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聖王伝  作者: 竜人
第十二章 妖精の故郷
389/800

第389話

危険な崖の道を通り抜けて、遂にギルバート達は竜の背骨山脈を抜ける所まで来た

後は下までの道を進んで、麓に降りるだけだった

しかしギルバートは、この山で死んで行った死者たちの影響を受けていた

死者の怨念が、ギルバートの黒い魔力に影響を与えていたのだ

アーネストは、苦しむギルバートを見守る事しか出来なかった

竜の背骨山脈の麓まで、後はなだらかな道が続くだけだった

周囲には魔物の姿も無く、後は下って行くだけだ

しかし麓までは、まだ1日は掛かるであろう距離が残されていた

逸る気持ちを抑えながら、アーネストは麓を見詰めるのだった


「あと一息か…」

「ええ

 しかしその一息が長いんです」

「一見なだらかな道にみえますが、それでも一日は掛かります」

「そうなのか?」

「ええ

 やたら長いんですよ」

「上から見たら短いんですけどね」


確かに上から見れば、そんなには長くは見えない。

しかし実際に馬車で走れば、どうしても速度が遅くなる。

結果として一日以上掛かるのだ。


「仕方が無いか…

 それで野営するのは?」

「あそこですね」

「ここからでは分かり難いんですが、少しだけ開けた場所になっています」


アーネストは上から眺めていて、ここが以前使った道と少しだけ違っている事に気が付いた。

どうやらギルバートは、他にも道を見付けていた様だ。

昨日の崖が崩れた場所が、道の別れた場所なのだろう。

こちらの道に入った事で、以前よりは早く下りれそうだった。

その分道が狭くて、精神的に効くのだが。


「おい!

 本当に本当に大丈夫なのか?」

「はい

 話し掛けないでください

 こっちも必死なんで」


馬車の中からは、まるで崖の上を進んでいる様に見える。

しかし馬車は、ギリギリ山道の上を走っている。

少しでも速度を上げれば、たちまち脱輪して真っ逆さまだろう。

このゆっくりした速度が目一杯なのだ。


アーネストは窓の外を見て、ゴクリと唾を飲み込む。

勿論脱輪したり、落ちている感覚はしていない。

御者の言う通り、馬車は無事に通過しているのだ。

しかし目に映る光景は、まさに崖の上を走っている様だった。


「こ、怖い…」

「大丈夫ですから

 少し黙っててください!」


少しキレ気味に御者が怒鳴る。

馬車の操縦に神経を使っているのだ。

アーネストが叫ぶ度に、御者の額に青筋が浮かぶ。

それでも御者は、馬車の操縦に集中していた。

ここまで上手く切り抜けて来たのだ。

こんな所で崖下に真っ逆さまで終われない。


もし今、魔物に襲われたら危険だっただろう。

しかし魔物も、こんな危険な場所には近寄らなかった。

だから野営地に近付いた時には、御者はホッとした顔をしていた。


「アーネスト様

 変な声を上げないでください」

「そうは言ってもな

 空の上を走っている気分だよ」

「それなら外を見なければ良いでしょう」

「それはそうなんだが…」


「明日で抜けられるんだろ?」

「もう!

 アーネストがうるさいから、お兄ちゃんも眠れなかったよ」

「すまない…」


セリアに睨まれて、アーネストもシュンと落ち込んでいた。


「明日は大人しくしてくださいね」

「ああ

 分かったよ…」


しかし翌日も、アーネストは相変わらず騒いでいた。


「ひいっ

 怖い怖い!」

「あと少しですから

 大人しくしてください」

「もう!

 うるさーい」


セリアも頬を膨らませて、キッとアーネストを睨む。

しかしアーネストは、ハラハラしながら窓の外を見続けた。


それから半日ほど進み、ようやく麓が見えてきた。


「下が見えたぞ!

 あと一息だ」

「やっとか…」


既にアーネストは、座席でグッタリ伸びていた。

馬車は麓に到着すると、今までと違った土の地面に降り立った。


「これで一安心だ」

「そうだな」

「後は王都に向かって…」

「そうだな」


しかし兵士達は、既に感じていた。

周辺の気配に、強い敵意が混じっていた。

ここからは魔物が多く潜む領域なのだ。


「どうやら…」

「魔物が近くに居るな」


「アーネスト様

 どうしますか?」

「あん?」

「魔物が周囲に居ますよ」

「あ!

 ああ…」


アーネストは起き上がると、慌てて呪文を唱える。


「ここから…

 北に300m

 それから東には500m

 魔物の数はどちらも30体ぐらいだな」

「北と東…」

「ミレイの村は既に廃村になっている

 それなら東に向かうべきだろう」

「殿下?」

「ああ

 アーネストがうるさいからな

 少し前から起きているよ」


ギルバートは頭を振ると、ゆっくりと起き上がった。

兵士達は、非難の表情でアーネストを見る。


「う…

 いやあ、はははは…」

「ふうっ

 それで?

 今はどういう状況なんだ?」


ギルバートは窓から顔を出して、周囲の状況を確認する。

すぐに降りなかったのは、周りに魔物が居るかも知れないからだ。


「麓には着きました

 ここはミレイの村から南に約3kmといった所でしょう」

「そうか

 それなら…」


ギルバートは、先ずは東に向かう事を提案した。

公道に出る為には、北東に進むべきではある。

しかし今北東に向かえば、北と東の両方から魔物に狙われる事になる。

先ずは東の魔物を倒して、その後に北に向かうと言うのだ。


「公道に向かうのは分かりますが…」

「東に向かうんですか?」

「ああ

 先ずは東の魔物を倒す

 それから北東に向かうんだ」

「分かりました

 それならば…」


兵士は武器の準備をして、東の灌木が茂る場所に向かう。

そこには狂暴化したゴブリンが30体ほど集まっていた。


「上位の魔物は居ませんね」

「これなら何とかなりそうだ」


兵士は武器を構えると、一気に繁みの中に駆け込んだ。


「うおおおお」

「せりゃあああ」

ゲギャッ?

グギャアッ


ゴブリン達に気付かれたが、相手は狂暴化してもゴブリンだ。

兵士は難なく魔物を切り倒して行く。

しかしその騒ぎに気付き、北の魔物も動き始めた。


「やはり気付かれるか」

「しかしこちらには…」

「スリープ・クラウド」


アーネストが北から来る魔物に、眠りの雲をぶつける。

魔法の眠りに誘われて、魔物は次々と倒れる。


「ゴブリン・アーチャーが5体居るが、全部眠らせた」

「はい」

「手が空いた者は始末しろ」

「はい」


一方でゴブリンを抑えながら、残りの兵士で眠ったゴブリンを殺して行く。

そうして大きな怪我も無く、何とか魔物の群れを討伐出来た。

周囲には70体近くの、ゴブリンの死体が転がる。

兵士は手足を切って、死霊として蘇らない様にする。


「魔石は回収しますか?」

「そうだな

 ゴブリン・アーチャーの魔石が気になるな」


上位の魔物の魔石が、どういった物なのかが気になった。

だからアーネストは、兵士にゴブリン・アーチャーの魔石だけ探させた。


「うむ

 やはり大きいな」

「そうですね

 オークよりも大きいです」

「他のゴブリンも持ってそうだが…

 拾いたいか?」

「いえ

 そこまで困ってませんから

 しかし冒険者を雇うなら必要では?」

「そうか…

 それもそうだな」


アーネストは、ボルで冒険者を雇おうと思っていた。

その為の資金に、確かに魔石は有効だろう。


「一応集めてくれ

 しかしゴブリンだからな…」

「ええ

 狂暴化していても、持っていない場合が多いですからね」


兵士はゴブリンの胸を切り裂き、魔石が無いか調べる。

しかし予想通り、魔石は2、3体に1個ぐらいしか無かった。


「全部で26個か」

「ええ

 その打ち個はアーチャーの魔石です」

「ああ

 割りが合わんな」

「そうですね…」


狂暴化したゴブリンは、強くなっても魔石の収益は少ない。

そういう意味では、旨味の少ない魔物なのだ。


「しかしこれで、付近の魔物は倒した

 後は公道に向かうだけだ」

「はい」


アーネストは兵士の様子を見て、少し休息が必要と判断した。


「もう少し向こうの…

 あの平原で休息しよう」

「いえ

 先に進みましょう

 殿下の状態が不安です」

「いや、駄目だ

 お前達も疲弊している

 このままでは危険だ」


アーネストは兵士を移動させてから、平原で休息を取らせた。

さすがに野営は出来ないが、簡単に焚火だけは点ける。

そうして暖まりながら、薬草で作ったお茶を飲ませる。

これは味は最悪だが、疲労を軽くしてくれる。

兵士は顔を顰めながら、お茶を我慢して飲んだ。


「公道までは半日は掛かりますね」

「そうだな

 途中で野営するしか無いだろう」

「上手く駐屯地が使えれば良いんですが…」


この辺りにも、昔の公道の警備兵が使っていた駐屯地がある。

今は使われていないが、残されているなら使えるだろう。

問題は駐屯地がそのまま残されているかどうかだ。

魔物に使われていなければ良いのだが。


アーネストは兵士が十分に休んだところで、公道に向かって進んだ。

公道に着くまでに、周囲が薄茜色に染まり始めた。


「これ以上進むのは危険ですね」

「そうだな…

 駐屯地は見当たらないか?」

「ええ

 公道まで距離があります

 この辺りは何もありませんので…」

「そうか

 止むを得んな」


アーネストは行軍を止めて、野営の準備を始めさせた。


「セリア

 ここでは加護は不十分かな?」

「うん

 でも近くには魔物は居ないよ」

「それはそうなんだが…

 油断は出来ないからな」


アーネストは呪文を唱えて、周囲の魔力を探る。

しかし魔物は周辺に居ないのか、魔力は感じられ無かった。


「危険だが、このまま野営するしか無いか」


魔物は近くには居ないが、いつ現れるのか分からない。

そして開けた場所なので、魔物に見付かれば戦闘は避けられない。

しかし隠れられる場所も無いので仕方が無いのだ。


野営自体は、魔物も出なくて安全だった。

しかし警戒を続けたので、兵士はゆっくりと休めなかった。

これまでと比べると、明らかに魔物の気配が濃厚なのだ。

いつ、どこから現れるか分からないので、常に警戒しないといけない。


「うう…」

「眠れなかった」

「仕方が無いだろ

 町に入れば休めるさ」


兵士は疲れが抜けきれないまま、出発の準備を始める。


「どうする?

 一気にボルまで向かうか?」

「そうですね

 このまま疲れが抜けないのでは、オレ達も危険です」

「ではそうしようか」


アーネスト達が馬車に乗ったところで、さっそく北東に向かう。

そこから半日も進まない内に、ボルに向かう公道が見えてきた。


「よし

 公道に出ました」

「これで安心して進めるな」

「はい

 しかし魔物は居ると思いますので、索敵はお願いします」

「分かった」


アーネストは呪文を唱え、周囲の魔力を探る。


「北に魔力を感じるが、距離は大分ある

 このままボルに向かおう」

「はい」


馬車はそのまま進み、夕刻を前に町の灯りが見えてきた。


「灯りが見えてきました」

「ああ

 周囲に魔物の魔力は感じられない

 一気に進もう」

「はい」


ボルの町の城門に到着すると、そこは以前よりも高くなっていた。


「ここはボルの町だ

 あんた等はどこから来なすった?」

「オウルアイの町から王都に帰還する途中だ」

「オウルアイ?

 ああ、ダーナの街の…」

「ああ

 王太子もいらっしゃる

 城門を開けてくれ」

「王太子!

 これは失礼した」


番兵は城門を開けると、すぐに町に入る手続きを始めた。


「こりゃあ…

 少し古い手形じゃが?」

「ああ

 向こうで用事があったのでな

 これから帰還するところだ」


番兵は入場の許可を記して、手形を兵士に返す。


「それでどうしなさる?

 領主にお会いされるか?」

「いや

 急ぐ旅なのでな

 宿の場所だけ教えてくれ」

「分かった

 宿はそこの角を曲がって、2番目の建物だ」

「それと冒険者ギルドは…」

「ギルドか

 まだやっているかな?」


番兵に場所を聞いて、アーネストと兵士がそこに向かう事にする。

その間に、ギルバートは一足先に宿に向かった。

そこは『水晶の小路亭』という小さな宿屋だった。

しかし大部屋に詰め込めれば、兵士達も何とか泊まれそうだった。


「すまないね

 この辺りには大きな宿は無いんだ」

「構わないよ

 泊めていただけるだけでありがたい」

「そんな

 殿下に泊っていただくだけ、私としても嬉しいですよ」


主人はニコニコしながら、ギルバートを二人部屋に案内する。


「あれ?

 ここは…」

「王太子夫妻に相応しい、上質なお部屋ですよ」

「いや、私は…」

「お兄ちゃん」

「いや、それはマズいだろ」

「ゆっくりお楽しみを」


主人はニコニコしながら立ち去った。

セリアはお兄ちゃんと呼んでいたが、しっかり抱き着いていた。

その姿を見れば、説得力は無いだろう。

ギルバートは頭を抱えながら、部屋の中に入った。


「はははは」

「笑うなよ」

「しかしそれでは…くっくっくっくっ」


アーネストは夫婦用の部屋を宛がわれた事を聞いて、笑っていた。

兵士達は鋭い視線で、ギルバートを射抜き殺さんとするばかりだ。

しかし現実として、二人は既に婚約しているのだ。

ロイヤルスイートに泊まっていても、何も問題は無いのだ。

セリアの見た目が幼く見えるが、問題は無い筈だった。


「それで…くくっ

 お楽しみくださいだって

 ぶはははは」

「いつまで笑っているんだ」

「ひいひい…」


アーネストは仏頂面をするギルバートを見て、さらに笑い転げていた。


「大体私は、今は力を失っているんだぞ

 そんな事をする元気は…」

「そんな事って!」

「あ…

 いや…」


ギルバートが顔を赤くしたのを見て、アーネストは笑いを堪えていた。

しかしセリアは、何も気付いていないフリをしながら、しっかりと耳を真っ赤にしていた。

その夜に、セリアがギルバートのベットに潜り込んだ事は言うまでも無いだろう。

しかし二人は、そのまま朝まで眠っていた。

実際にどうすべきか、二人はよく分かっていなかったのだ。

まだまだ続きます。

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