第40話
女神の使徒
それは女神の代行者にして、物語に出る伝承の存在
彼は若く、とてもじゃないがそんな存在には見えなかった
彼の語る事が真実であるなら、少なく見ても数百年を生きている事になるからだ
イーセリアはベットから飛び降りると、ギルバートに抱き付いた
そしてギルバートとアーネストに交互に撫でられると、ご満悦で笑っていた
ギルバートは妹の為に花壇に向かい、花を幾つか摘んで来る
それをメイドに用意させた花瓶に生けて、机の上に置いた
「あのエルリックって男をどう思う?」
「うーん
正直、よく分からない」
二人はセリアの傍らに椅子を引っ張って来て、腰掛けて話していた。
セリアは羊皮紙に、木炭で絵を熱心に描いている。
時々二人の方へ振り返っては、頭を撫でられたり、絵を褒められたりして喜んでいた。
少しは話せる様になってきているが、二人の会話の内容は理解出来ないだろうと思っていたので、二人は気にせず会話を続ける。
「女神様の使徒って言ってたよね
使徒って何だろう?」
「お前なあ…
知らずに話していたのか?」
「知らないって言うか、よく分からないって感じかな?
女神様の為に働く人って事で良いのかな?」
「ああ
大体その認識で合っていると思うよ」
「そうか」
「正確には、女神様の教えを伝えたり、教会を維持するのが司教や教皇だな
使徒は女神様の代わりに何かを行う代行者って感じだ」
「なるほど」
「砂塵の悪魔って知ってるか?」
「いや」
「今度貸してやるよ
南の帝国領があるだろ
あそこに在った国の物語さ」
「あんな所に国が在ったのか?」
「ああ
アッサラームって砂漠の王国さ
帝国に対抗していた国の一つさ」
「へえ」
「詳しい内容は本を読んでくれ
砂塵の悪魔とは、アッサラームの王国に現れる悪魔で、国王に王国の滅亡と言う不吉な予言をするんだ」
「へえ
予言とか女神様みたいだな」
「ああ!
そう考えるとそうだ
女神様に言われて神託を下したのか…」
「そう考えると、あの人の話も頷けるね」
「でも、悪魔はその後にも現れて、滅亡に抗おうとする国王を嘲笑う様に、次々と邪魔をするんだ」
「ふうん
それが脚色されたって話なのかな」
「うーん、どうだろう」
「あれは寓話として書かれているから
栄華を誇り、他種族を奴隷にしたりしていたから、その報いだって内容だな
悪魔の忠告も最初は馬鹿にして無視してたし…」
「その悪魔は何て言ってたの?」
「作中のセリフでは
『ボクでも女神様の御言葉は聞くんだよ、君達はどうして聞こうとしないのかい?』
って呆れながら言うんだ
そんな愚かな行いを続けていては、やがて国は亡びるよって」
「うーん
それで結局、王国は滅んでしまったの?」
「物語は最後に、悪魔の放った蠍やトカゲの魔物に滅ぼされたって
実際には帝国の台頭が絡んでいるってのが通説だけどね」
「滅んだのは帝国に敗けたって事?」
「ああ
丁度帝国が大きくなっていた頃だから
恐らく、帝国に攻められ、国力が落ちたところで奴隷が反抗して滅びたんじゃないかとね」
「そうか
奴隷も居たんだよね
その奴隷達はどうなったんだい?」
「帝国の捕虜になって、再び奴隷になったか
或いは餓死したか、無事に逃げおおせて他国へ渡ったか
いずれにせよ、あの国の跡は廃墟となり、やがて砂漠に飲まれていった」
「恐ろしいな
それで今では廃墟と砂漠しか無いのか」
「正に、愚かな国の最期を現した廃墟だよ」
現実に、愚かな国政で破滅し、滅びた国が在る。
砂漠と廃墟が生み出した物語ではなく、教訓となる物語であった。
「エルリックさんが本物の女神様の使徒なら
何しに来たと思う?」
「そりゃあ、話通りならボク等を助けに来た?」
「うん
本を渡してくれて、様子も見に来てくれた」
「それも、分からない事にも答えてくれた」
「これは、もう本物の使徒って事で良いんじゃない?」
「確かに、今までの事を見ればね
しかし本当に女神様に命じられたのか?」
「どうして?」
「だって、あいつが言っていただけで、女神様が仰ったかどうかは判らないだろう?」
「うーん
確かにそうだけど」
「それで疑っていたら、キリがないんじゃないか?」
「そうなんだよな
今は信じて、この本を翻訳するしかない」
「だろう?」
二人は、結局同じ結論に至って、今は受け入れるしかないと思った。
例え彼が本物の悪魔だとしても、確認が取れない以上、信じるしか無いのだ。
「父上には、話した方が良いのかな?」
「今は止せ
話をすべきと思ったら、ボクも一緒に行くから
不確定な要素が多い以上、確信が持てるまでは黙っておこう」
「分かった
その時は頼むよ」
「ああ」
二人が話し終わった頃に、メイドが昼食に呼びに来た。
ギルバートがセリアを抱いて連れて行く。
アーネストも呼ばれたので、三人で一緒に昼食を頂いた。
昼食の後は、再びセリアを連れて客室へ向かったが、アーネストはふと気になって聞いてみた。
「そういえば、この子の部屋は、いつまでここなんだ?」
「ああ
向こうに改装している部屋があるよ
もう少しで完成だ」
「思ったより掛かっているな?
普通は改装なんて数日だろう?」
「父上も母上も拘ってね
フィオーナの部屋の隣に、同じデザインの部屋を作っているんだ
二人が喧嘩をしない様にって」
「何でだ?」
「小さい子供が、あんまり違う服とか部屋を与えられると喧嘩するんだって」
「へえ」
「確かに、近所の商店の双子も喧嘩してたな」
「そうだな」
「ボクはセリアには薄い蒼が似合うと思うんだ」
「ふむふむ」
「でも、父上はピンクで母上は緑
それぞれが違う意見を出すから、建築ギルドの人も怒ってしまってな」
「あちゃあ…
そりゃそうなるな」
「それで最終的には、セリアとフィーナに選ばせようって」
「それで、決まったのか?」
「ああ
それがつい3日前」
「そうか…」
随分暢気な話だが、貴族って大体そういう気質だから仕方が無い。
それに、客室も普段は使っていなかったので問題は無かった。
「薄い梔子色の髪に浅葱色の瞳
薄い空色が似合うと思ったんだけどな…
結局、薄い若葉色になってしまった」
「フィオーナも同じ部屋の色なのかい?」
「ああ
不思議な事にね」
「そうか
仲良くなりそうだな」
「ああ」
客室は白を基調にしているが、バルコニーから見える空をバックにしたら、確かにセリアに似合いそうだった。
アーネストは暫く二人を眺めていたが、満腹で眠くなったのか、セリアはすやすやと眠ってしまった。
「静かに、静かに
起こさない様に」
二人は部屋を出る。
ギルバートはメイドを呼ぶと、時々様子を見る様に頼んで、庭に向かった。
「ボクはこれから剣術の練習をする
アーネストはどうする?」
「ボクも部屋に戻って本を調べるよ」
「そうか」
「それじゃあな」
二人はそこで別れて、それぞれのやるべき事をする為に向かった。
領主の邸宅を出て、家に帰ると真っ直ぐに自室に向かう。
メイドには領主のメイドから連絡が有ったのだろう、昼食は特に聞かれなかった。
聞かれなかったというか、避けられてる?
普段なら挨拶ぐらいして来るメイドまで、今日は近付かない。
「ただいま」
ササッ
ササッ
何故か顔を合わせない様に、足早に去って行く。
「?」
アーネストが立ち止まると、そそくさと避ける様に通り過ぎる。
まさか…アレが見付かった?
アーネストは平静を装いつつも、内心ビクビクしながら部屋へ向かった。
ヤバイ!ヤバイ!
部屋に入ってドアを閉めると、慌ててベットの下を検める。
本は?
ベットの下を覗くと、本はそこに在った。
よかった…
それなら、何故みんなは避けてる?
アーネストは気付いていなかったが、数人のメイドがドアの前で声を潜めて様子を伺っていた。
アーネストは理由が分からないので、考えても仕方が無いと書物の翻訳を再開した。
メイド達の気配に気づかずに。
休憩室に戻ったメイド達は、小声で相談をしていた。
「坊ちゃんは気付いていません」
「どうやら私が取り出したのはバレて無い様ね」
「どうします」
「アレは流石に…」
「子供が読む物じゃないわ」
「一体誰が…」
「最近領主様に面会されています
まさか…」
「間違い無いわ!
領主様が渡したなら、納得がいくわ」
「そうね
高額な本でも、領主様なら買えるでしょう」
「決まりね」
「おのれ、領主め」
「いくら領主様でも、私達の坊ちゃんを悪の道へ引き込むとは…」
「あの純真だった坊ちゃまが…うう」
メイド達は核心に限りなく近づいていた。
若干誤解があるようだったが。
「これ以上坊ちゃんを穢せはしないわ」
「そうね」
「みんな、落ち着いて
いくら悪い事をしたとはいえ、相手は領主様よ」
「そうね」
「どうします?」
メイド達はどうにかして意趣返しをしてやろうと悩む。
その間にも、アーネストは淡々と書物を読み、翻訳作業を続けていた。
実際には照れたりしてはいたが、あくまで本として見ていた。
子供のアーネストからしたら、大人の濃密な愛の物語はよく分からなかったし、翻訳に不要な単語は無視していた。
もう少し大人だったら、或いは影響があったかも知れないが、今は理解出来ていなかった。
そういう意味では、メイド達の希望通りの純真な少年のままであった。
「大人達はこんな物読んで、何が面白いのかな?」
アーネストはぶつぶつ呟きながら翻訳を続けた。
メイド達がそんなアーネストを書物の主人公に重ねて、けしからん妄想をしている等とは知らず。
「私達だけでは無理そうね」
「ギルバート坊ちゃまに相談します?」
「そうね…」
「でも、坊ちゃまにまで悪影響が…」
「それなら、奥様に…」
「そうよ!それ!」
「奥様なら」
「じゃあ、早速行ってくるわ」
それから数日後、今度はアルベルトがみんなに避けられる事となった。
メイド達はひそひそと隠れて何か話している。
執事のハリスまで、ジト目でみてきた。
奥様のジェニファーに相談したところで事情を知ったが、暫くは口も利いてもらえず、娘達からも引き離されてしまった。
事情を説明しても、なかなか信用してもらえず、最期はアーネストを読んで釈明をお願いする始末であった。
それから1週間が過ぎた。
アーネストの取り成しが効いたのか、翻訳の報告に行ったら、ようやく許されたと領主が言っていた。
そこで報告が終わった後に、ギルバートに事情を話していた。
「…という顛末で、アルベルト様はジェニファー様に平謝り
ボクも証拠の本を提出して、やっと許してもらえたんだ」
「そんな事があったんだ…」
「そうだよ
大変だったんだぜ
ボクもメイド達に変な目で見られるし」
「はははは」
ギルバートはここ数日のメイド達の異様な雰囲気を知っていたが、まさかこんな事になっているとは思わなかった。
父親は、今朝も目の下に隈を作っており、それの原因が魔物ではなく、夫婦喧嘩だった訳だ。
「それで
肝心の本ってどんなの?」
「ああ
ジェニファー様に取り上げられた
だから見せられないな」
「え?
それじゃあ翻訳は?」
「大丈夫だ
既に必要な単語は書き出している」
アーネストは得意気に話す。
「剣術に関しては、もう少し待ってくれ
今は魔導大全の翻訳が急務なんだ」
「もう少しで
もう少しで氷と雷の呪文が分かりそうなんだ」
「そうか
分かったよ」
アーネストは騒動の顛末を語り終えると、懐から翻訳の控えを出した。
「一応、今分かっているスキルの一覧だ
そっちはどうなんだ?」
「昨日、また声が聞こえたよ
やっと3つ目だ」
「そうか…」
「魔物の襲撃件数が増えている
間に合いそうかい?」
「守備隊にはこれから報告する
まだ1つ目のスキルも使えない兵士も居るんだ
それでもどうにかするしかないよ」
「後は、魔物の群れが来るまでに、どれだけの準備が出来るかだな」
「ああ」
日に日に魔物の数が増えている。
街に大群で襲撃してくる日も、そう遠くはないだろう。
二人はそれ迄の日を、少しでも戦える様に研鑽するのであった。
新たなスキルの詳細は、後ほど使われた時に書きます
また、この騒動の影響は、後のアーネストの性格に出てきます
ギルバートは鈍感系なので今一理解していません




