第394話
アーネストは、何となくではあるが、セリアの様子が変わったと思っていた
それは少女の顔から、女の顔になった様に感じていた
しかしそれにしては、二人の間にはまだまだ壁がある様に見えた
だが、少しでも進展したのなら、それは良い事だと思っていた
朴念仁な親友に、些かヤキモキしていたからだ
ギルバートは、そんな周囲の視線に気付いていなかった
安定しているとはいえ、まだ病は癒えていないのだ
周囲の生暖かい視線を、気にする様な余裕は無かった
だから周囲で、遂に子供が出来るのかと期待されているとは、思ってもいなかった
カザンに使者が発ってから、2週間が過ぎようとしていた。
カザンの街まで、片道で4日から5日ぐらいである。
帝国までの連絡が、どれぐらい掛かるかは分からない。
しかしそろそろ、返事が来ても良いのでは無いかと思われていた。
「なあ
使者は遅いな」
「そうだな」
ギルバートはアーネストと、王宮の図書館に居た。
帝国の情報を集める為に、色々な本を調べていたのだ。
その間にも、書簡や資料も集められていた。
長く国交を絶っていたので、帝国の情報は少ないのだ。
「それより、具合はどうなんだ?」
「ん?
セリアが看病してくれてるからな
以前よりはマシかな?」
「そうか」
ギルバートは、ここ数日はセリアと一緒に居る事が多かった。
セリアが精霊を集めて、力を与えている事もあった。
しかし一番の理由は、セリアがギルバートにべったりなのだ。
その様子を見て、王宮のメイド達の噂は捗っていた。
「しかし…
看病だけか?」
「ん?
どういう意味だ?」
「いや
別に…」
アーネストはすっとぼけていたが、内心は勘繰りたくてうずうずしていた。
しかし下手につつくと、折角纏まりかけていたのがパアになる。
内心の気持ちを抑えつつ、慎重に見守っていた。
こいつは鈍感だからな
ここまで来るのにセリアも苦労した筈だ
早くくっ付いてくれれば良いのだが
内心そんな事を考えつつ、アーネストは書類を読んでいた。
「早くしないと、フィオーナの出産に間に合わないだろう?」
「そうだな」
既に5月も半ばに差し掛かり、フィオーナは歩くのも大変そうだった。
初産という事もあるが、年も若いので大変なのだ。
大きくなったお腹では、離宮を出るのも億劫だった。
だからアーネストが、毎晩離宮に赴いていた。
そんなフィオーナも、あと2月もすれば出産となる。
出来ればそれまでに、王都には帰還したかった。
しかし現状を考えれば、恐らくそれは無理だと思われた。
それだけ帝国に向かうのは、困難な事なのだ。
「お前は心配じゃ無いのか?」」
「そりゃあ心配さ!
だから毎晩会っているし、オレも無事に子供と会える事を楽しみにしている」
「それなら…」
「だからと言って、これは外せない仕事だ
お前の命が懸かっているんだ」
「命だなんて大袈裟な…」
「大袈裟なもんか
現に先日も…」
王都に戻ってからも、再三ギルバートは倒れていた。
主な原因は魔力中毒だが、それは無理をした為だ。
安静にしていれば、倒れる様な事も無い。
しかしギルバートは、結局王太子なのだ。
何かあった時には、無理をしてでも現場に向かおうとする。
そして結果として、途中で意識を失っていた。
だからここ数日は、兵士も重要案件を話す時は気を付けていた。
そしてアーネストも、ギルバートが王宮内に居ない様に、この図書館に連れて来ていた。
しかしそれでも、アーネスト宛の緊急な用件は来てしまう。
「アーネスト様」
「ちっ」
アーネストは舌打ちをしながら、慌てて立ち上がった。
ギルバートも続こうとするが、片手を挙げてそれを止める。
「ギルはここに居てくれ」
「しかし…」
「また倒れたいのか?
セリアを困らせるな」
「セリアは関係無いだろ」
「関係無く無いさ
お前の看病をしてるし、何よりも心配を掛けてるだろ」
「う…
それは…」
「良いからそこに居ろ!」
アーネストはそう言うと、兵士と図書館を出る。
「良いんですか?」
「ああ
倒れるのは本当だし…
セリアを向かわせるか」
「え?」
「一応念の為だ」
アーネストは近場のメイドを捕まえると、図書館にセリアを向かわせる様に指示した。
「それで、どんな様子だ?」
「はい
ゴブリン・ファイターが数体と、アーマード・ボアも確認しました」
「そうか
最近ではアーマード・ボアの価値も下がったな」
「ええ
こう頻繁に現れては…」
兵士は苦笑する。
以前に現れた時は、その肉の旨さから国王への献上品などと言われていた。
しかしここ最近では、上位の魔物の騎乗用として、その数も多く見られる様になっていた。
その分兵士の装備も、以前より格段に上がっていた。
アーマード・ボアの頑丈な鱗は、スケール・メイルの素材には最適だった。
他の町から職人を呼び寄せ、立派なスケール・メイルが作られる様になっていた。
また、その骨も希少な素材となっていた。
上位の魔物の素材は、魔石以外は役に立たなかった。
しかし魔獣の骨は、そのままでも十分に強力だった。
そして鉄と一緒に加工する魔鉱石は、さらに上質な物へと変わっていた。
上質な魔鉱石で作られた武器は、上位の魔物を倒すには必須の物となっていた。
そして上位の魔物が現れる以上、兵士だけでは危険なのだ。
数が少なければ魔術師達だけで手が足りた。
しかしこうして上位種が増えると、必然的にアーネストが呼ばれる事となる。
目下の悩みは、アーネストが不在の時に魔術師達だけで火力が足りるかという事だった。
「魔術師が増えればな…」
「そうですね
他の町のギルドにも斡旋していますが…
向こうもなかなか人手が足りなくて」
上位の魔物が出るのは、何も王都だけでは無い。
むしろ地方の町の方が、魔物の数は多いのだ。
今は拘束の魔法や火球、雷撃で事足りている。
しかしこのまま魔物が増えて行けば、いずれは魔術師達だけでは太刀打ち出来なくなるだろう。
「アーネスト様の魔法を、もう少し広められては?」
「そうしたいのは山々だが、使いこなせる者が少ないからね」
それも問題の一つであった。
強力な魔法も、呪文を覚えただけでは使えない。
そもそもが魔力が足りなければ、発動しないで気絶するのがオチだ。
そう考えれば、少ない魔力量の下位魔法を、上手く使って行くしか無いのだ。
他の魔術師がどんなに羨望の眼差しを向けようとも、肝心の魔力が足りないのでは意味が無いのだ。
地道に下位魔法を鍛えて、魔力量を上げるしかない。
後は魔法を使う事で、称号なりジョブなり得るしか無いだろう。
それは詰まる所、強力な魔物を魔法で倒すしか無いのだ。
「こればっかりはね…
君達が魔物と何度も戦って、称号やジョブを得るのと同じさ
手っ取り早く強くなるには、格上の魔物と戦うしか無いのさ」
「そう…ですか」
兵士は苦笑いを浮かべて、頷くしか無かった。
そんな彼も、先日ようやくジョブを得たのだ。
今はまだ、スキルは上手く使えない。
しかし魔物と戦う事が、スキルの上達の近道なのだ。
それを知っているから、アーネストの話しに納得が出来た。
「あ!
あそこから上がってください
外に魔物が居ます」
「分かった
オレが拘束したら、一気に突っ込んでくれ」
「はい」
アーネストは城壁の登り階段を、一気に駆け上る。
最近は身体強化に回す余裕も出来て来ていた。
そして身体強化を使う事で、一般の兵士並みの動きも出来る様にはなっていた。
しかし、戦闘に加わろうとは思わない。
あくまで身体強化でマシになっただけで、アーネストは魔術師なのだ。
直接の戦闘には向いていない事は、本人が一番知っていた。
「ソーン・バインド」
拘束の蔦が地面から伸びて、ゴブリン達を絡め捕る。
魔力精度も上がって来ているので、一度に大量の魔物を捕らえられる。
こうした戦闘の繰り返しが、アーネストの魔法をより強力にしていた。
「やはり上位の魔物に掛けるのが、一番上達するな」
アーネストはそう呟くと、杖を掲げる。
「ライトニングボルト」
下位の魔法なら、拘束をしながらでも放てる。
そうして複数の魔法を、制御できる様にもなっていた。
魔法の電撃の矢が、ゴブリン・ファイターの腕や足を焼く。
魔物は悲鳴を上げると、武器を取り落としていた。
「今だ!
ファイターを率先して叩け」
「うわあああ」
「うおりゃあああ」
兵士達は魔鉱石の剣や斧を、魔物の身体に叩き込む。
上質な魔鉱石で作られた武器は、ゴブリン・ファイターの表皮も容易く引き裂く。
そうして上位種を倒した兵士は、アーマード・ボアとゴブリンにも向かって行った。
その頃には他の魔術師達も到着して、拘束の魔法を掛け始める。
如何な狂暴化したゴブリンでも、拘束されていては戦い様が無い。
兵士達が突進して、次々と倒して行った。
「さすがにオレの出番は無いか」
アーネストはそう呟くと、城壁から下りて行った。
「お疲れ様です」
「疲れるほどでも無いさ」
「それはアーネスト様が優秀な魔導士だからですよ」
「そうでも無いさ
最近では兵士も優秀だし
魔術師達の魔法の練度も上がっている」
「それはそうなんですが…
やはりアーネスト様が一番安心なんですよ」
「そうは言われてもな
それならオレが居ない間はどうするんだ?」
「それはそのう…」
兵士は困った様な顔をする。
アーネスト自身も、答えは分かり切っている。
別に意地悪をするつもりは無いのだが、それでもそろそろ覚悟を決めないといけないだろう。
「オレが帝国の跡地に向かう事は、決定事項だ
それまでにどうにかしないとな」
「それは…そうですね」
兵士も分かっているのだろう、それ以上は何も言わなかった。
後はこの国を守る国王と、魔術師達が決める事である。
兵士やアーネストが口を出すべき事では無いのだ。
「まあ、バルトフェルド様が考えてくださるだろう」
「そうですね」
アーネストはへいしの言葉を聞きながら、王城に戻って行った。
ギルバートがどうしているか、気になっていたのだ。
セリアを向かわせたから、何も心配は無いとは思うが
アーネストは王城に戻ると、こっそりと図書館を覗いた。
しかしそこには、ギルバートの姿は見られなかった。
そこには直前に、読まれていた資料がそのまま置かれていた。
アーネストは資料を片付けながら、ボソリと不満を述べる。
「一体何処に行ったのやら…」
アーネストは資料を片付け終わると、それを人目に付かない様にポーチに仕舞う。
それからギルバートを探して、城内を回った。
先ずは食堂に向かうが、当然誰も居なかった。
次に兵士が集まる兵舎に向かうが、ここにも姿は見られない。
兵士に尋ねるが、当然見掛けていないと返答が返る。
「何処に行ったんだ?」
アーネストは途方に暮れて、フィオーナに会いに離宮に向かった。
そこで離宮の手前で、フィオーナとセリアの愉し気な声が聞こえた。
「ねえっ
可愛いでしょ」
「そうね
私の赤ちゃんも、きっと可愛いわよ」
「お兄ちゃんとセリアの子も、可愛いかな」
「ぶほっ
げほげほ」
「大丈夫?」
「お兄ちゃんったら」
「お前が変な事を言うからだ」
遠目に覗いて見ると、離宮の庭園に三人の姿が見えた。
その周りには精霊が集まり、フィオーナは嬉しそうに精霊を撫でていた。
「変な事かな?」
「そうでも無いわよ
お兄様に自覚が足りないだけよ」
「お前等なあ…
大体セリアは…」
「お兄様より年上なのよ
子供じゃあ無いわ」
「しかし見た目が…」
「見た目が大事なの?」
「うにゅう
セリア子供っぽいかな?」
セリアは胸や腰を見て、シュンと落ち込む。
「いや、可愛いよ
可愛いけど…
何だか子供に変な事をするみたいで…」
「まあ!
お兄様、それはセリアに失礼よ
子供だなんて…」
「むうっ
子供じゃないもん!」
アーネストはそれを聞いて、吹き出しそうになるのを懸命に堪える。
そしてギルバートは、そんなセリアを懸命に宥める。
この前の時はドキドキしたとか、セリアの魅力に負けそうだとか。
兎に角本人も訳も分からず、懸命に言葉を掛けていた。
「もう!
そんな事を言いながら、まだセリアを子供扱いだわ」
「ふーんだ!
お兄ちゃんなんか嫌いだ―」
セリアはすっかり膨れて、ギルバートは機嫌を取ろうと必死になっていた。
「くくくく…
少しはオレの苦労も思い知れ」
アーネストはニヤニヤ笑いながら、離宮を後にした。
フィオーナとイチャ付きたかったが、今は雰囲気が良さそうなので邪魔をする事になる。
そう思って、離宮を離れるのであった。
その後ギルバートは、一緒に寝る約束を取らされる。
そして手を出しては駄目だと、必死に抵抗をする羽目になるのだ。
しかし我慢が実ったのか、セリアは先に眠ってしまった。
それから良い匂いを我慢しながら、朝まで碌に眠れない日を過ごすのであった。
翌日にフィオーナが、セリアに確認していたが、呆れていたのは仕方が無いだろう。
その話を、アーネストは朝っぱらから聞かされるのだった。
「ねえ
失礼だと思わない?」
「そうだな
あいつはその辺が鈍いからな」
「鈍いじゃ無いわよ
本当に…
今度は色気のある下着を用意しようかしら」
「はははは
ほどほどにな」
アーネストは二人の事で熱くなるフィオーナを、苦笑いを浮かべて見るのであった。
まだまだ続きます。
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