第410話
野営地に朝日が差す頃、兵士達はくたびれて転寝をしていた
焚火には十分なサボテンが突っ込まれ、近くには枯れたサボテンが転がっている
寒さに震えながら、兵士達が暖を取っていた跡である
夜明け前は特に寒く、息は凍えて白くなっていた
兵士達は起きだすと、先ずは鍋にサボテンを突っ込んでいた
いくら苦みが強くても、干し肉を加えればスープにはなる
青臭い香りも、香辛料が効いた干し肉の前には無力なのだ
多少は苦みが残るが、それが却って肉の旨味を増していた
朝食のスープを、黒パンで流し込む。
食事が終わった兵士から、出発の準備を始めていた。
「昨夜は寒かったですね」
「ああ
しかしあれが、砂漠での普通の事なんだ」
「え?
あれでですか?」
「ああ
周囲を遮る物が無い為に、寒風が吹き込むんだ
オアシスが過ごし易かったのは砂岩に囲まれていたからだ」
「あれで過ごし易いって…」
兵士達にとっては、オアシスでも寒いと感じていた。
しかしここの寒さを考えれば、確かにオアシスの方がマシだった。
「ここもサボテンに囲まれている
これが無ければ…」
「急いで砂漠を抜けましょう」
「そうですよ!
このままでは殿下が…」
「はははは
ギルの傍らにはセリアが居る
多少はマシな筈だ」
「しかし…」
「ああ
このままでは確かにマズいからな
身体を壊す前に抜けないとな」
アーネストは地図を広げて、御者達に相談する。
「ここから半日ほどらしいんだが…」
「南南東ですね」
「なあに
ソルスを背に、影の向きさえ間違えなければ大丈夫です」
「しかしなあ…
ここに大渓谷がある筈だ
迷い込んだら厄介だぞ」
帝国時代の地図に、街の廃墟の北西に大渓谷が在ったと記されている。
そこにも砂が吹き込んでいる筈だ。
知らずに踏み込めば危険だろう。
「大渓谷ですか?
確かに危険ですな」
「踏み込めば流砂の餌食でしょう」
「ああ
だから困っているんだ」
地図を照らし合わせると、このサボテンの群生地から少し南に位置する。
慎重に進まなければ、地図が正確とは限らないのだ。
「とは言え、進まなければここで餓死しますよ?」
「危険を冒してでも進む
それでよろしいですな?」
「ああ
君達に掛かっている
頼むぞ」
「はい」
御者はカザンの領主、ノーランド侯爵が手配してくれた者達だ。
さすがに帝都までは行ってはいないが、砂漠には何度か踏み込んでいる者達だ。
ここは彼等を信用して、この砂漠を渡るしか無いのだ。
サボテンの群生地は思ってたよりも広く、ここを抜けるだけで半日近く費やす。
この先には砂漠が続き、見渡す限りの砂原が広がる。
「魔物の様子は?」
「昨夜よりは少なくなりました」
「しかし砂丘はまだまだ続きます
油断は出来ませんな」
旅をより困難にさせているのが、この魔物が潜んで居る砂丘だ。
全てが魔物の仕業で無いのがよりややこしくさせている。
どの砂丘に潜んで居るのか分からない以上、迂闊に近付けないのだ。
結果として、見付けた砂丘を全て避けて進む事になる。
それが時として、道を踏み外しそうで危険なのだ。
「どうするか?
オレが魔法で…」
「止めた方がよろしかと」
「魔獣が何匹潜んで居るのか…」
「最悪、囲まれて全滅ですよ?」
「しかし索敵なら…」
「奴等は目が見えません
ですから音や地面の振動で判断しています
そんな奴に魔法をぶつけたら…」
「バレる可能性の方が高いか…」
砂トカゲは兎も角、厄介なのはサンドワームの方だ。
大きさも大きく、恐ろしくタフな魔獣らしい。
そんな物に囲まれては、兵士達ももたないだろう。
それにサンドワームは、目が退化している。
獲物を探すのは地面の振動を感じるからだ。
だから近付いた時に反応するし、騒ぎで起き上がるのだ。
それが魔力に反応するのか試した者は居ない。
いや、居たとしても無事では済まなかった可能性が高いだろう。
索敵の魔法で一度に感付かれれば、それこそ危険だろう。
「ここは全ての砂丘を避けるのが賢明かと」
「そうだな…」
「なあに
多少方位は変わりますが、それぐらいなら迷いませんよ」
「そうです
任せてください」
「分かった
頼むぞ」
「はい」
御者達の腕を信じて、全てを任せる事にする。
魔法に関しては自信が持てるが、砂漠に関してはアーネストは素人同然なのだ。
多少の知識は持ち合わせても、旅慣れた御者には敵わない。
そういう意味では、彼等を推薦してくれた侯爵には感謝するべきなのだろう。
こうして再び砂漠を進み、その場で野営する事となる。
翌日も朝早く起きると、すぐに出発の準備に掛かる。
御者は兵士達を乗せると、次々に野営地を後にする。
本来は焚火の跡も片付けるのだが、今はそんな余裕は無かった。
それに、再びここに立ち寄る可能性もあるのだ。
焚火の跡は、ここに来る者達の目印になるだろう。
サボテンの群生地を抜けたところで、砂丘を避けながら竜車は進んでいる。
御者は器用に曲がりながらも、南南東から逸れない様に注意していた。
多少のズレは良いが、あまりズレると目印を見失ってしまう。
それにアーネストが調べていた、大渓谷の事もある。
そこに踏み込めば、どういった事態になるか予想も出来ないのだ。
「アーネスト様
向こうに何か見えます」
「また砂漠の幻か?」
「そうで…
いえ、これは本物ですね」
今日はまだ出発して3時間ほどだったが、目指す目印が見えてきた。
それは砂漠が見せる幻では無く、本物の塩の柱だった。
「思ったよりも遠かった様ですな」
「ああ」
「どうします?
まだ日が暮れるまで時間もありますし、調べてみますか?」
「あ…
ううん…」
外は灼熱の熱気に覆われている。
しかしアーネストとしては、これは非常に気になる遺物だった。
魔導王国の魔術師達が、如何にして塩の柱などになったのか?
しかしここで時間を掛ける訳にはいかなかった。
「いや
気にならないと言えば嘘になるが…
時間が惜しい」
「それでは行きますね」
アーネストは名残惜しそうに柱を見る。
しかし今は、この塩の柱を調べに来たのでは無いのだ。
ギルバートを無事に、帝都跡に住む皇女の元に連れて行く必要があるのだ。
ここにはまた来れば良い…
アーネストは地図に、今の場所を記す。
女神と魔導王国の事は、後で調べれば良いだろう。
そう気持ちを切り替えると、眼前に迫る光景に目を向ける。
「これ…は…」
「凄いですな」
そこには左手に高台が見えて、そこから滝の様に砂が零れている。
そして右手には、遠目にも何かの建造物が見えた。
ここが目指していた、死の街ソルトレイクなのだろうか?
「街…ですかね?」
「どうかな?
それにしては小さい様な?」
それは街と呼ぶには小さかった。
むしろ村の跡と言うところだろうか?
しかも砂岩で出来たそれは、神殿の跡の様に見える。
「近付いて見ますか?」
「そうだな
これはさすがに調べないと…」
知識欲では無く、これが街かどうか調べるんだ
アーネストはそう自分に言い訳をしながら、竜車を降りて歩み寄る。
それは砂漠の真ん中に、幾本もの柱と梁を残していた。
近くには崩れた像の残骸もあり、ここが神殿の様な跡だと示していた。
「街…では無い?
神殿か?」
「どうやらその様ですな」
御者と一緒になって、その周囲を調べてみる。
全体の大きさは100m四方の建物跡で、あちこちに女神像らしき残骸が残されていた。
どうやら女神の神殿跡の様で、そのまま忘れ去られた様だった。
「地図には載っていないな」
「ええ
しかしどうやら、ここは湖の近くの様です」
「湖?
そうか!
塩湖が在ったって話だよな」
地図を見て位置関係を調べる。
どうやらここは、ソルトレイクの街の南西にある塩湖の跡の様だ。
塩湖に何の謂れがあるのか知らないが、ここには女神の神殿が建てられていたのだろう。
そしてそれは、地図に載せられる事も無く打ち棄てられた様だった。
魔導王国の晩年には、女神信仰は衰えていた。
そうした事も関係があるのかも知れない。
「どうやら塩湖と女神様に関して、何か信仰があったのだろう」
「女神様ですか?」
「ああ
こいつを見ろ」
アーネストは比較的、崩れていない女神像を指差す。
それは造詣が多少異なるが、確かに女神を模した像に見えた。
「確かに…
女性を模した像に見えますね」
「しかし女神様にしては、些か煽情的な…」
「ああ
当時の信仰がどうだったかは知らないが
少なくとも慎ましやかなイメージでは無そうだな」
その女神像は、胸に手を当てて腰をくねらせていた。
他の像も、よく見れば裸体の様に見えたり、お尻を突き出した様な恰好をしている。
およそ女神のイメージと懸け離れた、煽情的に男を誘う娼婦の様に見える。
これを作った者が、女神に対してどの様な思いをしていたのか?
それを体現した様な像が見付かった。
「ええっと…」
「これが女神様?」
「しかしこちらの像は、しっかりと祈りのポーズをしている
そっちのは作った奴の趣味なんだろう」
「はあ?」
「あまりよろしい趣味とは…」
「なあ
ここが滅びたのって…」
「ええ
これが原因じゃ無いんですか?」
「だよな…」
女神は元々は、人々の暮らしの安寧を祈る敬虔な神である。
それを街の娼婦の様な、煽情的な格好にされては怒るなと言う方が無理だろう。
それで女神様の怒りに触れて、その煽りで街も滅びた。
そう考えれば、ソルトレイクが滅びた理由にも繋がりそうだ。
「街はこの近くの筈だ」
「そうですね
街にもこの考えが影響していれば…」
「ああ
序でに滅ぼされた可能性もあるな
何せ当時は、人間の行いに怒っていたらしいからな」
「そうですよね
ただでさえ人間に不信感を抱いていて、それでこんなの見つけたら…」
御者もアーネストの感想に、同感だと頷く。
さすがにこれは遣り過ぎだろう。
女神様がお怒りになるのも御尤もだ。
「さて
これで塩湖の場所は分かった
後は街だが…」
「そうですね
大渓谷はあれですね」
北に見える切り立った崖が、地図に記された大渓谷だろう。
大地が砕けて切り立ち、そこから砂が流れ落ちている。
今も深い渓谷の下に、砂は落ち続けている。
その底はどれほどの深さか見当も付かなかった。
「そうすると街は…」
「ああ
ここからほぼ真東になるな」
既にソルスは東に沈みかけている。
今日はこの神殿跡の前で野営する事になる。
薪はサボテンを取って置いたので、探す必要は無かった。
そのまま神殿の跡を風除けにして、一行は野営をする。
翌日も早起きすると、さっそく出発の準備を始める。
兵士は寒さで寝不足だったが、それぐらいでへこたれる者は居なかった。
唯一の心配は、ギルバートの容体が思わしく無い事だ。
御者は砂竜を急かすと、街の廃墟に向かって進んだ。
「これはまた…」
それは荘厳な光景であった。
傾くソルスに照らされる姿は、神々しく感じられる。
それは砂漠の真ん中に、ポツンと佇む街の廃墟でしかない。
砂岩になって崩れ、剥き出しの柱が骨の様に林立している様は、街の亡骸の様に見えた。
「見た目は綺麗だな」
「ええ
しかし周囲には、魔物すら居ませんね」
そこには生物の息遣いは聞こえず、植物も見当たらなかった。
ただ砂岩で作られた建物の残骸だけが、あちこちに残されているだけだ。
しかし何があるか分からないので、一行は緊張して近付く。
「植物も見当たりません」
「ここにはサボテンもありませんね」
見渡す限りの廃墟で、魔物が潜んで居そうな砂丘も見当たらない。
足元の砂岩は、石畳が変わり果てた姿なのだろう。
その砂岩の道を進むと、砂岩の柱に囲まれた空き地が点在する。
そこが嘗ては、魔導王国の民が住んでいた家の跡なのだろう。
「建物も砂に変わりつつあるんだな」
「そうですね
元は何で出来ていたのか?
しかし今は…」
兵士が軽く叩くだけで、柱の一部が砂になって崩れる。
「砂になっていますね」
「これも女神様の怒りですか?」
「それとも魔力災害とやらですか?」
「うーん…
どうなんだ?」
セリアに確認したが、聖霊はここには居ない。
そして精霊がいた痕跡も残されていなかった。
それが魔力災害のせいか、それとも別な理由で精霊が去ったのか分からない。
しかし確実に言える事は、ここには危険な気配を感じていた。
「魔物は居ない…
居ない筈なんだ」
「アーネスト様?」
「お前達は感じないか?
この悍ましい気配を」
「悍ましい気配?」
「おい
何か感じるか?」
「さあ?」
「分からないな」
兵士達は感じていないが、アーネストは何かを感じていた。
それが何なのか分からないが、首筋の毛が逆立つ様な気配を感じる。
そしてそれは、時間と共に強くなっている様な気がした。
「ここは危険だ
少し離れた場所に野営をするぞ」
「危険?」
「さっきからどうしたんです?」
兵士達は意味も分からず、アーネストが危機感を感じる場所から離れる。
それから街の廃墟の、北側の廃屋跡に向かった。
「ここなら…
マシか?」
「一体どうしたんです?」
「お前達には分からないのか?
あの地の底から来る様な気配が」
「さあ?」
「すいません」
兵士達だけでは無く、御者に聞いても分からないと言われる。
アーネストは漠然とした不安を感じつつ、野営地の周りを調べるのだった。
日は既に暮れて、辺りは肌寒くなっていた。
気温が下がると共に、廃墟の中に風が吹き込む。
それは死者の悲しむ声の様に、不気味に鳴り響いていた。
「不気味だな」
「ああ
焚火に気を付けろ
風で消されない様にな」
「ああ」
兵士達は砂岩を運んで、焚火の周りに囲いを作る。
そうしなければ、風で焚火が消えてしまうからだ。
何年も放置されていた為、廃墟には骨すらも残されていない。
残されているのは、嘗て人が住んでいた痕跡である建物の跡だけだった。
その他には、ここには何も残されていない。
先程の神殿の様に、像の残骸すら残されていなかったのだ。
こうして不気味な廃墟で、不安な夜が訪れようとしていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




