第393話
帝国への死者を送り出したところで、ギルバートは体調を崩して倒れた
まだ病は癒えておらず、無理していたので気を失ったのだ
それをセリアが、精霊女王の力を使って癒した
その現場を見られた為に、アーネストはフランシスカとマーリンに事情を話すのだった
フランツが出て行った後に、ギルバートは目を覚ました
正確には途中で目を覚ましていた様で、三人の会話を聞いていた
そこで二人に、フランツを責め過ぎだと注意をする
確かに心配なのだろうが、フランツはまだまだ子供なのだ
あまり厳しい話は、彼には堪えている様子だった。
「あ?
殿下
目が覚められたのですか?」
戻って来たフランツは、ベッドの上に置き上がったギルバートを見る。
元気になった様子に、安堵した顔をする。
「心配掛けたな」
「いえ
元気になられた様子で…」
「いや
実はまだ立てないぐらいなんだ」
言われてよく見ると、幾分か顔色も優れない。
フランツは心配そうに、ギルバートの側に近寄る。
「大丈夫ですか?」
「ああ
セリアのお陰でな
幾分かマシにはなったよ」
ギルバートは苦笑いを浮かべながら、フランツを見る。
「それよりも
心配とはいえ、二人が少々言い過ぎたな
すまなかった」
「いいえ
元はと言えば、私の認識がまだまだ甘かったんです」
「しかしなあ…
いきなり人間の黒歴史を語るとか…
人間不信になるぞ」
「はははは
ですがいい勉強になりました
我が国はマシな方なんですね」
「そうだな…」
不正を働く貴族や、奴隷を抱え込む貴族は居る。
しかしそれは少数で、魔物の騒ぎの中で粛清されていた。
そう考えれば、クリサリス聖教王国は、人間の中でもマシな国になるのだろう。
「しかし…
そのご様子では起こしてしまいましたか…」
「あ、いやあ…」
「はははは
私も大声を出していましたからね
すみませんでした」
「いや
あれは普通に怒って良いと思うぞ
そもそもフランツにあんな話をするなんて…」
「殿下」
「ん?」
「私を子供扱いしないでください
もう私は、国王代理なんです」
「そ、そうか?」
フランツは決意を秘めた眼差しで、ギルバートを見詰めていた。
「いつまでも子供ではいられません
しっかりと責任の意味を考えねば」
「そうだな…」
先程の話は、フランツの甘えていた部分を正してくれた様だ
この様子なら、国を任せても安心かな?
ギルバートはそう思いながら、義理の弟を頼もしそうに見た。
「フランシスカ様
それでは重要な国政を執り行いましょう」
「あ!
ちょ、おま!」
「そうだな
オレも帝国の情勢を調べないとな」
「え?
あれ?」
「殿下は…」
「ギルはセリアの側に居ろ
十分に労ってやれよ」
アーネストとマーリンは、ニヤリと笑いながらフランツを連れて出て行った。
取り残されたギルバートは、セリアの顔を見詰めていた。
「おい!
どういうつもりだ」
「だからフランシスカ様は…」
「そうだぞ
他人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて死んでしまうぞ」
「え?
あ…」
状況を理解して、フランツは顔を赤らめながら二人に従った。
「それで?
急ぐ案件なんかあったか?」
「そうですな
先ずはアーネスト様に親善大使の任を与えねば」
「親善大使?」
マーリンは先程、謁見の間で決まった事柄を伝える。
それはアーネストが、ジェニファーを連れて出ている間に決まった事柄だった。
当のジェニファーは、既に回復して離宮に戻っていた。
今頃は、離宮でフィオーナと寛いでいるだろう。
「なるほどね…
親善大使か」
「ええ
それならば、帝国領に入って、勇者様と会われるのも問題無いかと」
「あくまで旧帝国と我が国が国交を再開する
そういう名目での越境になるがね」
「ふうむ…」
表向きの訪問は問題無さそうだった。
しかし問題は、帝国貴族が黙っているかだろう。
彼等からすれば、クリサリスは煮え湯を飲まされた相手だ。
恨み骨髄というヤツだろう。
黙って入国させてくれるかが問題だ。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃ無いかも知れません
いえ、むしろ大丈夫じゃ無いのが当然でしょう」
「おい…」
「ですが出来る限りの事はします」
「恐らくカザンの侯爵も、国交再開には賛成するだろう
それにアルマート公爵も…」
「ええ
彼も我が国との交易は望むでしょう
今までは非公式だった物が、堂々と出来る様になりますから」
帝国領のほとんどが、今では広大な砂漠に覆われている。
魔導王国の犯した過ちが、その後の帝国にも影を落としていたのだ。
今では半分も無かった砂漠が、国土の半分以上に増えていた。
だからこそ、彼等は食料の自給に苦心していた。
他国との交易は、その食料を得る為に重要なのだ。
「しかし…
今では野盗みたいな事もしているんだろ?」
「そうですな
特にウラガン伯爵は、堂々と隊商を襲っております
それが交易が再開となりますと、野盗の真似は出来なくなりましょうな」
「それなら…」
「しかし国と国との取り決めです
他の帝国の民を守る為なら、向こうも乗るしか無いでしょうな」
一貴族と帝国の皇族の命令。
優先すべきはどちらかは、その貴族も分かっているだろう。
それだけに、何としても阻止しようとする筈だ。
「襲って…来るだろうな」
「そうでしょうな
しかし親善大使を襲うなど、文明国にあるまじき行為
バレれば他国から非難されるでしょうな」
だからこそ、件の貴族も迂闊には襲えないだろう。
仕掛けて来るのなら、バレない様にするか、他人に擦り付けれる場所でとなる。
「そうなると…
危険なのは首都の跡地に着いてからか」
「そうでしょうな」
首都の跡地となれば、アルマート公爵の軍も駐留しているだろう。
本当にそんな場所で、使節である親善大使を襲うだろうか?
しかし、それをするのが人間の歴史で証明されている。
どんなに愚かな事でも、遣り切って誤魔化せた方が勝ちなのだ。
「恐らくは、全力でアルマート公爵共々葬ろうとするでしょうな」
「そうだな
その方が旨味はあるし、何よりも誤魔化せそうだからな」
「え?
そうなのか?」
フランツは驚いて、目を白黒させる。
そんな無謀で馬鹿な策を、一国の伯爵がするのか?
答えはするだろう。
「自分が正しいと思っている者は、どんなに愚かな事でも平気でします」
「それに正しいと妄信しておりますからな
成功するのが当たり前と思っておりますじゃろう」
「ええ?
そんな物なのか?」
「はい」
「そうですな
信じられませんが…」
呆れた顔をするフランツを、二人はニヤニヤと見る。
「フランシスカ様はそのままで居てください」
「そうですな
理解出来ない事が、幸せな場合もございます」
「うう…
納得出来ないな」
しかしフランツは、後日この言葉を反省する事になる。
フランツがどう思おうが、人間の悪意の前には関係が無いのだ。
「使者は既に送っております
アーネスト様は返事が来るまでは王都でお待ちください」
「分かった」
「フィオーナ様は離宮にいらっしゃる
アーネスト伯爵もそこで過ごしてくれ」
「その伯爵って言うのはどうも慣れないな」
「はははは」
「そうですな
正式な叙勲はまだでしたな」
国王から、伯爵の位はいずれ授けると言われていた。
しかし魔物の襲撃などが重なり、有耶無耶にされていたのだ。
今では非公式ながら、アーネストは伯爵として扱われていた。
その方が権威を主張する上でも便利だったからだ。
「もう子供も産まれます
後は婚姻の儀だけですな」
「そうだな
殿下が戻られた暁には、お二人で盛大な婚姻の祝賀行事を執り行うか」
「うへえ!
それは勘弁してくれ」
「何でじゃ?」
「そうですよ
折角の目出度い行事ですから、盛大に祝いましょうよ」
アーネストはギルバートと、一緒に婚姻の行事だなんてとんでもないと思った。
そんな事になれば、さぞかし目立ってしまうだろう。
確かにギルバートの隣で、親友として居るにはその方が良いのだろう。
しかし悪目立ちするのは、勘弁して欲しいと思っていた。
「それならフランシスカ様も」
「うええ?
何で私が?」
「そうですな
それは良い事ですじゃ」
「くっくっくっくっ
私だけ衆目に晒そうなんぞ、そうは行かんぞ」
「巻き込むな!」
二人の思惑は兎も角、マーリンの中では三人の合同結婚式が画策される事になる。
それは王太子と、その親友、そして義理の弟の婚姻と目出度い尽くしの行事である。
さぞかし盛大に行われるであろう。
その光景を想像して、マーリンはニコニコと微笑むのであった。
その頃ギルバートは、真剣に悩んでいた。
己の欲望と葛藤していた。
セリアが精霊女王の力で、自分を癒してくれた。
その事には深く感謝していた。
しかし眠っているセリアを優しく撫でていると、愛おしいという感情が溢れて来ていた。
スヤスヤと眠る顔を見ていると、感情が昂るのを感じる。
「セリア…」
こうして見ると、まだまだ少女の様にあどけない。
それが精霊女王の姿になると、悩ましく色っぽく感じていた。
そして今、眠っているその顔を見て、キスしたいと思っていた。
いや!
何を考えているんだ
頭を振って、邪な感情を追い出そうとする。
しかし頭を振った事で、くらくらと眩暈がする。
まだ黒い魔力の影響が、完全には抜けていないのだ。
セリア…
可愛いな…
その唇に、思わず吸い寄せられそうになる。
「いかんいかん!
何を考えているんだ、私は…」
しかし視線を逸らそうとすればするほど、その視線は可愛らしい唇に引き寄せられる。
妹の様に育ったこの子に、何を考えているんだ?
しかしセリアは、私の為に力を使い果たして…
だからと言って、眠っている女の子に、確認もせずにキスするなんて!
しかし頑張ったご褒美と考えれば…
セリアは私の事を好きな筈だ
そんな風にさっきから、何度も顔の前を行き来していた。
ギルバートが冷静だったなら、顔の前に近付いた時に気付いただろう。
セリアの両手がこっそりと上がって、背中の辺りでワキワキと動いていた事に。
しかしギルバートは、病のせいか?冷静さを欠いていた。
これはご褒美だ
頑張ったセリアに、私からの…
遂に顔を近づけて、いよいよその柔らかな唇に…。
瞬間、電撃が走った様な気がした。
心臓は早鐘の様に動悸して、頭が真っ白になった。
次の瞬間!
「ん!
むう…」
セリアの手が背中に回されて、心臓が止まりそうになる。
しかしそれよりも、口の中が大変な事になる。
柔らかな舌が、唇を押し開けて入り込んだのだ。
その得も言われぬ感触を愉しみながらも、身体は驚きで硬直する。
セリアが激しいキスの合間に、舌を入れて来たのだ。
「ぶはっ
な、何を考えているんだ」
「お兄ちゃん
んー」
「お兄ちゃんじゃ無い」
ギルバートはセリアに、思わずデコピンをする。
「痛い!」
「何を考えているんだ」
「え?」
「いや…
舌を…」
ギルバートはドキドキしながら、セリアの顔を見る。
しかしその顔は、艶めかしい女の顔をしていた。
ギルバートは思わず、その顔に見惚れていた。
「だってお姉ちゃんが、大人のキスは舌を絡めるんだって」
「またフィオーナか!」
ギルバートは頭を抱えた。
しかしその言葉で、呪縛が解けていた。
ギルバートは激しい情欲を、セリアにぶつけずに済んでいた。
その言葉が無ければ、ギルバートは一線を越えていただろう。
それほど、セリアの姿は色気を出していたのだ。
「はあはあ…
危ない危ない」
「お兄ちゃん
もっとご褒美」
「甘えるな」
ギルバートはそっぽを向いて、セリアの隣に腰掛けた。
心臓は未だに、早鐘を打つ様に動悸していた。
しかし何とか冷静に、この状況を判断できる様になっていた。
「ええ~
もっといっぱいキスしても良いのに」
セリアは唇を尖らせながら、拗ねた顔をして見せる。
その顔はいつものセリアで、先ほどの様な色気を感じられ無かった。
危なかった…
危うく私は…
しかし残念だ
ん?
何で残念なんだ?
冷静にはなれたが、心の中は未だに混乱していた。
そんなギルバートに、セリアは甘えて抱き付いていた。
ほのかに香る女の子の香りが、ギルバートの心臓を早める。
「元気になったのなら行くぞ」
「ええ~」
ギルバートは悟られない様に、慌てて立ち上がった。
しかし急に立ち上がったので、まだ足元がふらつく。
「あ!
もう
無理しないで」
「ああ
すまない」
セリアが慌てて立ち上がって、ふらつくギルバートを支える。
そうして支えながら、二人は救護所を後にした。
しかしギルバートは気が付いていなかったのだ。
先程までと比べると、セリアは少しだけ大人びた表情になっていた。
それはギルバートとキスした事が原因だろう。
ギルバートからの愛を確認して、より深く愛する様になっていたのだ。
その事が、セリアを少女から女に変えようとしていた。
しかしその事は、ギルバートはまだ気が付いていなかった。
気が付いていたのは、その後の二人を見たメイド達だった。
そしてその日から、メイド達は何となく、二人の間にナニかがあったと察した。
そうして王宮の中では、色々と噂話が膨らむのであった。
あの王太子が、遂に結ばれたと…。
まだまだ続きます。
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