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聖王伝  作者: 竜人
第十三章 帝国の罠
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第401話

アーネストは、カザンの街の領主ノーランド侯爵の館に招かれていた

侯爵は元は帝国の貴族であったが、ハルバートの説得に応じて帰属していた

その際にカザンの街を任されて、東の国境であるこの地を護って来た

その彼が信用に足る人物か、この会談で見極めなければならない

アーネストは気を引き締めていた

ギルバートは面識が有るらしいが、アーネストは侯爵の事を知らない

アーネストは執務室に通されて、ここで待つ様に言われた

そこには初老の文官が4人居て、忙しそうに書類を整理していた

その中の一人が、視線を上げてアーネストに質問をしてきた


「貴殿が親善大使を買って出たという魔術師殿ですかな?」

「え?

 はい

 アーネスト・オストブルクと申します」


アーネストは立ち上がると、軽く会釈をする。


「ワシは領主様の側近の一人で、アリストと申します

 よろしくお願いします」

「これはどうも」


アリストも立ち上がると、軽く会釈を返す。


「貴殿の事は、王都の使者より伺っております

 何でも若くして、王宮の魔導士と呼ばれておるとか?」

「いえ、それほどでも…」


アーネストは謙遜しながらも、その男を値踏みする。

この場で話し掛けるという事は、この男が国交に関して話を進める相手なのだろうか?

それとも…まさかなあと考える。

古典的な物語に、部下に扮して相手の出方を窺うという話がある。

ひょっとしたら、この男が領主かもと思ったのだ。


「どうされました?」

「いやあ…

 魔導王国の物語の、リザンの話を思い出しまして」

「はて?」


文官が首を傾げるが、後ろの文官が吹き出す。


「ぷっ、くくくく…」

「おほん」


もう一人の文官が、注意する様に咳払いをする。


「リザンの領主は、旅の剣士を部下に扮して出迎えて、その素性を探ろうとしました」

「なるほど

 しかし残念ながら、ワシは単なる文官です

 領主様は書類の整理で忙しくてのう

 ワシが話を纏める様に仰せつかりました」

「なるほど、そう言う事ですか」


アーネストは納得したと頷く。

そしてアリストと、手近な机に向かい合って座る。


「先ずは自己紹介と致しましょうか

 ワシは領主様の片腕と自負する、アリストと申します」

「私は先日伯爵を拝命いたしました、アーネストと申します」


お互い頷いてから、先ずは腹の探り合いが始まる。


「貴殿は王太子殿下の親友と伺いましたが?」

「ええ

 ギルバート殿下とは、幼少より付き合いがございます」

「一国の王太子ですぞ?」

「それが…

 殿下は当時、ダーナのアルベルト侯爵様の息子として育てられておりました」

「うむ

 その様に伺っておる」


「殿下は領主様の後継ぎとして育てられました

 その為に、年の近い子供が周りには居りませんでした」

「それで貴殿が?」

「ええ

 それもありますが…

 私がアルベルト様に拾われたという経緯もあります」

「拾われた?」


この話に関しては、王都でもそんなに知られていなかった。

アーネストはあくまでも、ギルバートの親友という立場でしか無かったのだ。


「実は私は…

 幼い頃は王都に住んでいましたが、そこで…

 幼くして両親を流行り病によって失いました」

「それは…」

「そこで国王様の政策で、孤児院に引き取られる事になりました」

「貴殿の幼い頃となると、あの流行り病か…

 そうじゃのう

 ここでも多くの者が亡くなった」


流行り病自体は、そんなに長くは続かなかった。

しかし老若男女問わず、多くの者が病で亡くなった。

当時は国王の英断で、孤児院と救護院が作られていた。

カザンでも多くの者が亡くなり、孤児が孤児院に預けられた。

その政策を引き継いでいたのが、幼いマリアンヌ姫であった。


マリアンヌ姫は、親を亡くして悲しむ子供達を見て、酷く胸を痛めたという。

そこで国王に頼み込み、孤児院での炊き出しや表敬訪問を行っていた。

王家の国民に対する、点数稼ぎだと言う者も多く居た。

しかしその根っこは、姫の優しい心からであった。


「それでは貴殿も、孤児院の出身で?」

「いえ

 私が孤児院に送られる日に、偶々父の知り合いのガストン老師が尋ねて来ました

 父が亡くなったと聞いて、見舞いに来たそうです」

「何と

 ガストン老師と知り合いでしたのですか」

「いえ

 正確には、父の作った魔道具を、老師が買われていた程度でした」

「ふうむ…」


それ自体は、魔道具師と魔術師とではよくある話だ。

魔術師は魔道具をよく使うので、魔道具師に対して敬意を払っていた。

だからこそ、しがない魔道具師の死にも、わざわざ訪問したのだ。


「老師は…

 私を見て才能を感じたそうです」

「老師がですか?」


高名な老師が、幼少の子供に才能を感じる

それは余程の事だろう。

思わずアリストは、身を乗り出していた。


「では、貴殿はその頃から才能を?」

「今思えば、それは同情から来る詭弁だったのかも

 老師は私を引き取る理由に、才能を感じたと申したのかも知れません」

「しかし現実に、貴殿は稀有な才能を有しているのでは?」

「それは努力をしたからです

 それこそ本当に、血を吐く努力です」

「う…」


幼児が血を吐く様な努力?

それはどれほど過酷な物なのだろう?

アリストは戦慄して、顔を引き攣らす。


「はははは

 そんなに驚かないでください

 たかだか魔力枯渇で、何度も倒れたぐらいです…」

「魔力枯渇?

 魔力枯渇ですと?」

「ええ

 小さい頃は、度々魔法の使い過ぎで倒れましたからね

 それで豊富な魔力を…」

「いえ、あれは大人でも耐えられませんぞ

 魔力切れでも気を失うのに、それを何度も…」


アリストが絶句しているのを見て、アーネストは苦笑いを浮かべる。

そういえば、国王やアルベルトもそういう反応だったなと。


「小さな子供のする事じゃあないですぞ」

「そう…ですかね?」


アリストは改めて、アーネストに奇異の眼差しを向ける。

大人でも魔力切れで、泡を吹いて倒れる者も居るのだ。

それがその上の、魔力枯渇を幼い少年が、何度も味わったと言うのだ。

アリストは思わず震えていた。


「そんな危険な事を…」

「見兼ねて老師が、年頃の友達を持たせようと

 魔法よりも興味を持たせようと考えたんでしょうね」

「そりゃあそうでしょう

 そんな危険な事をするよりは…

 それで殿下と?」

「ええ

 ダーナに引っ越しまして、殿下と出会いました

 それからは仲良くさせていただきました」

「なるほど…

 ん?」


ここでアリストは、何かに気が付いた顔をする。


「魔力枯渇で…」

「え?」

「あのう…

 貴殿の力は、魔力枯渇で得られたんですか?」

「ああ

 勿論、色んな魔法を学んだり、魔力制御の修行もしましたよ

 でも一番大切なのは、魔法を沢山使う事で基礎魔力量を増やす事です」


アーネストの言葉に、アリストは力無く椅子に座り込む。


「魔法を使う事で、魔力を増やす?」

「ええ

 沢山使って魔力切れになると、その分基礎魔力が上がります

 王都のギルドではとっくに公開しましたし、各ギルドに通達された筈ですが?」

「聞いた事がございません

 それでこの街の魔術師達は…」

「はあ…

 修練を怠っているんですね?

 それでは力も身に着かないでしょう」


アーネストは溜息を吐き、首を振った。


「それでは?

 訓練次第ではこの街の魔術師達も?」

「ええ

 十分に戦える可能性は高いでしょう」

「それならば…」

「しかし一両日中に何とかなる様な物ではありませんよ?

 何度も何度も…

 それこそ血を吐く思いで繰り返さないと」

「そう…ですか

 そうですよね…」


そんなに甘い話しでは無い。

アーネストでも、それこそ少年時代には何度も倒れていたのだ。

それこそギルバートと遊んでいない時には、懸命に修行を繰り返していた。

その結果が、今の魔力量と魔法の技術なのだ。


「それに…

 大人よりも子供の方が成長が早いんです

 それは魔力量も同じです」

「そうですか

 そうなんでしょうね…」


子供の成長は目覚ましい。

それが魔力量にも適用すると言われれば、納得も出来る。


「それでは魔術師達は…」

「数年中には…

 しかしすぐにはどうにもなりませんよ?」

「はあ…」


アリストは困り果てた様子で、椅子に力無く座る。

先程までは、魔術師達の可能性に興奮していた。

しかし時間が掛かると聞くと、途端に落胆していたのだ。


「どうされました?」

「実は…」


アーネストは嫌な予感がする。

こう切り出す下りは、大概碌な話が来ないからだ。


「この街の周りに、魔物が増えておりまして」

「それならば先ほど…」

「ええ

 聞いております

 非常に助かりました」


しかしアリストの顔は強張ったままだった。

アーネストはまさかと思った。


「ですが魔物の集団は、それだけではございませんで…」

「やはりか…」

「え?」

「いや、何でも無い」


アーネストの様子に首を傾げながら、アリストは話を続ける。


「魔物の集団は、北の竜の顎山脈にも居りまして…

 それがなかなかに厄介でして」

「でしょうね

 あそこには片道1日は掛かるでしょう

 それに岩山に囲まれて、隠れながら戦うにも厳しいでしょう」

「よくご存じで?」

「ここに来る前に、この街の歴史も調べました」

「ああ

 帝国の話ですね」


帝国兵士は、竜の顎山脈で魔物の奇襲に悩まされた。

それは狂暴化していたとは記されていなかったが、再三に渡って襲われて、兵士は疲弊して行った。

結果として、騎士団も魔物と戦ったのだが、皇帝はその戦いで傷を負う事になる。

それが原因で敗走する事になり、カラガン伯爵の軍に討たれる事になる。

帝国の側には、王国が追撃した事になっている。

しかしカザンの住民の証言から、それは帝国の裏切り者が行った事は明白だった。


「あの竜の顎山脈か…」

「ええ

 厄介な場所です」

「それで?

 領主から何か言われているんでしょう?」

「ええ

 ノーランド様からは、何とか魔術師を使えないかと

 しかし今の話を聞く限りは…」

「そうですね

 私も指導するつもりでしたが、そんなに長くは留まれませんよ」

「ですよね…」


侯爵としては、同じ魔術師であるアーネストから、魔術師を戦える様に指導して欲しいと言う物だった。

しかしそれは、2、3日の簡単な指導であった。

後は魔術師達で、何とか頑張ってもらうしか無いと考えていた。


「アーネスト様」


アリストは立ち上がると、その場に頭を擦り付けてお願いし始めた。


「どうか!

 どうか魔物の討伐を…」

「気持ちは分かりますが…」


アーネストは困った顔をして、立ち上がってアリストを宥める。

そしてそれを見た、後ろの文官達が立ち上がる。


「そうだぞ、アリスト

 それは使者殿に頼む事では無い」

「しかし、このままでは街は…」

「そうです

 魔物はいつここに向かって来るか…」

「だからと言って…」


文官達も、アーネストを頼ろうとする者と、止めようとする者に別れる。

しかし街の実情を考えれば、まごまごしている暇は無いのだ。


「既に街のすぐ側まで来ていたんですよ

 このまま魔術師達が使える様になるのを待つのは…」

「でしょうね

 兵士の装備も、未だに鉄製の武器の様ですし」

「鉄製?」


アーネストはポーチから短刀を出すと、それをアリストに渡す。


「これは?」


アリストは短刀を引き抜くと、その金属の輝きに目を奪われる。


「鉄…じゃあ無い

 何ですか?

 この金属は?」

「それは魔鉱石と言います

 魔物の灰や骨粉を練り込み、鍛えた特殊な金属です」

「魔鉱石?」


「魔鉱石とは、使われた魔物の強さに由来して、魔力を込める事が出来ます

 より強い魔物の素材を使えば、それだけ強力な武器に仕上げられます」

「魔力を込められる?

 具体的には?」

「扱う者にも、相応の魔力は必要になります

 しかし魔道具と同じ感覚で、魔力を込めて戦えます

 その効果は切れ味や耐久性など様々です」

「何と!

 そんな便利な金属が…」


アーネストは兵士の育成計画書や、魔鉱石のレシピの書かれた本を取り出す。


「これは魔力を応用した、兵士の戦いの指南書です

 ギルバートと王都の兵士達の記録した物です」

「おお…」

「そしてこちらが

 王都の職工ギルドで書かれた魔鉱石のレシピです

 どちらも私が書き写した控えになりますが」

「こんな貴重な物を?」


実はこれは、アーネストがカザンに向かう事が決まった時から、書き写していた物だ。

カザンには恐らく、これらの情報が少ないと考えたからだ。

これを交渉の材料に使えば、優位に立てると考えて用意していたのだ。

しかしまさか、全く情報が届いていないとは思わなかった。

カザンには王都からも、隊商が向かっている筈なのにだ。


「兵士や魔術師の事は兎も角

 魔鉱石は隊商も運んでいないんですか?」

「ええ

 お恥ずかしながら、足元を見られたんでしょうね

 珍しい金属の話は、確かにここにも届いておりました

 しかし現物はほとんど…」


隊商にしても、下手に技術を流すよりは、売る方が得だと考えたのだろう。

結果として、ここカザンでは、魔鉱石の武器すら碌に入って来なかったのだ。


「うーん

 これは武器の用意から大変そうですね」

「はあ

 情けない事です」


これでは魔術師の指導どころか、全てを教えないとならないだろう。

とてもじゃ無いが、そこまでの時間の余裕は無かった。

ギルバートは今も、ゆっくりとだが衰弱し続けている。

アーネストはどうした物かと、首を捻っていた。

まだまだ続きます。

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