第39話
遂に手掛かりを掴んだと思われたが、謎が深まるばかりであった
しかし、着実に成果は上がり、魔物との戦いの準備は進む
戦いの時は、近付いていた
1階から階段を登り、妹の眠る客間まで向かう
二人は先ほどの出来事に興奮していて、その道のりが異様に遠い事に気が付いていなかった
アーネストは興奮して聞いていた。
「やっぱり、さっきも引っ張られていたのか」
「うん
剣を振るというより、剣に引っ張られるって言った方が近いかな」
「そうなんだ」
「それに…
体も自然に動かされている様な感じがして」
「そういえば、凄い衝撃を感じて吹っ飛ばされたな」
「うん
足を踏み込んだ時に、アーネストは吹っ飛んだよね」
「ああ
ビックリしたよ」
「ともあれ、これでスキルを身に付けれたワケだよな」
「うん」
「そういえば!」
ギルバートは何かを思い出したのか、立ち止まる。
「あの時、変な音がしたんだ」
「変な音?」
「うん」
「ポローンって聞こえて…
そういえば何か言葉も聴こえたな」
「言葉?」
「うん
スキルが何とか…」
「スキル、スラッシュを獲得しました」
「そう!それ!」
ギルバートは顔を輝かせたが、すぐに異変に気付いて振り返る。
そこには男が立っていた。
「遂にここまで来ましたね」
男はパチパチと拍手をして祝福する。
「え?」
「誰だ?」
「おめでとう
スキルの習得者は実に数百年ぶりかなあ」
男は二人の反応を気にせず、ニコニコとしている。
「何で貴方がここへ?」
「ギル、知り合いか?」
「うん
前に話した詩人さんだよ」
「なに?!
何でここに居るんだ」
真っ赤な衣装に身を包んだ詩人は、恭しく帽子を取って挨拶をする。
「どうも、はじめまして」
「あ、どうも…じゃねえ!
何でここに詩人が居るんだ?
客人に招いたとしても、不自然だろう」
「そりゃあ勝手に入ってるからね」
「な、何だと
ここには結界が張ってあるんだぞ!」
「まあ、アレぐらいなら簡単には入れますね」
「…」
明らかに不審者の詩人に突っ込んだが、答えは侵入したと更に不審な発言だった。
ギルバートも、親切な詩人と思っていたら、予想外の言葉に困惑する。
「いやあ
なかなかここまでこないから心配してたんだよ
アルベルトに渡して正解だったね」
「アレを寄越したのはお前か?」
詩人の発言に気付き、アーネストは尋ねる。
「そう、ボクが用意したんだ」
「そうか…
貴様があんな物を!」
「え?」
「何であんな物を寄越した!
あんな本を読まされたボクの身になれ!!」
「あ…と…
まさか…君に直接渡したの?」
「そうだ
読める奴が他に居ないからな!」
「ごめん
子供にさせてるとは思ってなかった」
「えーっと
どうゆう事?」
「ギルは知らなくていい!」
「ええ??」
ギルバートには破廉恥な書物の事は知られていなかった。
このまま黙っていた方が良いだろう。
「で?
何の用かな?」
「あー…
スキル習得おめでとう、という挨拶をね」
「それだけの為に?」
「ええ」
「それで、ここはどこなのかな?
挨拶の割には、こんな所に呼び出して…」
気が付けば、辺りの景色は墨を流した様に薄くぼやけていた。
「ああ
場所はそう変わっていないよ
結界みたいな物だから」
「結界?」
「どうしたの?
アーネスト」
「ギル
結界なんて、そう簡単に張れるものじゃないんだ」
「そうなの?」
「ああ
少なくとも高位の魔術師と同等の技量が必要だ
お前は、一体何者なんだ!」
「あれえ
アルベルトに聞いてない?」
「さっきから父上の名前を出しているけど、知り合いなの?」
「おやあ
本当に何も知らない様ですねえ
困りました」
「アルベルトは話して無いのか
どこまで喋って良いのか…」
男は思案顔で困ってしまった。
「私はフェイト・スピナー
人の子はそう呼びます」
「フェイト・スピナー!
砂塵の悪魔!」
「おやあ
その名前は久しぶりですね」
アーネストはポーチから戦闘用のワンドを取り出すと、身構えた。
「悪魔がボク達に、何の用だ」
「そう警戒しないでください
それに、他の呼び名もありますよ
霧の守護者とか夢幻の魔術師とか…」
「知らないなあ」
「うーん
砂塵の悪魔と言うなら、砂漠の王国記を読んだんですよね?」
「そうだ」
「エジンバラ龍騎士譚は?
魔導王国物語は?」
「知らない…」
「あれえ?
あ!そうか
古代王国の時に途絶えたのか」
「何だって?」
「それならしょうがないか」
「古代王国って数百年も昔の?」
目の前の男は数百年前の話をしている。
ギルバートはますます混乱した。
「私はハイ・エルフですから
そのぐらいわけないですよ」
男は髪をかき上げ、尖った耳を見せる。
「いくらハイ・エルフでも、数百年はおかしいだろ!」
「そうですかねえ」
「まあ、そんなに警戒しないでください
私は君達がスキルを無事身に付けれる様に、様子を見に来ただけですから
今回は…」
「どうして、そんなに親切なんだ?
砂塵の悪魔は国を滅ぼした悪魔だろ?」
「ああ、そうか
あの作品は脚色も多いから、勘違いしたんだね」
「勘違い?
十分に怪しいだろう」
「私は女神の使徒だよ」
「え?」
「アッサラームは女神の警告を無視したから滅んだんだよ
私はその警告をする役だっただけ」
「それなら
本当に女神様の使徒だというのなら、何しに現れたんだ」
「随分嫌われてるねえ
先に述べたけど、スキルや魔法を覚えたか確認に来たんだよ
君達には死んで欲しくなかったからねえ」
それが本当なら、一応辻褄が合う。
アルベルトが何を隠しているのか知らないが、書物を提供してくれたのは間違いない。
それに、魔法やスキルが必要なのも確かだ。
女神様が助けてくれたんだと思えば納得出来る。
本のチョイスには問題があるが。
「あの本についてはごめんね
手元にあった本があれしか無かったんだ」
アーネストは本の事を思い出して、憮然とした。
「まあ、スキルを覚えれたみたいで良かったよ
女神に言われて用意はしたけれど、覚えれなかったらどうしようと思っていたからね」
そこでギルバートは思い出し、尋ねてみた。
「あのお
スキルが何とかってのは、どういう意味なんですか?」
「ん?
ワールドレコードの事?」
「ワールドレコード?」
「あれ?
まだ読めて無いの?」
「まだ途中です」
男は頭を抱えた。
「マジか…」
「スキルは何度も型を覚えて反復練習しないと身に着かない
キチンと型通りにやって、熟練度が一定になれば、晴れてスキルを使える様になる
スキルが身に着いた時に、頭の中に声が聞こえたでしょ?
それが見に着いた証拠」
「へえ」
「ギルが聴いたって声はそれか」
「後は、身に着いたスキルや覚えた魔法は、本人の記録と共にワールドレコードに記録される
記録された魔法やスキルを使える様にする為にね」
「ワールドレコードってなんなんだ」
「女神が作った、世界の出来事を記録する…本の様な物だよ」
「へえ」
「他は?
知りたい事はあるかな?」
「スキルは誰でも覚えれるのか?」
「あー…
本来はジョブ、職業によって制限されるんだけど
例えば、鍛冶師や魔術師は剣術は無理だね
尤も、元々筋力とか足りないだろうから、剣を振る事も出来ないだろうけど」
「やっぱり、そこでジョブって単語が絡むのか」
「ジョブは潜在的な、各個人に与えられた職業を現す称号さ
称号は他にもあるから、機会があれば色々試してみればいい
例えば、料理人とか果物の種飛ばし師なんて物もある」
「料理人は分かるが、果物の種って使えるのか?」
「使える、使えないじゃないんだ
何かを極めた称号が、職業を現す称号にもなる
そう考えてもらえばいい」
「そうなると
短剣を極めれば、そういう職業になれる
そんな感じか?」
「そうそう
そう思って間違いないよ」
「さっき魔法も覚えると言ってたな
本を見ながら呪文を唱えるのとは違うのか?」
「君は無詠唱を知っているよね」
アーネストはギクリとした。
確かに、一部の魔法の呪文を覚えた時に、師匠が制御の為に唱える様に言っていたのを、端折って使っていたら、そのうちに呪文が無くても使える事に気が付いていた。
「さっきも幾つか無詠唱で使っていたよね
私には隠しても無駄だよ」
「君の予想通り、完全に覚えた呪文は端折ったり、詠唱破棄出来る
その上で訓練すれば、頭の中で呪文を唱えれる様になる
そこまで極めれば、無詠唱で使える様になるよ」
「ファイヤーボール!
こんな感じにね」
男が片手を突き出しながら、火球を打ち出した。
「凄い…
これが出来れば、魔術師に革命が起きる」
「ただし、正しい手順と呪文を覚えなくてはならないよ
呪文は魔法の行使に必要な、正しいイメージを刻み込む行為だからね」
「というと?
イメージさえ合っていれば使えるのか?」
「それを刷り込む為に、呪文を覚えるんだよ
そうしないとワールドレコードには記録されないよ」
「むう
結局、呪文を調べて覚えるしかないのか」
「そういう事」
「でも、使える様になっても、イメージは必要だからね
それが魔法の威力や効果に影響するから」
魔法談義をする内に、アーネストの男に対する疑惑は払拭されていた。
善くも悪くも、魔術師とは魔法には盲目的で、魔法を語り合えばたやすく信用してしまう。
「他には聞きたい事は無いかい?」
「うーん
もっと色んな魔法の事を聞きたいが…」
「それは魔導大全を調べてくれ
あれには色々書いてあるからね」
「そうなるよね…」
「それに
そんな事してたら、時間がいくらでも必要になるよ
そろそろここも閉じないとね」
「あ!
やばい」
「?」
「セリアの事、忘れてた」
「ああ
今頃、起きて泣いてるだろな」
男はそれを聞いて、苦笑いをした。
「それじゃあ、そろそろ私は行くね」
「はい」
「えーと…
詩人さん、ありがとうございました」
ギルバートは改めて礼を言おうとしたが、名前を聞いていない事に気が付いた。
「ああ
そういえば名乗っていなかったね
私は女神の使徒
フェイト・スピナーのエルリック」
「ありがとう、エルリック」
エルリックの姿が薄くなり、靄の様に消えてゆく。
それと同時に周りの景色が鮮明になり、元の廊下に戻った。
最後にエルリックの声が聞こえた様な気がした。
それは、また会いましょうと言っていた様な気がした。
「不思議な体験だったな」
「女神様の使徒だって…」
ギルバートは純粋に、女神様の使徒が自分達を助けようと現れた、そう思っていた。
しかし、アーネストは違っていた。
確かに彼とは魔法談義をして、魔法に関しては信頼出来るとは思った。
しかし、アルベルトもエルリックも何か隠している。
それもよほど重要な事なのだと思っている。
それが分からない限りは、用心に超した事は無い、そう思っていた。
さて、セリアをすっかり待たせたと、部屋に向かおうとして気が付く。
先ほどと日の差し込み方が変わっていない。
「ギル」
「ん?」
「陽射しの向きが変わっていない」
「え?」
「本当だ
あんなに時間が経っていたのに」
「結界だって言ってたな
時間の干渉まで防ぐ結界だったのか…」
改めて、女神の使徒の実力を思い知った。
「それじゃあ、セリアの元へ行こう」
「今ならまだ、起きてないかも知れない」
二人はいそいそと部屋へ向かった。
部屋の扉にそっと手を掛け、静かに開ける。
ベットの上には身を起こしたセリアが居た。
「お兄ちゃ、来てた」
「おはよう、セリア」
「あい」
一瞬、アーネストは違和感を覚えた。
しかし、ギルバートは何事も無かった様にしているし、今の違和感を信じたくなかった。
結局、アーネストも何事も無かった様に、セリアの前で椅子に腰掛けた。
うん、何も見なかった
気のせい、気のせい
そう思いながら、目の前で楽しそうに語らう二人を見ていた。
やっとスキルと魔法の事が出てきました
スキルも魔法も、身に着いた時に声が聞こえます
これは習得した本人にしか聞こえませんが、ワールドレコードには記載されます
トロフィーは貰えません




