第388話
ギルバート達は、遂に竜の背骨山脈の頂上に着いた
しかしそれまでに、多くの兵士が負傷していた
この場で数日休んで、それから下山する事となる
しかしその間にも、魔物の勢力は拡大していた
山脈の頂上から、周囲の様子を見回す
幸い近くには、魔物が潜んで居る気配は無かった
しかし下の方には、まだまだ魔物が潜んで居る様だった
下の方で、炊事の煙が上がっているからだ
「あそこも居るな」
「でしょうね」
「ここから見えるだけで、4ヶ所は居るな」
「そうですね…」
アーネストは兵士と、山脈の下の方を見下ろす。
そこには煙が何ヶ所か上がっていて、魔物がそこに居ると思われる。
このまま下山すれば、あの場所で魔物に出くわすだろう。
「参ったな…」
「しかし直近のあそこは、恐らくコボルトだけですよ」
「そうだろうが…
他に上位個体が居ないとは限らないだろ」
「そう…ですね」
「さあ
もう良いから休もう」
「はい」
兵士に休む様に促して、アーネストはもう一度下の方を見る。
ここから見るだけでは、魔物の詳細は分からない。
先程の兵士の発言は、彼が視力が良かったからだ。
どうやら弓術のスキルに目覚めたらしく、ジョブも弓術師を授かっていた。
今は弓を持って、斥候の役割を果たしていた。
「よく見えるよな…」
そこはここからでは、数十mは離れている。
そこに居る魔物を、コボルトだと見極めているのだ。
恐らくは視力を上げるスキルが、彼にそれを可能にしているのだろう。
「これからは彼に、斥候を任せるか」
アーネストの索敵の魔法は、隠れ潜む魔物も見破れる。
しかし魔物の詳細に関しては、見極める術は無いのだ。
あくまで魔力を感知するだけなので、大まかな数や魔力の大きさを計れるだけなのだ。
アーネストは野営地に戻ると、そのまま焚火の側に腰を下ろした。
そこにはギルバートが居て、熱心に地図を見比べていた。
「ここがこうで…」
「何をしてるんだ?」
「ん?
以前山脈を下りた時…
ダーナがまだ健在した時な」
「ああ
王都に向かった時の事か?」
王都に向かった時は、11歳であった。
あれから3年しか経っていないが、まるで何年も昔の様に感じる。
それだけ短い時間で色々あったのだ。
「あの時は正規のルートを通らずに、向こうの道を下ったよな」
「ああ
所謂裏道ってやつだな」
「そうだ、その裏道の事だ」
ギルバートは地図を差し出して、煙が上がっている場所と比較する。
「なるほど
こっちには魔物は来ていないか…」
「ああ
今なら安心して抜けれるな」
「うーん…」
ギルバートの言う通り、こちらの道の方が安全だった。
そう考えれば、日にちも少なく抜けれそうだった。
問題は道の幅だろう。
「大丈夫なのか?」
「え?」
「馬車が通るには狭いだろ?」
「大丈夫…な筈だ」
ギルバートの覚えている限り、山道は馬車の幅より少し大きかった。
操作さえ間違わなければ、無事に通れるだろう。
「しかし…
魔物に追われたら崖下に真っ逆さまだぞ」
問題は魔物に追われた場合だ。
ちょっとした操作ミスで、それこそ崖から転落するだろう。
アーネストはそれを心配していた。
「オレは崖から転落死なんて御免だぜ」
「それは私もだよ」
そう言いながらもギルバートは、崖の場所も確認してルートを定める。
頂上で2日休んだので兵士も大分回復していた。
結局ギルバートの提案に従って、急な道を行く事になった。
「頼むぞ」
「はい
私にお任せください」
御者台の兵士に、アーネストは慎重に進む様にお願いする。
こうして一行は、急な斜面を下る道を進み始めた。
しかしギルバートの予想が的中して、こちらには魔物が居なかった。
余裕があるのなら、後の事を考えて魔物を倒しながら降りた方が良かっただろう。
しかし急ぐ旅なので、こちらのルートの方が良かったのだ。
馬車は先を急いで、山道を下って行く。
「魔物は居ないんだろ
何もそんなに急がなくても…」
「何言っているんですか
殿下の状態を見てください」
御者に言われて、アーネストは馬車の中を改めて見る。
ギルバートは席に横たわって、少し前から眠っていた。
しかしその様子は、顔色も悪くなって苦しそうだった。
「何でだ?
悪意ある魔力は感じていないぞ」
「うにゅう~
ここは死者の声が強いって」
「精霊からの警告か?」
「うん…」
セリアも顔色が悪くなって、嫌そうな顔で外を見ている。
確かにこの辺りは、ダブラスが隊商を殺しては投げ落としていた。
だから死霊が沢山湧いていた場所でもある。
「そうか…
死霊が沢山発生していたから…」
「うん
お兄ちゃんに影響が出ているの」
「しまったな
やはりこの道を行くのは反対すれば良かった」
しかしそれは、今更だった。
苦しむギルバートを見て、セリアは手拭いを取り出す。
そして水の精霊を呼ぶと、それに水を掛けてもらう。
そして濡れた手拭いを、ギルバートの頭に乗せる。
「セリア
そんなに精霊を呼んで…」
「大丈夫
だいじょうぶだから…」
しかしセリアも、苦しそうな顔をしていた。
何も無い場所に、精霊を無理に呼び出したのだ。
それはセリアの女王の力を使っている事になる。
あまり多用すれば、魔力切れの様に気を失ってしまう。
「平地はまだか?」
「もう少しで着きますが…
一旦休みますか?」
「ああ
このままではマズいだろう
せめてセリアを休ませてやりたい」
「分かりました
この先の開けた場所に、小さな泉もあります」
「頼んだぞ」
「はい」
アーネストはふらふらするセリアを支えながら、その口元にポーションをあてがう。
体力回復のポーションだから、精霊の力切れには関係無いかも知れない。
しかし苦みの強い薬草の味は、意識を保つには役立つだろう。
セリアはポーションも苦みに顔を顰めながら、懸命に眠るまいとしていた。
半刻ほど進んで、馬車は小さな広場に着いた。
アーネストはさっそく二人を下ろすと、風通しの良い場所に寝かせる。
それから泉に手拭いを浸して、それを二人の頭に載せた。
「ふう
これで少しはマシになるだろう」
「そうですね」
「しかし、ここは…」
兵士は魔物が居ない事を確認していたが、警戒を続けている。
何となく空気が、不穏な事を感じていたのだ。
「王都のガモン商会があっただろう」
「へ?」
「はい
悪徳商人として処罰されましたよね」
「ああ
あいつの親族が、ここで隊商を襲っては殺していたんだ」
「ここでですか?」
「いや
場所は上の山道だ
しかし遺体や馬車の残骸は、人目の着かないこの辺りに…」
アーネストは上の方にある正規の山道と、そこから転がり落ちそうな場所を指差す。
そこには確かに、木材の一部やガラスの破片が散らばっていた。
上の方から放り出せば、確かにその辺りに落ちそうだった。
「あそこからですか?」
「ああ
少し離れているがな
丁度あそこの崖の斜面から落ちて来るんだ」
そこは斜めに切り立っているので、こちらに転がって来るのだろう。
「それではこの辺りに、隊商の死体が…」
「ああ
後で片付けられたからな
今は残骸しか残っていない筈だ」
「そう…ですか」
兵士は安堵した様子だったが、素直に喜んでいなかった。
ここに死体の山があったとなれば、それは気持ちの良い物では無いだろう。
「これからどうしますか?」
「この先の野営の予定地点は?」
「もう一段降りた先です」
「時間が掛かるな」
「ええ」
アーネストは兵士に目配せをする。
「オレ達は大丈夫です」
「しかし殿下が…」
「そうだな
しかしここから離れた方が、亡者の影響は少ないかも知れない」
「そうですよね
ここで亡くなっていたのなら…」
ギルバートの体調が悪いのが、死者が残した負の感情なら、ここに留まるのは良く無いだろう。
冷たい水を汲んで、さっさと離れた方が得策だ。
「さっさと離れましょうよ」
「そうですよ
気味が悪いですよ」
「そんな事を言うな」
兵士が気味悪がるのを見て、アーネストは警告をする。
「ここも本来なら、精霊の力が満ちた場所なんだ」
「精霊様のですか?」
「ああ
ここには自然が多く残されている
小さな泉に森の木陰、そして風の通り道」
「確かに」
精霊が好みそうな場所ではあった。
しかしその一角では、隊商が亡くなった残滓が残されている。
「それを人間の欲望が穢しているんだ」
「くそっ」
「許せねえな」
「ああ
そいつはキッチリと始末した
しかし…」
アーネストは残骸に目を向ける。
「出来る事なら、炎で清めたいぐらいだ
しかしそれでは…」
「止めたほうがいいよ…」
セリアが薄眼を開けて、微かに譫言の様に呟く。
「精霊がそう言っているのか?」
「うん
そっとしておいてって」
「そうか
そのまま自然に浄化した方が良いのかな?」
「うん」
まだそこには、微かだが負の情念が留まって居る。
その溜まった澱の様な不穏な気配が、この場所の清浄さを穢していた。
「このまま留まるのは…良くないな」
「そうですね」
「早く立ち去った方が良さそうです」
「行けるか?」
「ええ
任せてください」
御者の兵士が頷き、アーネストも覚悟を決める。
兵士に手伝ってもらって、再びセリアとギルバートを馬車に乗せる。
「さあ
行きますよ」
御者の合図に、一行は再び進み始めた。
そして夕刻前には、何とか次の野営場所に辿り着いた。
「ふう
何とか暗くなる前に着いたな」
「ええ
暗くなれば、道を踏み外しますからね
助かりましたよ」
そこは崖の道の曲がり角で、そんなには広くは無かった。
しかし湧き水も見付かり、野営には問題は無かった。
これで魔物が近くに居なければ、問題は無いだろう。
しかし少し離れた崖の上には、魔物が点けたらしい焚火の火が見えていた。
「どうしますか?」
「危険だが、焚火は必要だろう」
「そうですね」
「薪になりそうな木を探してみます」
兵士に薪を集めさせて、アーネストは天幕の準備を手伝う。
二人を早く寝かせる為に、天幕は必要だった。
「気温が下がり始めている」
「精霊の加護が効いていませんね」
「ああ
セリアもあの状態だからな
無理も無いさ」
近くに精霊の気配は無かった。
元々何も無い場所なので、精霊も少ないのだろう。
その上でセリアが力を使い果たしているので、加護が発動されていないのだ。
そうなると、春先の山の上になるので、夜は気温が一気に下がる。
寒さが厳しくなるので、焚火が必要になる。
「魔物に見付かりませんかね?」
「見付かるだろうな
しかしすぐには来れないだろう」
上の焚火が見える場所から、ここに向かうには崖を迂回して降りるしか無かった。
しかし、近くに降りれる様な場所は無かった。
それに暗くなっているので、足元がよく見えない。
迂闊に動き回れば、魔物も崖下に転落するだろう。
その先はここでは無く、別の崖下へと続いている。
「奴等がここに向かうには、明るくなってから大きく回り込まないといけない
そう考えると、その頃にはオレ達は立ち去った後だろう」
「そうですね」
他に周辺に居ない限りは、魔物に襲われる可能性は低いだろう。
問題は、パニックになって足を踏み外す事だ。
魔物よりも、崖から落ちる事の方が危険なのだ。
その日の夜は、警戒しながら野営を続けた。
そして翌朝には、朝日の光が見え始めた時間に出発をした。
魔物に追い付かれない様にする為だ。
「急いで離れれば、魔物も追い付けないだろう」
「そうですね
しかしこの道は…」
日の光は差していたが、周囲はまだ薄暗かった。
少しでも油断すれば、崖下に真っ逆さまだ。
それでも魔物に見付からない様に、手早く進む必要があった。
御者は神経をすり減らしながら、巧みに手綱を操っていた。
「イーセリア様のご様子は?」
「大分落ち着いて来た
もう大丈夫だろう」
「良かったです
殿下は?」
「序での様に聞くなよ」
「はははは…」
御者は額に汗を浮かべて、何とか苦笑いをする。
それでもしっかりと、前を見て運転していた。
「まだまだだな
顔色は良くなったが…」
「そうですか」
「早く安全な場所で休ませてやらないと」
「その為には、早くここを抜けませんと、ねっ」
「ああ
頼むぞ」
「はい」
ギルバートは、呼吸は落ち着いてきたが、相変わらず苦しそうな顔をしていた。
アーネストは水に浸した手拭いを、その頭に載せてやる。
死霊の発生していた地帯は抜けたが、この辺も安全では無いのだろう。
ダブラスは多くの隊商を襲っていた。
だから死者の亡骸が打ち棄てられた場所も、かなり広範囲な可能性があった。
ボルの冒険者が捜索したが、それでも見付かっていない死体がありそうなのだ。
「死者の無念な感情が、この辺りを覆っているんだろうな」
「それでしたら、向こうの道でも
危険だったんじゃ、無いですか?」
御者は崖を回り込みながら、懸命に馬を宥める。
道は急な角度で曲がり、下の方へ続いていた。
恐れる馬を宥めながら、御者はアーネストの言葉に答えた。
「そうか!
そうだよな…」
「でしたら
殿下の判断、正しかったんじゃ?」
「そうだな…」
アーネストは呟きながら、ふと窓の外を見下ろした。
「うわ!
大丈夫か?
これ?」
「黙ってて
落ち着け
後少し…」
ブルルル…
馬は懸命になって、狭い道を進む。
そして何とか、崩れかけた道を抜けた。
「ふう…
もう大丈夫ですよ」
「どうしたんだ?
そんな危険な道は…」
「最近崩れたみたいですね
ですが抜けれたんで、あと一息です」
御者が示す様に、その先はなだらかな道になっていた。
後は1日ほど掛けて、その道を抜けるだけだ。
危険な道は全て、通り抜けたのだった。
まだまだ続きます。
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