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聖王伝  作者: 竜人
第十二章 妖精の故郷
396/800

第396話

いよいよギルバート達は、帝国に向かう事になる

カザンの街まで馬車で向かい、そこから砂竜を使って移動する

しかし問題は、帝国側に敵対勢力が居る事だ

敵対勢力に見付かれば、そこが旅の終わりになる可能性があるのだ

王都の東の城門に、朝日が差し込む

兵士が集まって、旅の支度を始めていた

これから東に向かい、カザンの街を目指すのだ

そこから帝国領に入る予定になっている


「集まっているな」

「はい

 支度はもうすぐ終わります」


今回の出立は、王都の住民達には伏せられている。

王太子が病に罹っているとは、公開されていないのだ。

下手に公開すれば、民に不要な心配を掛けるからだ。


「バルトフェルド様は来ないんですね」

「ああ

 下手にフランシスカ様やバルトフェルド様が出れば、民に不信感を与える

 だからオレ達は、こっそりと王都を発つ事になる」

「そうですか…」

「事情が事情とは言え、民を騙す様で気が重いです」


仕方が無いとは言え、兵士は不満そうだった。

そんな兵士達の方を叩いて、アーネストは馬車の前に向かう。

そこにはセリアに支えられた、ギルバートが立っていた。


「ギル

 大丈夫なのか?」

「ああ

 何とかな」

「お兄ちゃんはセリアがまもる」


セリアはギルバートを支えながら、鼻息も荒くする。

セリアなりにギルバートを心配しているのだろう。

よく見れば、二人の足元には精霊も姿を現していた。


「セリア

 向こうに着いたら、精霊の姿は見られない様にな」

「え?

 何で?」

「お前が精霊を呼べると知られると、それを狙って良くない輩が狙って来るだろう

 そうしたらギルバートはどうなる?」

「え?」


「そうだな

 私がセリアを守ろうとすると、私の命が狙われる事になるな」

「そう言う事だ

 そんな事になれば、この旅の意味が無くなる」

「うにゅう

 お兄ちゃん…」

「大丈夫だ

 少しぐらい精霊の力を借りなくても、死ぬ事は無いだろう」


ギルバートは目を瞑って、苦しそうにしている。

しかしそれでも、何とか立っていられた。

それを見て、セリアは黙って頷いた。


「よし

 それでは出発しよう

 馬車に乗るぞ」


セリアとアーネストの手を借りて、ギルバートは馬車に乗り込む。

それから兵士も、それぞれの馬車に乗り込む。

最低限の護衛の兵士だけ、馬に乗って同行する。

そうして準備が出来たところで、城門の前に進んだ。


「殿下

 それではお気を付けて」

「ああ

 王都の事は頼んだぞ」

「はい」


番兵は敬礼をすると、城門を開いた。

住民はまだ起きて来ていないので、今の内に出発する事になる。

兵士に敬礼されて、ギルバートは送り出される。


「今度戻る時まで、無事ならば良いのだが…」

「おい

 何を不吉な…」

「そうでも無いのさ

 ここ最近魔物が強くなっている

 魔術師の熟練度が追い着かなければ、その時点で…」

「…」


アーネストの主張は正しかった。

妖精郷を出た辺りから、魔物は目に見えて強くなっていた。

上位種が現れて、狂暴化した魔物を引き連れる様になっていた。

しかしその事を、今ここで言うべきでは無いだろう。


「何でだ…」

「え?」

「何で今さらそんな事を!」

「いや

 覚悟を決める為だ」

「覚悟だと?」


「ああ

 王都が無くなるって事は、フィオーナも無事では無いだろう」

「何を馬鹿な事を!」

「それでも!

 お前を救える可能性があるなら、オレは行くしか無いんだ

 フィオーナもそれを望んでいる」

「しかし…」

「しかしも案山子も無いんだ

 もう…賽は投げられた」

「…恨むぞ」

「構わん

 その代わり、お前は必ず治せ

 そしてすぐに王都に帰還するぞ」


アーネストが言いたかったのは、恐らくこの事だろう。

王都が危険な以上、速やかに治療して、王都に帰還する必要がある。

しかし言い方が悪かった。

旅の初日は、険悪な雰囲気で始まっていた。


「そっちに向かったぞ

 しっかりと押さえろ」

「はい」

「くっ

 強い!」

ギャオオオ


兵士が数人掛かりで、何とか異形の魔物を押さえる。

そこへ向けて、アーネストが魔法を放つ。


「炎よ

 火の精霊の力を借りて、その鋭利な刃を貫け

 フレイム・スピアー」


ゴウ!

ズガッ!

グギャアアア


炎の槍が唸りを上げて、魔物の腹を貫く。

魔物は腹に炎の槍を受けて、そのまま焼き尽くされた。


「はあはあ…」

「何ですか

 この魔物は…」

「こいつはトロールという魔物だ

 非常に珍しく、そしてしぶとい魔物だ」


灰になった魔物が、魔石を残して崩れる。


「火に弱いのだが…

 物理的に少々切り付けても、すぐに再生してしまうんだ」

「再生って…

 まさか?」

「ああ

 傷がすぐに塞がる

 不死の魔物に近しい存在だな」

「え?」

「恐ろしい…」


幸い単独でうろついていたので、アーネストが魔法で焼き殺したのだ。

そうで無ければ、多くの旅人が殺されていただろう。


「他には魔物は居ない様だな」

「ええ

 1匹で良かったです」


アーネストも馬車に戻り、再び出発する。


「本当に…」

「ん?」

「お前の言う通りだ

 魔物が強くなっている」

「ああ

 以前はトロールなんて現れなかったからな」

「そうだな…」


ギルバートは躊躇いながら、アーネストに頭を下げる。


「ん?

 どうしたんだ?」

「今朝はすまなかった」

「いや

 オレも言い方が悪かった」


二人がお互いに頭を下げる。

その光景を、セリアは不思議そうに見詰める。

そして次の瞬間、セリアは二人の頭を撫で始めた。


「ぷっ」

「くっくっくっくっ

 はははは」


二人が笑い始めて、セリアは困った様に二人を交互に見ていた。


「らしく無いじゃないか」

「お前こそ

 何が覚悟だ」

「それだけ真剣なんだ」

「お前がか?

 ふっ」

「笑うなよ」

「はははは…

 ごほっごほっ」


楽し気に笑っていたが、次の瞬間、ギルバートは苦しそうに咳き込んだ。


「お、おい!

 大丈夫か?」

「だ、大丈夫だ…」


そう言いながらも、ギルバートは苦しそうだった。


「くそっ

 絶対に治してやるからな」

「ふふふふ

 それまでは死ねないな」

「馬鹿野郎…」


ギルバートの病状は、予想よりも進行していた。

それでも苦しそうにしないのは、アーネストからセリアが心配していると言われたからだ。

ギルバートは、いつしか本気でセリアの事を愛していた。

だからこそ、苦しくてもセリアの前では堪えているのだ。


「お兄ちゃん…」

「大丈夫だ

 私は病になんか負けない」

「うにゅう…」


それでもセリアは、精霊女王の力でギルバートの容体を察知していた。

だからこそ、我慢して見守っていた。


翌日になり、一行はザクソンの街の側を通過する。

そこは不気味なほど静かで、魔物もその周囲には居なかった。

恐らく魔物の方でも、街に強力な死霊が現れた事は感じているのだろう。

だから街を避けて、他の場所に集まっていた。


公道を進みながら、3度魔物の襲撃を受ける。

しかし兵士達も、王都への帰還の旅で実力を上げていた。

上位の魔物が少々紛れていても、それほど苦戦しないで戦えていた

そして6日目の昼過ぎに、ようやく公道の先に街の城壁が見えてきた。


「大きい街ですね」

「ああ

 どうやらあそこが、目指すカザンの街の様だ」


街は外周も大きく、遠目にも堅牢な城壁が見えてきた。

外周は半径1㎞ほどで、城壁は二重の5mほどの石壁で覆われている。

そこから投石機や弩弓で狙える様になっている。

かなり堅牢に作られているのは、ここが元は帝国の砦があったからだろう。


「物々しい城壁ですね」

「ああ

 城壁だけなら、王都よりも頑丈な筈だ」

「王都よりもですか?

 何でこんな地方の街に?」

「それはな、ここが帝国の砦だったからだ

 ザクソンと同じで、ここは帝国の西の見張り役でもあったんだ」


帝国がまだ健在だった頃、西の小国が反乱を起こさない様に、ここに砦を作っていた。

それをそのまま、今の領主が街の城壁に流用したのだ。

今では砦は無くなっているが、城壁はそのまま残されている。

東から帝国の残党が、攻め込まない様に見張っているのだ。

そうした役目もあって、この街は大きく発展していた。


「帝国や他の国との交易もあるが、ここは帝国の残党が来ない様に見張る役目もある」

「その為の城壁ですか?」

「そうだ」


帝国に入るには、ここ以外の場所は無いのだ。

北は切り立った崖と、険しい山々が連なっている。

そして南側は、深い森と底なしの沼地が待ち構えている。

どちらも進軍するには不向きで、ここを見張れば良かった。


「北には竜の背骨山脈から連なる、竜の顎山脈が塞いでいる」

「ああ

 そういえば、ここが山脈の東端になるんですね」


竜の背骨山脈は、王都の北で一旦なだらかになる。

そこから東に向かうと、再び険しい山々が北を塞いでいる。

その為に、クリサリスは北に凍土があるにも関わらず、寒波の影響が少なかった。

険しい山々が、天然の要害を成しているのだ。


「逆に南に向かっても、暗く不気味な『魔の森』と、底なしの『死の沼』が広がっている」

「魔の森って、あの迷子になって死ぬと言われてる…」

「ああ

 あそこは年中薄暗いし、方向感覚が狂うからな」

「死の沼が無くても、魔の森だけでも十分に危険ですよ」


魔の森と言うのは、視界が悪いだけでは無い。

天然ガスが湧き出る、底なしの沼地地帯があるのだ。

その周りに森があるので、森にまでガスが流れて来る。

そしてそのガスは、有毒で人間の感覚を狂わせる成分が含まれている。

だから好んで、魔の森に入ろうとする者は居なかった。


「この二つがあるから、帝国も迂闊に進軍できないんだ」


帝国がまだ存在した頃は、この辺り一帯も帝国の領土だった。

しかしハルバートを旗頭に、西側の小国が連合軍を作り上げた。

それが反旗を翻したのがおよそ35年ぐらい前になる。


ハルバートはクリサリス、ザクソンと攻め落として、ここカザンで決戦に及んだ。

その時の戦争に、バルトフェルドやオウルアイと言った戦士が参戦していた。

アルベルトも、その戦争でハルバートの傍らで戦っていた。

そうして帝国軍を退けて、カザンまでがクリサリスの領土となった。


「この南の森も、以前は普通の森だったらしい」

「え?

 魔の森では無かったのですか?」

「ああ

 あそこで多くの帝国の兵士が亡くなった

 一説には、その兵士の怨霊が、森で今も彷徨っているらしいぞ」

「うう…ブルブル」

「おっかないなあ」


「魔の森になったのは、帝国の魔法兵が魔法を失敗したからだという話もあるが…

 どちらにせよ、あそこは精霊も寄り付かない危険な場所だ

 そこを通り抜けようとする者は居ないだろう」

「魔法の失敗ですか?」

「ああ

 しかしそれだけとは…

 考えれないな」


魔法が失敗したにしては、些か物騒な場所になっている。

恐らく兵士の怨霊と言う話も、嘘では無いのだろう。

それだけ負の情念が、あの場所には溜まっているのだ。


「北の竜の顎山脈はどんな場所なんです?」

「あっちの資料は少ないな

 険しい山々があって、気候も年中寒い様だが…」


北の山脈は、ダーナに居たガレオン将軍が戦った場所でもある。

当時は魔物も住み付いていて、危険な場所だったとしか記されていない。

しかしその場所で、エドワード兵長は魔物と戦ったと語っていた。

魔物が居なければ、帝国は北から巻き返していたかも知れない。


「北の山脈は、切り立った崖も多い

 まともな部隊長なら、あんな危険な場所で戦おうとは思わないだろうな」

「同感です」


ここから見ても、山脈が鋭く切り立っているのが見える。

もし登れたとしても、とても戦える足場など無いだろう。

そんな場所で戦っていたという、将軍や兵士長は優秀だったのかも知れない。

しかしそんな将軍達も、ダーナでの戦いで命を落としている。

魔物はそれだけ危険な存在なのだ。


「北の山脈に居た魔物って、今でも居るんですかね?」

「さあ?

 居たとしてもコボルトだったって話だ

 数が多くない限りは大丈夫だろう」


今の護衛の兵士達は、狂暴化したコボルトも倒している。

余程の数で攻め込まれない限り、負ける事は無いだろう。

ダーナで戦った時とは、武器も熟練度も違うのだ。


兵士達は隊列を乱さず、真っ直ぐにカザンに向かう。

その顔には、以前の様な弱々しさは無かった。

ここまでの戦いが、彼等に自信と勇気を与えていた。


「北は魔物の山脈

 南は怨霊の住まう魔の森」

「なあに

 オレ達は来れまで生き残って来たんだ

 何が来ても負けないさ」

「あ!

 グレイ・ベアだ」

「ひいっ!」

「あははは

 何が負けないだ」

「馬鹿野郎

 グレイ・ベアは別だろう」


しかし、さすがの兵士達も、グレイ・ベアはトラウマになっていた。

なんせ失禁する者が多かったのだ。

未だにその名を聞いただけで、震える兵士も居た。


「はははは

 ふざけてないで、警戒を頼むぞ」

「そうは言っても…

 もうすぐ街ですよ?」

「そうですよ

 こんな場所に魔物なんて…」

「左手の森の中

 コボルトが居るぞ」

「ええ!」


兵士達は、カザンに入る前に、初めてのコボルトの上位種と戦う事になる。

苦戦はしなかったが、改めて油断は出来ないと悟った。

魔物は確実に、その数を増やしていた。

それは辺境のカザンの街も、例外では無かったのだ。

まだまだ続きます。

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