第398話
カザンの街に入ったアーネストは、城門前の広場で待っていた
領主に面会す為に、返事を待っているのだ。
返事が来たところで、アーネストだけが領主に面会する
ギルバートの事は、領主が信頼出来ると分るまでは伏せておくつもりなのだ
広場で待ちながら、アーネストは見張りの兵士と話していた
詳細は話せないが、狂暴化した魔物がどれぐらい危険か話しているのだ
危険な事を知らせておかないと、魔物と戦うのは兵士なのだ
知らずに戦えば、思わぬ反撃を受けるだろう
「狂暴化した魔物は、通常の個体より強力だ
それに不利になっても、逃げ出したりしない」
「逃げないんですか?」
「ああ
だから数が多いと危険だ」
「そうですね…」
「先の戦闘も、オレが魔法で攻撃したから楽に勝てた
そうで無ければ、これだけの数は倒せなかっただろう」
アーネストの魔法が効いたから、魔物が怯んで戦闘が有利に働いた。
しかしこの兵士達は、魔術師の援護が無い。
だから戦闘には慎重になるしか無かった。
「魔術師
役に立つんですか?」
「ここの魔術師ギルドは、魔物とは戦っていないのか?」
「ええ
家庭用の魔法ぐらいしか使えませんから」
「それは…」
「アーネスト様
そんな強力な魔法があるのなら、ギルドで教えていただけませんか?」
「いや、教える事は出来るが…
問題は使えるかどうかだ」
「え?」
「使えないなんて事があるんですか?」
「ああ
攻撃魔法は魔力を使う
その魔力が少なければ、使いたくても使えないんだ」
教えるのは簡単だが、魔力が十分に無ければ意味が無い。
普段家庭用の簡単な魔法しか使って無いのなら、魔力量もそんなに有るとは思えなかった。
「それでは魔法は…」
「ああ
ギルドには顔を出すよ
しかしすぐに使えるかどうかは…」
さすがにそれは、無理だろうと思った。
そんなに都合良く、魔力量の多い者が居るとは思えない。
しかし一人でも居れば、それだけ魔物との戦闘に役立つだろう。
それに、時間さえ掛ければ魔力量は増やせれる。
事実そうやって、リュバンニの魔術師は魔力量を増やしている。
今王都を守っているのは、そんなリュバンニから出向して来た魔術師達なのだ。
「すぐには無理だろうが、鍛えれば使える様になるだろう
後は本人の努力次第だ」
「そうですか…」
「では、お願いします」
「ああ
だが先に、領主との会談が必要だ」
「そうですね」
アーネストがここに来たのは、領主に会いに来た事にある。
その先にある、帝国との会談に成功する為だ。
勿論その先には、勇者に会ってギルバートを癒してもらう事がある。
それは内密な話だが、この旅の重要な目的である。
この街を守る為とは言え、魔術師達を鍛える事は目的では無い。
しかし帰還する際に、この街が残っている事も重要な案件でもある。
魔術師達を鍛える事も、後の事を考えれば重要な事であった。
「伝令は遅いな…」
「そうですね」
「街の防衛で忙しいのかも?」
「防衛?
何か問題でも?」
アーネストの質問に、兵士はどうした物かと悩む。
迂闊に手の内を明かす事は出来ない。
しかしアーネストは、街の防備に関して手助けをしようとしてくれている。
「あのう…」
「止せ
喋って良い話しでは…」
「しかし、この方達は助けてくれたんだ
話しておくべきなんだ」
兵士達は、話が纏まらないがポツリポツリと話し始めた。
「実は…
魔物の襲撃自体は今日が初めてでは無いんです」
「おい!
止せって」
「しかしな、この事は話しておくべきだと思うんだ
この方達なら、隊商に話す様な事もしないだろう」
「それは…
くっ」
「どういう事だ?」
「実は…
街を狙われたのは今日が初めてですが、既に討伐に向かった兵士が亡くなっています」
「魔物と戦ってか?」
「ええ…」
「正確には向かって行って、返り討ちにあって退却致しました」
「だろうな
ここの兵士の装備を見る限りでは…」
とてもじゃあ無いが、戦闘にもならないだろうとは思った。
しかしそれを言う事は何とか踏み止まった。
それは嘗て叔父として慕っていた、将軍の姿を思い出したからだ。
勝てないから止めろと、言う事は簡単だろう。
しかし兵士達は、街を守る為に命を賭けている。
そんな彼等に、安易に勝てないから止めろとは言えない。
仮にここに叔父が居れば、喜んで住民の為に命を差し出そうとしただろう。
結果はあの時の、ダーナの戦いでも見た通りだ。
将軍は魔物になってまで、住民であった死霊を守る為に戦いを挑んで来た。
彼等も結果を知りながらも、命を賭けて戦おうとするだろう。
「この魔物の素材が、少しは役に立てば良いが…」
「アーネスト様」
「…」
護衛の兵士達は、アーネストに何か言いたそうにする。
しかしそれを察して、アーネストは黙って首を振る。
それを賛成する事は許容できないからだ。
「どうすれば…」
「これを…
職工ギルドに渡してくれ」
アーネストは、王都の職工ギルドに渡した時の覚書を差し出した。
そこには兵士では理解出来ない、魔鉱石の精錬と加工方法が書かれていた。
兵士を鍛える事は出来ないが、せめて装備はマシになるだろう。
今はこの程度しか、支援する事は出来なかった。
「何ですか?
これは?」
「渡せば恐らく分かる筈だ」
「職人達に?」
「何だろう?」
兵士は覚書を見るが、何を書いているかは理解出来ない。
仕方が無いので、その書類を遺骸を見張る兵士に手渡す。
遺骸の引き渡しの際に渡す為だ。
そうこうする内に、領主の館から兵士が戻って来る。
どうやら遅れたのは、馬車を用意したからの様だった。
家紋の着いた1台の馬車が、城門の前に向かって来る。
「あれか?」
「そう…ですね」
「どうやら迎えの馬車を用意していたみたいですね」
アーネストは護衛の兵士達を見ると、頷きながら話し掛ける。
「頼んだぞ」
「はい
お二人は我々がお守りします」
「アーネスト様は会談を成功させてください」
「ああ」
アーネストが馬車に乗り込もうと、歩き出そうとする。
その時に、不意に後ろから乱暴な声が響く。
「おい!」
「止めろ」
「誰かそいつを押さえろ」
兵士の一人が、鋭くアーネストを睨み付ける。
「何だ?
どうした」
「いえ、何でも無いです」
「何でも無くあるか!
貴様も王国の貴族なら、国民を守る為に戦ったらどうなんだ!」
「はあ?」
「すいません
何でもありません」
「お前ももう止せって」
どうやら兵士の一人が、アーネストの態度に不満を持った様子だった。
「どうしてオレが戦わなくてはならないんだ?
この街を守るのは、お前の仕事だろう?」
「それが無理だから言っているんだろう」
「はあ?」
「お前は戦える力を持っている
なのに何故戦おうとしない!」
「あのなあ…」
アーネストが呆れながら、兵士の方に振り返る。
「お前こそ、こんなくだらない事を言う前に、魔物と戦う訓練をしたらどうだ?
少なくとも、ここでオレに絡んでいるよりは…」
「聞いたぞ!
王都は今、大変だそうだな
それなのに貴様は暢気に帝国に行くだと?
ふざけるな!」
「ふざけているのはどっちだ!
オレがどんな思いでこの会談を…」
「アーネスト様
抑えて」
「そうですよ
一兵士の言葉なんかに…」
護衛の兵士が、アーネストが激昂しているのを見て宥めようとする。
アーネストは、知らずに怒りで拳を握り締めていた。
「そもそもだ
噂の王太子とやらは何をしているんだ
国の一大事だと言うのに姿を見せようともしていな…」
「ふざけるな!」
アーネストが迫力のある、凄みのある怒鳴り声を見せる。
普段のお調子者の様子からは、想像も出来ない激しさだった。
護衛の兵士も、思わずその迫力に後退る。
「王都の危機?
ああそうさ
何せ巨人が、王都の半分を破壊したからな」
「はあ?」
「巨人だと?」
「それよりも、王都の半分だって?」
兵士達に、明らかな動揺が走る。
どうやら噂は、そこまで伝わっていないのだろう。
「それにギルはな、その戦いで大きな痛手を受けている
今のその痛手を癒す為に、懸命に治療を受けている」
「王太子が?」
「そんな…」
ガタッ!
兵士達が王太子が負傷したと聞いて、激しく動揺する。
王太子は魔物と戦って、無敗だと伝えられていた。
それが巨人と戦って、負傷したと言うのだ。
正確には、魔王によって病に罹っているのだが、アーネストは敢えて痛手と話した。
それは話がややこしくなる事と、詳細を話せないからだ。
「オレが魔物と戦わないと言ったな」
「あ、ああ」
「私も戦ったさ
そしてその巨人達との戦いで、オレもギルも魔王に敗けた」
「え?」
「オレがこうして生きていられるのは、魔王の気紛れもあっただろう
しかし一番の要因は、多くの兵士が命懸けで、気絶したオレ達を守ってくれたからだ」
アーネストは悔しそうに、拳を握り締める。
これまで見せた事は無かったが、アーネストもあの敗北に思う事はあるのだ。
自分が気絶している間に、多くの民や兵士が命を失っていた。
その事をとても悔しく思っていたのだ。
だからギルバートも、思わず馬車から飛び出しそうになっていた。
しかし満足に身体を動かせず、セリアに押さえられていた。
ここで怒りに我を忘れると、再び病が悪化するからだ。
「ならば何故、死力を尽くして戦おうとしない」
「出来るならそうしたいさ
しかし今、王都の復興には多くの人出と力が必要だ
可能なら、帝国とも協力したい」
「そんな詭弁…」
「それに…
帝国の勇者は聖女だと言う」
「聖女?」
「何を言っているんだ?」
アーネストは怒りに興奮した自分を、何とか落ち着かせる。
そして自分自身に言い聞かせる様に、静かにそれを言った。
「もしそれが本当なら…
ギルを癒してもらえるかも知れない」
「癒し…」
「それが目的で?」
「あくまで噂だがな
だが今は、藁にも縋る思いだ」
アーネストの独白に、騒いでいた兵士も黙っていた。
アーネストがここで話した内容は、本来の内容を濁した物だった。
しかし今話す事で、後の完治した後での言い訳にも出来る。
だから一部真実を話して、上手く言い訳をしたのだ。
「その為に…
帝国に?」
「ああ
それもあるが、今は帝国との和平が先だ
このままでは帝国にも攻められ兼ねないからな」
アーネストはそれだけ言うと、踵を返す。
「待て!
王太子は…」
「未だ癒える事無く、戦えずに苦しんでいる」
「そ、そんな…」
「もう良いか?
オレは行くぞ」
アーネストはそう宣言して、さっさと馬車に乗り込んだ。
去って行く馬車を見送りながら、兵士は蹲っていた。
「もう良いだろ?」
「一体どうしちまったんだ?」
「そうだぜ?」
「貴族様に噛み付くだなんて」
「そうだぞ
オレ達まで処分されるぞ!」
兵士達が、アーネストに絡んでいた兵士を取り囲む。
貴族であるアーネストに、一兵士が噛み付いたのだ。
下手をすれば連帯責任で、彼等も処罰されてしまう。
それを考えて、兵士達は怒って兵士を詰問し始める。
しかしその中に、一人の兵士が割って入る。
「こいつを責めないでやってくれ」
「ああん?」
「何でそんな奴を庇うんだ」
「こいつは…
こいつの仲間は…」
「え?」
「まさか?」
「ああ
死んだ奴等の中に、こいつの兄貴と友達も居るんだ」
庇う兵士の言葉に、囲んでいた兵士達も言葉を失う。
「こいつは死んだ奴等と、一緒に逝けなかった事で自分を責めているんだ」
「ちっ、しょうが無いな」
「それならそうと…言えよ」
「そうだぜ」
少なからず、他の兵士にも仲間を失った者は居た。
さすがに兄や親友では無いが、その気持ちは分かると思っていた。
「さあ
持ち場に戻るぞ」
「お前も早く戻れよ」
「そうだぜ
いつまでも気を落とすなよ」
他の兵士達は、口々に文句を言いながらも、兵士を気遣って去って行く。
しかし取り残された兵士は、その場に座り込んだままブツブツと呟いていた。
「そんな…殿下まで
それに巨人だって
そんな物をどうするって言うんだ」
「おい
行くぞ」
庇った同僚の兵士が、彼の肩を揺する。
しかし彼は、虚ろな表情で地面を睨んだまま、ブツブツと呟いていた。
「おれはどうすればいい?
どうすればおまえたちのところにいける?」
「おい?
大丈夫か?
おい!」
「どうすればいいんだ?
あにき、…にもうあえないのか?」
「はあ…
先に行っているぞ」
兵士は尚も、思い詰めた様にブツブツと呟いていた。
仕方なく、兵士は肩を竦めてからその場を去った。
未だに友や兄の死を受け入れられないのだろう。
時間が解決するしか無いだろうと、兵士はそう思って彼をそのままにしておいた。
その後も暫く、兵士は答えの無い疑問に向き合い続けていた。
そしてふらりと立ち上がると、そのまま街に引き返して行った。
そんな彼を見て、庇っていた兵士は肩を竦める。
「しょうが無い
今日は代わりに、オレが残業だな」
そう言って、彼の早退を上司に報告する為に向かうのだった。
しかし彼は、その後兵舎からも姿を消していた。
兵士達は、そんな彼の事を忘れて、毎日を魔物と戦う事になる。
可哀想ではあるが、彼の事を気にしている余裕は無いのだ。
油断していれば、今度は自分の友や家族が死ぬ事になる。
その為には、戦って勝ち続けるしか無かった。
まだまだ続きます。
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