第395話
ギルバートは王都で静養していた
これから帝国の跡地に向かわなけらばならないのだが、使者の返答待ちなのだ
アーネストを親善大使として、勇者に面会しようという計画なのだ
しかしその為の使者の、返事がまだ返って来ていなかった
アーネストは離宮の居間で、フィオーナの愚痴を聞いていた
セリアの思い切ったアプローチを、ギルバートは懸命に回避していた
その事に関して、フィオーナは愚痴を溢していたのだ
アーネストとしては、ギルバートの容体が安定していない以上、ほどほどにして欲しかった
しかし恋する少女は盲目なのだろう
ここ数日の間に、セリアの行動はエスカレートしていた
「大体お兄様は、いつもいつもセリアを子供扱いで…」
「ははは
お前もセリアの方が年上なのに…」
「私は良いの
セリアのお姉ちゃんなんだから」
「はあ…」
今日もフィオーナは、ギルバートの駄目出しをしている。
セリアを子供扱いして、女として見ようとしないと憤慨している。
しかしアーネストは気付いている。
本当は女として意識したら、ギルバートが限界に達するからだ。
だから必死に、相手を妹として見ようとしているのだ。
「なあ…」
「ん?」
「もう少しそっとして置いてやれないか?」
「え?」
アーネストは優しい笑みを浮かべて、フィオーナのお腹を摩る。
アーネストに反応したのか、お腹の中の子が蹴った感触が伝わる。
「はははは
この子もお転婆そうだな」
「何?
私がお転婆だって言うの?」
「そうだな…
木登りとか大好きで…」
「ああ、もう
子供の頃の話をしない」
「くくくく」
アーネストは何とか、話題を変えて逸らそうとする。
「そう言えば、この子の名前なんだけど…」
「え?
精霊様が名付けてくれたんだよ」
「いや、それは違うって」
「良いのよ
もう名前はそれでって決めたんだし」
「そりゃあそうだが…」
フィオーナは精霊が告げた、『じゃあね、バイバイ』という言葉を勘違いしていた。
そしてお腹の子を、ジャーネと命名していた。
一度命名したので、取り消しには面倒臭い手続きが必要だった。
だからそのまま、この名前で登録する事にしたのだ。
それにフィオーナも、この名前を気に入っていた。
勘違いとはいえ、精霊が付けてくれた様な気がしているからだ。
しかし…
女の子なのか?
フィオーナは女の子だと主張していた。
しかし産まれてくるまで、本当に女の子か分からない。
それにこんなに元気なのだ、アーネストには男の子にしか思えなかった。
まあ、男でもジャーネは変じゃないか
変じゃ無いよな?
多少女の子っぽい名前だが、男の子でも通用するだろう。
それに本人が嫌がるのなら、成人する時に改名すれば良い。
大人になって改名する貴族は案外多いのだ。
それは貴族が、当たり障りの無い洗礼名を使っているからでもある。
「フィオーナに似た、可愛い子で産まれてくれよ」
「な!
また恥ずかし気も無く…」
ぼふっ!
フィオーナは照れながら、手元にあったクッションを投げ付ける。
その顔は照れて真っ赤になり、アーネストは思わずキスをする。
「ん…
もう…
お兄様もそれぐらい積極的なら良いのに」
「はははは
無理は言うなよ
あいつは今、病に苦しんでいるんだ」
「それはそうだけど…」
それが原因で、セリアは余計に引っ付いているのだ。
ギルバートの容体が不安定なので、不安で仕方が無いのだろう。
「あまり無茶は言うなよ
あいつも色々大変なんだから」
「そうだけど…
早くくっ付かないと、変な虫が着きそうで心配なのよ」
「ギルにか?
まさか?」
アーネストは、ギルバートがセリアにベタ惚れなのはよく知っていた。
そのギルバートが、他の女に見向きするとはとても思えなかった。
「そんな事があるのかねえ?」
「あなたを見てると、心配になるのよね…」
「オレ?
それこそあり得ないだろ」
「そうかしら?
先日も街の酒場に入って…」
「あれは不可抗力だ!
オレは兵士を探しに行っていただけだ」
「本当に?」
アーネストは必死に弁解するが、フィオーナはジト目で睨む。
たまたま通りかかった酒場で、ちょっとした騒動が起こった。
そんな時に、アーネストは娼婦の女に抱き着かれた。
その場ですぐに引き離したが、その残り香に気付かれたのだ。
お陰でアーネストは、証言をしてくれる兵士を探す羽目になった。
その事でフィオーナに、ここ数日は絡まれている。
「あなたは自分がモテるって自覚が無いから」
「そんな事は無いさ
こんな陰気な魔術師なんて…」
そう言うアーネストを、フィオーナはジト目で睨む。
「それにギルだって…
王太子に言い寄る女なんて…」
「貴族の子女が居るわ」
「婚約者も居るんだぞ?」
「身重の妻が居る男に、抱き着く女は居るのよね」
「それは誤解だって…」
それから半日ほど、アーネストはフィオーナの機嫌を直すのに苦心した。
その為に図書館に着いた頃には、すっかり消耗していた。
「お?
遅かったな」
「ああ
半分はお前のせいだ」
「ん?
何だそりゃ?」
ギルバートは資料から顔を上げると、怪訝そうな顔でアーネストを見た。
「どうもこうも無い
お前がセリアに手を出さないから、フィオーナに責められるんだ」
「なんだそりゃ?」
「あいつも不安なんだよ
お前のその様子を見ればな…」
ギルバートは今日は、調子が良さそうだった。
しかし少しずつだが、ギルバートは痩せていっている。
それもこれも、黒い魔力に身体が侵されているからだ。
魔力中毒の症状は、食欲が無くなるという症状もある。
そのせいで、少しずつだが痩せて来ているのだ。
「だからって、何もセリアに…」
「セリアに子供でも出来れば、みんな安心するんだろう」
「いや、それはマズいだろ
あいつはまだ子供で…」
「何度も言うが、今年で20歳になるんだろ?」
「しかし身体は…」
「ふうん…
そんなにじっくりと見たのか」
「え?
あ!
いや!」
アーネストはニヤニヤ笑いながら、ギルバートを見る。
「全然興味が無い訳じゃあ無いんだな」
「そりゃあ…」
「女として意識するのが…怖いか?」
「ああ」
ギルバートは顔を赤くしながら、不満そうな顔をする。
しかしあまり動き回ると、また意識を失う可能性があった。
少しずつだが、身体の方も弱っているのだ。
「だけどセリアは、不安でしょうが無いんだ
もう少し構ってやれよ」
「不安って…」
「今も油断したら、意識を失うんだろ」
「ぬう…」
「それで不安になるなと言うのが無理だろ
逆にセリアがそうなったらどうする?」
「…」
これはアーネストも実感している事だ。
フィオーナが身重になった事で、相手を心配するって事を学んだ。
そういう意味でも、フィオーナの妊娠には感謝していた。
「お前がいつ、目を覚まさなくなるかと思って不安なんだ
抱き締めたりするぐらいは良いだろ?」
「分かったよ…」
「まあ、そんな事をしてたら、それこそ気を失って…」
「この野郎!
感動を返せ!」
ギルバートはアーネストの気遣いに感謝して、感動していた。
そこへこの一言である。
当然怒って、手近な本を投げ付けた。
「あ!
痛っ!
ん?」
当たって開かれた本から、1枚の羊皮紙が転がり出た。
アーネストは何気無く拾ったが、それを見て顔色を変えた。
「どうした?」
「あ…
いや、どうせお前が見ても分からんか」
アーネストは羊皮紙を手渡すが、そこには複雑な記号が多数描かれ、読めない文字が書かれていた。
そして数字の複雑な羅列も書かれている。
確かにギルバートが見ても、訳の分からない代物だった。
「なんだこりゃ?」
「さあ?
詳しくは調べてみないと…」
「その割には、今さっきの顔は…」
アーネストの様子は明らかにおかしかった。
しかしギルバートが追及しても、はぐらかされるだけだった。
「詳しく調べないと分からない
お前がそう見えたのは疲れているからだ」
アーネストはそう言うと、そそくさと研究室の方へ向かった。
ここの資料では読めなくても、他のアプローチ方法があるのだ。
アーネストはヘイゼルを探して、研究室に向かった。
それから4日ほど、アーネストはほとんど研究室に籠っていた。
食事と就寝には出て来るが、その他は籠った切りだった。
フィオーナが心配するも、大事な事なんだとしか言わなかった。
そして5日目の昼過ぎに、遂に使者が戻って来た。
「アーネストを呼んで参れ」
「はい
今呼びに向かっております」
「研究室なんぞに籠って、一体何を調べているのやら…」
バルトフェルドは使者を待たせて、その間にギルバートにも連絡をする。
こちらは近いので、兵士に支えられながらすぐに来た。
「すまない…」
「いい…え
私の、為に、動いていただいてますから」
ギルバートの衰弱は、目に見えて酷くなっていた。
バルトフェルドは、マーリンの判断が正しかったと感謝していた。
あのまま後手に回っていれば、間に合わなくなっていただろう。
「すいません
遅くなりました」
「アーネスト様
一体何をお調べに…」
「それについてはまだ…
情報が少な過ぎまして」
「ううむ…」
「それよりも、使者の返答は?」
「おお
そうじゃった」
バルトフェルドは、使者として向かった兵士に目を向ける。
「はい
カザンの隊商のキャラバンという集まりと繋ぎを取りました
そこで皇家に所縁のある隊商にお願いをしまして…」
「うむ
それで?」
「はい
国交の話は喜んで承諾するそうです
それと使者として、親善大使との会談も受け付けると」
「でかしたぞ!」
バルトフェルドは安心して、喜んでいた。
しかし使者は、顔を曇らせていた。
「どうしたんだ?」
「それが…
そのう…」
使者は書類を開くと、それをバルトフェルドに手渡す。
バルトフェルドは暫く黙って読んでいたが、驚いた顔をして拳を握り締める。
「何じゃと
これではあまりにも…」
「ですが、向こうの言い分も尤もです
他の貴族は反対しておりますから」
「何と書かれているんです」
バルトフェルドは、アーネストに書類を手渡しながら話す。
「要約すると、来るのは構わないが、自己責任で来て欲しい
こちらから使者を迎え入れる事は出来ない
そう書かれておる」
「何だって?」
「ふざけておる」
ギルバートも、その内容には呆れていた。
会談に向かう場所は、帝国跡地でも奥の方になる。
それまでには、危険な砂漠地帯と敵対する貴族の勢力圏があるのだ。
そんな場所を、自分で潜り抜けろと言うのだ。
「待ってください
書類には他にも書かれています
手渡された物は?」
「これです」
使者は恭しく、懐から小さな金属板を取り出す。
それは皇家の紋が刻まれ、国交の手形として造られた物だった。
「これを差し出せば、一応は皇家への使者と証明出来ます
一応は、敵対する貴族への牽制にはなります」
「しかし…
見なかった事にして襲われれば…」
「そうですね
保証はありませんね」
アーネストは金属板を調べて、改めて口を開く。
「これは…
元々は皇家への隊商に渡す手形ですね
ですから隊商と一緒なら」
「そうか
上手く抜けられるかも知れんな」
「その隊商は?
名は聞いておるか?」
「はい
サザーランド商会と名乗っていました」
「そうか
ならばカザンに向かって…」
「ええ
そのサザーランド商会と共に向かえば良いでしょう」
「うむ
これで決まりだな」
バルトフェルドは頷き、それからギルバートの方を見る。
しかしそこで、眉を顰めて不安そうな顔をする。
「しかし問題は…」
「ええ
ギルの身体が持つか…ですね」
ギルバートは、最早立っているのがやっとの状態だった。
このまま過酷な砂漠の旅に、連れて行って大丈夫なのだろうか?
「セリアも同行しますが…
どこまで防げるのか…」
「そうじゃな
精霊様とて、万能じゃあ無かろう」
如何な精霊の加護でも、砂漠を快適に過ごすまでは出来ないだろう。
そもそも、精霊の力を失っているから砂漠化しているのだ。
そんな場所で、精霊が満足に力を発揮するとは思えない。
「せめて首都の跡地まで向かえば…
あそこはオアシスになっておるからな」
「オアシス?」
「ああ
大きな湖があり、その周辺は過ごしやすい環境になっておる
あそこに皇家の一族が住んでおるのは、そのオアシスがあるからじゃ」
「なるほど
そうなると、問題はそこまでの道中になりますね」
砂漠の危険も、反抗する貴族も、全てオアシスに向かうまでの障害である。
そこさえ越えれば、後は勇者に会うだけだ。
「旅の同行者はどうしますか?」
「そうじゃのう
先ずはすまないが、アーネスト」
「はい
それからイーセリアですね」
「うむ
危険な旅になるし、なによりも其方には…」
「大丈夫です
フィオーナには精霊が着いています」
「そうか…
そこまで覚悟を決めておるのなら、ワシからは何も言うまい」
「はい」
離宮で過ごす内に、フィオーナを気に入って側に着く精霊が現れた。
その精霊が居るのなら、フィオーナの事は心配無いだろう。
「それから…
兵士をどうするかじゃな」
「ええ
あまり腕利きの精鋭では、却って相手に不信感を持たせます」
「うむ
そうなれば、王都の騎士団では駄目じゃのう」
王都には、新たにリュバンニから集めた騎士団が入っていた。
しかし彼等では、帝国側が警戒してしまう。
結局、同行する兵士は前回連れた兵士と、その補充で入隊した者達だった。
総勢50名の兵士と、その隊長が護衛の任に着く事になる。
「馬を用意したいところじゃが、砂漠では役に立たんじゃろう
向こうで馬車用の砂竜を用意してもらってくれ」
「はい」
こうして一行は、馬車でカザンに向かう事になった。
下手に馬で向かっても、カザンで乗り捨てる事になる。
今の王都には、そこまでの馬の余裕は無かった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




