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聖王伝  作者: 竜人
第十三章 帝国の罠
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第408話

死の砂漠の中にポツンと佇むオアシス

それは帝国の民が、長年守って来た場所でもある

ハルムート子爵はここがバレる事になろうとも、アーネスト達を匿う事にしたのだ

それは帝国の子爵ですら、この状況に疑問を抱いているからだ

アーネストは、これこそ帝国と王国が和解するチャンスだと考えていた

アーネストは天幕の中で、真剣に悩んでいた

状況は国交回復に向けて追い風になりつつある

しかし問題は、それを阻むであろうカラガン伯爵の存在だ

そしてその伯爵は、今もアーネスト達を狙って待ち構えている事だろう

彼等はアーネスト達の命と、積み荷を狙っているのだ


このまま帝都跡に向かっては、途中でカラガン伯爵に見付かるだろう。

そうすれば、こんどこそ戦闘になるだろう。

勝てる可能性はあるものの、そうすれば多くの死傷者が出る。

それは国交を妨げる問題に発展する恐れも含めている。

それにカラガン伯爵に国交の事がバレれば、それこそ執拗に狙って来るだろう。

今は伯爵にバレずに、皇家の者と接触する必要があるのだ。


「どうする?

 どうすれば良い?」


地図を睨み付けても、何も良い案は浮かばない。

むしろこのままでは、安全な公道跡に戻る事すら困難だった。

子爵に兵を借りる訳には行かない。

子爵自身を窮地に陥らせるからだ。

同じ帝国の民同士が戦う事となり、最悪の場合は子爵が裏切り者にされる。

それは窮地を救ってくれた子爵を裏切る事となる。


「こうなれば…

 危険だが東に向かうか?」


そこには凌砂漠の中でも1、2を争う、危険な死の街の廃墟と書かれている。

死の街と言うのは、魔導王国の滅びた街から来ている。

そしてその近くには、流砂を起こす川の跡が待ち構えている。

そこを渡る事は流砂に挑む事になる。


「川が在ったという事は、橋もあった筈なんだが…」


橋の残骸でも残っていれば、そこを渡れる筈だ。

少なくとも、橋は流砂を起こさない筈だ。

むしろ残っていれば、それが渡河出来る目印になっている筈だ。

しかし侯爵に貰った地図には、その様な橋の存在は書かれていなかった。


「そうなって来ると…

 これに賭けるしか無いのか?」


アーネストの手には、1枚の地図が握られている。

そこには今は廃墟になった、魔導王国の街の地図が描かれている。

街の何ヶ所かの目印と、近くを流れる川が描かれている。

そしてその川には、3ヶ所の橋が記されていた。


「残っていれば良いのだが…」


北に向かえない以上、この橋を渡るしか無い。

しかし橋が作られてから数百年が経っている。

石で作られた橋でも、そのまま残されている可能性は少ないだろう。

周りの廃墟同様に、砂に埋もれて崩れている可能性の方が高い。


公道の方は帝国で、川の跡に橋を架けて居る。

しかし南の方は、放置されて久しいのだ。

それは現在の地図を見れば一目瞭然だった。

川の下流を渡る意味が無いからだ。


アーネストは渡河の計画を記すと、そのまま眠る事にする。

これ以上考えても、何も良い案が浮かびそうに無いからだ。

明日になったら、子爵に確認すれば良いだろう。

それで橋が絶望的なら、北に向かってみるしか無いだろう。

それは伯爵に見付からない様に、危険を冒して進む事になる。


翌日も朝から晴れていて、オアシスに居るにも関わらず暑かった。

兵士達は朝早くから天幕を出て、砂竜の世話をしていた。

これから暫くは、こんな水のある場所に泊れるとは限らない。

今の内に、水や食料を与えて世話をしておくのだ。

数日は少ない水でも、砂竜は生きながらえれる。

しかし水がある間は、飲ませてやる方が良いのだ。


「おはよう

 早いんだな」

「ええ

 出来れば今日中に、少しでも進みたいですから」

「うむ

 その事なんだが…」


子爵はアーネストを探して、片付けられている天幕を見回す。

丁度アーネストは、天幕から出て来るところだった。


「どうだ?

 何か良い案は浮かんだか?」

「ああ

 子爵様、おはようございます」

「はははは

 おはよう

 その様子では…」


子爵は眠そうなアーネストを見て、やはり夜更かしして考えたかと見る。

しかしアーネストの顔を見て、決心は着いたと判断する。


「北に向うのか?」

「その前に…」

「ん?」


アーネストは古い地図を取り出して、子爵に尋ねる。


「これは死の街の…

 魔導王国の街の地図です」

「ほう…

 こんな物が残されていたのか」

「ええ

 古い資料の中から見付けました

 それでこの橋なんですが…」

「橋?

 あそこにはそんな物は…」


子爵は全てを回った訳では無いが、何度か街の跡には向かっていた。

街があった場所だ、何か役に立つ物は無いか探索に向かったのだ。

しかし目ぼしい物は見付からず、探索も通例通り簡単に行われただけだった。

帝国の全盛期から、何度かここには探索が行われている。

子爵が行ったのは、その取りこぼしを探してだったからだ。


「ここは調べたと思います

 しかしこことここは?」

「うーむ…

 確かに街から離れているからな

 しかし何も無かったと思うぞ?」

「ええ

 何せ数百年経ってますからね」

「ああ

 残っていても劣化した砂岩になっているだろう

 渡れるのか?

「分かりません」


子爵に確認しても、そこは調べていないという事だった。

それならば、確認する必要があるだろう。

無理ならば北進すれば良い。

このまま北へ向かうよりはマシだろう。


「行くのか?」

「ええ

 何もしないで諦める事は出来ません」

「そうか…」


子爵は申し訳無さそうな顔をする。

手助けはしたいが、これ以上は無理なのだ。

彼等もここで生活するのがやっとなのだ。


「水だけはまだある

 持てるだけ持って行ってくれ」

「良いんですか?」

「ああ

 貴殿らが成功すれば、ワシ等にも希望が広がる」

「しかし…」


アーネストが躊躇うのを見て、子爵はそっと囁く様に呟く。


「各氏族にはワシが説得する」

「!!」

「王都とやらがどんな場所なのか…

 貴殿との約束が果たされる事を祈っている」

「子爵…」

「勘違いするな

 ワシはあのお人好しの殿下を信じたのだ

 決して貴殿の口車に乗ったのでは無いぞ」


子爵はそう言うと、ニヤリと笑って去って行く。

去り際に私兵達に、水や食料の配給の話を伝えながら。

アーネストは子爵の配慮に感謝して、頭を下げながら見送った。


「アーネスト様

 水はいただきますが、食料は…」


さすがに兵士達も、オアシスの状況を見て考えていた。

今日の朝食はいただくが、糧食は受け取れないと考えたのだ。


「良いのか?」

「ええ

 食い扶持は3名分減りましたし…」

「お前達…」


兵士は苦笑いをする。

カラガン伯爵に襲われた時、亡くなったのは一人だけだった。

しかしその際に、2名が置き去りになった。

彼等も恐らくは、その場で殺されているだろう。


兵士はオアシスの食料も少ないと見て、受け取らない判断をした。

それを仲間が亡くなった事を理由にして、お道化てみせた。

それはアーネストに、悲しんでいると思わせたく無かったからだ。

その兵士の気遣いに、アーネストは頭を下げる。


「すまない

 オレの判断が甘かったせいで…」

「いえいえ

 頭は下げないでください」

「そうですよ

 死んだあいつ等も、殿下やイーセリア様の為に亡くなれたと誇りに思っていますよ」

「そうですよ

 決して逃げ遅れてどん臭いだなんて…」

「おい

 さすがにそれは、可哀想だろ」

「はははは」


兵士達はわざと、明るく笑って見せる。

ここで悲しんでも、彼等は帰って来ない。

それならば、彼等の分も自分達が頑張るべきだ。

そう思いながら、彼等は明るく振舞っていた。


実は昨晩の、子爵との遣り取りも聞こえていたのだ。

だからこそ、兵士達は昨夜の内に集まり、この旅を必ず成功させようと改めて誓っていた。

亡くなった3人の為にも、殿下とセリアを無事に届けようと誓い合ったのだ。


「アーネスト様

 我等は殿下と姫様の為の騎士です」

「いや

 お前等は騎士じゃ無いだろ」

「はあ…」

「気分は物語に出て来る騎士なんです」

「そうだそうだ!」

「お前等なあ…」


兵士達の勢いに、アーネストは顔を引き攣らせる。


「身分は私兵でも、気持ちは騎士です」

「そうですよ

 殿下と姫様の為なら、この命を賭けます」

「大袈裟だな…」

「それだけこの使命に、真剣に取り組んでいるんです」


アーネストは呆れながらも、兵士に乗ってやる事にする。


「ギルの為…と言うよりセリアの為だろ?」

「う!」

「い、いやあ…

 はははは」

「決して姫様の笑顔を護る為だなんて…」

「言ってるじゃないか」

「あ、はははは…」


アーネストはニヤリと笑うと、真剣な顔をする。


「この任務、決して甘くは無いんだぞ」

『はい!』

「これから東に向かい、流砂の渡河に挑む事になる」

「あれ?」

「昨日の奴等は?」

「戦わないんですか?」

「あのなあ…」


アーネストは溜息を吐く。


「戦ったら戦争になるだろ?」

「え?」

「そうなんですか?」

「ああ

 奴等は狡猾だ

 貴族を攻撃したとして、戦争の口実にして来るだろう

 そうならない為に東に向かうんだ」

「なるほど…」

「しかしそうなると…」

「オレ達の決意は?」


「魔物が居るだろ?」

「あ!

 そうか」

「任せてくださいよ」

「ああ

 戦闘はお前達に任せるからな」


アーネストがそう言うと、兵士達は明らかに動揺する。


「そんな!」

「アーネスト様も戦ってくださいよ」

「そうですよ」

「馬鹿野郎

 オレは戦闘向きでは無いんだぞ」

「でも、魔法があるでしょ?」

「そうですよ

 魔法でちゃちゃっと」

「おい!」

「はははは」


「しょうがない奴等だな」

「ええ

 ですから支援をお願いします」

「そうですよ

 アーネスト様の支援魔法は超一流ですから」

「調子の良い奴だな…」


アーネストはわざと溜息を吐くが、兵士達は真面目な顔をしている。


「アーネスト様が支援してくださるから、オレ達は安心して戦えるんです」

「そうですよ

 アーネスト様の魔法に期待してるんですから」

「はあ…

 分かったよ

 その代わり前線は任せるからな」

『はい』


アーネストは兵士達を見回すと、しっかりと頷く。


「よし

 支度をしてくれ

 出発するぞ」

『はい』


返事だけは良いんだから…


アーネストはそう思いながらも、兵士達の士気の高さを内心喜んでいた。

このまま流砂を渡河するのに、士気が下がっていては危険だからだ。

少しの油断が、流砂地帯では命取りになる。

どうやって士気を上げようか悩んでいたので、兵士達の意思表明は嬉しかったのだ。


兵士達が支度をしていると、オアシスの住民達が水を入れた樽を運んでくれる。


「あんた等…

 東に向かう気なのかい?」

「ああ」

「あそこは死の街と呼ばれる危険な場所だぞ」

「んだんだ

 あちこちに流砂があるんだ」

「飲み込まれっちまったら一巻の終わりだぞ?」

「だろうな…」

「しかしオレ達は、あそこを渡って進まないといけない」


兵士達の意思の固さを見て、オアシスの住民達も説得は諦める。


「気を付けて行きなされ」

「旅の無事を祈っているよ」

「ありがとう」

「あんた等も達者でな」

「ああ」


しかし顔を曇らせて、気まずそうに呟く。


「んだが…

 ワシ等もいつまでここに居れるか…」

「そうじゃな

 日に日に水は減っておる」

「作物の育ちも悪くなっておる」

「そうか…」

「それならオレ達の国に来ないかい?」

「あんた等の国に?」

「ああ

 オレ達はクリサリス聖教王国から来たんだ

 あんた等さえ良ければ、アーネスト様に相談してみるぜ」

「それは…」


住民達の顔は、一瞬だが明るくなる。

新天地で新たなる生活に挑む。

それはこの枯れ果てた土地で、絶望しながしがみ付くよりはマシだろう。

しかしすぐに、顔を曇らせる。


「んだが…」

「ワシ等は帝国の民じゃ」

「あんた等の…王国?

 長年いがみ合った仲じゃぞ」

「そんなの関係無いだろ?

 あんた等がオレ達と、戦って来た訳じゃ無いだろ?」

「そりゃそうじゃが…」


「あまり無理を言うなよ」

「アーネスト様」


アーネストは兵士達が、住民達と話すのを見ていた。

このまま説得するのも良いが、これは領主である子爵のする仕事だ。

余所者はあくまで、余所者でしか無い。

提案だけはして、後は彼等自身が決める事なのだ。


「そういうのは彼等が、自身で領主と相談する事だ」

「しかし…」

「お前達が彼等を心配する気持ちは分かる

 私としてもどうにかしてあげたい」

「それなら!」

「魔法ではこの土地の、精霊力の枯渇はどうにも出来ない

 だから土地を移るしかない」

「ですよね」

「しかし、ここは彼等が生まれ育った土地だ

 立ち去るのは気軽に出来る事では無い」

「それはそうでしょうが…」


アーネストは先ず、ここが住める場所では無い事を示す。

精霊力が枯渇している以上、土地は枯れていくしかないのだ。

そしてそれをどうにかしようとして、魔力災害が起こったのだ。

それを繰り返させる訳には行かなかった。


「移民の話は可能だ

 私がどうにか口利きを出来る」

「それなら…」

「だが、決めるのは彼等自身だ

 我々と敵対していたという凝りが、彼等の中にあるんだ」

「それは…」

「こればっかりは、魔法でも精霊でもどうにも出来ない

 彼等自身の心の在り方なのだから」

「はあ…」


アーネストは住民達に向き直ると、笑顔を向けて語り掛ける。


「私達は国交の回復の為に、帝都に向かっています」

「国交ですと?」

「ええ

 王国と帝国の国交を回復する為です」

「そんな事が…」

「可能なんですか?」

「さあ?

 ですがそれが出来ると信じるからこそ、向かうのです」

「信じる…」


「あなた達がどうしたいのか?

 信じているのなら、子爵様とお話されては?」

「それは…」

「いや、しかし」

「信じているのでしょう?」


住民達は、静かに頷くと何かを決意した顔をしていた。

そして領主と話し合う為に、子爵の天幕に向かうのであった。

まだまだ続きます。

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