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聖王伝  作者: 竜人
第十二章 妖精の故郷
399/800

第399話

その少女は、砂漠の一角で熱心に祈っていた

そこには小さな岩が置かれて、この辺りでは珍しい花が置かれていた

花が一輪しか無いのは、それだけ花が希少だからだ

ここは砂漠で亡くなった者達を悼む、墓の代わりだった

少女は祈りが終わると、立ち上がって顔の覆いを直す

ローブとマスクをしているのは、ここで肌を晒すのは非常に危険だからだ

暑さで日焼けもするし、脱水症状を引き起こすからだ

肌を露出すれば、ローブで覆われた暑さよりも日射しの熱に焼かれてしまうのだ


「祈りは終わったの?」

「ええ

 お姉さま」


少女が身支度を整えている間に、連れの女性が近付いて来る。

カノジョも頭からローブを被り、顔を布で覆っている。

しかし時折ローブから見える身体は、褐色に日焼けして逞しかった。


「さあ

 天幕に戻りましょう

 このままここに居ては、日に焼かれてしまうわ」

「そうですね…」


二人は砂竜に乗ると、天幕の集まる涼しい場所に移動する。

そこには先日の雨で、小さな湖が出来ている。

湖と言うには小さいが、砂漠に住む者にとっては貴重なオアシスだ。

こうして時折降る雨が、溜まって小さな湖を作り出す。

しかしそれも、一月も経たない内に枯れてしまう。

そうなれば、またオアシスを求めて移動するのだ。


先程の墓は、そうした移動の際に、亡くなった友や家族を悼む為に置いてある。

砂漠で亡くなった者は、日に焼かれて干からびてしまう。

そして砂に埋められて、野生動物の餌食となるのだ。

しかしそうした死体を狙うので、生きている者が襲われずに済んでいる。

そうしなければ、飢えた獰猛な野生動物に狙われていただろう。


「爺…

 ロナルド将軍以外にも多くの者が亡くなりました」

「そうね…」

「彼等が無事に、キジルグムの王宮に旅立てれば良いのですが…」


少女は哀しそうに、同胞が天国の王宮に辿り着ける様に祈る。

しかし隣の女性は、そんな少女の様子に首を振って否定する。


「そういうのは止しなさい

 所詮は生きている人間の願い

 現実には彼等は、飢えた獣の腹の中です」

「お姉さま!

 そんな哀しい事は言わないで」


少女にしても、そんな都合の良い場所など存在しないとは知っている。

死んだ者は生き返らないし、天上の荘厳な王宮に招かれる事も無いだろう。

もしそんな物が在ったなら、帝国の多くの兵士が、帝国の領土奪還の為に降りて来るだろう。

しかし現実では、帝国は滅びたままである。

そして生き残った彼女達を守る為に、天上の兵士が降りて来る事は無かった。


「それよりも、今は生き残る事を考えなさい

 叔父上があなたを探しているわ」

「公爵様が?

 何かしら?」

「さあね

 しかしあなたに何かさせようとしているのは確かよ」


少女は帝国の生き残りにとっては、希望の旗頭であった。

しかし少女は、そんな期待にうんざりしていた。


「私の様な小娘に、一体何を期待してるって言うの?」

「小娘では無い

 あなたは帝国の皇女よ」

「そんな…

 滅びた国の皇女だなんて…」

「彼等にとっては、帝国はまだ滅びていないのよ

 再び日は昇ると信じているの

 それにあなたは…」


女性はさらに、何か告げようとする。

しかし直前に躊躇って、それ以上は続けなかった。

それは少女がその称号を嫌っていたし、それで多くの者が亡くなったからだ。


「あんな称号なんて欲しく無かった

 そうすれば、爺は死ななかったし

 みんなも…」


少女一人を守る為に、集落に住む多くの兵士達が亡くなった。

それは彼女が、帝国の皇女だからだけでは無かった。

それならば、隣に立つ女性も守られるべきだからだ。

しかし女性は、少女を守る為に兵士に志願していた。


「そんな事は言わないで

 あなたの力で、多くの者の命が救われたのも確かなのよ」

「しかし…

 どうせ勇者だなんて言われるのなら、私はお姉さまみたいな戦える力が欲しかったわ」

「マリア…」


マリアーナ・ロマノフ

彼女は帝国の皇女として生まれて来た。

隣に立つ女性は、腹違いの姉であるアンネリーゼという女性だった。

征服した小国の王女から生まれた為に、継承順位が妹よりも下なのだ。

そんな彼女は、幼い妹を守る為に、小さな頃から剣術を学んでいた。

今では、そこらの兵士よりも腕前は上であった。


「お姉さまこそ、勇者と言われるべきなんだわ

 そうすれば、魔物と戦う事も出来たのに」

「無理を言わないで

 私では腕力も体力も足りないわ

 私が兵士達より強いのは、素早く動けるからよ」


アンネリーゼは、ロナルド将軍に直々に剣術を学んでいた。

ロナルド将軍はバルトフェルドと引き分けるほどの豪傑であった。

休戦協定が結ばれていなかったら、どちらかが倒れるまで戦っていただろう。

しかし勝敗が決する前に、カザンで和平の為の休戦協定が結ばれた。

その為に、帝国は一時引き上げる事になった。

その出来事は、未だに帝国では黒歴史となって残されている。


「ロナルドから学んでいたとはいえ、私の剣では魔物は切れないわ」

「でも、お姉さまの剣は…」

「あなたの様に、勇者のスキルは使えないわ」

「勇者のスキルって…

 あははは…」


彼女は勇者の称号を持ってはいるが、スキルはほとんど使う事が出来ない。

それは彼女のジョブが、聖女である事が原因だった。

未熟なので使えないスキルもあるが、身体強化や攻撃のスキルが無いのだ。

唯一攻撃に特化したスキルも、皮肉な事に死霊に特化したスキルだった。


「私が使えるのは、亡者を攻撃出来るスキルだよ?」

「だからこそ良いのではないか

 私達は今、死霊に狙われているんだ」

「それはそうなんだけど…」


マリアーナの使えるスキルは、武器に精属性を与えて一時的に死霊に攻撃出来るする様にする。

それは熟練度が上がれば、効果の範囲が広くなる。

彼女自身では無く、周囲に居る者にも効果があるのだ。


「だけど力を強くするとか…

 鋭い剣戟が出せる訳じゃあ…」


他の兵士達は、戦士のスキルを身に着ける者も居た。

それに比べると、死霊に攻撃出来る様になるだけというのは今一な様な気がしていた。


「他には傷を癒すとか、毒や麻痺を治すぐらいしか…」

「それだって、立派なスキルじゃないの

 他の者が苦しんでいる時に、あなたの力は大いに役立てるのよ」

「でも…

 死霊が出なくなった今は、魔物を倒せる力が欲しいわ」


死霊に関しては、ここ数ヶ月は現れていなかった。

その代わりに、砂漠特有の魔物や魔獣が現れていた。

それに悩まされていて、連日オアシスには怪我人が出ていた。


聖女の主な役割は、攻撃よりも仲間の傷を癒すのが仕事だ。

今はスキルが未熟なので、小さな傷や火傷ぐらいしか癒せない。

もう一つのスキルも、情報としては病や毒を打ち消せるとされている。

しかしこちらも、未熟なので軽い毒の解毒しか効果が無かった。


「今はあの子がいるから、傷を上手く癒す事が出来るわ

 でも、あの子が居なければ、私の力では…」

「自信を持ちなさい

 あなたは女神様がお認めになられた聖女なのよ」

「お姉さま…」

「だからこそ、そんなあなたが皇女として立てば…」

「お姉さま」


アンネリーゼは、マリアを皇女として立てたがっていた。

それは帝国を再建する事もあるが、何よりも彼女を帝国の旗印にしたかったのだ。

皇女ともなれば、護衛の兵士が着く事になる。

そうすれば、妹の心配をする必要が無くなるからだ。

しかし当のマリアは、皇女になる事は反対していた。


「その話は前にもした筈よ」

「それは叔父様が、帝国の再建に腐心していたからでしょう?

 私は護衛を雇う必要が無くなるから、あなたが皇女を宣言するのは賛成よ」

「でも!

 そんな事をすれば、また西方諸国と戦争に…」

「それは大丈夫じゃないの?」


アンネリーゼは、西方諸国が今さら動くとは思えなかった。

向こうにも魔物は出ているだろうし、帝国が宣言を出しても構っている余裕は無いだろう。

そう思っているからこそ、聖女となった今こそ宣言すべきだと思っていた。


「私は嫌ですよ

 聖女だとか皇女だとか…

 そんな堅苦しいの嫌よ」

「マリア

 あなたねえ…」

「お姉さまが私の事を心配してくださる気持ちは嬉しいです

 でも、守ってくださるのはお姉さまで十分です」

「私じゃ無理なのよ

 人間相手なら負けない自信はあるけど…」


マリアを狙っているのは、魔物達である。

人間であれば、アンネリーゼでも勝てる自信はあった。

しかし相手が魔物となれば、素早さだけではどうにもならないのだ。


魔物の特徴として、頑丈な表皮と強力な膂力がある。

迂闊に攻撃を受ければ、武器の方が破壊されるだろう。

それで無くとも、今の帝国の武器では魔物を傷つける事が難しかった。

嘗ては大陸のほとんどを総ていたが、今ではその力も失われている。

高度な技術で作られた武器の数々も、失われて久しかった。


「いくら私でも…

 魔物には」

「お姉さま」


話している間に、二人はオアシスに到着する。

そこには多くの部族が集まり、様々な模様の天幕が張られていた。

その中の一際大きな天幕に、二人は向かって行く。

そこには警備の兵士が立ち、二人の前で槍を構える。


「何者だ?」

「マリアーナ様をお連れしました」

「皇女様を?」

「これは失礼いたしました

 砂竜はこちらへ」

「ええ

 この子は臆病なので、気を付けてあげてね」

「はい」


兵士は頭を下げて、二人の乗っていた砂竜を引き受ける。

二人が面会している間に、竜舎で餌や水を与える為だ。

もう一人の兵士は、天幕の入り口を開けて二人を中に入れる。

どうやら事前に聞いていた様で、兵士は二人を公爵の前に案内する。


公爵は壮年の男性で、一見すれば盛りを過ぎている様に見えた。

しかし領主である前に、生涯現役を自負する戦士であった。

髪は白髪交じりになっているが、身体はしっかりと鍛えられていた。

その公爵が、恭しくマリアの前に跪く。


「マリアーナ様

 わざわざお越しいただいてありがとうございます」

「いえ

 それでどうされましたか?

 皇女としての宣言なら、先日もお断りしましたが?」

「いえ

 その事ではございません」


公爵はそう言いながらも、何か言い難そうにしている。


「どうしたのです?

 何か用があって呼んだのでしょう?」

「そうなんですが…

 困ったな」


公爵はそう言って、兵士の方を見る。

兵士は事情を察して、退出を宣言する。


「私は外を見張りますね」

「うむ

 頼むぞ」

「見張るって…

 どういう事です?」

「それはこれから話す事が…

 極めてデリケートな問題だからです」


公爵の歯切れの悪い言葉に、二人は首を傾げる。

兵士が退出したのを確認してから、公爵は苦しそうに話し始める。


「実は王国から…

 使者が来まして」

「王国?

 ハルバート叔父様から?」

「ええ

 クリサリス聖教王国などと大層な名前を掲げおって…

 おっと、これは今は関係無いですな」


公爵は咳払いをしてから、再び口を開く。


「王国…

 ハルバートからはこう提案がございまして

 国交を結ぶ為に、使者を送ると言う物です」

「国交?」

「何で今さら」

「そうなんですよね

 あちらに何のメリットもございません」


公爵も困った様な顔をして、首を捻っていた。


「これが戦後すぐとか、休戦協定の変更なら分かります

 現在我が国は…

 こう申しますのもなんですが…」

「良いです

 再三の魔物の襲撃で、我が国は疲弊しきっています

 あちらが国交を望むのは、こちらにとっては有益な事でしょう」

「そうですな

 正に渡りに船というところでしょう」


公爵はそう言いながらも、半信半疑であった。

帝国にメリットはあっても、王国には何も得が有るとは思えないからだ。

特産品も無く、むしろ食料や物資を確実に購入出来るチャンスだ。

今までの様に、非正規のルートでは無く、正規のルートでやり取りが出来る様になるのだ。


「それでは我が国に…」

「ええ

 得な事ばかりです」


マリアも不審に思って、首を捻っていた。


「それともう一つ

 その国交に関して、使者をこちらに送ると言うんですが…

 それがそのう…」

「何だ?

 歯切れが悪いぞ」

「アンネリーゼ様

 その使者なんですが、王国の若き魔導士だそうです」

「魔導士?

 なんでまた、そんな者が来るんだ?」

「それが分かりませんで

 それと聖女様に会いたいという要望も…」


公爵の発言を聞いて、アンネリーゼは鋭い視線を向ける。


「まさか?」

「ええ

 ワシもそう考えておりましてな

 それで相談しようと…」

「お姉さま?」


アンネリーゼは察していたが、マリアは言葉の意味を理解していなかった。

聖女に会いたいと言うのは、額面通りだと受け取っていた。

だからこそ、物見遊山で見たいと言う事だと思っていた。


「マリア

 これはお前を、その男と婚約させようと思っているのだろう」

「そうですな

 ワシも同じ考えです」

「はあ?

 こんやく?!」


マリアは思わず、驚いて素っ頓狂な声を上げる。


「わ、わたしなんかと?

 何で?

 どうして?」

「それは聖女だからでしょう

 まさか向こうも、姫が皇女などとは思っていないでしょう」

「だろうな

 大方聖女と結ばせて、それで互いの国との国交を強めようという発想だろう」

「でしょうな」


公爵もアンネリーゼも、聖女に会いたいというのはその為の口実だと考えていた。

帝国の聖女が王国に入れば、王国にも箔が着くだろう。

そして帝国側も、様々な援助を受ける口実になる。

その為の使者を寄越すと考えられていた。

しかし当のマリアは、突然の見合い話に狼狽えていた。


既に年頃なので、色恋の話にも興味はあった。

しかし皇女でありながら聖女でもある。

その為に、自分にはそんな縁は一生無いだろうと思っていた。

それが急に、見合い話が舞い込んだのだ。

マリアはすっかり舞い上がって、口をパクパクとさせていた。

まだまだ続きます。

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