第385話
ギルバート達は、王都に向けてオウルアイの町を旅立った
先ずは竜の背骨山脈を越えて、王都の側に降りなければならない
しかしそれは、解き放たれた魔物との戦いを意味していた
事情を知らないギルバート達は、竜の背骨山脈へと入って行った
前にここを通り抜けた時には、精霊の加護で魔物には遭遇しなかった
精霊の力を、魔物が恐れていたからだ
しかし今回は、魔物は待ち構えていた
ノルドの街の跡近くで、魔物の群れが待ち構えている
「殿下」
「ああ
何やら嫌な気配を感じる」
「お兄ちゃん
加護が効いていないの」
兵士達は、森から漂う気配に警戒する。
「この先にはノルドの街の跡があります
しかしそこには、魔物は居ない筈では?」
「そうだな
しかし…」
「ああ
オレも魔力を感じている
どうやら魔物が待ち構えている様だな」
アーネストも魔力を感じて、索敵の魔法を唱える。
「どうやら、悪い予感が当たったらしい」
「何だって!」
「ほとんどが狂暴化したゴブリンだが、数体違う魔力を感じる」
兵士が斥候に向かい、街の城門が閉まっているのを確認する。
どうやら魔物は、街の砦跡をそのまま使っている様だ。
「どうしますか?」
「このまま進むのは危険です」
「しかしここを越えねば、王都には近づけないぞ」
ここから引き返して、南の遠回りを進む事も出来る。
しかしそなれば、さらに2月近く時間を費やす事になる。
その間にも、ギルバートの黒い魔力の影響は高まるだろう。
ここは危険でも、この砦を攻略する必要があった。
「どうやって進む?」
「そうだな
先ずはオレの魔法で、城門を破壊してやる」
「そんな事が出来るのか?」
「ああ
鉄製じゃあ無いからな
ファイヤーボールを数発打ち込めば、燃えて破壊出来るだろう」
アーネストは数人の兵士を連れて、こっそりと城門が見える場所へ移動する。
そこで呪文を唱えて、6個の火球を作り出した。
「おお!」
「さすがはアーネスト様だ」
「しかし爆発すれば、魔物も警戒して出て来るぞ
オレが逃げ切れるかはお前達に懸かっている」
「はい
お任せください」
「必ず殿下の元へお連れします」
兵士達は魔鉱石の剣を引き抜き、魔物が攻めて来るのに備える。
そしてアーネストは、火球を城門へ向けて撃ち放った。
「食らえ
ファイヤーボール」
ゴウッ!
ゴウゴウッ!
ズガン!
ドコドガーン!
激しい炸裂音がして、城門と城壁の一部を吹き飛ばす。
長く放置されていたので、経年劣化で脆くなっていたらしい。
城壁が壊れて衝撃で、数体のゴブリンも巻き込まれて吹き飛ぶ。
アギャギャア
グギャアア…
断末魔の声が響き、続いて残骸が魔物に降り注ぐ。
この一撃だけで、一気に十数体の魔物が死んでいた。
「やったぞ」
「さあ
今の内に逃げましょう」
「ああ」
アーネストは兵士に守られながら、慌ててその場から離れる。
逃げ出した場所に、正確に矢が数本撃ち込まれる。
「どうやらゴブリン・アーチャーも居るみたいだな」
「アーチャー?」
「ああ
弓の攻撃に特化したゴブリンだ
狙いも正確だが、何よりも矢の威力も高い
お前達でも狙われたら一撃だぞ」
「何て恐ろしい…」
「そんな魔物が居るんですか?」
「ああ
しかし狙えなければ何も出来ない」
強烈な射撃攻撃も、狙いを着けられなければ効果が出ない。
その為には、煙や木で狙いを阻むか、接近して一気に片付ける必要がある。
「一旦ギルの元へ戻ろう
話はそれからだ」
「はい」
アーネストは兵士の後ろに乗り、一気に戦場の範囲から外に逃げ出す。
魔物は出て来たが、アーネスト達の姿を見失っていた。
この時に、アーチャーやファイターが居れば違っただろう。
アーネストも残って、魔法で倒そうとしただろう。
しかし出て来たのは、狂暴化したゴブリンだけだった。
「あいつ等を倒しても旨味は無いな
さっさと戻ろう」
「はい」
アーネストが戻ると、ギルバートも馬車から降りて待っていた。
「どうだった」
「ああ
城門は無事に破壊した」
「凄かったですよ」
「城壁まで壊していましたから」
「本当か?」
「ええ」
「いや
碌に整備していないから、脆くなっていただけさ」
「それにしても…
いや、今さらか」
アーネストの魔法が強力な事は、ここに居る者は知っている。
巨人を倒すまでは行かなかったが、気絶までさせていたのだ。
今やクリサリス一の魔導士と言われている。
「しかし問題が増えた」
「何だ?」
「上位のゴブリンの内の何体かだが、ゴブリン・アーチャーだと思う」
「アーチャー…
弓矢の攻撃か」
「ああ
砦に籠られては、強力な矢は厄介な存在だ」
「そうだな…」
アーネストの言葉に、ギルバートも頷いて賛同する。
「何か良い手は無いのか?」
「遣り方としては二つだ
一つはオウルアイ侯爵に増援を頼み、一気に砦を落とす」
「うーむ
それだと時間が掛かるな」
「ああ
もう一つは…
夜陰に乗じて抜ける
しかしこれだと…」
「追手が着くか」
「そうだ」
ギルバートは悩んだが、急ぐ旅ではある。
砦の攻略にどれぐらいの日数が掛かるか分からない。
ここは危険だが、夜の内に抜けるしかない。
「しかしアーチャーだろ?
それなら夜目も」
「当然効くかも知れない
その時は取って置きがある」
「そうか…」
「後はどれだけ犠牲を抑えて抜けれるかだな」
「ああ」
ギルバートは兵士に、状況を説明する。
しかし兵士達も、夜の内に抜ける事に賛成だった。
やはり砦を落とすのに、何日掛かるか分からないのが問題だった。
「良いのか?
それではお前達の内の何人かが…」
「構いません」
「そうですよ
殿下の命が懸かっています」
「今は急いで切り抜けましょう」
「分かった
お前達の命を借りるぞ」
「はい!」
兵士達は力強く頷くと、剣を抜いて構える。
そして天を突く様に振り上げて、兵士の誓いをする。
「この命、応対殿下の為に」
「お前達…」
「そして、敬愛するイーセリア様の為に」
「お、おい!」
続く言葉に、思わずギルバートもズッコケる。
「イーセリア様
見ていてください」
「オレ達が必ず、殿下を無事にお通しします」
「うみゅう?」
「お前等なあ…」
「はははは
兵士は愛する者の為に、命を懸けて戦います」
「そうですよ」
「オレ達は殿下も好きですが…」
「一番好きな、物はイーセリア様の笑顔です」
兵士達は爽やかな笑顔を浮かべて、誇らしげに剣を構えた。
それから夜まで、一行は仮眠を取りながら待った。
森の中は、加護が効いているのか魔物は来ない。
だから交代で、ゆっくり休息を取れた。
そして夕暮れが迫り、辺りが薄暗くなる。
「よし
これぐらいの時間が、一番警戒が薄くなる」
「魔物に見付からない様に、慎重に進むぞ」
「はい」
馬車はゆっくりと進み、兵士が周囲を警戒する。
山への入り口は、どうしても街から見える位置になる。
ギリギリまで森に潜んで、その近くまで進む。
ここまでは夕日の光で、魔物には気付かれなかった。
後はタイミングを合わせて、一気に山に向かって進むだけだ。
少し登れば、丁度街から見えない死角に入る。
そこまでが勝負になる。
「よし
一気に行くぞ」
「はい」
「今だ!」
「はいやっ!」
ドガラララ…!
一気に馬車を走らせて、山脈の入り口を目指す。
兵士も馬を走らせて、馬車の周りを囲む。
そしてアーネストが、タイミングを合わせて魔法を放った。
「サンダー・レイン」
シュバッ!
ドゴドゴドーン!
数本の雷が、ギルバート達と街との間に落ちる。
その雷に撃たれて、飛来していた矢も何本か撃ち落とした。
そして雷の閃光に、魔物達は視力を奪われる。
特に狙っていたアーチャーは、強烈な閃光で暫く視力が焼かれていた。
グギャアア
ギャヒイイ
遠くで閃光に目を焼かれた、魔物の悲鳴が響く。
「上手く行ったな」
「はい」
「しかし4名が…」
最初に飛来した矢が、1名の頭に当たってそのまま命を奪った。
そして3名も、矢を腕や胴に受けていた。
致命傷では無さそうだが、傷を負って苦しそうにしていた。
「あと少しだ
も少し進めば…」
「殿下
前方にも魔物が!」
「何!
くそっ!」
岩肌の曲がり角を抜けると、そこにはゴブリンが待ち構えていた。
こうなる事を予想していたのだろう。
狂暴化したゴブリンが30体と、ゴブリン・ファイターが2体待ち構えていた。
「ちくしょう!」
「殿下を守れ」
「馬車をそこの陰に回せ!」
兵士達は抜刀すると、素早くゴブリンの群れに切り込んだ。
王太子を警護する兵士だ、歴戦の強者では無いが、それでも腕は並みの兵士より立つ。
狂暴化したゴブリン程度では、遅れは取らない。
問題はゴブリン・ファイターだ。
ゴブリン・ファイターは、指揮官らしく後方で構えている。
そして短い鳴き声で、ゴブリン達に指示を出していた。
「くそっ!」
「こいつ等戦闘慣れしていやがる」
「いや、指揮官がいるからだ」
そう、ゴブリン・ファイターが厄介なのだ。
兵士達の隙を突こうと、巧みにゴブリンに指揮を出しているのだ。
それが厄介で、兵士達もなかなかゴブリンの群れを崩せない。
このままでは追い付かれて、更なる厄介な状況になりそうだ。
兵士達が攻め倦んでいると、不意に馬車から声がした。
「スリープ・クラウド
はあはあ…」
気が付くと、馬車から降りたアーネストが魔法を唱えていた。
アーネストは魔力を消耗して、ギルバートが支えている。
そしてその腕から出た白い雲の様な靄が、魔物の群れを包んで行く。
魔物の群れは、それに抗おうとする。
しかし力尽き、バタバタとその場に倒れた。
「はあはあ…
眠りの魔法です
今の内に止めを…うっ」
「アーネスト」
ギルバートは、力尽きたアーネストを馬車に乗せる。
その間に、兵士達は眠っている魔物に止めを刺して行く。
しかしゴブリン・ファイターは、さすがに上位の魔物であった。
1体は眠っていたが、もう1体はふらふらしながらも懸命に睡魔と戦っていた。
「こいつ…」
「眠っていない」
「先にこいつをやるぞ」
「おう!」
兵士が数人掛かりで、眠りかけのゴブリン・ファイターに向かって行く。
しかし眠りかけなのに、その魔物は強かった。
懸命に大剣を振るって、兵士の攻撃を防ぐ。
「手強い…」
「しかし!」
「ここだ!」
隙を突いて、兵士の止めの一撃が首を刎ねる。
魔物は力を失い、その場に崩れ落ちた。
「はあはあ…」
「手強かった…」
「しかし何とか…」
「倒せたぞ」
気が付けば、他の兵士がゴブリンに止めを刺していた。
その状況に弱気になり、最後にはゴブリン・ファイターにも隙が生まれていた。
結果として兵士達は、ゴブリンの群れに勝利していた。
しかしその代償も大きかった。
「おい!
アンドレ…」
「そいつはもう…
息をしていない」
「くそっ
折角勝利したのに」
「さあ
先を急ぐぞ」
「ああ
こいつも駄目だ…」
さらに5名の兵士が、命を落としていた。
そして軽傷の兵士も数人増えている。
このまま進むのは危険だが、ここで留まる訳にはいかなかった。
街からは追っての魔物も向かっているだろう。
死体をそのままにするのは忍びないが、階級章だけを外して持って行く。
遺族にはそれを渡す為だ。
「すまない
私の為に…」
「良いんです
先を急ぎましょう」
「そうですよ
これ以上イーセリア様を危険な目には遭わせられません」
どうやら兵士達は、ギルバートよりもセリアの安全が優先の様だ。
「お前達…」
「さあ
殿下も乗ってください」
「…」
ギルバートが乗ったのを確認して、馬車は再び動き出す。
少しでも進んで、魔物に追い付かれない様にする必要があった。
ここで追い付かれたら、死んで行った仲間達の行動が無意味になる。
兵士は夜を徹して、山脈の上を目指した。
それから明け方まで走り、夜明けと共に後方を確認する。
朝日に照らされた山道には、魔物の姿は見られなかった。
「どうやら追っては巻いた様ですね」
「ああ
奴等は街の守りが重要なんだろう」
街から追って来ないとなれば、それは街の方が重要と言う事になる。
「アーネスト」
「ああ
あそこには鉱山があるんだよな」
「そうだが?」
「上位種が指揮を執っている
そう考えると、武器も自前で作っているんじゃないか?」
「まさか?」
アーネストの言葉に、ギルバートは信じられ無いと思った。
ゴブリン程度の魔物が、鍛冶の技術を身に着ける。
それはゴブリンの性能を底上げする事になる。
「しかし殿下
奴等の武器は強力でしたよ」
「そうですよ
この剣を防いでいましたから」
しっかりと鍛えた剣なら、確かに魔鉱石の剣でも数合は打ち負けないだろう。
しかし今までは、ゴブリンの持つ武器は貧相な棍棒などだった。
そして剣を持っていても、どこからか拾って来た鈍らな剣だった。
それがあのゴブリン達は、魔鉱石の剣と打ち合っていたのだ。
それだけでも十分脅威だと思えた。
「ゴブリンが鉱山から採掘して、剣を造っていると言うのか?」
「ああ
その可能性が高いな」
「何て厄介な…」
ギルバートは頭を抱える。
このまま放置すれば、さらにゴブリン達は力を着けるだろう。
その前に、何とかしなければならない。
「アーネスト」
「ああ
オウルアイ侯爵には使い魔を送る」
「頼むぞ」
「ああ
このまま放って置く訳にはいかないからな」
アーネストは呪文を唱えると、鳥の使い魔を作り出した。
そしてそれに、昨晩見て来た事を書き記した羊皮紙を持たせる。
使い魔は空高く舞うと、そのまま西に向かって飛んで行った。
「さあ
少し休もう」
「そうだな
交代で見張りながら、怪我人の手当てをしてくれ」
「はい」
兵士達は仮眠を取ったり、傷の手当てを始めた。
セリアも精霊にお願いして、新鮮な水を用意する。
それは大量には用意出来ないが、兵士達の傷を洗うのに役立った。
精霊の力が宿っているので、傷口に活力を与えたのだ。
そうして休みながら、一行は今後の予定を立てるのであった。
まだまだ続きます。
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