第391話
ギルバートが王都に戻ったという報せは、兵士によってあっという間に広まる
勿論、これで王家も安泰だと言う話まで着いてだ
しかしギルバートは、王都に長く留まれない
まだ浄化が行われていないので、帝国跡に向かわなければならないのだ
ギルバートは王都に入ると、先ずは王城に向かった
バルトフェルドに報告する必要があるし、フランツに土産を渡す為だ
武具一式を城門で預けると、そのまま謁見の間に向かった
そこには国王代理として、フランツが謁見を行っていた
「おお!
よくぞ戻られた
ギルバート殿下」
「ギルバート
ただ今戻りました」
「ささ
そんな堅苦しくせずとも…」
「ごほん!」
「あ…
はははは
もっと近う寄るがよい」
「はっ」
ギルバートが謁見の間に入ると、フランツは喜んで立ち上がっていた。
しかしマーリンに睨まれて、慌てて座り直す。
隣にはマリアンヌも、王妃の座に座っていた。
「私は代理なんだが…」
「ん、おほん」
「この通りお目付けが居るんだ」
「それはそうでございましょう
私の病が癒えていない以上、フランシスカ様が次の継承者になります」
「それはそうなんだが…
ん?」
ギルバートの返答に、フランツは驚いた顔をする。
「私は病を癒す為に、わざわざオウルアイまで向かったと聞いたが?」
「ええ
妖精郷には到着しました」
「それなのに…」
「光の精霊が居りませんでした」
「な…」
「今は帝国領の跡地にて、勇者と同行しているそうです」
「それでは貴殿の病は…」
「はい
未だ癒えておりません」
「そん…な…」
フランツは肩を落とし、心から悲嘆した顔でマリアンヌの方を見る。
マリアンヌも悲しそうな顔をして、目元を拭っていた。
「義兄上の病が癒えないのでは…
私達は如何様にすれば…」
「今は国王として、この国を任せたい
治る見込みは微妙だからな…」
「そんな…」
「お兄様…」
病を治す為には、先ずは光の精霊を見付けなければならない。
しかしその為には、危険だが帝国の跡地に向かう必要がある。
ギルバートは簡潔に、今の状況を説明する。
しかしフランツ達の反応は、予想した通りだった。
「そんな
危険です」
「そうですよ
他に方法は無いんですか?」
「そうだな
このままでも数年は持つかも知れない」
「それなら…」
「あくまで持つかもだがな…」
「あ…」
病がこのまま、ゆっくりと侵攻するなら数年は生きられるだろう。
しかしそれは、あくまでその可能性もある程度だ。
現実としては、今も病は侵攻している。
このままでは、1年も経たずに立てなくなるだろう。
「病の状況は?」
「今は侵攻も緩やかになっている
妖精郷で精霊様に護石をいただいた
そういった意味では、妖精郷に向かったのは正解だった」
「護石ですか…」
「ああ
しかしそれを持ってしても、侵攻を遅らせているだけだ」
「でしょうね」
フランツもそれは理解出来た。
しかし帝国の跡地に向かうとなると、話は別だった。
「何だってそんな危険な場所に」
「そうですわ
お兄様だけそんな危険な目に…」
「はははは
そうでも無いさ」
ギルバートはオウルアイの町の宿で聞いた話をする。
帝国領が全て危険では無いのだ。
それを説明して、安全を気を付けると伝える。
しかしフランツは、尚も不安そうにしていた。
「殿下
お気持ちは分かります
しかし何かあった時に…」
「そうですぞ
こちらから手助けは出来ませんし、最悪戦争になりますぞ」
帝国は滅んだとは言え、今でも残党の貴族は生きているのだ。
彼等が越境を訴えて挙兵すれば、クリサリスとの戦争にも成り兼ねない。
マーリンもその辺が不安で、帝国の跡地に向かうのは反対であった。
しかしギルバートの病を癒すには、どうしても向かわなければならないのだ。
話し合いが続く中で、謁見の間の扉が開かれる。
「アーネスト!」
「フィオーナ
大丈夫なのか?」
そこにはジェニファーに支えられて、身重のフィオーナが立っていた。
ギルバートの帰還の報を聞いて、アーネストに会いに来たのだ。
「ええ
私は大丈夫よ」
「そうか…」
「この子も順調なのよ
あと少しで産まれるわ」
「そうか…
はははは」
アーネストは嬉しそうに、フィオーナのお腹を摩る。
「ほら
ん!
今蹴ったわ」
「今のがそうか?
はははは
元気が良いな」
「ええ
あなたも一緒に居てくださるのよね?」
「え?」
「え?」
二人は固まって顔を見合わす。
「どうしたの?
お兄様の病は…」
「まだ終わっていないんだ」
アーネストは事情を説明する。
「そんな…」
「本当なの?
ギル…殿下」
「ええ
まだ完全に癒えてはいないんです」
「そしてこのままでは、いつ再発するか分からないんだ
今も精霊様のお力で生きながらえている」
「そんな…」
「あ!
お母様」
ジェニファーが意識を失って、アーネストが慌てて支える。
「アーネスト伯爵
ジェニファー様を救護所へ」
「はい」
アーネストはジェニファーを抱き上げると、身体強化を使って運んで行った。
それを見送ってから、フランツは改めてギルバートを見る。
「本来ならば、義兄上にここを譲りたいのですが…」
「ああ
しかし今の私は、いつ倒れるかも分からない」
「くそっ
魔王め…」
「あなた
無理を仰っては駄目よ
お辛いのはお兄様の方でしょう?」
「それは分かっているさ
しかし許せないのは、元凶となった魔王達だ」
フランツは拳を握り締めると、玉座の肘掛けを叩いた。
しかしそんな事をしても、自分の手が痛くなるだけだ。
「兎も角、どうにかして義兄上を安全に帝国に送り届けなければ…」
「その事なら、旅の商人から有力な情報を得ている
カザンの街に帝国と取引をしている商人が居るらしい」
「カザン?」
「王国の最東端の街で、帝国との結び付きが強い街です
あそこなら、確かに帝国の残党と取引していてもおかしくないでしょう」
「おい!
それは我が国を裏切る行為では?」
「いえ
あくまでも対外的な交易という事でしょう
商人ならば利益も考えますので」
「それで良いのか?」
「はい
問題が無い範囲での事でしょう」
カザンの領主が動かないのが、問題の無い証拠だろう。
そうで無ければ、今頃はその商人は処罰されている筈だ。
あくまで外国との、交易として処理されているのだ。
「その勇者というのは、どの辺りにいらっしゃるんでしょう?」
「そうだな…
商人の話では、旧帝国首都の跡地らしいから…」
「それならばアルマート公爵の領地ですな
そこはクリサリスとも関係が深いですぞ」
「どういう事だ?」
「アルマート公爵は、ハルバート様のご実家に当たります」
「え?
国王様の出自は、帝国の皇族では無いのか?」
「いえ
正確には皇家第二位であった、アルマート公爵の三男でした」
「それならばロマノフというのは?」
「そちらが皇家第一位の皇族になります
しかし現在は…」
「私が聞いたのは、そのロマノフの血筋から勇者が現れたと」
「そうですか
それならば生き残りが居るのでしょう
しかしそれでしたら、殿下の遠戚となりましょうな」
「そうだな」
マーリンは少し考えてから、ギルバートに提案する。
「これはワシの独り言です」
「マーリン?」
「マーリン様?」
「アーネスト伯爵が対外的に、アルマート公爵の領地に訪問する
王国の貴族が事前に通達して訪問するので、向こうも断れんでしょう」
「マーリン!」
「それは無謀では?」
「いえ
帝国の勇者に表敬訪問する
そういう名目ではどうでしょう?」
「いや、それは確かに可能だが…」
「ううむ」
これにはフランツもギルバートも唸るしか無かった。
案としては有力だが、向こうの出方が分からないのが不安だった。
それにそうするには、アーネストが同行する事が条件になる。
そうなれば、アーネストも一緒に向かう必要があるのだ。
「駄目だ
そうなればアーネストが、フィオーナの出産に立ち会えない」
「しかしどうされますか?
殿下が行くとなれば、益々警戒されますぞ
一貴族と王太子とでは違いますぞ」
「それはそうなんだが…」
マーリンの言う通り、王太子と貴族では違うのだ。
貴族では警戒されないが、王太子が向かうとなれば事情が違う。
最悪の場合は、暗殺も在り得るのだ。
「どうしても向かうとなりますと、誰か貴族と同行となりますな
それが一番無難なのです」
「ううむ…」
普通に会いに行くのは無理そうであった。
一国の王太子が、滅びたとは言え帝国の残党に面会に行くのは危険なのだ。
それが滅びた原因の同盟国の王太子なら尚更だろう。
「我が国は同盟を組んで、帝国を滅ぼしました
一部の帝国貴族は、未だに我が国を恨んでおります」
「ロマノフはそうではないのだろう?」
「ええ、まあ…
ロマノフ家とアルマート公爵は、帝国の体制に疑問を抱いておりました
しかしその他の貴族は…」
「我が国を恨んでいるか…」
「ええ」
「他に方法は無いのか?」
「お兄様
私なら…」
「しかし…
アーネストを連れて行くのは…」
フィオーナはアーネストを連れて行くのに賛成していた。
しかしそうなれば、大事な子供が産まれる時に側に居れないのだ。
「構いません
王太子の命が懸かっているのですから」
「そうですな
このままここに居る訳にもいかんのでしょう?」
「そうなんだが…」
「でしたら向かうべきです
私なら…
この子が居ますから」
フィオーナはお腹を押さえて、懸命に笑顔を浮かべる。
ギルバートはその姿を見て、頷くしか無かった。
「分かった」
「でしたらすぐにでも、私が書簡を用意しましょう」
マーリンは頷くと、文官に国交の手配を伝える。
「先にカザンに使者を送ります
殿下はその返答があるまでは、ここで静養をしてください」
「分かった
よろしく頼む」
「マーリン
私はどうすれば?」
「フランシスカ様は国王代理として、親善大使を送る為の書簡をお願いします
書き方は後でお教えしますので」
「分かった」
マーリンは国王の親書と、親善大使として向かうアーネストの書類を作成する。
それを使者である兵士に渡し、カザンに向かう様に指示を出す。
「良いな
返事はなるべく早くいただく様に
それから先方は敗残国とはいえ、元は帝国の皇家に当たる
くれぐれも粗相の無い様に」
「はい」
使者はただちに向かう為に、早馬に乗って出発する。
それを見送ってから、ギルバートはその場に膝を着いた。
「ぐっ…」
「殿下!」
「義兄上!」
「大丈夫だ
気が抜けただけだ」
ギルバートはそう言いながら、立ち上がろうとする。
しかし顔色は蒼白になり、明らかに様子がおかしかった。
「これは…」
「直ちに救護所へお運びしろ!」
ギルバートは兵士に支えられて、救護所へと運ばれる。
ここ数日は落ち着いていたが、やはり無理をしていたのだ。
気が抜けた事で、意識を保てなくなっていた。
「大丈夫かのう?」
「そうですね
義兄上は大丈夫と仰っていましたが、無理していたんでしょう」
「うう…
セリア…」
「義兄上!」
「イーセリア様をお呼びしろ」
「マーリン!」
「それしか無かろう」
二人はセリアが、精霊女王とは知らなかった。
しかしギルバートが、譫言で呼んでいるので従っただけだった。
「お兄ちゃん!」
「おお
イーセリア様」
「殿下は意識を失っている
側に居てくれないか?」
「うにゅう…」
セリアはギルバートの枕元に駆け寄ると、跪いて手を握った。
「こんな無理をしてたなんて…」
「ワシ等に心配させまいとしておったんじゃな
悔しいのう…」
悔しがる二人の横で、セリアは懸命にギルバートの手を握り締める。
「お兄ちゃん…
わたしの力を使って」
セリアはの身体が、不意に薄緑色に輝く。
「イーセリア様?」
「これは?」
セリアの姿が、薄く輝きながら大きくなる。
その姿は少女から、少し大人びた女性の姿に変わる。
その周囲に小さな影が現れて、慌ててその手を引き離そうとする。
「大丈夫
少しだけ力を分けるだけだから」
ピーピー
キーキー
小さな人影達は、懸命にセリアに縋り付く。
「お前達も…
力をかしてくれるの?」
キーキー
ピーピー
「ありがとう」
セリアが呟くと、小さな人影からも光が溢れ出す。
それはセリアの身体を伝って、ギルバートの身体に流れ込む。
「お兄ちゃん
元気になって」
セリアが不思議な光を放っている中、救護所のドアが開く。
「ギル!」
「おお
アーネスト様」
「イーセリア様が…」
「これは?」
不思議な光景に、アーネストも思わず驚く。
「あれは…
精霊か?」
「精霊ですと?」
「あの小さな人影が精霊様なんですか?」
「ああ
正確には精霊の子供達だな
この王都にも、多数住んでいるんだ」
暫く光は流れ続けて、やがてセリアがふらついて倒れる。
「セリア」
「イーセリア様」
「大丈夫か?」
「うにゅう
だいじょうぶ
力をつかいすぎただけ」
「無茶をする」
アーネストはセリアを抱き抱えると、ギルバートの隣のベッドに寝かせる。
「ここで暫く休みなさい」
「うみゅう
ごめんにゃしゃい」
「良いって
ありがとうな」
アーネストはセリアの頭を撫でて、そっと離れる。
いつの間にか、セリアは寝息を立てていた。
「今のは?」
「セリアが精霊の力を借りたんだ」
「精霊の…」
「ああ
これでギルの容体は安定しただろう
しかし代わりにセリアが…」
小さな身体で無理をしたのだ、暫くは精霊の力も使えないだろう。
アーネストは悔しそうに、唇を噛んでいた。
「オレに力が有れば…」
「アーネスト様」
「アーネスト伯爵」
三人は顔色の良くなったギルバートを、複雑な心境で眺めていた。
まだまだ続きます。
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