第390話
ギルバート達は、竜の背骨山脈を越えてボルの町に辿り着いた
道中には魔物が増えていたが、運良く遭遇する事は少なかった
これで戦闘が続けば、多くの兵士が命を落としていただろう
この時期に町に入れたのは、運が良かったのかも知れない
兵士がギルバートの部屋を訪れた時、時刻は早朝であった
出発の準備をする為に、早目に起こしに来たのだ
しかしそんな兵士の気遣いが、あらぬ誤解を生む事になる
ノックをした時に、部屋の中から絶叫が聞こえたのだ
「殿下!」
兵士は驚き、慌てて部屋のドアを開く。
しかしそこには、裸になったセリアがギルバートに抱き着いていた。
「な!
な、なあ!」
「どうした!」
「何事だ!」
声に驚いて、他の兵士達も集まる。
「何だ!
どうしたんんだ!」
そして隣の部屋から、アーネストも駆けつけた。
そして、部屋の前に集まる兵士の間から、部屋の中を覗く。
そこには裸で抱き付くセリアを、ギルバートがシーツで隠そうとしていた。
「ほほう…」
「そんな…」
「イーセリア様の純潔が!」
「しかしこれはこれで…むふ」
「見るな!」
ギルバートはパニックを起こしながら、必死にセリアを隠そうとする。
「私は何も…
何もしてないぞ」
「いや
やった奴はみなそう言うんだ」
「してないって」
「しかしセリアがその姿じゃあ説得力が…ぶふっ」
ぼふ!
「うにゅう
いつまでも見るな~」
セリアが放り投げた枕が、アーネストの顔を直撃した。
「ああああ…
「ほら
邪魔になるから行くぞ」
アーネストは兵士を、部屋の前から離れさせる。
ギルバートは、裸のセリアに抱き着かれたまま、頭を抱えるのだった。
「昨夜はお楽しみでしたね」
「何もしていない!」
ギルバートが朝食を食べに来たところで、宿の主人に揶揄われていた。
「うみゅう
何かしたら良かったの?」
「しなくて良い!」
「うにゅう…」
「いや、セリアが悪いんじゃなくて…」
そして朝から、セリアのご機嫌取りに必死だった。
そんなギルバートの様子を、兵士達は血の涙を流しながら睨んでいた。
「でもこれで、きせいじじつ?
お兄ちゃんはセリアのもの」
「セリア…
どこでそんな言葉を?
「うみゅう?
お姉ちゃんとお母さんが言ってたよ」
「ああ…」
ギルバートはその発言を聞いて、頭を抱えていた。
兵士達も頭を抱えて、そんな事を教えたジェニファー達を呪った。
しかし当のセリアは、何も理解していなかった。
ニコニコしながらパンを齧っていた。
「はははは
それではお気を付けて」
「ああ…」
宿を出る時も、主人は苦笑いを浮かべていた。
内心で二度と来ないと誓いながら、ギルバートは馬車に乗り込む。
このままボルの町を出て、次のノフカに向かう予定だ。
冒険者に関しては、今の時期は雇えなかった。
隊商が出始める時期なので、どこも護衛の仕事で居ないのだ。
「兵士の補充も出来なかったし、冒険者も雇えなかった」
「ああ
ここからは慎重に行くしか無いな」
「そうだな」
現在の兵士の数は、42名になる。
怪我は癒えていて、休んだので元気にはなっていた。
しかしセリアの事があって、落ち込んでいる兵士の姿も見えた。
今朝の光景は、セリアを慕う兵士には酷な光景だったのだろう。
アーネストは、恐らくセリアがベッドに潜り込んだだけだと推察していた。
しかし世間から見れば、ギルバートが何かした様にしか見えないだろう。
それは言い訳をするほど、より信憑性を持たせる。
結局セリアの狙い通りになったのだ。
「さあ
次の町に行くぞ」
「はい…」
「元気出せ
女は一人じゃあ無いんだぞ」
「それはそうですが…」
「あんなあどけないイーセリア様が…」
「もう信じられ無い…」
数人の兵士は重症な様子で、アーネストも魔物の襲撃を危惧した。
今襲われたら、この兵士達はたちまち殺されるだろう。
しかし幸か不幸か、魔物が襲って来る事は無かった。
一行はそのまま、ノフカの町に入った。
その後は大きな騒ぎも無く、ノフカ、トスノと順調に進んだ。
セリアもボルの町で満足したのか、ギルバートのベットには潜り込まなかった。
何よりも、ギルバートが個室を強要したのが大きかっただろう。
ギルバートはセリアを警戒して、ドアに鍵を掛けていた。
「そんなに必死にならなくても…」
「うるさい!
これ以上は危険なんだ」
「そうか?」
「ああ
もしセリアが一緒に寝てたら…
私は間違いを犯しそうで…」
「いや、お前等婚約してるだろ
そうなって当たり前だから」
「うるさい!
うるさいうるさい!」
ギルバートは頑なに、セリアの事を避けていた。
その事で、セリアはすっかりしょげていた。
「うにゅう…
お兄ちゃんに嫌われちゃった」
「ああ
ちょっとやり過ぎたかな?」
「うん」
「どうしてあんな事をしたんだ?」
「お姉ちゃんが、一緒に寝たら男の人は元気になるって」
「フィオーナ…」
アーネストは頭を抱える。
「それにお母さんがね、お兄ちゃんはおくてだって
セリアから行かないと駄目かもって」
「ジェニファー様まで
何を教えてるんだ」
「きせいじじつ?
一緒に裸で寝てたら、それが証拠になるんだって」
「まったく
何を教えてるんだか」
「他にも色々ね…」
「止めておけ
本当に嫌われるぞ」
「ふみゅう…」
アーネストは、王都に戻ったら二人にはキツく注意する事にした。
そうしないと、またセリアに変な事を吹き込みそうだからだ。
「ほら
セリアもこれだけ反省してるんだ
お前も機嫌を直せよ」
「私は別に…
怒っては…」
「いや、怒ってるだろ
セリアが泣きそうだぞ」
「え?
ああ!」
アーネストの言葉に、セリアも泣きそうなフリをする。
結果として、ギルバートはセリアの期限を取ろうとする。
「やれやれ
甘いんだから…」
「ん?
何だ?」
「何でも無い
それよりリュバンニが見えて来たぞ」
「本当か?」
季節は春に入り、あれから半年以上過ぎていた。
みなは王都に居るだろうが、先ずはここでグレイ・ベアの素材を渡す必要があった。
王都には鍛冶師や武具職人が居なかったので、ここで加工してもらう必要があるのだ。
それを手土産に、王都に戻ろうとしていたのだ。
「先ずは職工ギルドに行くぞ」
「ああ
フランツに贈り物を用意しないとな」
「作るのは武具一式で良いか?」
「ああ
あれだけ素材があれば十分だろう」
大きな熊の皮と、骨や爪などの素材も持ち帰っている。
武具一式を作っても余るぐらいの量はあるだろう。
「リュバンニの街にようこそ」
「ああ
入場の審査を頼む」
兵士達はリュバンニの出身なので、詳しく話さなくとも分かるのだ。
恐らくは王都から、ギルバートが同行している話も伝わっているだろう。
門番の兵士は、簡単に書類を見て許可のサインを記す。
それを受け取ってから、兵士は城門を潜る。
「先ずは宿ですね」
「ああ
こっちはアーネスト様とギルドに向かう」
アーネストは兵士と、素材を持ってギルドに向かう。
素材は馬に載せて、そのままギルドにむかった。
アーネストが離れた後に、ギルバート達は宿を探しに向かう。
宿は街の入り口に近い、『王家の華亭』に決まった。
ここはリュバンニに王族が立ち寄る時に、よく使われる大きな宿屋であった。
「頼むから個室にしてくれ」
「良いんですか?」
兵士はジト目で、ギルバートの方を振り返る。
「お前まで…
勘弁してくれ」
「分かりました
スイートでは無い個室を3つ用意しますね」
兵士は主人と話して、5日分の宿泊費を支払う。
武具を作るのに、最低3日は掛かるだろう。
それを加味して、先払いで5日分を支払ったのだ。
「夕食は大食堂で取る事になります
それと浴場もありますので、先ずはそこで旅の埃を落としてください」
「分かった」
大きな宿屋なので、1階の奥に浴場も備え付けられている。
ギルバートは、先ずは風呂に入る事にした。
当然セリアも、女性用の浴場に向かった。
そちらからは、楽しそうなセリアの鼻歌が聞こえる。
暫く風呂に入れていなかったので、セリアは上機嫌で湯船に浸かっていた。
「あの扉の向こうにイーセリア様が…ゴクリ」
「駄目だぞ」
「そうだ
そんな事をしたら、お前は死ぬ事になるぞ」
血走った眼で、兵士は忠告をする。
それぞれが見たいという思いと葛藤している。
だから覗こうとする不届き者は、他の兵士に殴殺される事になるだろう。
兵士達は替えの服を用意すると、その場を離れた。
偶然を装って見ようなどとは、誰も考えてはいないのだ。
そんな抜け駆けをしようものなら、未遂でも許されないだろう。
「オレもいつか、イーセリア様の様な…」
「無理だろ」
「そうだぞ
先ずは相応の女性と話せないと」
「くっ
結局オレ達には…」
「諦めるのは早い
殿下に着いて行けば、いずれは妖精郷の様な楽園に…」
「そうか!
その可能性もあるのか」
兵士達の頭の中は、今日も平和であった。
それから3日が過ぎた頃、ギルドから連絡が入った。
預けた素材を使って、武具の一式が出来上がったと報告が来たのだ。
「出来上がったのか?」
「ああ
尤もサイズが分からないから、後で調整の必要はあるがな」
「それでも良い土産が出来た」
宿で休んでいる間に、ギルバートの調子も大分良くなっていた。
剣を振るえるほどでは無いが、歩き回るには問題が無い程度まで回復していた。
「一緒に見に行くか?」
「そうだな
今日は調子も良いし、外を歩いてみるか」
ギルバートはアーネストに着いて行って、職工ギルドに向かった。
そこではギルドマスターが、直々に待っていた。
「殿下
これは殿下が使われるので?」
「いや
フランシスカ様に渡そうと思う
姫と婚約されたんだよな」
「ええ
それなら良かった」
用意されていた一式は、ギルバートが着るには小さかった。
一応サイズは合わせれるが、一回り小さいサイズになっていたのだ。
「フランシスカ様なら丁度よろしいかと
以前に作ったサイズに近いので」
「そうか
サイズの調整は?」
「一応出来ますが…
殿下では着れそうに無いですよね」
ギルバートは、この数年で身長が伸びていた。
クリサリスの成人男性でも、身長170は背が高い方になる。
ギルバートは、現在167cmに達していた。
用意された鎧では、少し小さかったのだ。
「私のはまた別に頼むさ
これを献上用に包んでくれ」
「はい」
王家の者に献上する形になるので、相応の箱が用意される。
それを馬車に乗せて、いよいよ出発の準備が整った。
「それでは、もう発たれるので?」
「ああ
なるべく急ぎたいのでな」
「しかし殿下は体調が…」
「王都に向かうだけだ
大丈夫さ」
「そうですか…」
宿の主人は、本心からギルバートも事を心配していた。
長く主人をしているので、見ただけで体調が悪いのを見抜いていたのだ。
しかしギルバートが隠していたので、特には言及しなかった。
ただ、部屋に暖房を用意したり、食事には工夫をしていた。
王家の者を泊めるだけあって、そういった心配りはしっかりとするのだ。
「快適だったよ」
「ありがとうございます」
「今度は私用で訪れるよ」
「はい
その時を楽しみにお待ちしております」
主人は深々と頭を下げて、出発を見送るのだった。
そしていよいよ、ギルバートは王都の城門前に来ていた。
9月に入る頃に、急かされる様にこの城門から出発した。
それから1月近く掛けて、10月の頭にオウルアイの町に到着した。
それから半年…既に5月に入ろうとしていた。
「王太子殿下の帰還である
城門を開けよ」
「開門!」
「開門!」
城門前の広場に、歓声が沸き上がる。
王太子が無事に戻ったと、門番の兵士達が喜んでいるのだ。
城門がゆっくりと開かれて、番兵が応対の為に前に出る。
「王太子殿下は?
病は治られたのか?」
「それは…」
「おい!
どうなんだ」
「オレ達の口からは言えない」
「そんな…」
兵士達は迂闊な事を口に出来ないので、質問には答えられなかった。
しかし書類を渡しながら、こっそりと耳打ちをした。
「詳細は言えないが、お元気ではある」
「そうか!
それは良かった」
番兵は書類に目を通して、敬礼して道を空ける。
その顔には、これで王太子が王位を継いでくれると期待していた。
しかしギルバートは、この後も旅に出なければならない。
病は完治していないのだ。
「王太子殿下万歳」
「新国王様万歳」
兵士達はすっかり勘違いして、歓声を上げながらギルバート達を迎え入れた。
「参ったな…」
「ああ」
「こりゃあすぐに発つだなんて言えないな」
「そうだな」
しかしこれは、仕方が無い事だった。
まさか病の治療の為に、半年以上も王都を空けたのに、完治しないとは誰も思わなかっただろう。
そしてこれからすぐに、再び危険な旅に出るのだ。
「みんな治って来ると思っていたからな」
「精霊様からは聞いていないのか?」
「ああ
あの時にはそんな話はしていないからな」
精霊が祝福した時も、ギルバートの事には触れていなかった。
あの時に話していれば、もう少し変わったかも知れない。
しかしそれも今さらだった。
国民は王太子の帰還を、新国王の即位の為だと思っているだろう。
それが違うと言うのは、今さらなのだ。
ギルバートは困った顔をして、王城への道を進むのであった。
まだまだ続きます。
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