第402話
そこは切り立った岩山に囲まれた、鬱蒼とした森だった。
日差しが届き難いからか、所々にじめじめとした空き地が出来ている
そこに集まった兵士達は、襲い掛かる魔物と切り結んでいた
魔物は狂暴化しており、その目は昏く濁っていた
襲い掛かるコボルトを切り倒し、兵士は額に飛び散った血を拭う
周りには倒れた魔物の、夥しい数の死体が積み重なる
既に魔物の襲撃は、4度目になっていた
護衛の兵士だけでは無く、カザンの兵士も一緒になって、懸命に魔物を倒して行く
気が付けば、コボルトの群れは全滅していた
「確かに、これは脅威ですね…」
兵士は肩で息をしながら、アーネストに振り返る。
「そうだな…
話では魔物の群れは、二組だったんだがな」
「もう4回目ですよ?」
「兵士も馬車に載せ切れないって言ってます」
「そうか…」
既に馬車は、一度街に引き返している。
それでも間に合わないので、今は乗って来た馬車に積み込んでいた。
それも一杯になったので、今は空き地の片隅に積み上げている。
「アーネスト様
向こうに魔物が!」
「またか…」
「今度はオークですよ」
「休む暇も無いか」
アーネストは振り返ると、広場の隅でひっくり返った魔術師達を見る。
彼等は魔力を使い切り、白目を剥いて倒れている。
最初はポーションを使って、何とか魔力を振り絞っていた。
しかしポーションの飲み過ぎで、お腹はチャプチャプして気分も悪くなる。
その結果、魔力切れで今は倒れているのだ。
「どうやら…
魔力切れは治らないか」
「無理でしょ?
アーネスト様でもポーションを飲んでるんですよ」
「このまま朝まで、起きられないでしょう」
アーネストも魔力切れになりかけて、仕方なくポーションを服用していた。
しかし基礎魔力量が違うので、その辺のマジックポーションでは回復しきれない。
このままでは、アーネストも遠からず魔力切れになるだろう。
「一体どれだけいるんだ…」
「アーネスト様はお休みください
なあに、ただのオークならオレ達でも」
「あ!
おい!
無茶はするなよ」
兵士達は武器を手にすると、向かって来るオークに立ち向かった。
カザンの兵士も立ち上がろうとするが、体力が尽きて立ち上がれない。
護衛の兵士達の様に、魔力で身体強化を行う事が出来ないからだ。
そんな護衛の兵士達を見て、カザンの兵士達は羨ましそうに見ていた。
「どこにあんな体力が…」
「特別な訓練で、魔力で強化出来るんだって」
「オレ達も出来るのかな…」
カザンの兵士達の視線の先で、護衛の兵士達が勇猛に戦う。
オークは狂暴化していて、その目は濁っている。
しかし人間だと確認すると、牙を剥いて襲い掛かって来る。
ウガアアア
ゴガアアア
魔物が持つ武器は、錆びた剣やボロボロになった棍棒だった。
それをどこかから拾って来て、こうして人間を襲う為に使っているのだ。
しかしこの辺りは古戦場ではあるが、最近では戦いは起こっていない筈だ。
それではこの武器は、どこで拾って来たのか?
「くそっ
こいつ等の武器、魔鉱石だ」
「え?」
「魔鉱石製の武器なんて…」
それこそカザンでは、まだ作り始めたところだ。
一番近い所では、ザクソン砦しか考えられなかった。
「まさか…な」
「ザクソン砦は死霊に落とされたって」
「だが、そこも今では…」
人が居なくなった街に、魔物が侵入する事はよくある話だ。
考えられる事は、魔物が侵入して武器や物資を持ち出したという事だろう。
砦ともなれば、兵士の扱う武器も様々だ。
大きな棍棒があってもおかしく無いだろう。
「他にも王都から持ち出された可能性もあるな」
「あそこからここまで、何日掛かると思うんですか?」
王都からではさすがに離れ過ぎだろう。
しかし魔物にとっては、そんな事は関係無いのかも知れない。
魔物の持っていた剣の中には、王都で作られた剣も含まれていた。
兵士がオークを倒した後で、アーネストはその剣を見付けた。
「これは?」
「これだけ錆びていませんね」
「そうですね」
「魔鉱石製か…
それで錆びなかったんだな」
アーネストはその剣だけは、綺麗にして馬車に積み込んだ。
しかし他の武器は、とても使い道は無さそうだった。
残念だが、使え無さそうな武器は纏めて埋める事にした。
また魔物が拾っては、人間に危害を加えるのに使われるからだ。
「どうします?
移動しますか?」
「そうだな…
しかしもう1日ぐらいは…」
「まだ居そうですからね」
アーネストは序でなので、そのまま野営をする事にした。
魔物はまだ居るので、このままもう少し倒そうと思ったのだ。
そして思惑通り、夜になっても魔物は現れた。
「夜間に2回ですよ」
「さすがにきついですね」
「しかし、その成果はあったんじゃないか?」
朝になってから、魔物は現れなくなっていた。
狂暴化しているのなら、まだ現れてもおかしく無かった。
しかし魔物の群れは、そのまま現れる事は無かった。
「収まった…のか?」
「ああ
全滅じゃあ無いとは思うが
それでも襲って来るほどの数は居なくなったんじゃないか」
「良かった」
「やったぞ」
「これで街も安心だ」
兵士達は安堵する。
それに、彼等も少しは戦える様になっただろう。
カザンの兵士達も、魔力は使えなくても懸命に戦っていた。
そして通常個体のオークなら、なんとか倒せる様になっていた。
しかし上位個体に関しては、護衛の兵士でも危険な相手だ。
魔術師が未熟な今は、そんな上位種を積極的に倒しておきたかった。
「この辺りにも、上位種が混じっているな」
「ええ
オーク・サージェント?
でしたっけ?」
「奴は手強かったな」
オーク・サージェントは、纏まりの無いオークの群れを的確に操る。
的確な指示を出して、護衛の兵士達を苦しめた。
そして単体でも、発達した膂力を生かして木を引き抜いて振り回していた。
アーネストの拘束の魔法が無ければ、護衛の兵士でも敵わなかっただろう。
「こいつの素材は期待出来そうですね」
「ああ
この肩から腕の筋肉だけでも、丈夫な弓が作れそうだ」
アーネスト達は、満足してカザンの街に帰還した。
そんなアーネスト達を、カザンの住民達は歓待した。
そしてその中に、咳払いをしていた文官が混ざっていた。
「よくぞ魔物を倒してくださった
ワシからも感謝する」
「え?」
アーネストが驚いた顔をしたので、文官はバツの悪そうな顔をする。
「そうじゃな
まだ名を名乗っていなかった
ワシがこの街の領主、ノーランド侯爵じゃ」
「な…」
「試す様な真似をしてすまなんだ
しかしアーネスト殿は、てっきり気が付いているとは思ったが?」
「それで姿を見せなかったんですか?
私はてっきり…」
「はははは
今度はちゃんと歓待するぞ
是非とも館に来てくれ」
アーネストは呆れながらも、素早く兵士に指示を出した。
そして改めて、侯爵の館に向かう事となった。
先日の会談では、そのまま宿に戻ったのだ。
領主が忙しい事もあったが、何よりも魔物の討伐を優先したからだ。
まさかあの場に侯爵も居て、一部始終を見られているとは思わなかったのだ。
アーネストは領主の館に着くと、先ずは一人で入って行った。
「よくぞ参られた」
「人が悪いですぞ
ノーランド侯爵」
アーネストは執務室に入ると、先ずは先制攻撃とばかりに一言呟く。
「すまない
貴殿が若いと聞いてな、ちと試してみたんじゃ」
「魔物の事もですか?」
「いや…
あれはアリストが先走っただけじゃ」
確かにあの場では、侯爵は魔物の討伐には反対していた。
それはポーズでは無く、本気で迷惑だと考えていたのだ。
「ワシは魔術師達への指導は賛成したが…
さすがに討伐までは頼めないと思っておった
しかし魔物の脅威は、既に目の前に迫っておったからのう
アリストの事は責めないでやってくれ」
「いえ
私も討伐は賛成でしたから
ただ…」
「そうじゃな
あれほどの魔物が集まっておったとは…」
侯爵が思っていた倍以上、魔物は集結していた。
お陰で多数の素材が集まり、魔鉱石の武器の当ても出来た。
後は時間が掛かるが、侯爵が主導で進めるべきだろう。
「助かった
今回の事は本当に助かりました」
「お止めください
同じ王国の貴族ではないですか」
「今ではそんな考えをする貴族は、数が少なくなっておる」
互いに助け合い、王国の発展の為に尽力する。
そんな貴族は少数になっていた。
いや、そもそも貴族の数も減っているのだ。
原因は数々の汚職や不正と、魔物の襲撃によるものだった。
「国王様が推薦される筈じゃ
こんな有能な若者が育っておるとは…」
「その国王様の事ですが…」
「そうじゃ!
国王様が崩御されたという噂を聞いておる
それは本当なのか?」
カザンは王都から、そこまで離れてはいない。
しかし帝国寄りという事で、他の貴族との付き合いは薄かった。
その為に、王都が崩壊した折にも、連絡は届いていなかった。
帝国との国交の話が出た時に、初めて知ったのだ。
「残念ながら、それは本当です」
「ならば何故?
今この大変な時期に、有能な其方の様な若者が…」
「それなんですが…」
アーネストチラリと、執務室のドアをの方を見る。
侯爵はそんなアーネストを見て、不思議そうに首を傾げる。
「?」
「侯爵を見込んで、この話を伝えます」
「え?
お、おう…」
「ギル
入ってくれ」
ドアが開かれて、セリアに支えられたギルバートが入って来る。
「ギル?
王太子殿下!」
侯爵は立ち上がると、慌ててその場に跪く。
「侯爵
良いんだ
頭を上げてくれ」
「しかし殿下が御一緒などとは…」
侯爵は困惑しながら、頭を上げてギルバートを見る。
そしてその顔が、痩せて不健康そうな様子を見て愕然とする。
「で、殿下!
どこかお加減が悪いのですか?」
「構わんから
そのまま座って話をしよう」
「は、はあ…」
ギルバートは、侯爵が家人を呼ぶのを制して腰を下ろす。
侯爵も訝しそうにしながら、仕方なく腰を下ろした。
「先ずは今回の件
何も詮索しないで手配してくれてありがとう」
「国交の件ですか?
それならばまだ何とも…
ワシは帝国に打診しただけですから」
侯爵はそう言いながらも、ギルバートをまじまじと見る。
王宮で新年の挨拶をしたのは、もう3年も昔の事だ。
しかしそうだとしても、今のギルバートはあまりに痩せていた。
だから侯爵は心配して、ギルバートの様子を見ているのだ。
「だとしてもだ
貴殿も不思議に思っただろう?
何もこんな時期に国交だなんて」
「ええ…
まあ…」
侯爵は頷きながらも、敢えて質問をする。
「殿下
何があったんですか?」
「そうだな
この様子を見ればな…」
「ギル
侯爵は信用出来そうだ
腹を割って話そう」
「うにゅ?
お腹を割るの?」
「セリアは…」
ギルバートが苦笑しているのを見て、侯爵は家人を呼ぼうとする。
ここに子供が居ては、話がややこしくなると考えたのだろう。
「殿下
よろしかったら、姫様は…」
「いや、良い
セリアも重要なんだ」
「しかし…」
「まあ聞いてくれ
多少信じられ無いだろうがな」
「そうだな
特にセリアに関してはな」
「うにゅ?」
「?」
侯爵は理解出来ず、困惑していた。
「先ずは…
王都の事から話すか」
アーネストは王都で起こった話をする。
半来はギルバートが話すべきなのだが、病が進行していて長時間は話せないのだ。
だから時々相槌を打ったり、補足する点だけをギルバートが話した。
「なるほど
そんな事が…」
「ええ
魔王によって王都は壊滅しました」
「陛下が崩御されていたとは
知らぬとは言え…」
「仕方が無いさ
バルトフェルド様も、ここには報告が届いていると思っておられた」
「それでは国王は?
殿下はそのう…
そのご様子ですし」
「ああ
今の私では、政務に耐えられないだろう
それに…」
「どうしてその様な状態に?」
「魔王だ
魔王が侵された狂気に、私も影響を受けている」
「魔王ですか?
その魔王と言うのは?」
ギルバートは侯爵に、簡潔に魔王が何たるかを説明する。
しかしその説明を聞いて、侯爵は釈然としていなかった。
「その説明を聞く限りでは、殿下もそのう…」
「魔王になる可能性は十分にある
というか、私の様な者が女神様に選ばれて、魔王として働いている」
「その…女神様が魔王ですか?
人間を滅ぼそうだなんて…」
「侯爵も帝国の非道さは見ているんだろ?」
「ええ
そりゃあまあ…」
侯爵も現役の頃は、騎士として帝国と戦っていた。
そしてその現場で、帝国の奴隷制度には吐き気を催していた。
人間を人間として見ていない。
道具の様に使い潰す様は、侯爵も憤りを感じていた。
「ザクソン卿の件も御座いますしね」
「ん?
侯爵はザクソン伯爵とは面識が?」
「そうですね
先代のザクソン伯爵とは…」
「それでは砦の話は?」
「父から聞きました
随分と酷い行いだったと聞いております」
「ああ
私も当事者から聞いたが、お互いに酷い話しだな」
「殿下?
当事者ですか?」
砦で事件が起こったのは、今から50年も昔の祖父の代の話だ。
当事者はほとんど亡くなっている筈だ。
あり得る話とすれば、長命なエルフやドワーフから聞いたという事だろうが、それならば当時の砦には居なかった筈だ。
「魔王ムルムルから聞いた」
「魔王ですと?
あなたをそんな状態にした…その魔王ですか?」
「ああ
彼から聞いた」
ギルバートの言葉に、侯爵はどう答えれば良いのか悩む。
自分を殺そうとした者と、暢気に話したのか?
侯爵はそう考えるのであった。
まだまだ続きます。
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