという事です」

「ん?

 それでは爵位は…」

「いえ

 それは実力です

 さすがに陛下もそんなに甘く無いですよ」

「そうだろうな」


公爵は頷くが、まだ納得していなかった。

いくら王太子の親友と言っても、それで国交の使者に選ぶとは思えない。

他にも何か、理由がある筈だ。


「それだけなのか?」

「え?」

「親友だからと言って、大事な国交を…」

「ああ

 それは私の才覚も信用してくださったんでしょう」

「交渉が上手だと?」


公爵は疑問を呈する。

そんな自分から、交渉が得意と言う者には碌な者が居ない。

さっそく馬脚を露したかと、公爵は溜息を吐く。

しかしアーネストは、それを見越して発言していた。


「公爵

 ここは腹を割って話しませんか?」

「それは貴殿が交渉が…」

「違います

 正直申しますと、交渉は序でなんです」

「何?」


アーネストの言葉に、やはり聖女が狙いかと公爵は警戒する。


「狙いは何だ?」

「話が早いです

 実は聖女様に…」

「ならん!

 ならんぞ

 聖女は帝国の光じゃ

 それを…」

「え?

 落ち着いてください

 何か勘違いしてませんか?」

「うん?」

「聖女様にお会いしたいだけです

 実はお力を借りたいんです」

「力を借りたい?」

「ええ」


アーネストは周囲を警戒してから、天幕を一旦出る。

公爵はその様子に、首を傾げる。


アーネストはギルバートの天幕を覗くと、とても連れ出せないと判断する。

その上で天幕に戻ると、真剣な顔をして侯爵に告げた。


「公爵

 この帝国にも、ルナは紅く輝きますか?」

「ルミナリアか?

 そうじゃな

 去年から妖しい輝きを放っておる」

「でしょうな…」

「それがどうしたのじゃ?」


アーネストは声を潜めると、月の異変について話す。


「実は月が紅く輝くのは、女神様の仕業です」

「女神じゃと?

 何で女神がそんな真似を…」

「実はあの輝きは、魔物を狂暴化する力を秘めています」

「何…じゃと?」


公爵は驚き、声を失う。

確かに月が輝き始めてから、魔獣の被害は増えていた。

しかしまさか、それが月の輝きが原因とは?

それも女神が仕掛けていると言うのだ。


「まさか女神が帝国を滅ぼそうと…」

「それなら良いんですが、我が国も被害を受けています

 昨年は王都が落ち、国王は崩御されました」

「何じゃと!」


これにはさすがに、公爵も思わず声を上げる。

兵士が心配して天幕を覗くが、公爵は何も無いと手振りで示す。


「公爵…」

「すまん

 しかし…」

「知らなかったんですか?」

「ああ

 まさかハル坊が亡くなっていただと?

 それじゃあ何で、国交など…」

「一つは聖女様に会う為です」

「先ほども申しておったな」

「ええ」


「今一つは、帝国とか王国とか抜きで、人間が共に戦う為です」

「戦う?

 何と?」

「女神様が寄越す魔物とです」

「女神じゃと?

 しかし王国は女神を信奉して…」

「その王国も、女神様は滅ぼそうとしているんです

 と言うか、人間を全て滅ぼそうとしている

 そうだとしか思えないんです」

「何じゃと?

 人間を滅ぼすじゃと?」


公爵はあまりに大きな事に、判断が追い着かなかった。


「何でじゃ?」

「それは公爵ならご存知かと

 一部の愚かな人間の行いで、女神様は人間に失望されています」

「う…むう…」


思い当たる事は多々ある。

カラガン伯爵の事もあるが、帝国の過去の過ちは侯爵も知っている。

それで天罰とも取れる、多くの災害が帝国を襲っていた。

それを思えば、創造神たる女神が、人間に失望して滅ぼすと言われれば納得出来る。

しかし納得出来るからと言って、それを受け入れられるかと言えばそうでは無い。


「理由は…理解は出来るが…

 だからと言って人間を滅ぼすだなんて…」

「そうですね

 我が国はそこまでは…

 ですから困惑しております」

「そうじゃな

 クリサリスは奴隷制に反対しておった

 それを滅ぼすだなんて…」


公爵も理解出来ず、困惑していた。


「それで?

 帝国と手を結んで交戦しようと?」

「そこまでは…

 しかし帝国としても、今は苦しい状況かと

 それで手を取り合って魔物に対抗しよう

 そういう提案です」

「ふむ

 それなら納得出来るか…」


王都が落ちたばかりなのに、苦境に立たされた帝国に手を差し伸べる。

美談に見えるが、その実は相互協力の体制を取りたい。

そういう意味では、アーネストの申し出は好ましく感じられた。

しかし問題は、聖女に関してだ。


「そのう…

 貴殿が聖女に望む協力とは?」

「え?

 そうですね…」


ここに来て歯切れが悪くなり、公爵は不信感を抱く。

内容によっては、国交を蹴ってでも断らなければと公爵は身構える。


「公爵

 ここで見聞きした事は、聖女様にお会いするまで内緒ですよ」

「うん?

 どういう事じゃ?」

「いやあ…

 バレると色々問題が…」

「貴様

 一体何を考えて」

「押さえて押さえて

 兵士が驚いて見ています」


公爵が思わず、アーネストの胸倉を掴み掛かる。

それに慌てて、兵士達が天幕の入り口を開けて見ていた。


「あ…

 うおっほん

 何でも無い」

「何でも無いって、公爵様…」

「それは…」

「あ!

 いや、ちょっと意見が白熱しただけでな

 はははは…」


兵士は公爵の行動に、不信感を持ってジト目で見る。

しかし公爵に何も無いと言われれば、それ以上は突っ込めなかった。


「何も無いんですか?」

「ああ

 問題無い」

「本当ですね?」

「ああ

 しつこい!」


兵士が下がってから、改めてアーネストは公爵に告げる。


「こちらに来て下さい」

「ん?

 一体何があるんだ?」

「来れば分かります

 その代わり騒がないでください」

「あ…ああ」


アーネストは公爵を連れて、ギルバートの天幕に向かう。

そこには熱にうなされる、ギルバートの手を握るセリアが居た。


「セリア

 ギルの様子は?」

「うにゅう

 熱が下がらないよう

 どうしよう?」

「泣くな

 もうすぐだ

 もうすぐ聖女様に会える

 そうすれば…」

「アーネスト…ぐすん」


アーネストはセリアの頭を、優しくポンポンと叩く。

その様子を後ろから、公爵は見ていた。


それから天幕に戻り、二人は再び向かい合って座る。


「誰だ?」

「ん?

 ああ、あれが王太子のギルバートだ」

「王太子!」

「ああ

 王都が陥落したのは話したよな」

「うむ」

「その戦いで、ギルは…

 殿下は呪いの様な物を受けた」

「呪い?

 それでマリアーナの力を?」

「マリアーナ?

 ああ、それが聖女様なんだな」

「ああ…」


公爵は事情を知り、改めて聖女の事を話し始めた。


「マリアーナはな、ワシの姪に当たる」

「姪?

 それでは皇族の血が…」

「いや

 あの子の本当の名は、マリアーナ・ロマノフ

 皇帝の娘じゃ」

「はあ?

 皇家は皆殺しにされたって…」

「あの子は女じゃ

 継承権は無い」

「はあ…

 そう言う事か」


公爵が隠そうとしていたのは、彼女に継承権が無いからだ。

いや、正確には彼女の夫が、継承権を要求出来る。

だからこそ、彼女が危険な存在なのだ。


「ワシ等はてっきり、あの子を欲しての事かと」

「はあ?

 何でそうなる?」

「いやあ

 若くて腕利きの魔術師だと

 しかも国交の話も怪しいからな」

「ああ…

 確かにな」


帝国と国交を再開しても、王国に旨味は少ないのだ。

だから公爵は、国交の使者を警戒していた。

今さらながら、アーネストは先ほどの遣り取りを思い出す。


「言っておくが…

 私は妻子が王都に居る」

「な!

 それでは最初から?」

「ああ

 ギルの治療が目的だ」

「しかし王太子殿も…」

「あいつの側に居ただろ?

 あの子が姫君だ」

「あ…」


結局、公爵の心配は関係無かった。

王国としては、魔物に対する団結と、王太子の治療が目的だったのだ。

それが分かって、公爵は安心する。


「良かった

 ワシはあの子を要求されると思って…」

「確かに皇家の血筋だし、聖女様だからな…」

「おい」

「いや

 悪いけど興味は無いよ

 オレには妻と子供が待っているって言っただろ?」

「それはそれで失礼じゃ無いか」

「いや、どっちだよ」

「うーむ…

 いや、聞かなかった事にしてくれ」


公爵は姪の怒った顔を想像して、慌てて首を振る。

変な事を言ったのが、バレたらまた暫く口を利いてくれなくなる。

それを思って、公爵は困った顔をする。


「あの子は…

 実の娘の様に育ててきた

 貴殿も娘を持てば分かる」

「へえ…

 実は生まれる子が娘らしいんだ

 大変なのかな?」

「ほう?

 大変だぞ」


公爵はニヤリと笑うと、それから娘の自慢話を始める。

アーネストはそれに相槌を打ちながら、先輩パパ公爵の話を聞く。

そうして二人は、夜更けまで話し込んでいた。


アーネストが腹を割って話したお陰で、公爵には良い印象を与えた。

公爵は休む前に、国交を結ぶ約束をした。

本来はそれで、書類を書くだけになるだろう。

しかし公爵は、あくまで皇女の代理である。

一度正式に、皇女と話してから書類を交わす事になる。

その為にも、帝都には向かう必要があった。


翌日の朝日が差す頃に、公爵はアーネストの天幕を訪れていた。


「昨夜は休まれたか?」

「ああ

 と言いたいところだが…」


アーネストはギルバートの天幕を見る。


「友の事が心配か」

「ええ」

「大分酷い状態じゃな

 すぐに皇女に会える様に手配する」

「お願いします」

「うむ

 しかしその前に…」


公爵は苛立った様子で、野営地の先の砂漠を見る。

そこには武装した一団が、待ち構えて居た。


「帝国の真なる支配者に逆らう愚か者共め

 今日こそ雌雄を決してくれる」


カラガン伯爵は、昨夜の兵士以外に別の貴族の軍を引き連れていた。

どうやら彼に同調する、愚かな貴族が他に居た様だ。

総勢500騎に及ぶ砂竜に乗った兵士が、砂漠に広がって待ち構えて居る。

そのまま奇襲に及ばないのが、余裕なのか知恵が回らないのか?

いずれにせよ、こちらが準備を整えるのを、余裕を持って見届ける様だった。


「懲りないのかねえ?」

「馬鹿なんだろう」

「しかし真の支配者って?」

「皇女が自分の物になると思い込んでいるのさ

 嫌われているのに…」

「はあ…

 典型的な選民思想者か」


アーネストは溜息を吐きながら、兵士に戦の準備を指示する。


「良いんですか?」

「こっちには侯爵の軍も居る

 大義はこちらにある」

「なるほど」

「そうなれば…」

「手加減はしなくて良いって事ですね」

「ああ」


「しかし集めたな…

 こっちの倍か?」

「ああ

 ワシの事を気に食わん貴族に声を掛けたのだろう

 しかし所詮は烏合の衆」

「だろうな

 伯爵の兵士以外は慣れてなさそうだ」


その伯爵の兵士も、隊商などを襲っていただけである。

本格的な戦闘には、恐らく慣れてはいないだろう。

数だけは公爵の軍と、アーネストの護衛を合わせた250名の倍は集まっている。

しかしまともに戦える兵士が、どれほどいるのだろうか?


伯爵は砂丘が並ぶ場所に陣取り、こちらが向かって来るのを待ち構えて居る。


「あれって誘ってるつもりかな?」

「どうだろうな?

 しかし悪知恵の働く奴だ

 恐らくはワシ等が向かって来ると考えておるのじゃろう」

「ふうん…」


「いずれにせよ、奴等をどうにかいないとな」

「どうする気だ?」


アーネストは公爵に、ニヤリと笑い掛ける。


「こうするのさ

 炎よ、我が呼び掛けに応え、悪しき敵を討ち祓う力を示せ

 ファイヤーボール」

ゴウゴウッ!


アーネストの呪文に呼応して、10個の火球が宙に舞う。

それは左右に別れると、次々と敵陣の砂丘に着弾する。


「うわああ!」

「卑怯だぞ!」

「くそ!

 魔獣が…」

「正々堂々と…うわあ!」


火球が炸裂した砂丘から、サンドワームが姿を現す。

それは手近に居る、伯爵達の軍事に向かって行く。


「あいつ等…馬鹿か?」

「馬鹿なんだろうな

 あんな見え見えの罠に引っ掛かると思ってるんだから」


伯爵の陣営に、次々と阿鼻叫喚が響き渡る。

サンドワームに襲われて、砂竜諸共兵士が食われる。

それを助け出そうとして、他の兵士も襲われる。

さらに騒ぎで、他のサンドワームも姿を現す。


今や伯爵の陣営は、魔獣に襲われて大混乱に陥っていた。


「どうします?

 このまま素通りします」

「さすがに無理があるじゃろう」


いくらサンドワームが危険だと言っても、500名の兵士が集まっているのだ。

その内ワームも切り付けられて、その身を砂漠の上に横たえる。


「お?

 どうやら抜けて来るか?」

「そうじゃな

 止めはワシが刺そう」


「おのれ!

 この老いぼれがー!」


カラガン伯爵は、数名の兵士を引き連れて魔物の囲みを突破する。

こうして帝都を前に、伯爵との最後の戦いが始まった。

まだまだ続きます。

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