第412話
死の街の廃教会には、驚くべき人物が住んでいた
それはザクソン砦の襲撃以降、姿を消していた魔王ムルムルであった
彼は自身の行いを皮肉り、後悔している様に見えた
そしてアーネストには、この場に二度と近付くなと警告する
それはアーネスト達を害したく無いという、彼の魂の言葉に聞こえた
アーネストは兵士を連れて、急いで野営地に引き返す
ムルムルの話では、既にギルバートには負の魔力の影響は出ていない筈だ
しかし無事が確認出来た訳では無い
ギルバートの無事を確認する為に、アーネストは野営地に向かって急いでいたのだ
「ギルは?
ギルはどうした?」
「あ!
アーネスト様」
「大変だったんですよ」
「そうですよ
殿下が急に暴れ出して」
「暴れて?」
「ええ
苦しんでいた様子で…」
「それで?
それでどうなったんだ!」
アーネストに胸倉を掴まれて、兵士達は目を白黒する。
「え?
どうしたんです?」
「良いから、どうなった?」
「殿下なら、イーセリア様が連れて…」
「今はゆっくり休んでいますよ」
「よ、良かった…」
兵士達の報告を聞いて、アーネストは膝から崩れ落ちる。
報告では少々暴れた様子だが、今は苦しんでいない。
何よりも負の魔力からは解放されている。
「暴れたというのは?」
「それは…」
「突然苦しみだしまして
それで暴れていた様です」
「そうか…」
「そうかじゃ無いですよ」
「そうですよ
大変だったんですから」
アーネストは内心、こっちの方が大変だったんだぞ言いたかった。
しかし今は、ギルバートが無事な事に安堵していた。
まだまだ負の魔力から解放された訳では無いが、これで暫くは安心だろう。
アーネストは安心したからか、足腰に力が入らなくなっていた。
「あれ?」
「アーネスト様…」
「まさか腰が抜けたとか?」
兵士達はニヤニヤと笑っている。
アーネストに同行した兵士は、事情を知っているので視線を逸らす。
彼等からすれば、あれだけの悍ましい気配に食って掛かる、アーネストの方に恐れを抱いていた。
しかし事情を知らない兵士達は、さらに揶揄おうと詰め寄る。
「アーネスト様ともあろう方が…」
「まさかこれしきで?」
「お前等…」
「あ!」
「ヤバい!」
「ソーン・バインド」
「うひゃあ!」
「ご勘弁を…」
揶揄っていた兵士達は、アーネストの魔法に捕縛される。
それから1時間ほど、彼等は説教をされるのであった。
明けて翌日の朝、アーネストはギルバートの天幕を訪れる。
昨夜は覗いた時に、セリアが傍らで眠っていたのでそっとしておいたのだ。
今朝はギルバートの容体が気になったので、こっそりと天幕を開けてみる。
しかしそこには、熱にうなされるギルバートを、心配して手を握るセリアが居た。
「セリア!」
「うにゅう…
お兄ちゃんが…」
「くそっ」
どうやらギルバートは、昨夜の影響で発熱している様子だった。
しかしこのまま放って置いても、良くはならないだろう。
むしろ少しでも急いで、この症状を治す必要がある。
そうしなければ、ギルバートは衰弱死してしまいそうだった。
「セリア
精霊の加護は?」
「うにゅう…
ここには精霊が居ないから…」
「そうか
何か方法は無いのか?」
「ううん
冷たい水があれば…」
「冷たい水だな」
アーネストは直ちに、氷の矢を放つ魔法を唱える。
そうして出来た氷を、溶かして冷たい水を作る。
そしてその水を浸して、布を額に載せてやる。
「ギル…
くそっ
帝都まであと少しなのに」
「うみゅう…
お兄ちゃん、大丈夫?」
「必ず、必ず間に合わせる
すぐに出発するぞ」
「うん…」
アーネストは兵士に指示を出すと、御者に昨晩の話をする。
「すると…
ここの橋が残っているんですか?」
「ああ
奴が嘘を吐いているとは思えない」
「しかし、そいつは殿下を苦しめた元凶でしょ?」
「ああ
だが、今さら嘘を吐く意味が無いからな」
「アーネスト様はそいつを信じるんで?」
「ああ」
これが嘘だった場合、大幅な時間のロスになるだろう。
それどころか、最悪の場合は流砂に飲み込まれるかも知れない。
しかしアーネストは、あの時のムルムルを信じたかった。
それは単に、同情していたからかも知れない。
しかしそれでも、彼を信じてみたかったのだ。
「分かりました
行ってみましょう」
「頼んだぞ」
御者は頷くと、砂竜を東に向かわせる。
魔王の話が本当なら、ここから東に向かった場所に橋がある筈だ。
そうなると、橋の欄干が砂の上に見える筈だ。
それを目印に、橋を渡る事になる。
後は帝都に向かって進むだけだ。
「橋の欄干を目指して進むんだ
見落とすなよ」
「はい」
御者は砂竜を操りながら、懸命に橋の欄干を探す。
2時間ほど進んだところで、それらしき物が見えて来る。
「アーネスト様
あれはどうでしょう?」
「ううん…
どうだろう?」
「近付いて見ますね」
「ああ
流砂に気を付けろ」
「はい」
御者は砂竜を操り、柱の様な物が等間隔で突き出た場所に近付く。
それは古びて崩れかけていたが、まさしく探していた橋の欄干だった。
「大丈夫なのか?」
「さあ?
大分崩れていますが…」
御者は竜車を降りると、その欄干に触れてみる。
触っただけで表面は、サラサラと崩れる。
「大丈夫でしょうか?」
「分からん
しかし試してみるしか無いだろう」
「う…
分かりました」
下手に叩いて壊すより、ここは信じて渡るべきなのだろう。
御者は勇気を振り絞って、砂竜の手綱を引き絞る。
竜車は御者の指示に従い、砂に埋もれた橋を渡る。
一歩、二歩…
竜車は慎重に進む
そしてそのまま、無事に橋を渡り終える
「大丈夫だ
念の為に1台ずつで渡ってくれ」
「ああ
そっちで待っててくれ」
続けて次の竜車が渡り、順番に渡り終える。
そうして最後の1台が渡り終えたところで、欄干が崩れ落ちる。
「あ…」
「ああ…」
橋こそ崩れ落ちなかったが、欄干は崩れ落ちていた。
そこから推察して、もうこの橋は使えないと判断する。
欄干が崩れた以上、これ以上は橋はもたないだろう。
「最後まで渡り終えていて良かった」
「ああ…
一歩間違えれば、オレ達がああなっていたな」
兵士達は崩れ落ち、砂に飲まれる欄干を見送る。
その胸中には色々な思いが渦巻いている。
しかし今言える事は、彼等は生き延びる事が出来た。
そうである以上、王太子を無事に送り届ける義務がある。
「行こう」
「ああ
帝都に着けば…」
「殿下を送り届けるんだ
それがあいつ等に対する弔いだ」
兵士は頷くと、再び竜車を走らせる。
このまま進めば、2日ほどで帝都に着く距離だ。
それから二晩、砂漠で野営が行われる。
焚火にする薪も残り少なく、兵士は寒さに震えながら耐える。
そしてギルバートの容体も、思わしくない状況が続く。
3日目に竜車は、砂漠を進んで公道跡に辿り着こうとしていた。
そこでアーネストは何かを感じた。
「停まれ!
全体停まれ!」
「え?」
「何です?」
「う…」
「アーネスト
どうしたの?」
「くそっ
待ち伏せされていた」
あと少しで公道に着くという所で、前方に砂竜の群れが現れる。
「ぐはははは
待っていたぞ虫けら共」
「どうやってここまで来たのか知らんが、ここが貴様らの墓場だ」
「さあ
カラガン様の前で、惨めったらしく命乞いでもしたらどうだ?」
「くそ
またあの山賊貴族か」
「山賊じゃ無いだろ
砂漠だから…何だ?」
「関係ねえ
こうなりゃ戦争でも何でもなれってんだ」
兵士達は武器を手に、竜車から降り始める。
「お前等止せ」
「アーネスト様
止めないでください」
「そうです
どうせ死ぬのなら、姫様を護って死にます」
「そうだそうだ」
「くそっ」
しかし兵士の言葉を聞いて、カラガンの兵士は舌なめずりをする。
「姫様だってよ」
「そんな上等な女が載っているんなら楽しみだな」
「ひへへへ
伯爵様が飽きたら、オレ達のおもちゃだな」
野盗たちは、下卑た笑いを浮かべて武器を構える。
人数の差は50対100と倍近い。
しかも向こうは、砂竜を馬代わりに乗り込んでいる。
機動力で考えても、こちらが圧倒的に不利だった。
だから野盗達は、勝利を確信して笑みを浮かべる。
先日アーネストの魔法に出し抜かれた事を、すっかり忘れている様子だった。
「止むを得ん
セリア
いざとなったらギルを連れて逃げろ」
「アーネストは?」
「オレはここを全力で死守する
なあに、お前達を追わせはしない」
「う…
アーネスト…」
「ギル…
達者でな
ソーン・バインド」
アーネストが魔法を発動させて、先頭を駆ける砂竜を捕らえる。
一気に5体の砂竜が茨に縛られて、載せていた野盗を振り落とす。
「今だ
迎え撃て」
「おう!」
兵士が武器を構えて、最初の砂竜を叩き伏せる。
しかし砂竜の勢いは殺せず、背に乗った野盗が襲い掛かる。
「うらああ」
「くそっ
こいつ等戦い慣れてる」
「このままでは…」
兵士は必死に踏ん張るが、徐々に押されて行く。
伯爵は余裕を持ってか、野盗の半分だけを嗾けていた。
そして片手を挙げると、残りの野盗に合図を送ろうとする。
その時であった。
不意に遠雷の様な音を轟かせて、砂竜の集団が駆け込んで来た。
「な、何だ?」
「何者だ?」
「双方止まれ!
止まれー!」
それは騎士の様に白い鎧を身に着けた、戦士を先頭に現れた。
その他の戦士達も、白いローブに身を包んでいる。
その一団が槍を構えて、兵士と野盗の間に割って入る。
そしてあっという間に、この場を収めてしまった。
「何者だ!
このワシがカラガン伯爵と知って…」
「カラガン
随分好き勝手にやっている様だな」
「な!
貴様どうしてここに?」
「ここはワシの領地だが?
貴様こそこんな所で何をしている?
ん?」
戦士達の一団の奥に、白い鎧を身に纏った長身の男が立っていた。
彼は砂竜の引く戦車の上に仁王立ちになる。
そして伯爵を睥睨すると、鋭く詰問する。
「大方山賊の真似事をして、弱き者から奪っていると言ったところか?」
「ぐぎぎぎ…」
「これ以上の行いは帝国貴族の恥と知れ」
「何を言う
こ奴等はワシの領地を、勝手に武装して渡っていた
これを成敗する事の何が悪い」
確かに兵士達は、武器を持っている。
しかしそれは、カラガン伯爵に襲われて止む無くであった。
そしてそれは、この謎の男も把握していた。
「何を言う
貴様らの先ほどの行動、見ていなかったと思うのか?」
「ぐぬぬぬぬ…」
「伯爵様
如何致します?」
「このまま小生意気な、公爵も…」
「馬鹿者
悔しいがこの数では敵わん
ここは引くぞ」
「はい」
「覚えていろよ!」
伯爵は現れた時と同様に、兵士を率いて嵐の様に去って行く。
そのあまりな様に、兵士達は呆然と見送っていた。
「すまないな
身内の恥を晒してしまった」
男はそう言いながら、戦車を率いてアーネストの竜車に近付く。
「いえ
こちらこそ助けられました
改めて礼を言わせてください」
「うむ
礼儀正しい御仁じゃな
どこの出の者じゃ?」
「はい
クリサリス聖教王国
親善大使として参りました、アーネスト・オストブルクと申します」
「うん?
貴殿が?」
「はい
アルマート公爵とお見受けしますが?」
「うむ
如何にも
ワシがロマノフ帝国、皇帝代理
アルマート公爵である」
アーネストが竜車から降りて腰を折って礼をする。
その帝国式の礼に返す様に、公爵は跪いて礼をする。
その様子に、思わず公爵の兵士から非難の声が上がる。
しかし侯爵は、片手を挙げてそれを制する。
「彼等は帝国式の臣下の礼を取れれた
ワシもそれに倣い、臣下の礼を返すのが礼儀」
「しかし…」
「ワシはあくまで、皇帝の代理じゃ」
「公爵様…」
兵士達の様子から、彼は兵からも信頼されていると感じられる。
それを確認してから、改めたアーネストは礼をする。
「ん?
これ以上の礼は…」
「先ほどのは挨拶です
そしてこれは、私達を救ってくださった事への礼です」
「ふむ」
「おい…」
「さすがは王国の貴族だ…」
「ああ
カラガンにも見習わせたいな」
不穏な言葉も聞こえるが、アーネストの行動で兵士達の緊張は解ける。
「さて
貴殿達は如何様な理由で、あのカラガンに狙われておったのだ?」
「さあ?
何分理由も告げずに持ち物と竜車を寄越せと言われましたので…」
「はあ…
やはりか」
「くそっ
カラガンめ」
「帝国貴族の恥さらしめ」
「恐らく私達が、荷を運んでカザンを出るのを見ていたんでしょう
それで荷物を狙ったのかと」
「うむ
その様な報告を、ワシも聞いておる
あれが何を考えておるのか…」
「大方選民思想に被れているのかと
その様な言動をしておりました」
「じゃろうな
あれは選ばれた者と勘違いして、何を遣っても赦されると勘違いしておる」
「その様ですね」
「ああ…
その内痛い目にでも遭わねば、懲りないのだろうな」
「あの様な御仁は、痛い目に遭っても懲りないのでは?
全て他人のせいにしそうですが…」
「ぷっ」
「はははは
そうじゃな」
公爵はアーネストの言葉に、愉快そうに笑い声を上げる。
周りの兵士達も、何か思う所があるのだろう。
必死に笑いを堪えていた。
「はははは…
久方ぶりに心から笑えた
貴殿には感謝するよ」
「いえ
私もあいつには、思う所がありますから」
「ふむ」
「部下を殺されました」
「ぬう…」
「くそう」
「カラガンめ…」
「すまない
この事は…」
「大丈夫です
今回の国交とは関係ありません」
「助かる」
「それで…帝都までは?」
「ん?
そうじゃな
ここから1日は掛かる」
「そうですか…」
アーネストは頭上のソルスの位置を確認する。
これから向かっても、砂竜を疲れさせるだけだろう。
ここは一旦野営をして、改めて明日に向かうべきだろう。
「公爵様」
「ああ
ここで野営するべきじゃろうな」
「ですね」
アーネストと公爵は頷き合うと、兵士に野営の支度を指示する。
それから天幕を張ると、そこでさっそく会談を始める。
帝都で交渉する前の、お互いの腹を探る為に。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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