第407話
凌砂漠に踏み込んだアーネストは、カラガン伯爵の軍に襲われた
彼等は盗賊の真似事して、実入りの良さそうな隊商を襲っていたのだ
辛くも逃げ出したアーネストは、南の領主であるハルムート子爵に救われる
そこで今後の事を考えて、子爵と交渉を始めるのであった
オアシスはすっかり日が落ちて、野営地には焚火が焚かれる
その天幕の一つに、ギルバートは休んでいた
そこにアーネストは子爵を伴ない、交渉を始める
交渉は長引き、今も話し合いが続いていた
アーネストが提示したのは、魔鉱石で作られた剣だ。
魔鉱石は帝国では当たり前に使われていたが、今では作られる者が居ない。
魔物と戦うのなら、強力な武器が必要だろう。
交易で回す事になれば需要は高いだろう。
「確かにこの剣なら、交易には十分に見合うだろう」
「ええ
魔鉱石は帝国では?」
「魔鉱石?」
「魔物の素材を鉱石と合わせて精錬するんです」
「魔鉄鉱か!
それならば昔は作っておった
しかし帝都が落ちてからは…」
「帝国では魔鉄鉱と言うんですね」
「ああ
魔物の骨を砕いて、鉱石と一緒に精錬するんだろう」
「ええ
その通りです」
子爵は再び剣を引き抜くと、剣の腹を光に当ててみせる。
「うむ
良い輝きだ
こいつの柄を作り直しておいてくれ」
「はい」
子爵は剣を仕舞うと、兵士に手渡した。
さすがに子爵が持つには、柄はボロボロだった。
しかし新品の剣は、竜車の中に仕舞ってある。
それに子爵にただで渡せば、色々と問題があるだろう。
拾った方の剣だから、気軽に渡す事が出来るのだ。
「その剣は切れ味と耐久性に付与がされています
並みの剣よりは丈夫で、切れ味も良いと思いますよ」
「うむ
魔物に使われていたと言うが、勿体ないな
ワシが使う事にする」
「子爵様にとなれば、他に渡しますが?」
「いや、それは止しておこう
皇家よりも先に貰ったとなるとマズいからな」
「それでは帰りに、ここに立ち寄って渡そう」
「ここに立ち寄るつもりなのか?」
「ああ
その事なんだが…」
アーネストは少し考えてから、言葉を選びながら話す。
「国交交渉を話す際に…
皇家にも話すつもりなんだが…」
「ん?」
「あんた等を見込んで、王都に来てもらえないかと…」
「な!」
「アーネスト!」
「ギル
これは私だけの考えでは無い
王都は今、人手を必要としている」
「しかし…」
「そうだぞ
ワシ等は帝国の…」
「先も話したが、今は王国とか帝国とか言ってる事態では無いんだ
人間が諍いを忘れて、手を取り合わなければ、魔物に滅ぼされるだけだぞ」
「しかし…」
「考えてもみろ、ここは程なく人が住めなくなるんだぞ
他に行く所はあるのか?」
「それは…」
「アーネスト
いくらなんでも…」
アーネストの言い分は分かるが、先程まで敵同士だったのだ。
それが停戦しているからと、素直には提案には乗れないだろう。
しかし王都の危急を考えれば、これは双方にとっても良い案だと言えた。
だからアーネストは、子爵を説得に掛かる。
「今や王都は、魔物の襲撃で多くの人命を失っている
だからあんた達に、王都に共に住んで協力して欲しいんだ」
「しかし…
帝国の民なんだぞ」
「そんな事はこの際関係無い
同じ人間だろ?」
「う…ううむ」
「それにあんた等は、帝国が行っていた奴隷制に反対している」
「なんでそれを?」
「あんた等の生活を見てれば分かるさ」
アーネストはこのオアシスに入る時、住民達の様子を見ていた。
彼等は慎ましやかな生活を守り、奴隷や人を虐げる様な事はしていなかった。
勿論見ていない場所で、その様な事をしている可能性はある。
しかし選民思想や奴隷制を押す、カラガン伯爵と対立をしている。
その事からも、彼等がその様な思想を嫌っていると判断出来た。
「当たっているだろ?」
「ああ
奴隷制度なんて物は、帝国の負の遺産だ
ワシ等はそんな思想を嫌っておる」
子爵も帝国が滅びた理由は、選民思想から来る奴隷制だと理解していた。
だからこそ、女神を旗頭にした王国率いる西方諸国が勝利したのだ。
それは皇家も理解していて、奴隷制を廃止していた。
その事も、カラガン伯爵が皇家に逆らう原因となっていた。
「皇帝陛下も、亡くなる前には奴隷制に反対しておった
だからこそ、カラガンにとっては許されない事だったのだろう
あいつは選民思想を掲げて、奴隷を集める事に腐心しておったからな」
「それは王国側にも伝わっている
だからこそ、陛下は皇帝と和解を望んでいた
結果として、そこを狙われた訳だがな」
皇帝と和解する為に、休戦が申し渡された。
そうして皇帝が帰還した後に、正式な終戦協定が開かれる予定であった。
しかし皇帝は帰還する前に、魔物に襲われる事になる。
そこからの敗走に、カラガン伯爵の追撃が行われた。
そして皇帝と、第一、第二皇子が殺される事となった。
それをカラガン伯爵は、王国側の騙し討ちに遭って亡くなった事にしているのだ。
「帝国側に伝わった話は間違いだ
西方諸国同盟は、帝国との終戦協定を望んでいた
今ではそれは、有耶無耶になっているがな」
「ああ
カラガンの野郎は、西方諸国が騙し討ちをしたと触れ回った
しかしアルマート公爵を始めとして、ほとんどの者が信じていない
それはそうさ
帝国は敗けていたんだからな」
当時の帝国は、西方諸国同盟に敗けが確定していた。
しかしクリサリス聖教王国が、代表して帝国と停戦協定を結ぼうとしていた。
その為に追撃が取り止められて、西方諸国は兵を引いていたのだ。
皇帝が魔物に襲われたのは、不幸な偶然だった。
しかし敗走する皇帝を、カラガンは見逃さなかったのだ。
カラガン伯爵は、このまま皇帝が生きていれば、いずれ自分の野望の邪魔になると判断していた。
だからこそ、敗走して兵を失っている皇帝を、暗殺しようと目論んだのだ。
そしてそれを実行して、王国の仕業にしたのだ。
斯くて休戦は成されたが、停戦までに未だに至っていないのだ。
戦いこそ行われていないが、未だに帝国は西方諸国と敵対している事になっている。
「少し…考えさせてくれ」
「そうだな
領主として民と話し合う必要もあるだろう
私達が交渉している間に、よく話し合ってくれ」
「ああ
そうさせてもらうよ」
「取り敢えずどうするんだ?」
「そうだな
帝都に向かわなければな」
「しかし、ここから東には向かえないぞ」
「何でだ?」
アーネストとしては、一刻も早く帝都跡に向かいたかった。
しかしハルムートとしては、東に直接向かうのはお勧めしなかった。
「東に向かうと、魔導王国の街の跡地がある
そこ自体には問題は無いんだが…」
「何があるんだ?」
「そこには嘗て、美しい川があったそうだ
それを聞けば、お前なら分かるのでは?」
「川か…
まさか流砂か」
「ご名答」
「流砂だって?」
「ああ
川のあった場所に砂が積もっているんだろう」
「それがなんだって…」
「川があったって事は、そこは水が流れていたんだろ?
そこに砂が積もって、川の跡を見えなくさせているんだ」
「だから、それがどうしたって…」
「そこに乗ると、恐らく砂が川みたいに流れるんだ
そうすればどうなると思う?」
「あ…」
「足が取られるだけなら良い
しかし恐らくは、砂に飲み込まれるだろうな」
「そういう事だ
砂漠で見えない場所に、砂が流れたり沈み込む場所がある
そういう場所には、迂闊に近付くんじゃ無いぞ
底なし沼みたいに飲み込まれるからな」
子爵の言葉に、ギルバートも危険性を理解した。
しかしそうなると、どうやってその流砂を躱すかだ。
「安全に渡るには、一旦北に出て、そこから公道の跡にそって南東に向かうべきだろう
その辺は御者の方がよく知っている」
「しかし北には…」
「ああ
恐らくカラガンが待ち構えているだろうな」
「そうなんだよな…」
迂闊に来たに向かえば、再び伯爵の軍に襲われるだろう。
「ワシが途中まで行っても良いが…」
「危険です」
「だよな」
子爵の兵士が、同行には反対する。
みすみす危険な旅に、子爵を同行させられないだろう。
「上手く奴等を躱せれればな」
「そうだな…」
そんなに簡単に良い案も浮かぶ事も無い。
一行は取り敢えずは、ここで一晩を明かす事にする。
それからの事は、翌日に考えるしか無いだろう。
「一晩ゆっくり考えるんだな
焦る気持ちは分かるが、焦っても上手くは行かんだろう」
「そうだな
良く考えてみるよ」
子爵は頷くと、兵士と共に天幕を出る。
兵士には見張る必要は無いと告げる。
アーネスト達を客人として扱う事にしたのだ。
それで兵士達も、天幕の周りから離れた。
アーネストは、子爵が天幕から出て行くのを見送る。
それを待っていた様に、ギルバートが質問する。
「どういう事なんだ」
「ん?」
「移民の話だ!」
「ああ
バルトフェルド様とは相談していたんだ
もし移民の希望があれば、喜んで受け付けようって」
「何でだ?
今は王都は混乱していて…」
「そうだな、まだまだ住民が居付かなくて困っているな
だからこそだ」
アーネストはギルバートに分かる様に、噛み砕いて説明する。
「住民が居ないからこそ、混乱が収まらない
当然だよな
人手が足りなくて復興すら覚束無い」
「だったら…」
「だからこそだ!
人手が無いのなら、国外からでも受け入れる
そうでもしないと人が集まらないだろう?」
「だが…
何で帝国なんだ?」
「それは帝国が、土地が住めなくなっているからだ
それならば、どっちにとっても有益な話だろう?」
「それにしてもだ
帝国は王国と…」
「それこそ何でだ?
本来なら停戦は叶っていた
それを邪魔しているのは、邪な企みをする伯爵の仕業だろう?」
「それは…
しかし…」
アーネストは溜息を吐きながら続ける。
「そもそも、皇家としては王国と和解したい筈なんだ
これ以上いがみ合っても、何も得にはならないからな」
「だがしかし…」
「皇家が今回の交渉に乗って来たのが証拠だ
向こうとしても和解をしたいんだ」
「ぬう…」
「それにな、何も無条件に移住する訳じゃあ無い
帝国の民と認めた上で、王国の復興に協力してもらう
それで王都に住む事が嫌なら、他の土地を分け与えるさ」
「他の土地?」
「ああ
例えばザクソン砦が放置されているだろ?」
「あそこはムルムルが…」
「ムルムルももう恨みは晴らしている
これ以上は何もしないさ」
「そうだろうか?」
ギルバートとしては、あそこに帝国の民が住み着けば、またムルムルが殺意を向けるのではないかと思っていた。
しかしアーネスト違っていた。
ムルムルが怒っていたのは、自分達を生贄にした旧ザクソン伯爵である。
それは帝国に思うところもあるだろうが、少なくとも子爵にではない。
もしそうなら、ここもとっくに襲われていただろう。
それに…
アーネストは考えていた。
ムルムルが向けるべきは、旧帝国の考えをそのまま引き摺る伯爵にだろう。
彼こそが元凶であり、ムルムルや女神が忌み嫌う人間の悪意の代表だろう。
「兎も角、ここに住めなくなる彼等には、移るべき住処が必要だ
助けていただいた礼に、それを用意する
人として当たり前の道理では無いか?」
「うーん…
何かお前の思惑が透けているんだが?」
「気のせいだ
私は…
オレは自分が出来る事をしているだけだ」
「ふーん…」
アーネストはギルバートが、不審そうな視線を向けるのを避ける様に出て行く。
これ以上ここに居ても、意見は平行線だろう。
それよりは、自分の天幕で考えた方がマシだ。
天幕の出際に、ちょっとした意趣返しを思い付く。
「これ以上はお楽しみの邪魔だから…」
「うるせえ!」
ギルバートは怒りながら、手近なクッションを投げ付ける。
それを躱す様に、アーネストは天幕を出る。
それを不安そうにセリアが見詰めている。
「お兄ちゃん…」
「大丈夫だ
セリアが悪いんじゃあ無い」
「うみゅう…」
ギルバートはセリアの頭を撫でながら、皿から果物をつまむ。
既に周囲の気温で、若干水気は無くなっている。
しかしまだ甘味は感じるので、旨そうにそれを噛み締める。
「アーネストも国の事を思ってくれてる
大丈夫だ…」
「うにゅ?」
ギルバートはそう自問自答するが、一抹の不安を抱えていた。
もし、女神様がそれを許さなければ?
再び魔物が攻め込んで来るだろう。
しかし、それこそ今更だろう。
魔物は未だに、王国にその勢力を拡げつつある。
このままでは、遠からず王都に攻め込んで来る筈だ。
その時に王都に、住民や兵士が居なければ簡単に蹂躙されるだろう。
それを考えれば、アーネストの主張は正しいのだろう。
しかしギルバートは、言い知れぬ不安を感じていた。
それが何かは分からないが、このままでは何か良からぬ事が起きそうな気がしていた。
「大丈夫?」
「ん?
ああ、大丈夫だ問題無い
問題無い…筈だ」
ギルバートは自分に言い聞かす様に呟く。
しかしギルバートの様子に、セリアは不安を隠せなかった。
知らず知らずの内に、ギルバートは不安を表情に出していた。
だからこそ、アーネストは去り際に揶揄っていたのだ。
「上手く行けば良いのだが…」
そしてアーネストも、何か見落としている様な気がして不安になっていた。
そして天幕に戻る前に、オアシスに掛かる月を見上げる。
紅く輝く不吉な月を…。
まだまだ続きます。
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