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聖王伝  作者: 竜人
第十三章 帝国の罠
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第406話

帝国の領土の大半を覆う死の砂漠

そこに踏み込んだギルバート達は、盗賊に狙われる事になる

アーネストも気が付いていなかったが、カザンで盗賊達は狙いを定めていたのだ

そしてカラガン伯爵は、その報を聞いてギルバート達を狙って来たのだ

辛くも逃走したギルバート達は、別の帝国貴族に匿われるのであった

ハルムート子爵は、敵陣の筈のこの場所で、肝の据わった行動をするアーネストに感心していた

実はアーネストは、内心冷や冷やしていた

子爵が来る事は予想していたが、こうも上手く運ぶかは賭けだった

子爵の態度を見れば、彼はまさしく貴族と云う男だった

しかしそれでも、二国の間の溝は深いのだ


「子爵殿が貴族で助かりました」

「ん?」

「あの場で度量の狭い男なら、ここは戦場になっていたでしょう」

「ふん

 貴殿はそれでも、まんまと逃げおおせるつもりだっただろう?」

「それは、まあ…」


アーネストはそう答えるが、具体的な策など無かった。

ここは敵地で、地理にも明るくない。

迂闊に逃げ出しても野垂れ死ぬだけだ。

しかしこの状況では、弱みは見せる事は出来ない。

張ったりだが、ニヤリと笑って見せる。


「しかし

 さすがに国交を結ぶというだけあって、頭は回る様だな」

「ええ

 私は魔導士ですから」

「それもそうだな」


一頻り遣り合ったところへ、兵士が報告に来る。


「アーネスト様

 野営の準備が整いました」

「ああ

 みなは休んでくれ」

「え?

 しかし…」

「大丈夫だ

 ここは子爵殿が治める地だ」

「は、はあ…」


「ギルは?」

「あちらの天幕に…」

「そうか」


アーネストは頷くと、子爵に視線を向ける。


「子爵殿を信用しますよ」

「ん?」

「アーネスト様

 さすがにそれは…」

「良いから任せろ

 さあ、子爵殿」


アーネストは子爵を伴なって、ギルバートが休む天幕に向かう。

兵士はその後ろ姿を見送りながら、ボソリと呟く。


「知りませんよ…」


アーネストは天幕の前に立つと、声を掛けながら天幕を引き開ける。

しかしその中の光景に、思わず頭を抱えた。


「おい

 ギル

 入るぞ」

「はい、お兄ちゃん

 あ~ん」

「うん

 あ~…ん?」


セリアがニコニコしながら、切り分けた果物を口元に運んでいた。

そしてギルバートは、天幕に入って来た二人を見て固まる。

口を大きく開けたまま、デレた顔のまま真っ赤になる。


「すまない

 邪魔するつもりは…」

「何で入って来るんだ

 ってか兵士は?」

「ぷっ、くくくく…」


子爵は最初、光景に驚いていたが、その慌てっぷりに笑い出す。


「すまないがセリア

 重要な話がある」

「うにゅう」


セリアは不満そうな顔をするが、黙って椅子から降りる

そして手近な席に座り直した。


アーネストは咳払いをすると、改めて話を始める。


「おほん

 こちらは帝国のハルムート子爵

 子爵

 こちらは我が親友にして王国の王太子、ギルバート殿下です」

「は?

 王太子?」


今度は子爵が驚き、鳩が豆鉄砲を食った様な顔をする。


「お、王国ので、殿下?

 王太子殿下が何故こんな所に?」


泡を食っていても、さすがは帝国の子爵だ。

無礼の無い様に尋ねて来る。

そんな子爵の様子に、ギルバートも好感を持って応対する。


「驚かせて申し訳ない

 訳あってこうして、内密に入国している

 今は非公式の身分と思って欲しい」

「は、はあ…」


子爵は驚きつつも、アーネストが差し出した椅子に座る。


「子爵

 私は先程、帝国との国交の話をしましたね」

「ああ

 そういう話だったな」

「入国の理由の半分は、それで合っている」

「半分って…」

「残りの半分がこれだ

 殿下は現在、治らない病に侵されている」

「治らない病?」


病と聞いて、子爵の顔つきが変わる。

それが流行り病であれば、許容出来る事では無い。

思わず腰の剣に手が伸びる。


「安心してください

 治らないと言っても、彼だけが罹る病です

 他の者に移る心配はございません」

「う…

 そ、そうか…」


子爵は安心したのか、腰の剣から手を放す。

考えてみれば、流行り病であれば女子供を近付ける事は無いだろう。

病が広がっては大変な事になるからだ。

そういう意味では、セリアの行動は説得力があった。


「それで?

 その病がどうして原因なんだ?」

「理由は簡単だよ

 国交の申し出の際に、皇女殿下に面会したい

 皇女殿下なら、ギルの病を癒す事が出来る」

「き、貴様!」


今度はさすがにマズかった。

子爵は抜刀すると、アーネストに切っ先を向ける。

子爵の声に驚き、両軍の兵士が天幕の周りに集まる。


「子爵様!」


子爵の兵士が二人、天幕の中に入って来る。


「貴様等

 子爵様の優しさに付け込んで…」

「止さないか」

「しかし…」

「彼等はワシの客人だ

 手を出す時は伝える

 お前等は剣を引け」

「う…」

「仕舞わんか!」

「はい」

カシャン!


子爵の恫喝に負けて、兵士は剣を仕舞う。

しかしその視線は依然として警戒しており、アーネスト達を睨んでいた。


「お前達

 どこでそれを聞いた?」


アーネストは逡巡するが、素直に話す事にする。


「精霊様が教えてくださった」

「アーネスト!」

「ギル」


アーネストは首を振ってギルバートを諌める。


「今は味方を増やすべきだ」

「しかし…」


「精霊?」

「そんな与太話を信じろと?」


子爵も兵士も、さすがにいきなり精霊と言われても、信じる事は出来なかった。

アーネストはセリアの方を見る。


「無理だよ

 ここには精霊の力はほとんど…」

「だが、少しの間ぐらい呼べるだろ?」

「うにゅう…」


セリアは困った顔をして、地面を軽く叩く。

すると地面から、幼児サイズの可愛い小人が現れた。


「な!」

「精霊?」

「ここに住む子供達だよ

 でもここも、もうすぐ力を失いそうだって」

「力を失う?

 するとどうなるんだ?」


子爵の質問に、セリアは悲しそうな顔をする。


「土は力を失い、岩山は砂になるでしょう

 それに湖も、やがて枯れてしまう

 精霊達は警告を発しています」


セリアの瞳は緑色に輝き、その口調は精霊女王のそれに代わっていた。


「湖が枯れるだと?

 そんな馬鹿な?」

「嘘ではありません

 ここ数ヶ月、雨は降りませんよね?」

「むう…」

「それに岩山も

 少しずつ崩れている筈です」


それは子爵も知っていた。

このままでは、このオアシスを守る砂岩の山も、いずれ崩れて無くなるだろうと感じていた。


「うにゅう…」


セリアの力が尽きたのか、精霊は崩れて再び姿を消す。


「これは?」

「既に維持する力も限界に達しているのでしょう

 それだけここの力が、失われているのです」

「何…だと?」

「思い当たる事はあるんでしょう?」

「ぬう…」


「嘗てこの地では、亜人狩りと称する大規模な奴隷集めが行われていた」

「それは我々では無い

 魔導王国の奴等が…」

「それでも帝国は、悔い改める事も無く人狩りを続けていましたよね?」

「くっ

 そうだ!

 一部の腐った官僚共は…」

「それに奴隷を使った様々な非人道な実験」

「くっ…」

「そして精霊力を人間の物にしようとした、大規模な奴隷の虐殺…」

「ちょっと待て!

 それは私も知らないぞ」

「私も初耳だぞ」


これには子爵も、ギルバートすらも驚いていた。

これはアーネストが、帝国の機密文書を調べたからだ。

それは禁書に書かれていた事から、具体的に行われていた事は確かだった。

禁書には、具体的な方法と結果が書かれていたからだ。


「行われていたんですよ

 それで砂漠化が深刻になった

 皮肉ですよね

 砂漠化をどうにかしようと、非人道な実験が行われたんですから」

「そんな…」

「それで砂漠化が進行したと?」

「ええ

 それだけではありませんよ!

 魔の森も死の沼地も、その実験の副産物なんですから」

「何だと!」

「では…

 あれは王国の仕業で無かったと?」

「ええ

 当時の王国には、そこまでの魔力の持ち主は居ませんでした

 そう言えば分るでしょう?」


魔の森と死の沼地は、魔力災害の象徴とされている。

それは王国の魔法実験の影響だと、帝国側は主張していた。

しかし王国側では、長年原因は判明していなかった。

それを解明するだけの魔術師が居なかったのだから当然だろう。


「馬鹿な

 あれは王国が…」

「王国側では、あれが何なのかも最近まで分かりませんでした

 出来るような者が居たと思いますか?」

「そうだな

 魔法に関しては、帝国の方が遥かに上だったんんだ

 冷静になって考えれば、確かにこちらの側の者の仕業だろう」

「子爵様!

 そんな与太話を…」

「出来る出来ないなら、帝国の魔術師達の仕業に違いない

 それが誰の差し金か…だがな」

「…」


アーネストの話しに説得力があるので、さすがに兵士も反論出来なかった。

感情では間違いだと思いたいが、事実が否定をしていた。


「それで?

 この状況は帝国が招いたと?」

「いえ

 帝国とか魔導王国とかでは無いんです

 人間が行った、そこが問題なんです」

「それは?」

「精霊様は、この地を去る事で収めました

 しかし女神様は…」

「はあ?」

「何で女神が出て来る

 女神は王国の…」

「その王国の王都ですが

 少し前に壊滅しました」

「な!」

「なんだと!!」


兵士は放心し、子爵もよろよろと椅子にへたり込む。


「クリサリスの王都が?

 壊滅だと?」

「ええ

 女神様が遣わした、魔王によって攻め落とされました」

「しかしクリサリスは…」

「ええ

 クリサリス聖教王国です

 我が国は女神様を信奉しているんです」

「その王国を…

 女神が自ら滅ぼすだと?」

「ええ

 最早王国とか帝国では無いんです

 人間を滅ぼそうとしています」

「なんて…事だ」


子爵は力無く、顔を覆って嘆く。

女神と言えば、この世界と生き物達を創り出した創造神だ。

その女神が、我が子である人間の滅亡を望んでいる。

それは他国の信仰が違う帝国にとっても、軽視出来ない事であった。


「ワシ等は女神を信奉しておらん

 しかしそれは、女神無くとも生きられると思い上がったからだ

 ワシ自身は、女神は創造神だと思っておる

 少なくとも、魔物が現れているこの状況ではな」


信じたく無くても、周りの状況がそれを示している。

魔物も女神が創り出したとすれば、魔物の存在が理解出来るからだ。

人間や魔物が、自然に湧いて出る事は無いからだ。

何者かが、意思を持って生み出したとしか思えないのだ。

それは長年、帝国内でも論争を生んでいるのだ。


「帝国が…

 皇帝が女神を信奉しなくなったのには理由があります

 しかし今は、そんな事はどうでも良いんです」

「どうでも良いだと?

 しかし貴殿は先程…」

「問題はその女神様が、私達人間を滅ぼそうとしている事です」

「むう…

 確かにそうだが…」


「今は帝国だとか王国だとか言っている事態では無いんです」

「その為の国交だと?」

「ええ

 王都は今、国王を失い立て直しに懸命です」

「国王が?

 それならば今ここで王太子を討てば…」


不意に子爵は凶悪な面構えになる。

後ろに立つ兵士も、武器に手を伸ばす。


「アーネスト!」

「ギル

 任せろと言っただろ?」


アーネストは不敵にニヤリと笑う。

それを見て、一瞬だが子爵の顔が驚愕に変わる。

しかしすぐに視線を鋭くする。


「強がっても無駄じゃぞ

 そちらは病に伏した王太子が居るじゃろう?」

「そちらこそ

 悪ぶるのは止めませんか?

 子爵はそんな器の小さい男では無いでしょう?」

「ワシの何が分かる?」

「部下を見ていたら分かります」

「…」

「…」


暫し互いに見合い、緊迫した空気が流れる。

しかし先にそれを解いたのは、仕掛けた子爵であった。


「それなりの…覚悟はある様じゃな」

「ええ

 でないとこんな真似はしませんよ」

「ほっ…」


兵士も緊張を解き、武器から手を放した。


「どうするつもりじゃ?

 カラガンの様な馬鹿も多いぞ」

「そうですね

 差し当たっては、皇女と国交を結びます」

「待て

 それには一旦北に向かって…」

「ええ

 危険ですがそうするしか無いでしょう」

「他に方法は無いのか?」


珍しく子爵は、弱気な様子を見せる。

それだけカラガン伯爵というのは厄介らしい。

しかしアーネストとしても、ここで時間を無駄にする事は出来ない。

少しずつだが、ギルバートの病は侵攻しているのだ。

今もほとんど寝たきりで、立ち上がる事が出来なくなっているのだ。


「無いですね」

「しかし…そのう…

 そこまで無理する保証は?」

「これです」


アーネストは竜の顎山脈で手に入れた、ボロボロの剣を取り出す。


「それは差し上げます」

「ふむ」

「無礼だぞ

 いくらなんでもそんな…」

「黙ってろ」


子爵は剣を引き抜く。

それは見た目はボロボロだったが、刀身は輝いて切れ味を失っていない事を示す。


「おお…」

「これは?」

「見てみろ」


子爵は剣の価値を見抜き、背後の兵士に手渡す。


「しかしこんなボロボロの剣なんて…」

「そうか?

 ワシにはお前が、物の価値を見抜けない様に見えるが?」

「へ?」


アーネストは敢えて、ここでそ剣を見せたのだ。


「この剣は…

 恐らく保存状態が悪かったのだな?」

「ええ

 王都から魔物に奪われた物で…」

「王都で…か」

「一般の兵士に持たせていました」

「何!

 これをか?」

「ええ

 その意味を、子爵なら理解出来るでしょう?」

「そうじゃな」

「え?

 ええ??」


兵士は困惑していたが、子爵は理解していた。


「見た目がこれだけボロボロに朽ちているのに、刀身は未だに煌めきを保っておる」

「そう言われれば…」

「どれ」


子爵は兵士から剣を取り上げると、それで自らの剣に打ち付ける。


カシーン!

カランカラン!

「あ!」


子爵の剣は真っ二つになって転がる。


「これは見事な剣じゃ」

「ええ

 それを提供する事が交易の条件です」

「うむ

 これならば、アルマート様も納得されるじゃろう」


子爵は満足気に頷くと、剣を自分の腰に仕舞う。

どうやらすっかり気に入った様子だった。

まだまだ続きます。

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