表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖王伝  作者: 竜人
第十三章 帝国の罠
403/800

第403話

アーネストとギルバートは、カザンの領主である侯爵の館に居た

そこの執務室で、帝国との国交の話をしていた

具体的な話をする前に、先ずは何でギルバートが居るのか、その事から話し始める

その為に、これまでに王都で起こった話をした

侯爵は、王都が魔王の率いる、巨人に襲撃された事を聞いた

そして魔王が、女神に選ばれた存在だという事も聞かされる

その上で、魔王がどの様な存在かを聞かされる事となる

これはギルバートが、何で帝国に行かなければならないかという話に繋がる


「しかしまた、何で魔王とそんな話を?」

「それなんだが…

 あなたはお父上から、ザクソン砦での惨劇を聞いたと仰いましたよね?」

「ああ

 当時のザクソン砦を守る、ザクソン伯爵が帝国を裏切ったのだ

 住民達を捕虜にされて、彼等を見捨てて戦ったそうだ」

「そうだな

 王国の歴史書にもそう書かれている

 しかし現実には、逆に住民達を捕虜として肉の盾にしたんだ」

「肉の?

 まさか!」

「ああ

 迫り来る帝国の兵士の前に、盾として住民達を出したのだ」

「そんな!

 それじゃあ帝国と…」

「ああ

 変わらない行いだ」


この辺は、王国の歴史には出て来ない

都合が悪かったのか、伯爵は住民を人質に取られたが、帝国の騎士を退けた事になっている。

それも非公式な歴史となっていて、後にはその箇所も訂正して消されている。


「彼等は帝国の兵士に殺され、血の涙を流しながら果てたそうだ」

「そんな…

 誰がそんな事を話したんです?」

「当時その場に居た、捕虜の一人だ」

「捕虜の一人?

 だって殺されたって…」


「彼は帝国でも忌み嫌われる、死霊魔術の使い手だった

 だから死んで行く住民の魂を使って、死霊魔術を発動させた

 お陰でその場に居たほとんどの兵士は死に、伯爵も逃げ出して助かっていた」

「じゃあ、帝国の兵士を倒したのは?」

「死霊魔術で蘇り、魔物と化した魔術師さ

 それが女神様に選ばれて、後に魔王となったんだ」

「そ、そんな…」


驚きに侯爵は、力無く椅子に座り込む。


「それじゃあ魔王は?」

「ああ

 帝国と王国…

 いや、ほとんどの人間を恨んでいるな」

「そんな化け物と殿下は…」

「話をしたのは偶然だ

 彼は私にした事に対して、責任を感じていた」

「責任?

 益々もって分かりません

 殿下は先程、魔王は人間を憎んでいると仰いましたよね?」

「ああ

 それは魔王だけでは無いぞ

 女神様も人間に失望して、滅ぼそうと考えたんだ」

「ああ…」


侯爵は女神までも、人間を滅ぼそうとしていると聞いて頭を抱える。

それでは最早、人間に救いは無いという事だ。


「それでもな、不審な点があるんだ」

「不審?」

「ああ

 魔王は女神様の行動に、疑問を持ち始めている」

「しかしその魔王も、女神様が選ばれたんですよね?」

「ああ

 帝国の様な人間を、懲らしめる為だったんだと思う

 それが今は、全ての人間を滅ぼそうとしている

 その事に魔王達は、疑問を持っているんだ」


本当は使徒であるフェイト・スピナーが、疑問を持っている。

魔王達は元々、人間に裏切られたりして憎んでいるのだ。

だから本来は、人間を滅ぼす事には賛成なのだ。

むしろそれを止めているのが女神の筈だった。

そんな彼女の心変わりに、魔王達は不信感を持っていた。

しかしそこまでは、侯爵に話す必要は無いだろう。


「それで魔王は?

 何に対して責任を?」

「王国を攻める事は、魔王も考えていなかったみたいだ

 ザクソン伯爵には意趣返しをしたが、そこまでの恨みは無かった様だ」

「はあ?

 巨人を嗾けて王都を襲ったんですよね?」

「それはもう一人の魔王だし、彼は王国には恨みは無かった

 だからこそ、彼等は女神様に不信感を抱いてるんだ」

「もう一人って…

 魔王は何人も居るんですか?」

「ああ

 私が知っているだけで3人だ」

「そんなに…」


侯爵は知らず知らずに唾を飲み込む。

一人でも巨人を連れて、王都を攻め滅ぼすのだ。

さすが女神が選んだという思いと、そんな者が何人も居る事が恐ろしかった。


「それでは魔王は、女神様の指示で王都を襲ったつもりだったが…

 実はそれが間違いだったと?」

「そういう事になるな」

「そんな間違えたなんて、間違えで済む事では無いでしょう?」

「操られてたんじゃ無いかな?」

「へ?」

「魔王は何者かに、操られていたんじゃないかと思うんだ」

「そんな!

 女神様に選ばれた特別な存在なんでしょ?

 そんな魔王を操るなんて…」

「並みの者ならな…

 しかし魔王はそう考えていない」


ムルムルがギルバートに接触したのも、自身が人間をどう思っているかの確認だった。

しかしムルムルが感じたのは、自分のせいで苦しむ若者への自戒の念だった。

何か分からない衝動に駆られて、彼は帝国に攻め込んでいた。

その上で、女神の指示を聞いて嬉々として王国に攻め込んだ。

その時は死んだ者達の、仇が討てると狂喜していたのだ。

しかしギルバートに再会した時に、彼はそれが間違いだと気が付いた。


「魔王は狂わされていたと言っていました」

「狂わされた?

 それは女神様にか?」

「いえ

 記憶では確かに、女神様に会っていたらしいです

 しかし彼等が知る筈の女神様は、そんな事をする筈が無いと」

「それなら誰が?」

「さあ?

 彼等もそれが分からなくて、困惑していました

 それで私に会いに来たみたいですし」


魔王が会っていたのが、本当に女神なのか分からない。

しかしそれ以降、彼等は人間に対する憎しみに突き動かされていた。

それが原因で王国に攻め込んだし、ギルバートに狂気を伝搬したのだ。

結果として、ギルバートに狂気を移した事で、彼等は狂気から一時的に解放された。

しかしいつまた、狂気に駆られるか分からない。

だから魔王は、姿を晦ましていた。


「殿下に狂気を?

 それで殿下は今の状況に?」

「ええ

 私の身体の中に、黒い狂気の魔力が残されました

 それが衰弱の原因です」


直接には魔石に影響があるのだが、それは伏せられていた。

それも話せば、話がややこしくなるからだ。


「それで殿下は?

 まさか聖女を探していると言うのは…」

「ええ

 聖女ならば、何とか出来るでしょう」

「しかしその為に砂漠を越えるなんて…

 私達が探して、連れて来るのでは駄目なんですか?」

「ああ

 時間が無いんだ」

「しかし…」


ここで侯爵は、今回の会談の意味に気が付いた。

全てはギルバートが、病を癒してもらう為なのだ。

その為に、国交を餌にして帝国に渡ると言うのだ。

しかしそれは、とても危険な事なのだ。


「無茶ですよ

 その衰弱した身体で、砂漠を渡ろうだなんて」

「そこでセリアの力が必要なんです」

「え?」


「ノーランド侯爵

 あなたは秘密を守れますか?」

「はあ?

 はあ…」

「これは人間にとって、非常に危険な秘密です」

「何なんです?

 そんな危険な秘密って」


ギルバートはアーネストと、目で合図をする。


「侯爵

 嘗て魔導王国では、精霊の力を得ようとする研究がありました」

「そうなんですか?

 しかし精霊様の力だなんて大袈裟な

 そんな物をどうするんですか?」


「精霊の力を自由に出来れば、田畑を潤す事も出来ます」

「水害を起こさない様に働きかけたり、過ごしやすい様に気候を変えてみたり」

「はははは

 そんな神様の様な…

 まさか?」

「ええ

 本気で考えられていました

 そしてその研究の為に、多くの亜人が犠牲になりました」

「亜人って…」

「エルフやドワーフと言った種族です」

「馬鹿な

 はははは

 彼等は物語の存在ですよ?」

「ところが、魔導王国時代には、実際に人間のすぐ側に居ました」

「そんな馬鹿な!」


侯爵は信じられ無いと、首を振って否定する。

しかし今日は、神である女神様の話や、女神が遣わす魔王という存在も聞いた。

ここで今さら、実際に精霊や亜人の存在が明るみに出ても、何んらおかしくは無いだろう。


「まさか…

 獣人なら分かりますが、エルフやドワーフですか?」

「ああ

 帝国の時代には、既に一部のドワーフしか残されていなかった

 それもやがて、人間の土地から去って行った」

「リュバンニや王都の王城、それからダーナの城壁はドワーフの作だ」

「それは真実味を持たせる為の物語でしょう?」

「いや

 ドワーフは実際に居たんだ

 侯爵は王都の城壁が、人間の職人の作にしては頑丈だと思っただろう?」

「それはそうですが…

 本当に居たんですか?」


侯爵が信じられ無いのは仕方が無いだろう。

この数十年、ドワーフを見たという者は居ないのだ。

そしてドワーフの作という建築物も、その数を減らしていた。

だからドワーフの作というのは、もっぱらほら話だと思われていた。


「侯爵が疑うのも当然だ

 私もダーナの城壁を見ていなければ、与太話と思っていたさ」


ギルバートにそうまで言われて、侯爵は釈然としないまま頷く。

そうしなければ、話が進みそうに無かったからだ。


「それで?

 その亜人がどういう関係が…」

「魔導王国が滅びた理由

 魔物が襲って来た

 住民が死に絶えた

 色々な噂があります」

「はあ…

 どれも物語の話ですよね?」

「その中に、一夜にして天変地異が襲い掛かったという物があります」

「それこそ物語でしょう?」

「いえ

 実はこれは、真実に近いんです」

「はあ?」


侯爵は頭が痛くなってきた。

優秀な魔術師と聞いていたが、まさかこんな与太話をするとは。

そしてギルバートも、信じられ無い事にそれに同調する。

もしかして、先の魔王の話も嘘ではと思えて来た。


「嘗て魔導王国では、精霊の力を借りれるエルフやドワーフを奴隷にしていました

 それに女神様は大変お怒りになられていました

 それが未だに続く、人間を滅ぼそうとする要因なのです」

「そんな物は、女神教の教義を広める為に、神官達が作った物語でしょうが!」

「いや

 実際に行われていたし、亜人狩りと称して大々的な亜人を奴隷にする行いはあったんです」

「そんな与太話

 それを聞かせる為に…」

「亜人を狩り続けた為に、遂に精霊達は決心しました

 魔導王国の在った場所を去ったのです

 それが原因で、あの場所は呪われた砂漠となったのです」

「そんな馬鹿な話を…

 それに魔導王国が滅びたのは、魔力災害でしょう?」


侯爵は記憶を振り絞り、聞いた話をする。

冷静に考えれば、それだって与太話の様な物だった。


「その魔力災害ですが、実は精霊の力を得ようとして失敗した物でした」

「無理矢理魔法で、精霊の真似事をするなんて

 当時の人間は相当驕っていたんでしょう」

「ぬぎぎぎ…

 そんな話を信じろと?」

「ええ

 実際に証拠も御座いますから」

「これから見た事を、誰にも他言無用でお願いします」

「そもそもそんな作り話を誰にするんだ」


侯爵は顔を赤くして、話を頭から信じていなかった。

精霊を目にした事が無い以上、無理からぬ事だろう。


「セリア

 すまないが…」

「んにゅ?」

「侯爵様に、お前の姿を見せてやってくれ」

「ううん…」


セリアは少し考えて、うんと頷く。

その様子を、侯爵は呆れながら見ていた。

こんな子供に何をさせるのかと、訝しんで見る。


不意にセリアの身体が輝くと、身体が一回り大きくなる。


「な!

 なな!!」


精霊女王の姿になった、セリアがそこに座っていた。

その足元には、土と風の精霊も姿を見せていた。


「え?

 ええ??」

「驚くのも無理も無い

 最初に見た時は、私も驚いたものだ」

「お兄ちゃん

 これならイチコロ?」

「あ!

 おい!

 セリア」

「くくくく

 さすがに朴念仁のギルも、その姿のセリアにはメロメロだな」

「アーネスト

 本当?」

「ああ

 今後はその姿で迫ってやれ」

「おい!

 変な事を吹き込むな」

「で、殿下…

 その…」

「ああ」


ギルバートに押されて、セリアは侯爵の方を向く。


「初めまして

 私はギルバートの妻

 精霊女王のイーセリアと申します」

「せ、精霊女王!

 物語に出て来る、あの女王ですか?」

「どの女王か分かり兼ねますが…

 夫が言った事は真実です

 当時の人間の非道な行いの数々

 精霊達は大層怒っておりました」

「それでは先ほどの話は?」

「ええ

 精霊が居ない土地には、土の肥沃も雨の潤いも御座いません

 そして乾いた風は、土地の力を枯らします」

「ううむ

 俄かに信じられんが、どうやら本当の事の様ですな」


さすがに侯爵も、これを見せられては納得するしかない。

そして同時に、先ほどの言葉を気にしていた。


「先ほど妻と仰られましたよね?」

「ええ

 私はギルバートの妻ですわ」

「まだ婚約の段階だ」

「そう?

 今夜この格好で迫っても…うにゅ?」

ぼふっ!


効果が切れて、セリアは元の少女の姿に戻る。


「ぷっくくくく…」

「うにゅう

 わらうなー!」

「はあ

 長時間持たないんですよ」

「はあ…」


「しかしこれで、信じていただけましたか?」

「ええ

 さすがにあの姿を見せられては…信じるしか無いでしょう

 しかし…ぷっくく、先ほどの殿下の…」

「侯爵!」

「わらうにゃー!」


荘厳な姿から急に、セリアが少女の姿に戻った。

あの姿なら、王妃と言われても違和感は無かっただろう。

それが少女の姿に戻ったので、侯爵は思いがけず笑い出していた。

侯爵は一頻り笑うと、目元の涙を拭いながら真面目な顔をする。


「それでは殿下は、この少女…

 いえ、奥方様を連れて行く気ですか?」

「ええ

 セリアが同行すれば、精霊の加護が得られます」

「先ほどの話から察するに、精霊の力を借りるんですな?

 しかし…」

「心配するな

 セリアにも無理はさせないし、私も無茶は出来ない

 ただな、こいつのお陰で今でも何とか生きていられる」

「侯爵

 ギルがまだ生きていられるのは、精霊の力で辛うじて持っているんです

 あまり長くは持たないとだけ言わせてください」

「そうか…」


侯爵には、今回の会談を成功させるしか選択肢は無かった。

その為に、協力は惜しまない事にするのだった。

まだまだ続きます。

ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ