第386話
ギルバート達は、竜の背骨山脈を目指していた
そこを越えなければ、王都には戻れないからだ
南の迂回ルートもあるが、それでは倍以上の時間が掛かってしまう
急いで戻る為には、そこを越えるしか無かった
竜の背骨山脈に入るところで、ギルバートは魔物の群れに遭遇する
それは嘗てノルドの街であった場所を、魔物の拠点に改造していた
そしてゴブリン・ファイターやゴブリン・アーチャーという危険な上位種も待ち構えていた
ギルバート達は、危険を冒して強引にその前を抜けた
しかしその事で、少なからぬ犠牲が出るのであった
「殿下
殿下も少しお休みください」
「ああ
私なら移動中に休む
今は君達が休んでくれ」
「しかし…」
兵士達は気付いていた。
馬車の中でも、ギルバートは警戒して起きていたのだ。
このまま無理をすれば、黒い魔力の影響の前に、過労で倒れてしまうだろう。
兵士は困って、アーネストの方を見る。
しかしアーネストも、今は無理だと肩を竦めた。
長年付き合っている親友だ、悪い癖も見抜いていた。
このまま無理矢理休ませようとしても、却って拗らせるだけだろう。
それならば、気の済むまでやらせるしか無いのだ。
「分かりました
でも…無理はしないでください」
「ああ
少しは休ませてもらうさ」
ギルバートはそう言いながら、熱心に地図に印を刻む。
昨日までの行程で、魔物の反応があった場所だ。
それは精霊の加護で、直接は狙って来なかった。
しかし強い魔力反応も感じていたのだ。
妖精郷から帰って来て、魔力を感じられる様になってきた
これがアーネストが言っていた、魔物の魔力を感じるって事なんだろう
しかし…
ギルバートは少し先の、開けた場所を睨み付ける。
そこからは、強い魔力を感じるのだ。
それはその場から離れず、ずっとこちらを窺っていた。
「アーネスト」
「ん?」
ギルバートがその場所を示すと、アーネストも頷く。
どうやらアーネストも、その存在には気が付いている様だった。
「どうする?」
「どうするも何も
まだ正体が分からないからな」
「そうか…」
ギルバートは、アーネストに聞けば分ると思っていた。
しかしアーネストにも、その正体は掴めていなかったのだ。
「先ずは様子を見ながら、慎重に近付くしかない」
「ああ
しかし兵士達も大分消耗している」
「そうだな
ここ数日で称号やジョブも授かったみたいだが…
無理は出来ないな」
連日の戦闘で、兵士達も少しだけ強くなっていた。
特に戦士のジョブを授かった者は、力が増しているのを感じていた。
それに強敵であるゴブリン・ファイターを倒した者は、変わった称号も授かっていた。
ジャイアントキリングという称号の意味や効果は分からなかったが、兵士は自信に満ちていた。
もしかしたらだが、この豪胆さが、称号の効果なのかも知れない。
魔物を倒しながら、少しずつだが上を目指す。
そして少しずつだが、確実に頂上には近付いていた。
「今日で何日目だっけ?」
「そうだな…
街を抜けてから…丁度1週間か?」
「もうそんなに経っているのか?」
「ああ
最初に軽傷を受けた奴も、今では傷が癒えている」
「そうだな…」
既にオウルアイの町を出てから11日が過ぎていた。
この間にも、狂暴化したゴブリンやコボルトが襲って来た。
しかし上位個体は、最初のノルドの街に居た者だけであった。
それ以降は、強敵になりそうな魔物は現れていなかった。
それだけに、この先の魔物の存在が気になっていた。
「どうする?
魔物は気付いていると思うか?」
「どうだろな?
しかしあれだけ強烈な魔力を放っているとなれば…」
敢えてアーネストは言わなかったが、恐らく気付かれているだろう。
だから斥候を出すのは、あまり賢い選択では無かった。
むしろゆっくりと近付いて、正面からぶつかる方が良いだろう。
「ならばこの後…」
「ああ
兵士と共に進もう」
方針が決まり、休憩が終わるのを待つ。
それから兵士の支度が終わったところで、ギルバートは兵士に伝える。
「この先の開けた場所に、魔物の気配がする」
「魔物ですか?」
「ああ
それも強力な魔物だろう
勘の鋭い者は気付いているんじゃないか?」
「ええ
うなじの辺りがチリチリしてます」
「おい
お前のそれって…」
一人の兵士の言葉に、周りの兵士の顔色も変わる。
それだけその兵士の、勘は鋭いのだろう。
「ああ
先日の街の跡でも感じなかった、危険な気配だ」
「ああ…」
「いくらなんでも…」
「大丈夫だ
殿下がいらっしゃる」
「その殿下が力を失っているから、ここまで来たんだろ」
「あ…」
兵士の顔が絶望に染まる中、ギルバートは手を打って意識を切り替えさせる。
パン!
「情けない顔をするな
まだ魔物の正体も見て無いだろう」
「そうですが…」
「それに
こっちにはアーネストが居る」
「そうか!」
「確かに…」
「おい
ギル…」
アーネストが居ると聞いて、兵士の動揺も少しだけ収まる。
「まだ何の魔物かも分からないんだぞ」
「分かっている
しかしここを切り抜けないと頂上には向かえないぞ」
「それはそうだけど…」
一行は馬に乗り、馬車を動かす。
そのまま開けた場所に向かい、ゆっくりと進む。
「居たぞ」
「のんびりと待ち構えているな」
「これは…」
そこには大きな灰色熊の魔獣が、胡坐を掻いて待ち構えていた。
「熊の魔獣?」
「ひいっ、大きい」
それは3mは優にある、大きな熊の魔獣だった。
ワイルド・ベアの上位種である、グレイ・ベアだ。
「気を付け…」
ゴガアアアア
ビリビリ!
大気を揺らして、熊の咆哮が響き渡る。
それを聞いた兵士の大半が、その場にへたり込む。
中にはショックで、その場で失禁する者も居た。
「あひゃあ」
「うわあ」
「ひいいいい…」
「精霊達よ」
セリアの呼び声に、精霊達が姿を現す。
そして芳しい香りが満ちて、兵士達の意識を正気に戻す。
「ソーン・バインド」
先手必勝とばかりに、アーネストが拘束の魔法を発動させる。
グガウ!
「今の内に切り込むんだ」
「はい」
咆哮に何とか耐えていた兵士が、先頭を切って切り込む。
しかし頑丈な毛皮が、その攻撃を阻む。
ガキン!
ギャリッ!
「くっ!」
「硬い」
兵士は懸命に切り掛かるが、なかなか刃が通らなかった。
「どけっ!
喰らえブレイザー」
グワキン!
鈍い音を立てて、剣は弾かれた。
しかしようやく、魔獣の表皮に傷が入る。
「硬い」
「しかしスキルならば」
「スラッシュ」
ズド、バキーン!
「な!
折れた?」
スラッシュは確かに入ったが、途中で剣は折れてしまった。
魔鉱石で出来た剣が、魔獣の身体の硬さに耐えられなかったのだ。
「これは厄介だ」
「それならば
うおおおお…
パワーチャージ」
ズドン!
馬に乗ったまま、兵士はポールアックスを振り抜く。
突進系のスキルの、パワーチャージの勢いを乗せたのだ。
その攻撃を受けて、さすがに魔物の腹が裂ける。
ゴガフッ
「うわっと
アーネスト様」
「すまないがこれ以上は…」
しかしさすがに、拘束の魔法の効果も切れて来る。
魔獣は腕を振り回し、兵士の二人が吹き飛ばされた。
「うわっ」
「ぐわっ」
しかし寸でで、何とか武器で身を防いでいた。
そうで無ければ、今頃はザックリと何枚かに卸されていただろう。
「魔獣が動き出すぞ
気を付けろ」
「殿下
危ないです」
魔獣は腹を裂かれていたが、平然と突っ込んで来る。
それを睨みながら、ギルバートは手にした大剣を持ち上げる。
まだ本調子では無かったが、大剣を振るえるぐらいにまでは回復していた。
馬車に念の為に載せていた大剣を、手にして出て来たのだ。
「来い!」
「殿下」
「ギル
無茶をするな」
ゴガフオオオ
「うおおおお
ブレイザー!」
一撃目を振り下ろされた腕に当てて、そのまま叩き切る。
そして返す刃で、そのまま前進しながら腹を下から切り上げる。
「すぇりゃあああ」
ゴガアア…
大剣は腹を切り裂き、魔獣の首元を切り裂いた。
鮮血を浴びながら、ギルバートは片膝を着く。
「ギル!」
「だ、大丈夫…
力…抜けただけ」
「殿下」
「すぐに馬車へ」
兵士達はギルバートを抱えると、そのまま馬車に運んだ。
そこでセリアが精霊を呼んで、精霊の力を流す。
ギルバートの顔色は、土気色になっていた。
しかし精霊の力を受けると、徐々に顔色も戻って行く。
「もう!
お兄ちゃんはむりしちゃダメ」
「はははは…
しかしここは無理でもしなければな…」
徐々に顔色も良くなり、話せるぐらいには回復してきた。
しかし無理して力を使ったので、大きく消耗していた。
精霊の力で回復したが、護石の力も一時的に失われていたのだろう。
そのせいで、再び魔力中毒の症状に侵されていたのだ。
「もういい!
ギルは暫く寝ていろ!」
「アーネスト…」
「良いから黙ってろ!」
アーネストは珍しく、本気で怒っていた。
確かに自分の見通しが甘くて、魔獣には踏み込まれていた。
しかし肝心のギルバートが、危険を冒しては意味が無いのだ。
「グレイ・ベアか…」
「大きいですね」
「ああ
しかし…」
「素材は惜しいんですが、持って帰られませんよ」
「そうだな
食用に肉を切り取って…
後は爪や皮、それから魔石ぐらいかな?」
「食用?
食べるんですか?」
アーネストの提案に、兵士達は驚く。
まさか熊の魔獣を、食べれるとは思わなかったのだ。
「そうだな
食えるし旨いらしいぞ
しかしオレは、熊肉の調理方法は分からないな…」
「熊肉ですか?
普通の調理方法でよろしいんですか?」
「ああ
それで問題無いと思うよ」
「それなら…」
熊肉を扱った事のある兵士が、解体を始める。
しかし並みの魔鉱石のナイフでは、毛皮に刃を立てる事も出来なかった。
「硬いですね
肉は削げますが毛皮が…」
「普通の魔物は、死ねば魔力が切れるから
そこまでは硬くは無いんだが…」
アーネストは懐を探って、特製のナイフを取り出す。
「これでどうだ?」
「あ!
何とか切れそうです」
「何の素材ですか?」
「ワイルド・ベアの骨のナイフだ」
さすがにワイルド・ベアのナイフでは、毛皮も切り裂く事が出来た。
しかしこのナイフでも、切り裂くには苦心していた。
「どうしますか?
骨ならはこべそうですが?」
「そうだな…
皮は丈夫だから、良い皮鎧やマントが出来そうだ
しかし骨は…」
「このナイフなんて丈夫ですよね
剣の素材には?」
「ああ
出来るんだが職人がな…」
王都の職人は、ほとんどが亡くなっている。
そして復興中の今では、武器を作れる様な職人は居なかった。
それに居たとしても、資材作りで忙しいだろう。
「職人ですか
それならリュバンニで…」
「そうだな
しかしそれまでは運ばないと」
「ですね…」
全てを持っていくのは難しそうだった。
勿体無いが、大きい骨や、爪や牙を持って帰る事にする。
それ以外の細かい骨は、その場に内臓と共に埋める事にした。
「これで万全ですね」
「ええ」
「それで、どうしますか?」
「そうだな…」
時刻は夕刻に近付き、周囲は薄暗くなっていた。
「このままこの場所で野営をするか?」
「ここでですか?」
「ああ
ここに強力な魔獣が居たのは、他の魔物も承知しているだろう
そうなれば、ここで野営しても安心だ」
強力な魔獣が居ると思えば、魔物も迂闊には近付かないだろう。
それに倒されているのなら、その魔獣よりも強い者が居る事になる。
どちらにせよ、魔物としては近寄りたくは無いだろう。
それを考えて、アーネストは安心と考えていた。
「危険では無いですか?」
「いいや
逆にこいつが居たんだ
警戒して魔物も近付かないだろう」
「そんなもんですかね?」
兵士に指示を出して、その場で野営の準備をする。
そして熊肉の調理の仕方を知る兵士に、グレイ・ベアの肉を渡す。
「どんな料理が出来るんだ?」
「そうですね
熊肉は癖が強いんで、普通は煮込みます」
「そうか」
「しかしこの肉は、初めてですからね」
「どうする?」
「そうですね
先ずは試しに焼いてみましょう」
兵士は試しに、塩だけを掛けて焼いてみせる。
旨そうな匂いが辺りに漂う。
兵士は恐る恐る、肉を切り分けて試してみる。
「う、旨い!」
「本当か?」
「どれどれ?」
切り分けた肉を、それぞれ摘まんで口に運ぶ。
脂身は少ないのだが、肉にはコクがあって甘みも感じられる。
まるで牛の様な、それでいて弾力のある肉の歯応えが感じられた。
「これは旨いな
やはり魔力の高い魔獣は、肉も旨いんだな」
「それなら魔物の方も?」
「それは嫌だな
考えてみろ、人型の魔物の肉を食えるのか?」
「それは…」
確かに魔力が高い方が、肉は旨いのかも知れない。
しかし人型の魔物の肉を食すのは、やはり抵抗があった。
「それよりも早く、肉を焼いてくれ」
「はい
それでは…」
兵士達は肉を焼いて、それぞれが串に刺して食べる。
中には筋張った箇所もあったが、それでも旨味があって美味しかった。
兵士は大量にある、熊肉の半分近くを平らげる。
当然セリアも、旨そうに食べていた。
「イーセリア様
こちらの肉をどうぞ」
「いいえ
こっちの方が大蒜が効いて旨いですよ」
「馬鹿
女の子がそんな臭いのする肉を食えるか」
「あむあむ
どっちも美味しいよ」
「うおおおお」
「イーセリア様」
ギルバートは、そんな兵士達を呆れながら見ていた。
「ギル
今日みたいな無茶は止めてくれ」
「そうだな
私も出来れば、戦闘は避けたかった
しかし兵士が危険ではな…」
「そうだ…な
オレも気を付けるから、お前も極力戦闘は避けてくれ」
「分かったよ」
ギルバートは、アーネストの言葉に頷く。
しかし魔物が強力になっている以上、戦闘を避けるのは難しいだろう。
ギルバートはそう思いながら、熊肉を頬張るのだった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




