第41話
遠征に旅立った守備隊が戻り、一月が経とうとしていた
魔物は依然として街の周りに現れ、家畜や旅人が襲われていた
騎士団は警戒して公道を巡回してはいたが、魔物はそれを避ける様に現れていた
結局、街や住民を守るのは、街の守備隊しか居ないのであった
守備隊の宿舎では、ギルバートと大隊長が向かい合って話していた
話しの内容は、スキルの公開と戦闘への参加の許可であった
スキルを手にしたギルバートは、自分も魔物との戦いへ参加させて欲しいと言って来たのだ
スキルの習得はギルバートに大きな自信を与えていた。
このスキルがあれば、魔物を倒す事が出来る
ギルバートはそう思って大隊長に嘆願した。
「お願いします
ボクも魔物との戦いに参加させてください」
「そうは言ってもな
君はまだ子供だ」
「それでも、ボクはスキルを身に付けました
今なら魔物にも…」
「ダメだ!」
大隊長は強く拒否した。
「何故です?」
「分からないか?」
「ボクが…
領主の息子だからですか?」
「それもあるが…
分からないなら、それも原因だな」
「どういう事ですか」
「良かろう
そこまで言うのなら、明日また来なさい
午後から魔物の動静調査の為に街の外へ出る
それに同行させよう」
「大隊長」
「宜しいのですか?」
部隊長が心配して止めようとする。
尚、ジョンの抜けた穴は埋まっておらず、第2と第3部隊が人数不足の為に一つになっている。
結果として守備隊の騎兵部隊は4部隊になってしまった。
「明日の調査は第3部隊で出る
ハウエル
面倒だろうが頼むぞ」
「オレは構いませんが…
誰が面倒を見ますか?」
「な、面倒なんて…」
「オレも同行するし、新入りが居るだろう?
大丈夫だ」
ギルバートは足手纏い扱いも不服なのに、面倒が掛かる様に言われてカッとしたが、大隊長は事もな気に答えた。
「新人ですか?
まあ、問題無さそうですね」
「だろう?
そういうワケだ
殿下は明日の昼前に来て下さい
着いてくれば分かります」
「分かりました
よろしくお願いします」
不服そうにしながら、ギルバートは兵舎を後にした。
それを見送りながら、部隊長が口を開く。
「あんな事言って、大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ
スキルは兎も角、最低限の訓練は着けてある
問題は…若さからくるプライドかな?」
「ああ」
「なるほど」
「それならば、新人君が適任ですね」
「そういう事だ
殿下には悪いが、こういうのは自分で気付かないとな」
「ええ」
ギルバートは不機嫌さを隠しきれず、邸宅に戻ってからはセリアにも会いに行かなかった。
自室に真っ直ぐに戻ると、ベットに飛び乗り、枕に顔を埋めていた。
自分の思い通りにならないと、悔しくて泣くのはまだまだ子供である証拠だ。
それに気付かず、悔しくて泣いている様を、母親は心配そうに見ていた。
「お兄ちゃん、どしたの?」
「しーっ
今はそっとしておきましょう」
「しーっ」
「しー」
「さあ、セリア、フィオーナ
向こうでお花でも摘みましょう」
「はい」
「あい」
ジェニファーは二人の手を引いて庭へ向かった。
ここ数日で、セリアも言葉を覚えてきたので、一人で絵本を読んだりする様になってきた。
そういう意味では、手が掛からなくなってきたのだが、逆にギルバートにべったりで、居ないと寂しがって泣いていた。
そこでギルバートが出掛ける時には、ジェニファーがフィオーナを連れて会いに来ていた。
ここで少しずつ二人を慣らして、セリアにフィオーナの面倒を看れる様にしようと思っていた。
「お兄ちゃんは忙しいから、あなた達二人で遊んでいなさい」
ジェニファーは二人を花壇に連れて行くと、花壇の周りで遊ばせた。
「あい」
「はい」
二人は元気よく返事をすると、手を繋いで花壇の側で腰を下ろす。
そこは土がそのままなので汚れてしまうが、叱るよりは仲良く遊んでいる方が良いだろう。
服は後で着替えさせるとして、先ずは女の子らしく花を愛でる事を学ばせようと思い、ジェニファーは二人を離れた場所から見守った。
二人は時々、チラチラとジェニファーを見ていたが、やがて花を摘んだり、匂いを嗅いだりするのに夢中になった。
そのうち、セリアは不思議な事を始めた。
花壇の花の周りの土に手を着き、呪文な様な物を唱え始める。
「みんな、出て来て
お花をいっぱい、咲かせてね
フィオーナが大好き、花を咲かせて」
歌う様に優しく土をポンポンと叩き、声を掛けて行く。
そんなセリアを見ながら、フィオーナははしゃいで手を叩く。
「あーい」
パチパチパチ
「何をしているのかしら?」
ジェニファーは不思議に思ったが、農村では豊作の儀式があると聞いた事がある。
セリアのそれも、豊作の儀式の真似かと思った。
「こっちの花なら良いの?」
セリアは誰も居ない土の上に向かって、首を傾げながら訪ねる。
「じゃあ、1本ずつもらいますね」
そう言って、器用に花を幾つか手折って行く。
「あい」
フィオーナが手を叩き、花を1本もらい、匂いを嗅いでみる。
それを見た後、セリアはこれまた器用に花を継いでいく。
数分で花を起用に繋いで、花の輪を作ってみせた。
「はい、フィオーナ」
「あい」
セリアはそれを、フィオーナの頭の上に載せてあげる。
フィオーナは喜んで手を叩く。
誰に教わったのかしら?
メイドの誰かかしら?
ジェニファーは、セリアが器用に花冠を作ったのに驚きを隠せなかった。
つい数日前までは、フィオーナと同じぐらいしか話せなかった子供が、気が付けばあんな素敵な花冠を作っているのだ。
驚くなと言うのが無理だ。
「これは、いいお姉ちゃんになりそうね」
「はい
そうですね、奥様」
いつの間に来たのか、紅茶を用意したメイドが頷く。
「アレは貴女が教えたのかしら?」
「いえ
そういえば…
他の誰かが教えたのでしょう」
「そうね…」
「それにしても、お上手ですね」
「そうね」
セリアはもう一度話し掛けて、花を摘んで花冠を作る。
それを今度は手に持って、パタパタと駆けて来る。
「はい
かあちゃま」
「まあ
これを私に?」
セリアはギルバートに教えられたのか、いつに間にかジェニファーを『かあちゃま』と呼ぶようになった。
ジェニファーもそれは嬉しくて、セリアが実の娘になったと喜んでいた。
セリアは作った花冠をジェニファーに手渡し、ニコリと笑う。
ジェニファーはありがとうと言うと、花冠を頭に載せる。
「素敵ですわ」
「はい」
「セリア、ありがとう」
「はい」
セリアは再びパタパタと駆け出し、フィオーナの隣に座った。
「まあ、お召し物の替えを用意しておきますね」
「ええ、お願い」
「はい」
メイドは替えの服を取りに離れた。
ジェニファーは二人を眺め、幸せそうに微笑んでいた。
この二人の娘の成長が、ジェニファーの機嫌を直し。
結果として、アルベルトの書物の件は追及されなくなった。
こうして、領主の胃壁は守られたのであった。
ギルバートが帰宅してから数分後、領主の元に報せが届いていた。
それは先ほどの魔物の件で、事後報告として魔物の調査へ連れて行く事が伝えられた。
「何とかならんのかね」
「その為の同行です」
「大隊長は、ここで殿下の力量を試すと…」
「そうか」
アルベルトは立ち上がり、部屋を落ち着きなくうろうろする。
「若さ故の過信か…」
「はい」
「怪我の…心配は無いのか?」
「そこは我々が全力で守ります
しかし、スキル?ですか?
アレを試すには、実戦しかありません」
「訓練で試すには危険か…」
スキルは通常の攻撃に比べて、威力があり過ぎる。
受けるには危険なのだ。
魔物に当てるのなら、どの道殺すつもりなので問題がなかろう。
それ故に、実戦訓練と称して、街の近くに出没する魔物に使っている。
「魔物は…
小鬼以外にも出て来ているんだろう?
危険ではないか?」
「はい
ゴブリンなら問題はありません
しかし、近頃現れ始めたコボルトとオークは危険です」
「コボルト
犬の頭の獣人か…」
「ゴブリンの様に小柄ではなく、大人と変わらぬ体格です
その分リーチも長くなり、攻撃も強力です」
「オークと言うのは?」
「こちらは豚の頭をしてます
毛むくじゃらではなく、人間に豚の頭です」
「犬とは違った意味で気持ち悪いな」
「ええ」
「体格もコボルトより筋肉質で、その分力任せに突っ込んで来ます」
「数は多いのか?」
「ゴブリンやコボルトの様に多くは無いのですが、2、3匹で行動しています」
「下手に出会うと危険か…」
「そうですね
目下、一番警戒すべき魔物です」
領主は不安そうに頭を抱える。
そんなのが大挙して攻めて来たら、この街も無事では済まないだろう。
実際、他の街で被害の報告が挙がっている。
「未だ発見報告が少ないのが救いですね」
「そうだな」
アルベルトは、ギルバートの件と一緒に持って来られた報告書を見る。
「スキルの習得状況はどうかね?」
「はっ」
「報告書にも挙げていますが、既存の兵士の殆どが、スラッシュのスキルを習得しました」
「もう一つは?」
「ブレイザーですか?
そちらはまだ…半数ほどです」
「そうか」
「3つ目のスラントはブレイザーの上のスキルらしく、大隊長、部隊長以外はまだ数人です」
「うむ
かなり難しい様だな
実戦では使えるのかね?」
「それを検証する為にも、魔物との戦闘が必要なのです」
「なるほど
しかし、使い物にならないと困るな」
「ええ」
「実際に、実戦で使うタイミングも重要になるでしょう
いきなり放っては当てれませんでしょうし
躱されては隙だらけになります」
「そうだな」
アルベルトもスキルの練習はしている。
その利便性も理解しているが、隙の大きさも知っている。
スキルが出る時は、大きな力が働いて、通常では出せない速さと威力の一撃が放てる。
しかし、発動中は力を入れなくても自然に技が完成する。
そのため構えと力加減が合えば発動し、後は出し終わるまで止められない。
つまり、躱されれば隙だらけで攻撃される。
そこをどうにかする方法が必要だ。
「誰かが使っている時は、周りが守らねば隙だらけだな」
「はい
大隊長もそこは懸念を持っていました」
「明日の調査だが」
「はい」
「許可は出すが、くれぐれも息子の事を頼む」
「は、はい」
兵士は礼をして執務室を出た。
兵士が退出した後、アルベルトはベルを鳴らして執事を呼んだ。
「はい、何でしょう」
「ギルバートを呼んでくれ
話がある」
「はい」
執事は早足で部屋を出た。
数分の後、部屋のドアがノックされる。
コンコン
「父上、ギルバートです」
「入れ」
ドアが開かれ、ギルバートが入って来る。
その眼は泣いていたのか?真っ赤になっていた。
執事は心配そうに見たが、黙ってドアを閉めた。
「話は聞いている」
「はい」
ギルバートは項垂れていたが、ピクリと反応した。
「守備隊には、随分と無茶を言ったな」
「父上、でも…」
「言い訳はいい!!」
アルベルトは一喝する。
「お前は誰だ?」
「父上の息子です」
「領主の息子のすべき事は?
何だ?」
「自領を守る為、勉強と訓練に励む…」
「そうだ!」
「でも!」
「魔物の討伐は、訓練か?」
「いえ、でも…」
「領主の息子が、軽々しく危険な行為をして…
その責任で守備隊にどれだけ迷惑が掛かるか、考えたか?」
「いえ…」
「本来なら、お前には暫く謹慎を申し渡すところだ!」
「…はい」
ここで少し声音を優しくして。
「だがな
大隊長からの申し出も有った」
「!!」
「反省しておるのか!」
「はい!」
一瞬、ギルバートが嬉しそうな顔をした。
アルベルトはマズいと思って、再び一喝する。
ここは、単に甘やかしてはダメだ。
我が子の為にも、厳しく釘を刺しておく必要がある。
「謹慎の代わりに、大隊長に見張ってもらって、魔物の調査を命じる」
「父上!」
「ワシは…甘いのかも知れんな」
「あ…」
「戦闘への参加は禁止だ
あくまで同行して、己の甘さを知るがいい」
「はい…」
「お前が思っているほど、魔物は甘くないぞ」
「え?」
「行けば分かるさ」
「はい」
アルベルトは、ここで堪らず、我が子を抱き締める。
「よいか
必ず、必ず生きて帰って来るのじゃぞ」
「は、はい…
うう…」
ギルバートは思わず父の胸で泣いていた。
そんな息子の背中を撫でながら、アルベルトは無事を女神様に祈った。
クリサリス聖教では、母なる女神様が見守ってくださると教えられています
ただ、女神様は愛し、見守ってはくださるが、基本的には何もしません
その為に、祈りは捧げても、願い事をする人はほとんどいません
人界に降りて願いを叶えるのは、女神様が遣わす使徒の役目です
一般には戦争の神や鍛冶、商売の神等が存在し、彼等が使徒と言われています




