第387話
ギルバート達は、竜の背骨山脈の頂上を目指す
そこを越えれば、後は下って行くだけだ
しかし魔物は、日に日に強力な物が増えていた
どうやら本当に、この地には魔物を生み出す装置があるのだろう
今日も魔物に警戒しながら、ギルバート達は進むのであった
頂上に近い広場で、ギルバート達は熊の魔獣に遭遇した
それはワイルド・ベアの上位種の、グレイ・ベアであった
アーネストの拘束魔法が効いたが、魔獣の毛皮は硬かった
そして危険を冒して、ギルバートが止めを刺した
それが無ければ、魔獣は倒せなかっただろう
野営地に朝日が差し込み、兵士達が起き上がる。
ギルバートは前日の無茶が祟って、寝起きが悪かった。
「大丈夫か?」
「ああ
少し頭痛がするだけだ」
ギルバートは顔色が、少しだけ悪かった。
しかし気分は良かったので、何とか起き上がって来た。
「朝食は食べれるか?」
「ああ
パンとスープだけもらおうか」
「ほら」
セリアと並んで座って、ギルバートはスープに浸しながらパンを食べる。
兵士達は朝から、熊肉を薄く切って焼いていた。
それをパンに挟んで、旨そうに食べている。
兵士達の食欲を、ギルバートは羨ましそうに見ていた。
「いつもなら、お前もあれぐらい食っていたのにな」
「仕方が無いさ
無理して食えなくも無いが…
後の気分が最悪なんだ」
「魔力中毒か…
厄介だな」
気力が湧かなくなる事もあるが、食欲が湧かない事も厄介だった。
しかも気分が悪くなるらしく、それがよく眠っている原因だった。
「暫くは大人しくしてろ」
「そうだな
そうさせてもらうよ」
アーネストの憎まれ口にも、素直に従っている。
普段のギルバートなら、眠く無いとか疲れていないと言うところだろう。
しかし今は、そのまま馬車に乗り込んで眠っていた。
やはり昨日の戦闘が、身体に負担を掛けているのだろう。
「セリア
ギルは大丈夫なのか?」
「うにゅっ?
う~ん」
セリアは周囲を見回すと、土の精霊を抱き抱える。
それから聞き耳を立てて、一心に何かを聞いていた。
「うーん
無理したから良くないみたい」
「そうか…」
「でも、ごせき?
また効いているから大丈夫だろうって」
「そうか
ありがとうな」
「うにゅ」
セリアは精霊を下ろすと、再びパンと格闘を始める。
旅に持ち出す黒パンは、子供には固くて食べ難いのだ。
スープは飲み干したらしくて、今はパンだけを齧っている。
アーネストは兵士に、スープのお代わりを頼んだ。
「ほら
こいつに浸せば柔らかくなるぞ」
「うみゅう…」
セリアは申し訳なさそうに、スープを受け取って浸した。
それを横目に見ながら、アーネストもパンを齧る。
「明日には頂上に着きたいな」
「そうですね
少し遅れています」
「ああ
あまり時間に余裕は無いからな」
護石があると言っても、病魔は少しずつギルバートの身体を蝕んでいる。
黒い魔力は、ギルバートの精神と肉体を徐々に侵しているのだ。
まごまごしていたら、勇者に会う前にギルバートは動けなくなるだろう。
そうすれば、光の精霊に会いに行く事も出来なくなる。
「それだけは避けなければ…」
「え?」
「何でしょうか?」
「いや、何でも無い」
アーネストは慌てて頭を振り、気にするなと示す。
不安が独り言を増やしている。
精神的に追い込まれている、悪い兆候だ。
「何とかギルが元気な内に、帝国に向かわなければならない」
「はい」
「そうですね」
「だからお前達の力を貸してくれ」
アーネストが頭を下げると、兵士達は恐縮していた。
「そんな
頭を上げてくださいよ」
「そうですよ
オレ達はそれが仕事です」
「それはそうなんだが…」
「それに殿下を守れば、イーセリア様が喜びます」
「そうですよ」
「オレ達はイーセリア様の笑顔が重要なんです」
「お前等…」
アーネストは苦笑いを浮かべながらも、兵士達の言葉に感謝する。
「それじゃあ今日も、頑張って登ろう」
「おう!」
「イーセリア様の為に」
「イーセリア様の為に」
兵士達は声を合わせて、拳を突き上げる。
動機は不純だが、その気持ちは一つになっていた。
セリアの笑顔を守る為に、ギルバートを無事に勇者の元へ届ける。
その為には、先ずはこの山脈を越えなければならない。
「さあ
支度をするか」
「そうですね」
「明日には頂上に着ける様に、今日も頑張りましょう」
しかし兵士の決意も、数時間後には挫けそうになる。
「くそっ」
「またゴブリンか」
「今日は何度目だ?」
「これで3回目だ」
群れの数は20~30体とそれほど多くは無い。
しかし狂暴化したゴブリンなので、倒し切るまで逃げようともしなかった。
その事が、行軍の速度を著しく落としていた。
「このままでは、予定の半分も進めませんね」
「仕方が無いさ
今は倒して進むしか無い」
魔物を放っておけば、いつまでも執拗に追って来る。
それならば、素早く倒した方が安全なのだ。
「魔物の数が多いのは、やはりここに何かあるんですかね?」
「そうだな
この近くに、魔物が湧く施設の様な物があるらしい」
「本当ですか?」
「ああ
女神様の使徒が言っていたんだ」
「あの男ですか?」
兵士達は、エルリックの事を思い出す。
「オレは信用できませんよ」
「そうですよ
イーセリア様の兄と言っていましたが、本当なんですか?」
「それは本当らしいぞ」
「似てませんよね?」
「そうか?」
雑談をしながらも、一行は先を目指す。
しかしその先で、またしても魔物が待ち構えていた。
「またか…」
「しかも今度はコボルトか」
「お前がゴブリンは嫌だって言うからだぞ」
「そういうお前も、もう見たく無いって言ってただろう」
「こらこら
喧嘩してないで武器を構えろ」
兵士達もここ数日で、すっかり戦闘に慣れていた。
くだらない雑談をしながらも、素早く広がって武器を構える。
そして向かって来るコボルトを、次々と切り倒して行った。
コボルトは棍棒や、鋭い爪を振り翳して来る。
それを躱しながら、胴を薙いだり袈裟懸けに切り倒した。
「ふう…」
「さすがに今日は…」
「そうだな」
そろそろ日が傾いていた。
兵士は仕方なく、野営の準備に取り掛かった。
ここは頂上に一番近い、開けた野営に向いた場所である。
ここを過ぎれば、頂上までは狭い道が多くなる。
「明日はさすがに…」
「そうだな
頂上に登りたい」
「しかし道が狭いので…」
「魔物の待ち伏せは多くなるな」
兵士達は溜息を吐きながら、天幕を張る。
そして前日の熊肉の残りを、野菜と一緒に煮込んでスープにする。
スープにすれば、それだけ少ない肉ですむからだ。
兵士達は熊肉のスープを、旨そうに食べていた。
それにパンを浸して、最後まで味わう。
「これで終わりとは残念だな」
「これならまたグレイ・ベアだっけ?」
「馬鹿言うなよ
もう二度と御免だぞ」
「そうだよ
お前なんかちびってただろう」
「それを言うならお前も…」
兵士のほとんどが、戦意を失って震え上がっていた。
そして数名の兵士が、その場で失禁していた。
それは魔獣の咆哮に、そういう効果があったからだ。
「馬鹿な事を言ってないで、さっさと食べて休め」
「はあい」
「今日の見張りはお前だぞ」
「そうだっけか?」
魔物が周辺に居ないので、兵士の緊張は解けていた。
しかし油断していては、狂暴化した魔物は加護を無視して向かって来るのだ。
加護が効くのは、精霊の加護よりも弱い魔物だけなのだ。
狂暴化した魔物では、加護の効果も薄くなるのだ。
見張りをする兵士は、緊張しながら見張っていた。
軽口は叩いても、彼等は仕事は真面目にするのだ。
そうしなければ、野営地に魔物が侵入してしまうだろう。
それだけは防がねばならなかった。
「昼間は魔物が多かったな」
「ああ
しかし気を付けないと、夜も魔物が居るからな」
「そうだな…」
夜は幸いに、魔物の襲撃は無かった。
しかし翌日は、予想通りに魔物に多く遭遇した。
今度はオークも数体居て、さらに登頂は困難を極めた。
しかし夕方を前にして、ようやく頂上が見えてきた。
「やったぞ
頂上だ」
「油断するな
魔物が居るぞ」
頂上には、ゴブリン・ファイターがゴブリンを率いて待ち構えていた。
ゴブリン・ファイターは3体居て、狂暴化したゴブリンを30体ほど率いている。
それが頂上の開けた場所で、待ち構える様にしていた。
「ゴブリン・ファイター…」
「ここが正念場だな」
「ここを抜ければ頂上で休める
行くぞ」
「おう!」
兵士達は馬に鞭を入れて、最後の突進を敢行する。
一気に詰め寄ると、ゴブリンを切り倒して行く。
ポールアックスを持った兵士は、斧を振り回していた。
しかしゴブリン・ファイターは、しっかりと攻撃を弾いていた。
「くそっ!
やっぱり強い」
「なかなか切れない」
ゴブリンは倒せても、結局はゴブリン・ファイターが残される。
兵士達はゴブリン・ファイターを囲むと、懸命に切り掛かる。
しかし大剣を持っている割に、器用に振り回して防ぐ。
兵士達は攻めあぐねて、じりじりと後退し始めた。
「ソーン・バインド」
「今だ!
掛かれ」
「はい」
「うおおおお」
アーネストが拘束魔法を発動して、ゴブリン・ファイターを絡めとる。
それに合わせて、兵士達は一気に詰め寄った。
さすがに大剣が振るえなければ、攻撃は防ぎようが無かった。
ゴブリン・ファイターは、兵士達に切り倒されて力尽きる。
「やったぞ!」
「オレ達の勝利だ!」
「うおおおお」
兵士達は歓声を上げて、その場にへたり込んだ。
アーネストは周囲に魔力を放ち、魔物の確認をする。
しかしそれ以上の魔物は、周りには居なかった。
「よし
回りには魔物は居ないぞ」
「やった…」
「もう動けないぞ」
数人の兵士は、疲れ切って地面に伸びていた。
それに負傷した兵士も、少ないながら居た。
「このまま野営だな」
「そうですね」
「おい
野営の準備をするぞ」
兵士達はよろよろと、立てる者が野営の支度を始める。
既に周囲は薄暗いので、急いで焚火を始めないといけない。
そうしなければ、例え加護が効いていても、この開けた場所では凍えてしまうだろう。
山脈の頂上なので、下に比べると気温が低いのだ。
さらに汗を掻いているので、急激な体温の低下は、兵士の身体にも悪かった。
風邪を引いたり、最悪の場合は高熱を出し兼ねないのだ。
兵士は急いで木を集めると、それを燃やし易い大きさに刻んだ。
「うう…
寒い」
「早く焚火の準備をするんだ」
「こっちにも運んでくれ」
寒さに震えながら、兵士達は焚火に火を点ける。
火付けの魔道具は、こういう時に役に立つ。
少ない時間で、簡単に焚火の準備が整う。
そして焚火に当たりながら、兵士達は天幕を張り始めた。
「何とか来れましたね」
「ああ
辿り着いたな」
「しかしここから…」
「ああ
まだ下山しないとな」
ここからさらに、下山しないと王都には着けない。
しかし今までの事を考えると、下りも油断は出来ないだろう。
「無事に降りれれば良いのだが…」
「そうだな
随分仲間も減ったからな」
「ああ、そうだな…」
怪我した兵士以外に、使者も8名も出ていた。
このペースで戦っていては、王都に戻る頃には50名居た兵士も半数になりそうだった。
さすがにアーネストも見兼ねて、休息を考えていた。
「ギル
明日は…」
「そうだな
出来れば2日ほど、ここで休息を取ろう」
「そうだな」
負傷した兵士は、今では12名に増えている。
2日も休めば、その兵士達も動ける様にはなるだろう。
それでも死者が出た分、兵士の数は減っている。
「下山したら、冒険者でも雇うか?」
「そうだな
どこも兵士は不足している
借りる訳にはいかんだろうな」
「ああ
それに借りたとしても、その兵士が帰る余裕が無いだろう」
「ああ
これだけ魔物が強くなっていれば、王都の方も…」
「恐らくは」
ここだけが魔物が、強化されているとは思えない。
王都を発ってから半年以上が経過している。
今頃は王都でも、上位の魔物が現れている可能性が高い。
そうなってくれば、バルトフェルドから兵士を借りるのも難しいだろう。
今居る兵士達を、大事に使わなければならない。
「困った事になったな」
「ああ
しかし魔物が強化されたって事は、それだけ良い素材が取れる
そうなれば、今よりも戦闘が楽になる可能性もある」
「しかしそれは、職人が居てこそだろ」
「それはそうだが…」
ギルバートの主張も理解出来る。
魔物が強くなったという事は、それだけ良質な素材が取れる可能性が高いのだ。
しかし良い素材が取れても、肝心の加工する職人が居ないのでは無理なのだ。
リュバンニの職人に頼むか、王都に新たな職人を雇うしか無かった。
「ギルドが潰れたのが痛いな」
「そうだな
あの騒ぎで、ほとんどの職人が亡くなっている
それに生きていたとしても…」
「ああ
どこに逃げたのかも分からないからな」
今の王都では、慢性的に職人が不足している。
それをどこからか雇うにしても、どこの町も職人がギリギリなのだ。
恐らく無事に逃げ出した職人は、今頃は他の町で働いているだろう。
それを王都に戻れと言うのは、職人が納得するとは思えないのだ。
「いまはどこも、人が不足している」
「そうだな」
二人はこれからどうするべきなのか、答えの無い問いに悩むのだった。
まだまだ続きます。
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