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聖王伝  作者: 竜人
第十三章 帝国の罠
405/800

第405話

死の砂漠に夜の帳が降りる

1日目の夜は、特に魔物に襲われる事も無かった

盗賊にも警戒していたが、今のところは姿を現していなかった

しかし油断していれば、どこかで見張っている可能性もある

この泉は、隊商もよく使う休憩場所だからだ

何事も無く、野営地に朝日が差し込む

兵士達は急いで起き上がると、天幕を片付ける

急がないと気温は、すぐに上がってしまう

日差しに焼かれる前に、急いで竜車に乗り込む必要があった


「何事も起こりませんね」

「そうだな

 しかしここは、魔物よりは盗賊の方が恐ろしい

 不審な近付く人間には注意しろ」

「はい」


竜車に乗り込むと、すぐに出発する事になる。

外に出ていても何も良い事は無いからだ。


「すぐに出ますか?」

「そうだな

 乗り込んだら順番に出発だ」

「はい」


順番に乗り込んで、竜車が動き出す。

全ての竜車が動き出す頃には、既に周囲は暑くなり始めていた。


竜車は順調に進み、昼前には砂漠地帯に入った。


「殿下

 ここから砂漠になります」

「どう違うんだ?」

「待っててください

 竜車の感覚が変わりますから」

「え?」

ズシャーッ!


急に砂を乗り越える様な音がして、足元の砂を滑る音が小さくなる。


「ね?

 音が違うでしょ」

「ああ

 静かになったな」

「全てが細かい砂になるので、ソリに抵抗感が無くなるんです」


静かになった竜車の中で、ギルバートはうつらうつらと船を漕いでいた。

そしてそのまま、竜車は砂丘を避けて進んで行く。

日差しは天頂を過ぎ、緩やかに傾いて行く。

そうして日が傾いた頃、御者は遠くに何かを発見する。


「アーネスト様

 殿下は?」

「今は眠っている」

「そうですか

 その方が良さそうですね」

「何だ?

 どうした?」

「静かに

 先に兵士達が遭遇します

 そのまま問題が無ければ…」


御者は砂竜に指示を出して、速度を少しずつ落とす。

その視線の先には、竜車から降りた兵士が砂竜に乗った一団と話していた。

そして何かが日差しを反射して、兵士に向かって閃く。


「あ!」

「静かに

 タイミングを合わせて逃げますよ」


どうやら待ち受けていたのは、盗賊の一団の様だった。


その少し前に遡る。

兵士達は待ち伏せる様に、砂丘の間に広がる一団を見た。

彼等は砂丘の間を塞ぐように、竜車の進行を妨げていた。


「どうする?」

「しかし盗賊の可能性も…」


その一団は、先頭に旗を掲げていた。

普通の盗賊ならば、旗を掲げる様な事はしないだろう。

そう思えば、その一団は貴族か何かの軍の様に見えた。


進行方向に広がっている為に、竜車で抜ける事は出来ない。

止むを得ずに兵士達は竜車を止めた。


「そこの奴等!

 さっさと降りて来い!」

「何だ?

 あの偉そうなのは?」

「どこかの貴族の私兵じゃないのか?

 それならば納得だが」

「しかし見た事が無い旗だぞ」


「どうした?

 ワシの命令に逆らう気か?」


仕方が無いので、代表して先頭の竜車から兵士が降りる。


「あなた方が何者か…」

「黙れ!

 貴様等、このお方をどなたと心得る!」

「知らねえよ…」

「何だあれ?」


竜車の中で、兵士達は悪態を吐く。


「申し訳ないが…」

「黙れと言っただろうが!

 生意気だぞ、このサル共が!」

「くそっ!」

「止せ

 下手な真似はするな」


竜車の中の兵士達は、その尊大な態度に怒りを覚えていた。

こちらは王国の王太子を乗せて、急ぎの旅をしているのだ。

それを止めて、サルだのなんだの言っている。

それだけで十分に不敬だと思っていた。

しかし一部の兵士は、王太子が乗っている事を秘匿すべきだと考えていた。

それで相手の出方を見ながら、ぐっと堪えていたのだ。


「この場を助かりたいのなら、大人しく荷物と竜車を置いて立ち去れ!」

「な!

 何をふざけた…」

「生意気だぞ!」

シュバッ!


男はそう叫ぶなり、いきなり剣を引き抜くと、兵士を袈裟懸けに切り捨てた。


「な!」

「ふざけやがって」

「もう我慢ならん」

「止せ

 すぐに逃げるべきだ

 殿下が後方にいらっしゃるんだぞ」


男の狙いは、まさにこの兵士達の行動だった。

しかし血気に逸った兵士は、まんまと抜刀して暑い砂漠の中に飛び出す。


「ふふふふ

 カラガン伯爵に逆らうのだな

 皆殺しにしろ」

「おう!」


砂竜に乗った一団は、一斉に抜刀する。

それからニヤリと、血に飢えた笑顔を浮かべる。


「何が伯爵だ」

「ただの盗賊じゃねえか」

「何を言う

 寛大な伯爵様は、貴様らに生き残る道を示してやったんだぞ」

「竜車を置いて行けば、砂漠では死を意味するだろうが!」

「そんな事は知らんな

 貴様らが勝手に野垂れ死ぬだけだろうが

 それは伯爵様のせいでは無いわ」

「くっ

 こいつ等最初から、オレ達を殺して荷物を奪う気だ」

「全員降りて応戦…」

ゴウッ!

ズガーン!


兵士が叫んでいる所に、後方から火球が飛んで来る。

それは盗賊達の間を抜けて、後方の砂丘に直撃した。

竜車から降りたアーネストが、ファイヤーボールの魔法を放ったのだ。


アーネストは竜車の中で、兵士が殺されるのを目撃した。

そして一団が、砂漠に現れるという盗賊で、こちらの荷物や竜車を狙っていると判断した。

そして御者に素早く指示を出す。


「あの砂丘には魔獣が潜んで居るんだよな」

「ええ

 そうですが…」

「これから私が騒ぎを起こす、そうしたら竜車を動かして逃げるんだ」

「アーネスト様?

 何を…

 危ないですって」


御者は竜車を飛び出すアーネストを見て、慌てて止めようとする。

そして兵士達も、慌てて竜車から飛び降りようとしていた。

しかしアーネストは、御者と兵士に向かって叫んだ。


「良いから動かせ

 オレもすぐに飛び乗るから

 ファイヤーボール!」

ゴウッ!


火球は盗賊達を摺り抜けると、後方の砂丘に直撃する。

その炎を見て、前方の兵士達もアーネストの方に振り返った。

アーネストは兵士に聞こえる様に、大声で叫ぶ。


「急げ!

 竜車に乗って逃げるぞ!」

「アーネスト様?」

「しかし何処へ?」

「良いから行くぞ!」


兵士達は慌てて飛び乗ると、御者はUターンをして逃げ出す。

アーネストも走り出す竜車に、上手く飛び乗る事が出来た。

身体強化を発動して、瞬発力で飛び乗ったのだ。

竜車の中では、ギルバートセリアが転げそうになる。


そして相対するカラガン伯爵達も、火球の攻撃に驚いていた。


「うぬ!

 何者だ?」

「魔術師です

 あそこから撃って…」

「小生意気な

 皆殺しに…」

ドゴーン!


しかしみなまで言う前に、後方で大きな音がする。

振り返ると、そこには砂丘からサンドワームが首を擡げていた。

火球の直撃に驚き、その不埒者を食らおうと首を擡げたのだ。


「な!」

「サンドワームだと?」

「あの魔術師、これを狙って…」

「うぬぬ、小癪な

 こんなミミズ…」

「無茶です、伯爵様

 ここは逃げましょう」

「ワシが逃げるだと?」

「オレ達では勝てません

 一旦避難しましょう」

「ぐぬぬう…」


私兵達は伯爵を守る様に、懸命に魔獣の前に立ちはだかる。

しかし数人の兵士は、その場で失禁して、砂竜から転げ落ちる。


「う、うわああ…」

「落ち着け!

 その場で大人しくしてれば…」


しかし兵士は、恐慌状態に陥っていた。

そのまま這い蹲って逃げ出し、他の砂丘に近付いてしまう。

その這いずる音を聞きつけて、他のサンドワームまで起き上がった。


「止むを得ん

 そいつ等は捨て置け」

「はい」

「伯爵様をお守りしろ」

「はい」


盗賊の一団は、伯爵を守りながらバラバラに逃げ出す。

この時アーネスト達を追い掛けるという選択肢もあっただろう。

しかし不意の魔獣の参戦に、混乱してそれどころでは無かった。

そのお陰で、アーネスト達は無事に南に逃げ延びる事が出来た。


その方向には砂丘は少なく、上手く魔獣に襲われる事も無かった。

勢いに任せて逃げ出したが、ここがどの辺かまるで分からない。

一頻り走ったところで、御者は竜車の速度を落とす。


「殿下

 大丈夫ですか?」

「ああ

 セリアも起きてしまったがな」

「すいません」

「謝る必要は無い

 それよりどうしたんだ?」

「それが…」

「ギル

 そろそろ日が傾く

 野営の準備が必要だ」

「そうですね

 この辺りは…

 いけねえ、無我夢中で貴族領に入っちまった」


御者が竜車を止めて、周囲を見回す。

いつの間に現れたのか、再び砂竜に乗った一団が囲んでいた。


「さっきの奴等か?」

「いえ

 恐らくは違うかと

 奴等は撒きましたから」


御者の言うう通りで、今度の一団は違う旗を掲げていた。


「そこの竜車、停まりなさい」

「ここはハルムート子爵の領地だ

 何用で立ち入った」


一団の先頭に立つ、二人の騎士らしき格好の男が詰問する。

竜車は止む無く止まり、兵士が降りて頭を下げる。


「すいません

 盗賊に襲われて逃げていまして」

「盗賊?」

「この辺りで盗賊だと?」

「いえ

 北から逃げて来たんです」

「北からか…」

「どうします?

 こいつ等カラガン伯爵と…」

「だろうな

 あいつ等また盗賊行為を…」

ギリリリ…!


中心に立つ男が、聞こえるぐらい激しく歯軋りをする。


「くそっ

 帝国の面汚し共め!」

「しかしどうされます?

 こちらが匿ったとなると、また難癖付けられますよ」

「そうだろうな

 しかし知らなければ、どうとでもなる」

「子爵様!」

「危険ですよ?」


子爵と呼ばれた男は、不愉快そうに首を振る。


「そいつ等を連れて…

 いや、案内してやれ」

「子爵様!」

「馬鹿野郎!

 黙って言う事を聞け」

ドカッ!


騎士をぶん殴ると、子爵は有無を言わさずに立ち去る。

騎士は不満そうにしながら、兵士達の方を睨む。


「さっさと来い

 凍え死にたいか」

「は、はい」


兵士はその場の雰囲気に飲まれて、黙って竜車に乗り込む。

それから騎士の砂竜の案内で、一行は小さなオアシスに向かう。

そこは湖と砂岩に囲まれた、天然のオアシスだった。


砂岩は切り立った剣の様に、無数に地面に生えている。

それが湖の周りを囲み、天然の城壁となっている。

その一角が開けており、そこに見張りの兵士が立っていた。


「おう!

 そいつ等は?」

「カラガンから逃げて来たみたいだ」

「またかよ…」

「それで?

 子爵様は?」

「こいつ等をいれてやれってよ

 面倒見が良いからな、あのお方は…」

「だよな

 オレ達で一杯一杯なのに…」


騎士はそのまま進んで、湖の近くの一角に向かう。

そこで御者に合図して、停まる様に告げる。


「ようし

 ここで一晩過ごしてくれ」

「良いのか?」

「ああ

 子爵様の考えだ

 しかし黙ってうろつくなよ

 ここでは客人って事になるが、勝手な事をしてるとしょっ引く事になるからな」

「分かった

 おい

 ここで野営の準備をするぞ」

「はい」


兵士達は竜車を降りると、さっそく野営の支度に掛かる。

その間にも、アーネストは竜車を降りて騎士の元に向かう。

騎士は油断なく周囲を見回り、兵士が不審な行動を取らないか見張っていた。

そしてアーネストが近付くのを見て、砂竜から降りた。


「あんたがこの一軍の大将か?」

「そんな大した者では無いが…

 護衛を頼んだ貴族になるかな」

「貴族?」


騎士は不信感を露わに、アーネストを頭から爪先まで見る。


「貴族と言うよりは…」

「そうだな

 本職は魔術師だが、伯爵でもある」

「なるほど

 それでか…」


騎士は納得したらしく、うんうんと頷く。


「それで?

 そんな伯爵様が何でこんな所に?」

「それがだな…」


アーネストは通行許可証を差し出してから、旅の理由を告げる。


「オレは…

 私はクリサリス聖教王国からの使者になる」

「クリ…

 王国の!」


騎士はいきなり、砂竜から槍を引き抜く。

そして油断なく構えながら、アーネストを睨み付ける。


「アーネスト様」

「くそっ!

 何をする気だ!」

「慌てるな

 こうなる事は予想している」

「…」


騎士は黙って睨み付けるが、アーネストは手を上げると、首を振って敵意は無いと示す。


「王国と聞けば、その様な反応は当然なんだろうな」

「当たり前だ!

 貴様らがどれだけの事を…」

「戦争だったんだ

 お互い様だろ?

 それともまだ戦争をする気なのか?」

「くっ!

 うぬぬぬ…」


「私は帝都に、国交を申し込む途中なんだ」

「国交だと?

 今さら何をふざけた…」

「止さないか!

 客人の前だぞ」


そこに子爵が現れて、騎士に向かって叱責する。


「叱らないでやってください

 彼等からすれば当然でしょう」

「そうは言ってもな

 ワシも先ほどの貴殿の言葉、正しいと思うぞ

 お互い様だったんだ」

「しかし子爵様!」

「馬鹿者

 分からんのか?

 貴様がここで使者を害せば、カラガンが喜ぶだけだぞ」

「しかし…」

「下がってろ」

「子爵様…」

「下がれと言っておろうが!」


子爵に恫喝されて、騎士は大人しく引き下がる。

しかし去り際に、しっかりとアーネストを睨んでいた。


「我が騎士が済まない」

「いえ

 彼等の思いも分かります」

「しかし本当は…」

「ええ

 裏切り者が居たんですよね」

「いや

 今も居るんだ」

「ええ」


騎士達は知らないが、子爵は予想していたらしい。

カラガン伯爵こそが、帝国を裏切り、滅びに導いた張本人なのだ。

その伯爵は、未だに砂漠で好き勝手をして、多くの旅人を殺していた。

しかし証拠を残さないので、帝国側でも手が出せないのだ。

アーネストも事情を聞いていたので、カラガン伯爵を警戒していた。

しかしまさか、その伯爵に待ち伏せをされるとは思っていなかった。

王国側に、伯爵と内通する者が居るのだろうと思われた。


「身内の恥とはいえ、迷惑を掛けた」

「いえ

 子爵には助けられました

 あのまま野営をしていれば、再び襲われていたでしょう」

「どうかな?

 貴殿は切り抜けそうだが?」

「それは過大評価ですよ」

「そうか?」


そう言いながら、二人はお互いに笑い合う。

それから固く握手を交わした。


「ワシはこのタシケンを守る

 ハルムート子爵じゃ」

「私は王都の王宮魔導士

 アーネスト・オストブルク伯爵と申します」

「伯爵殿か

 若いのに凄いな」

「いえ、王宮魔導士として叙爵されました」

「それでも凄いじゃないか」


そう言って二人は、固く握手を交わすのであった。

まだまだ続きます。

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